四人の令嬢と公爵と

オゾン層

文字の大きさ
上 下
94 / 101
婚礼

宴もたけなわ

しおりを挟む



 __婚礼後、祝宴は盛大に賑わった。

 誰も彼もが公爵達の結婚を喜び、大いに祝われた。

 しかし、何事にも終わりはあるもので。
 と言っても、神殿が静かになったのは日も沈んだ頃であったのだが。

 その後、国民は片付けもこなしながら神殿を去っていった。
 アミーレアから来たアグナスも、騎士達も、最後は深々と頭を下げて王宮へと戻った。
 父親のデカートも母親のミシリアに担がれてなんとか帰っていった。
 ディトも姉妹達にそれぞれ祝いの言葉を投げた後、仕事があるからと何処かへ行ってしまった。



 そして……





 姉妹達は、公爵達と共に城へと戻ってきた。
 帰ってきたのはあまりにも遅く、辺りは真っ暗である。

 ドレスは既に着替えられ、いつもの自分達だ。
 しかし、その心は此処にあらずであった。



 此処が今日から自分達の家、帰る場所なのだ。



 そう思うだけで、姉妹達の胸奥が騒ついてしまう。今傍に公爵達がいるのも、落ち着かなかった。
 一年弱は此処にいたというのに、やはりまだ慣れないものである。

 しかし、朝になるのはあっという間だ。落ち着かないのは承知だせめて睡眠は取らねばならない。


「そ、それでは、私もうお部屋に戻りますね!おやすみなさい!お姉様!!」


 クロエはそう言ってそそくさと城の方へと向かっていった。ゴトリルといるのが相当恥ずかしいのか、逃げるように立ち去ってしまった。


「眠ぃなぁ。俺も戻るかんな」


 ゴトリルは気にする様子もなく、欠伸をかきながら城へと戻る。


「私もそろそろ行きますね。皆様おやすみなさい」

「ぼ、僕も……おやすみなさい」


 ルーナもラトーニァも、それぞれの部屋があった場所へと戻っていく。


「私もそうしますわ!おやすみなさいませ!」


 エレノアもハキハキとしたまま帰っていく。あれで寝れるのだろうか。


「…………」


 先ほどまで笑顔だったバルフレは、エレノアが去った途端真顔になり、音も無く消えた。

 そして、残ったのはオリビアとラゼイヤだけである。

 こうして二人きりになってしまったことを、オリビアは酷く後悔した。

 と二人きりになるなんて、心臓が持たない。


「オリビア」


 不意に、ラゼイヤが彼女を呼ぶ。
 もう聞きなれたはずの呼び声も、何故だか恥ずかしい。


「寝る前に少し風に当たらないか?」


 彼からの誘いに、断る理由はなかった。


「はい」










____________________



 かのテラスにて、二人は夜の街を眺めていた。

 街は未だお祝いムードで、いつにも増して灯りが輝いている。

 それを眺めながら、オリビアは初めてベルフェナールに来た時のことを思い出していた。



 初めは此処で皆と円卓を囲み、お茶をしていた。

 あの時は公爵達の姿を恐ろしいと感じていたが、今は何も思わない。むしろ、見かけに囚われず内面を知る機会ができて好印象なほどである。

 まさか婚約破棄からこうして出逢えるとは思いもしなかったし、無事結婚できるとも思わなかった。

 ただ、と結婚できてよかったとは思えた。


「オリビア?考え事かい」


 ぽけーっと街を眺めていたオリビアに、ラゼイヤは首を傾げる。


「ええ。昔のことを思い出していました」


 オリビアは隠すことなく答え、微笑む。それにラゼイヤも笑みを返した。

 微睡むような時間が過ぎていく中、ラゼイヤが不意に口を開く。


「そういえば、オリビアにはまだ私の魔法を教えていなかったね」

「?…得意魔法ですか?」

「ああ。今のところ私にしか使えない魔法が一つあるんだ」

「まあ。そうなのですね」


 ラゼイヤにしか使えない魔法と聞き、オリビアは興味を抱いた。
 好きになった彼だからこそ興味を持てた。


「それで、貴方様の魔法は一体どのような……」

「オリビア





 



