上 下
2 / 116
第一章 突然の来訪者

第2話 流れ星の落ちた場所で

しおりを挟む
 帝都から馬車で五日程西に行くとたどりつくのが、ルニ子爵領だ。
 帝都に近いものの、取り立てて産物も無い。
 海岸も崖ばかりの上、大型の海獣が出没するため碌な恩恵も得られず寂れる一方の小さな領地だ。

 帝都の西方には、このような小領主がひしめいていた。
 彼らはかつてボスロ帝の護衛兵や近衛兵だった者の家の者だった。

 つまり、帝都に何かあればすぐに駆けつける事が可能な場所にいる事とされたのだ。

 そんな帝都の守りを担う地を治めているのは、今年五十になるカラン・ルニ子爵。
 でっぷりと太った大男だが、家柄からか武勇に優れた男だった。

 夜も更けた頃、カランは妻とともに床に付きながら、領地から上がってきた報告書を読んでいた。

 貴族といっても子爵、それも貧しいと言っても過言でないような領地だ。
 こじんまりとした部屋に幅こそ広いものの質素な寝台が一つ。
 その両脇にある燭台の炎が静かに子爵の手元の紙を照らしていた。

 そんな静かな夜、突如馬の嘶きが聞こえ、にわかに屋敷の正面が騒がしくなった。
 カランはすぐにそれに気がつくと、妻に先に寝ているように言付けて部屋を出た。
 するとすぐに慌てた様子の家宰がやってきた。

「カラン様、大変でございます! 」

「どうした、何事だ? 」

「軍勢です! 門の直ぐ側に見たこともない国の軍が現れ、この領地の責任者を出すようにと……」

 家宰の言うことがカランには信じられなかった。
 この領地の東にあるのは帝都のある皇帝直轄地、南北にあるのは別の領地。
 そして西にあるのは崖ばかりの海岸と、凶暴な海獣がうろつく災厄の海だけだ。

 異国の軍勢が来るような場所などあるはずもない。

「すぐに騎士団を招集しろ、民兵連中も声をかけて屋敷に武具を取りに来るよう触れを出せ! ああ、そうだ。カシュ!! 」


 矢継ぎ早に指示を出すと、カランは寝室にいる妻を呼んだ。
 聞き耳でも立てていたのだろう、扉がすぐに開き、三十歳程のまだ若い妻が姿を現した。

「はい、はい、あなた」

 軍勢がいると聞いて顔は青ざめているが、さすが貴族の妻。気丈に対応していた。

「ワシの鎧を出してくれ、すぐ出陣する」

 そうして半刻ほどでカランは胸甲に兜を身に着け、屋敷の警護兵から馬に乗れるものを選んで伴とすると、角の見事な馬に乗って出陣した。

 すでに夜も遅いと言うのに、住人達が不安からか起き出していた。
 カランが馬を急がせると程なく、街の入口の門が見えてきた。

 とはいえ人の背丈の倍ほどの壁とそれにつけられた木の門だ。どのような軍かによるだろうが、最低限の攻城戦の備えが相手にあれば、この街は容易く陥ちる。

「どうにか交渉で……うまくいくか……」

 カランはひとりごちると門に近づき、守備兵への声かけもそこそこに門脇の櫓へと登った。
 そしてカランは謎の軍勢を見た。

 騎兵は一人もおらず、代わりに家ほどの大きさの鉄の箱のような物が三つ、街道上に一列に並んでいる。

 箱からは甲高い、聞いたことの無い音が鳴り響き続けており、その前方には箱ごとに二つ、松明とも蝋燭ともつかない見たことのない白い光が灯っていた。

 そして光のついた箱の上には一回り小さな箱が乗っており、その箱からは後ろの二台には細い、一番前の箱には太い棒が伸びていて、まっすぐ門の方を向いていた。
 見ると穴が空いている。
 薬式鉄弓を大きくした物にも見える。
 もしかすると何らかの投射兵器なのかもしれない。

(攻城兵器のたぐいか? )

