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第二章 不幸な師団長

第9話ー2 一木代将とマナ大尉

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「一木さん! 栄養剤と頭痛薬です!」

「ああ、ありがとう。入れてくれるか?」

「はい」

 機体をゆっくり起こすと、マナが首の後ろにある注入口にアンプルを挿入した。
 一木は薬と栄養が脳に巡る感覚に浸りながら、妙なことを連想してしまう。挿入……。

 いやいや。まずは、無理せずだ。一木は妙な想像を振り払う。
 そしてマナに向き直ると、頭を潰さないように慎重に撫でた。

「え、い、一木さ……」

「悪かったね。君に失礼の無いようにしようとして、逆に君を不安にさせてしまった」

 そしてより精密な動作で、胴体を粉砕しないようにやんわりと抱き寄せる。

「時間はかかるかもしれないけど、君は俺のパートナーなんだから……一番大切なのは君だよ」

 言っていて、自分らしからぬセリフにめまいがしてくる。
 モテないというのは、あれはあれで楽だったのかもしれない。
 一木がそんな考えに囚われていると、マナが両手で一木の体をギュッと抱きしめ返した。

「やっと……」

「ん? 」

「やっと受け入れてくれたんですね!」

「んん? なんかテンション高くない?」

 今まで見たことのない満面の笑み。
 こういう顔をする娘だったのか。
 一木は今更ながら、本当にこのマナという娘と向き合っていなかったことを実感した。

「パートナーの基本情報だと、相手と合流してから一週間で関係を結ぶアンドロイドが全体の八割に及ぶそうです……それなのにもう二週間……手も握ってもらえませんでした」

 聞いていて、一木は罪悪感でいっぱいになった。
 自分のしょうもない言い訳じみた消極的な態度が、このマナという幼いアンドロイドをずいぶんと苦しめていたのだ。

「一木さん……」

「なんだい、マナ? 」

「先に、仮想空間で待っていてください……」

(アレ? )

「ちょっと勝負下着のデータをダウンロードしますので……」

(あ、これハグだけじゃすまないな)

 前潟はちょっとべたべたと言っていたが、もはやそういった行為を避けられそうもない。
 
 それに、一木には現在のマナの余裕のない態度や、冷静に見せようとしてまったく見せれていない態度に覚えがありすぎた。

(生身の頃……彼女を口説いてる俺そのものだ……)

 そうなれば、取れる行動は一つしかない。
 この状況で断られる悲しみは痛いほどわかる。

「……早くしてくれよ」

 そう言って、逃げるように仮想空間のアパートの部屋に来た一木。
 いつもの中肉中背の特徴のないアバターになると、机の上にあったシキの写真を手に取り、静かに伏せた。

「異世界侵攻作戦直前に何やってるんだ俺は……」

 異世界の住人には悪いが、ひどく滑稽な状況に笑いがこぼれる。
 人間関係に胃を痛め、友人に助けられ、思い通りにならず流される……。
 百四十年たとうが、身体が機動兵器になろうが結局自分は自分なのだ。あらためて当たり前のことを実感すると、気持ちが楽になった。

 そんなリラックスした気持ちは、目の前に現れたドエロイ、いやどえらい格好のマナによって吹き飛んだ。

 まったく隠すという機能を喪失したスケスケの下着に、ガーターベルト……こんなデータがなぜサイボーグ用仮想空間の基本データ一覧に標準準備されているのだろうか?