 その言葉と共に、オリビアは口を噤む。

 いや、噤むことしかできなかった。

 これは、知っている。

 だって、見たことあるのだから。



「フフ、驚いたかい?これも魔法さ」


 ラゼイヤは悪戯が成功した子供のように、無邪気な笑みを浮かべている。
 オリビアは驚きながらも、その顔に視線をしっかりと向ける。


「……もしかして、バルフレ様と同じですか?」


 しばらくして口が動き出したオリビアの第一声に、ラゼイヤは再び笑う。


「違うよ。バルフレは呪いだが私のは違う。もしそうなら初めに自分しか使えないなんて言わないさ」

「そ、それもそうでしたわね」


 そんなこと言っていた気がすると、今更思い出してオリビアは少し気不味くなった。しかし、そんな彼女を気にも止めず、ラゼイヤは口を開く。



「『命令』。それが私の魔法だよ」



「めい、れい……?」


 『命令』という言葉に、オリビアは理解が追いつかなかった。


「そう。文字通り、『命令を下す』魔法だ。今みたく、人に指図をすれば最も簡単に従わせられる。これは私がこの国で唯一持つ魔法の一つだよ」


 困惑したままのオリビアにラゼイヤはそう親切に説明してくれる。


「……ということは、」



 初めての朝食も、アレッサも、そして今のも、



の違和感は、貴方様だったのですね」


 オリビアは、見開いた目でラゼイヤを見る。
 驚いたような、呆気に取られた顔を見て、ラゼイヤはおかしそうに笑った。


「御明察。流石に二度目は気付かれると思ったけど、案外バレないものだね」


 ラゼイヤは、クスクスと笑っている。揶揄われているような雰囲気に、オリビアは少しだけ不満を抱いた。

 ただ、そんな気分もすぐに霧散し、ある疑問が浮かび上がる。


「もし、そのような魔法を扱えるのでしたら、私達や両親にも一度は使ったりしたのですか?」


 オリビアがそう聞くと、ラゼイヤは笑いつつも首を横に振る。


「そんなことしない。あの時ダイニングでは手加減ができずに周りにまでしてしまったが、故意に君達へ命令したことは一度も無いよ。それに、命令したら兄弟達も気付くはずだからね」

「それもそうですわね」


 ラゼイヤの言葉に、オリビアは安堵を覚えていた。



 もし、ラゼイヤがその魔法を使って此処までの関係を築いたのなら、それは偽りとなる。

 故に、今この時が嘘偽りない真であることをラゼイヤの言葉で確信していたからだ。

 『ラゼイヤが嘘をついている』という考えは、一年間共にいたオリビアには至ることがなかった。


「……とまぁ、言ってはみたものの」


 ラゼイヤは、空気を変えるように咳払いする。


「今から私は君にひとつだけ『命令』をしようと思う」

「え?」


 不意にかけられた言葉に、オリビアの体が固まる。
 目の前にいるラゼイヤは、オリビアの肩を優しく抱き、顔を近付けてくる。
 顔を蠢く目玉は一斉に彼女を捉えているが、それに怖気付くことはない。何度も見たその瞳は、今やオリビア愛しいものであった。


「心配はいらない。危害は加えないし、私が君に『命令』するのは、これが最初で最後だ」


 ラゼイヤはそう言うと、オリビアの目を真っ直ぐ見て口を開いた。





「オリビア










 





 オリビアの耳から伝わり、心に落ちたその言葉は、『命令』であるにも関わらず、彼女の体を温めていく。



 一国の公爵が隣国の娘に下した『命令』は、彼が彼女に求めたものは





 『彼女自身の幸せ』であった。





「……それは、貴方様次第ですわ」


 オリビアは微笑んでいたが、一筋の涙が頬を伝う。
 それを見て、ラゼイヤは手で優しく拭い、笑い返していた。


「それもそうだな。やはり魔法に頼るのはよろしくない」


 そう言って、ラゼイヤは楽しそうに笑う。その顔もあまりに優しくて、オリビアは余計に涙が堪えられなくなった。



 ラゼイヤが自分のことより、オリビアを想ってくれているのが、痛いほどに伝わる。

 何処までも奥手で、臆病で、優し過ぎる彼に愛されていることが、既にオリビアの幸せであった。



「オリビア、君を幸せにしてみせるよ。いつかこの身が終わろうとも、君を愛し続ける」



 一度目は書斎で、二度目は神殿で、そして三度目はこのテラスで、ラゼイヤはオリビアに誓いを捧げた。

 その誓いに水を差す者も、咎める者も今はいない。


「私も、貴方様を愛します。愛しております」


 泣き腫らした顔を綻ばせて、オリビアも同じように誓う。

 その後は互いに笑みを向けて、





 どちらともなく口付けた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

婚約解消は君の方から

みなせ
恋愛
私、リオンは“真実の愛”を見つけてしまった。 しかし、私には産まれた時からの婚約者・ミアがいる。 私が愛するカレンに嫌がらせをするミアに、 嫌がらせをやめるよう呼び出したのに…… どうしてこうなったんだろう? 2020.2.17より、カレンの話を始めました。 小説家になろうさんにも掲載しています。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

処理中です...