 心がざわつくが、表に出すわけにはいかない。
 カランは大声で問いかけた。

「来たぞ!! わしがこの子爵領の領主、カラン・ルニである!! 」

 近くにいた兵が思わず耳を塞ぐほどの大音声で叫ぶと、三つの箱の後ろからぞろぞろと人間が降りてきた。その顔を見てカランは驚いた。

 女だ。
 妙な格好をした女達が後ろの二台から八人づつ、一番前の一台から四人おりてきた。
 その全員が恐ろしく美しい女だった。

 薄暗くてハッキリとしないが、大半が緑色のまだら模様の服を着ており、その上から袖の無い分厚い上着を重ね着している。
 上着の前の部分には箱の様な物がごちゃごちゃとついており、その上肩や頭には革鎧と鉄兜を装備していた。

 しかし、そんな上半身の重装っぷりに反し、下半身は膝上までの長さの筒状の布を腰に巻いているだけだ。足には長靴と黒い長靴下を履いているようだが、腰の布と長靴下の隙間の白い肌がこの様な場所になんとも不釣り合いな色気を醸し出していた。

 カランは、そんなあまりに現実離れした光景に戸惑った。

 だがそんなカランに構うこと無く、前の一台から降りた女の内、頭と思しき一人が答えた。
 その頭の女だけが、肩と太腿を含む全身をまだら模様の服で覆っていた。
 どうやら、指揮官のようだ。

「いきなりの失礼な訪問に応えていただき、感謝する」

 澄んだ、美しい声だった。その一方で、酷く無機質な印象を感じさせる声でもあったが……。

「私は統治に派遣された部隊の先遣隊指揮官、アミと申します」


 女の言葉には一切のよどみがなく、堂々とした態度だった。
 さらに、言葉の内容を考えると、どうもかなりの軍勢が後方に控えているようだ。

「お前たちは何なのだ……どこから来た! 」

 カランがそう問うと、アミという女はしばらく目線を泳がせる。小さく何か呟いているようだがよく聞こえなかった。

「reinokotobawoiebaiina」

「答えんか! 」

「私達は……海の向こうから来ました」

 その言葉にカランは衝撃を受けた。おとぎ話だと思っていた。まさか、いや本当に……。
 嘘ではないのか、担がれているのではないか……だが、どこの誰がこんなことをするのか。

  カランがここまで衝撃を受けるのも無理はない。

 古代の創世神話から庶民の昔話、近代の無謀な冒険家の記録に至るまで、その全てが”この世界には陸地はこの大陸しか無い”という事実で統一されているのだ。

 一応おとぎ話や与太話として、古の魔王、オルドロが海の彼方に去った。
 そこには大陸以外でたった一つの島がある、というものがある。
 ただこれはあくまで神話から派生したおとぎ話。
 子供への脅し文句で用いられるような話に過ぎない。

 衝撃を受けるカランだが、今は現実に存在する、自称海向こうの女達に対応しなければならない。

「子爵閣下、私達は先触れです。どうか交渉のため、帝国との交渉使節である我々を街に入れてもらえないでしょうか? 」

 呆然とするカラン子爵の目に、土煙を上げてこちらにやってくる蛇のように長い列を作る、鉄の箱の群れが見えてきた。
 一台に四人から八人乗っているとすれば、数は数千。下手をすれば万を超える。

(とんでもないことになった。先祖よ……大陸をまとめし先祖よ、我にご加護を……)

「アミどの、詳細を話し合うためもまずは詳しい話を聞きたい。今からワシがそちらの代表者のところに行こう。案内してほしい」

 するとアミは再び一人でブツブツと話し始めた。

「……了解、送れ。それでは我々の指揮官の元に案内しましょう、閣下、降りてきてください」

 カランが頷いて、櫓を降りると周りには兵士が集まっていた。皆、不安に飲まれたような顔をしている。

「狼狽えるな! 住民を家に入れて外出を禁止しろ! それと早馬の用意だ、ルニ子爵領に海向こうからの使節あり。軍勢を連れて訪問中、とな。まずは第一報だ。続報を送る後続の馬の準備も急がせろ! 」