 一木は異世界派遣軍の闇を見た気がした。
 しかし、今の一木としてはそんな些細なことよりも、目の前の少女に向か合わなくてはならない。
 アバターだと十センチ程身長の高いマナに向き合うと、ギュッと抱き寄せた。
 先ほどと違い体を破損させる心配もない。
 前潟のアドバイス通り、目一杯スキンシップをとってやるつもりだった。

「あっ……」

 マナに抱き付くと、衛生兵仕様のSSらしい、筋肉質でありながら女性的な体が感じられる。

「マナ………」

 リードしなくては、と洒落たことを言おうとするが、一木の脳はこんな時に咄嗟に働けるほどの性能を持っていなかった。
 経験不足が大いに足を引っ張っていた。

「緊張してるんですか? 大丈夫ですよ、優しくしますから」

「え、いやそれ俺のセリフ……」

 言葉の続きは塞がれ、途絶える。
 体は押し倒され、絡めとられる。
 一木は六時間、全く休めなかった。

 一通り行為が終わり、休憩の終わりが迫りつつあり、マナがスリープモードに入ったころ。
 マナに腕枕されて微睡んでいた一木は、ふいに”カチャリ”という扉が開く音で目が覚めた。

 疲労からか、全く動かない体。
 一木が必死に目だけでドアの方を見ると、ゆっくりとドアが開いていく。

「嘘だろ……」

 ここは一木の脳に直結したコンピューター内に構築された仮想空間であり、基本的にこのアパートマップにドアの外は存在しない。
 ドアを開く動作をとることで、退室コマンドを入力せずに現実空間に行くことは出来るが、勝手に開くようなことはあり得ない。
 恐怖しながらも開いたドアから目が離せないでいると、本来廊下があるはずの空間から女がこちらを見ていた。
 背格好から、思わずかつて一緒にこの空間にいた少女の事を思い出した一木だったが、露わになった姿は別物だった。
 髪、肌、上質で滑らかなワンピース。全てが白一色の少女だった。
 しかし、わかるのはそこまで。
 一木には少女が霞や幻のようにあいまいに感じられ、詳細を捉えることが出来ない。

 そうしていると、女がゆっくりと顔を上げ、一木の方を見る。
 目が合う。不思議と優しさを感じる視線だが、状況があまりにホラーすぎた。
 程なく、一木の意識は恐怖から闇に落ちた。

 

「見たか? 」

「ああ、見た」

 首席参謀の執務室で、ダグラスともう一人、情報参謀のシャーが一木の仮想空間での様子を見ていた。
 サーレハ司令とのやり取りで一木のことが気になったダグラス首席参謀が殺情報参謀に協力を求めて、一木の仮想空間の映像を盗撮していたのだ。

 始まってそうそう情事が始まった時は気まずさを感じたものの、二人で事務仕事をしているうちに作業音楽のようになってしまっていたのだ。
 ずいぶんと趣味の悪い作業音楽だが……。

「ダグラス。お前の言う通りに盗撮まがいのことしてたらとんでもないものが映ったな 」

「仮想空間に介入するなんて……何者だ」

 ダグラスが呟くと、殺情報参謀はサメの様な鋭利な歯を見せつけるように笑った。

「そんなのサーレハ司令が言ってたんだろう? 」

「加護を与えしもの……ナンバーズが……休眠から起きてる? 」

 ナンバーズは異世界派遣軍の結成と時を同じくして休眠したはずだった。
 土偶のようなそのボディは、サンフランシスコの地球連邦議会に安置されていいるはずだ。

「なんにしろだ。ダグラス、お前の話にのってやるよ。あの一木って師団長の事調べてみよう」

 殺情報参謀の言葉にダグラスは頷くが、それでも怪訝な表情で小さく呟いた。

「しかし、やはりあの師団長只者ではないな……」

「部屋をのぞいてたあの幽霊もどきが何にしろ、あいつの経歴から調べてみるか……あとシキっていうパートナーアンドロイドについてもな」

「すまないな、恩に着るよ」

「水臭いな姐さん。カルナーク生まれの同期じゃないか。任せてくれよ」

 そう言うと、再び殺情報参謀はサメの様な歯を見せて笑った。

「気を張りすぎんなよ仲間思いの情報参謀殿」

 ダグラス首席参謀も笑いながら応じる。

「私らの艦隊で何が起きてるのかぐらい、把握しないとな」

 そう言ってダグラス首席参謀は眠る二人の映像を一瞥した。

 そうして様々なことがありつつ、いくつもの思いを乗せて、翌日艦隊は出港した。
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