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第二章 不幸な師団長

第11話―3 偵察、そして邂逅

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 黒衣の少女は、尊大な態度でゴンゾに告げた。

「この区画では十二歳以下の娘を買ってはならない……知らぬとは言わせんぞ」

「い、いえ。わたしは十五です」

 猫少佐の見た目でそれは無理がある、一木は心の中で叫んだ。
 いや、この国の住人の見た目と年齢はどうなのだろうか? 例えば日本人は欧米人から見ると幼く見えると言う。一木から見ると、猫少佐は十二、三歳に見えるし、黒い服の少女は十五歳ほどに見えた。
 星系についた直後に、諜報課を送り込む書類に決裁したのは一木だ。
 だが、もう少し文化参謀部とすり合わせをしてからにするべきだったと、一木は後悔した。
 とはいえ文化参謀部に情報を送るのも諜報課なので、うまくいったとも限らないが。

「そ、そうだ。なんの問題もねえ!」

 ゴンゾが言い逃れようとするが、少女は不敵に笑う。

「ほう、これでもか!」

 そういうと、少女は突然猫少佐のローブに隙間から右手を突っ込むと、胸をまさぐり始めた。
 会議室の一同は唖然とする。この国の常識的行動なのか?
 一木がシャルル大佐をちらりと見ると、驚いた顔をしていた。やはりいきなり他人の胸を揉む行為は非常識な行動の様だ。

「このわらわに嘘をつくとはな。この感触はどう考えても十二……ん? んんん?」

 胸を揉む少女の表情が疑問に満ちていく。アンドロイドであることがばれた!?
 一木は咄嗟に叫ぶ。

「猫少佐! 撤収だ!」

 その瞬間、二体のアンドロイドの動きは素早かった。
 獣のごとき俊敏さをもって少女を躱すと、一瞬で入り口に向かって走る。
 だが、少女の対応も素早かった。厨房の方に向かって叫ぶ。

「ミルシャ! 男の方を止めろ!」

 瞬間、厨房から人影が飛び出し、入り口に立ちふさがった。皮鎧を着たポニーテールの女騎士が入り口に立ちふさがる。
 そして手に持った曲刀を素早く抜刀し、足首を狙って斬りつけてきた。抜刀術、それもかなりの速度だ。強化機兵の補正装置がスロー画面を別枠で表示してくれなければ、一木には女騎士が何をしたか理解できなかっただろう。

 しかしゴンゾも諜報課のSSだ。女騎士の刀が足首にあたる瞬間、ゴンゾは大きくジャンプすると、建物の天井の梁につかまり、そのまま掴まった勢いで入り口上の壁を突き破り外に出ると、脱兎のごとく逃げ出した。
 だが女騎士もさるもの。外に逃げたゴンゾに懐から取り出した短刀を投げつける。
 ゴンゾはそれを紙一重でよけようとするが、あらかじめそれを計算して投げられていたのだろうその短刀は、急カーブを描きゴンゾの首に命中した。

 しかし、そこまでだった。人間なら致命傷だっただろうその一撃を物ともせず、ゴンゾは細い路地の奥にまで逃げ出した。
 そして、猫少佐もゴンゾが派手に立ち回っている隙に、黒服の少女をあっさりと振りほどいて、窓から逃走していた。

 会議室でそれを見る一同。
 一木は激しく動くゴンゾの視点にやや酔っていたが、自分が逃走を促した手前文句を言うわけにもいかない。
 すると、殺大佐が一木に聞いた。

「なんで猫に逃げるように言ったんだ?」

「……アンドロイドだとばれた可能性があったからだ……」

「諜報課のSSよ? 胸揉んだくらいでわかるかしら?」

 一木の言葉にミラー大佐は懐疑的だ。だが、むくりと起き上がったシャルル大佐は違った。

「いや、あの女はプロだ。多分ばれた」

「なんの根拠が?」

「一流の料理人が肉を目利きするときと同じ目をしていた……アンドロイドっていう概念がなくとも、何か普通の人間じゃないとは気が付かれたと思う」

 先ほどとは違い、真面目な表情で語るシャルル大佐に、一木も頷いた。

「この段階でのリスクは避けたかった。けれども結局、ずいぶんな騒ぎになってしまったな……」

 危機感を覚える一木だが、ジーク大佐が慰める。

「捕縛されるよりはマシさ。そうなれば面倒どころの話じゃない」

 そうしていると、猫少佐がゴンゾに合流した。ずいぶんと逃げ回っていたようで埃まみれだった。

「申し訳ありません、お見苦しいところを……」

「猫少佐、今回の事はいいが、これからはより慎重に動いてくれ。それで、あの身なりのいい女は何者なんだ? 」

「はい。あの少女はグーシュリャリャポスティ。帝国の第三皇女です。改革派筆頭とみられていて、こういった繁華街にまで繰り出して庶民と交流することから人気があります」

 猫少佐の言葉を殺大佐が補足する。

「猫少佐に帝都の調査をさせていたら見つけたんだ。派閥こそないが、皇太子と違って柔軟な考えがあって、庶民の人気も高い。どうにかあの皇女様を担ぎ上げれれば反発を抑えて交渉出来るかもしれない」



「ミルシャ!」

 思わぬ乱闘騒ぎにざわつく鶏肉宿の前で、呆然と立ちすくむミルシャの所にグーシュがやってきた。

「お前、あの男を殺そうとしただろう? 止めろとは言ったが、あそこまでしろとは……」

「ですがグーシュ様、あの男はまっとうな存在ではありません」

 そのミルシャの言葉に怪訝な顔をするグーシュ。

「そっちもか? あの娘もなんかおかしかった……胸を揉んだ時鼓動がな、うまく言えんが変なのだ。その上どうも体温が妙だった。まるで冷えた肉を湯につけたような温かさで違和感があった。本当に人間かと疑ったぞ……男の方は? 」

「足を斬ろうとしたとき気が付きました。息遣いが無い、あの運動量で呼吸しない人間がいるでしょうか?」

 そのミルシャの言葉を聞いて、グーシュは楽しそうに笑った。

「これは……」

「これは?」

「『対決! 騎士団対星辰より来たりし侵略者』と同じ展開だ! きっとあの二人は侵略者の手先なんだ!」

 そのグーシュの様子を見て、ミルシャはため息をついた。また、悪い癖が。

「今嫌な顔しおったな! 今夜はびっしり語るからな、覚悟しろ!」

「ええー。この後城でやることがあるのではなかったのですか?」

「さっき聞いた南部の不作についての話か。むろん、話を官吏に伝えてからだ。今夜は寝かさんからな! 」

「寝かさ……さっきまで宿で……したのにですか?」

「問題あるか?」

 そう言ってグーシュは赤面するミルシャを連れて城へと帰っていく。

「けれども、あの不審な二人の事は報告しなくてもいいのですか?」

 それを聞くと、グーシュは仏頂面になった。

「治安関係の事には口出ししないことにしてる……いろいろうるさいからな。兄上がなんとかするだろ」

 文化活動やら庶民の暮らしの事で多少便宜を図ることは目こぼしされていたが、こと騎士団の領分に関しては、グーシュが関わることはやたらと警戒されていた。
 間者の情報など流せば面倒なことになるだろう。グーシュはそう判断した。

 それに、面白い連中は放っておいてみたかった。楽しいかもしれない。
 グーシュはあの妙な連中が自分にちょっかいを仕掛けて来ることを祈った。
 
 結局この日の出来事は、帝国側には記録されなかった。
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