 バタバタと動き始める兵士たちを見ながら、カランは覚悟を決め門を開け放つように命じた。

「さあ、アミ殿。行こうか」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

本気の宇宙戦記を書きたいが巨乳も好きなのだ 〜The saga of ΛΛ〜 巨乳戦記

砂嶋真三
SF
WEB小説「巨乳戦記」を愛する男は、目覚めると太陽系を治めるモブ領主になっていた。 蛮族の艦隊が迫る中、夢だと思い込んだ男は、原作知識を活かし呑気に無双する。 巨乳秘書、巨乳メイド、巨乳艦長、そしてロリまでいる夢の世界であった。 ――と言いつつ、割とガチ目の戦争する話なのです。 ・あんまり科学しませんので、難しくないです。 ・巨乳美女、合法ロリ、ツン美少女が出ますが、えっちくありません。 ・白兵戦は、色々理由を付けて剣、槍、斧で戦います。 ・艦隊戦は、色々理由を付けて陣形を作って戦います。 ・わりとシリアスに残酷なので、電車で音読すると捕まります。 ・何だかんだと主人公は英雄になりますが、根本的には悪党です。 書いている本人としては、ゲーム・オブ・スローンズ的な展開かなと思っています。

夜美神威のあらすじSS傑作選 vol1

夜美神威
SF
夜美神威のSSシリーズ 一見あらすじみたいな内容だが そのあらすじ自体がひとつのショートショートの作品と言う ちょっと新しい?システムのショートショートです 各物語はフィクションです

異世界宇宙SFの建艦記 ――最強の宇宙戦艦を建造せよ――

黒鯛の刺身♪
SF
主人公の飯富晴信(16)はしがない高校生。 ある朝目覚めると、そこは見たことのない工場の中だった。 この工場は宇宙船を作るための設備であり、材料さえあれば巨大な宇宙船を造ることもできた。 未知の世界を開拓しながら、主人公は現地の生物達とも交流。 そして時には、戦乱にも巻き込まれ……。

お馬鹿な聖女に「だから?」と言ってみた

リオール
恋愛
だから? それは最強の言葉 ~~~~~~~~~ ※全6話。短いです ※ダークです!ダークな終わりしてます! 筆者がたまに書きたくなるダークなお話なんです。 スカッと爽快ハッピーエンドをお求めの方はごめんなさい。 ※勢いで書いたので支離滅裂です。生ぬるい目でスルーして下さい(^-^;

聖女戦士ピュアレディー

ピュア
大衆娯楽
近未来の日本! 汚染物質が突然変異でモンスター化し、人類に襲いかかる事件が多発していた。 そんな敵に立ち向かう為に開発されたピュアスーツ(スリングショット水着とほぼ同じ)を身にまとい、聖水(オシッコ)で戦う美女達がいた! その名を聖女戦士 ピュアレディー‼︎

夫に惚れた友人がよく遊びに来るんだが、夫に「不倫するつもりはない」と言われて来なくなった。

ほったげな
恋愛
夫のカジミールはイケメンでモテる。友人のドーリスがカジミールに惚れてしまったようで、よくうちに遊びに来て「食事に行きませんか?」と夫を誘う。しかし、夫に「迷惑だ」「不倫するつもりはない」と言われてから来なくなった。

日本国転生

北乃大空
SF
 女神ガイアは神族と呼ばれる宇宙管理者であり、地球を含む太陽系を管理して人類の歴史を見守ってきた。  或る日、ガイアは地球上の人類未来についてのシミュレーションを実施し、その結果は22世紀まで確実に人類が滅亡するシナリオで、何度実施しても滅亡する確率は99.999%であった。  ガイアは人類滅亡シミュレーション結果を中央管理局に提出、事態を重くみた中央管理局はガイアに人類滅亡の回避指令を出した。  その指令内容は地球人類の歴史改変で、現代地球とは別のパラレルワールド上に存在するもう一つの地球に干渉して歴史改変するものであった。  ガイアが取った歴史改変方法は、国家丸ごと転移するもので転移する国家は何と現代日本であり、その転移先は太平洋戦争開戦1年前の日本で、そこに国土ごと上書きするというものであった。  その転移先で日本が世界各国と開戦し、そこで起こる様々な出来事を超人的な能力を持つ女神と天使達の手助けで日本が覇権国家になり、人類滅亡を回避させて行くのであった。

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

処理中です...