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婚礼
さぁ、祝おう
しおりを挟む嵐のような喧騒も去り、神殿はしんと静まり返っていた。
怒涛に始まり怒涛に終わった展開から抜け出すのに、此処にいた全員ができそうになかった。
しかし、ラゼイヤが咳払いをすると、周りの空気が心なしか緩和された気がした。
黙り込んでいた群衆はざわざわと響めき出し、賑やかさを取り戻している。
アグナスも騎士達も、固まっていた体が弛緩する。
それぞれの緊張が解れる中、ラゼイヤは呼びかけるように声をあげた。
「先ほどは大変お騒がせしました。婚礼も無事終わったことですし、祝宴に移りましょう」
ラゼイヤがそう言うと、辺りは再び歓声を上げ、活気を取り戻す。
まるで、先刻の惨劇なんて無かったかのように。
____________________
__神殿の外、広々とした中庭で、幾つもの円卓を囲んで皆が祝杯をあげた。
異形を成した群衆は平民貴族などお構い無しで、互いに和気藹々と飲み食いする。中には大勢で歌い出してどんちゃん騒ぎする者達もいた。
厳かとは程遠い祝宴であるが、それでも皆楽しそうに笑っていた。
わざわざ出向いてくれたアグナスと騎士達も周りが快く勧めてくれたが、アレを見た後だったのもあって食欲はあまり無い様子であった。
そもそも、アグナスはロズワートとアレッサの処遇について公爵達と話すつもりであったのだが、既に公爵達自らの手で相応の処置を受けさせてもらったので、此処にいる理由は『これからのことについて』しかないのであって。
その話をいつ切り出そうかと、悩んでいた矢先。
「アグナス殿下」
声の方にアグナスが振り向くと、ラゼイヤが佇んでいた。相変わらず蠢く目玉と触手は気味悪いのだが、今のアグナスにはその光景すらも普通に思えた。
「先ほどは申し訳御座いません。勝手に事を進めてしまい……」
「いえいえ。むしろ此方こそ、貴方様のお手を煩わせてしまって申し訳無いばかりです」
初めは頭を下げ合っていた二人だが、
「ところで、ガルシア領の件なのですが……」
先に話題を振ったのは、ラゼイヤであった。
「無理矢理占領してしまったことを、今更ではありますがお詫び申し上げます」
「いいえ。これも全て私の不手際が原因なのです」
「貴方は何も悪くありませんよ。先ほどラトーニァから聞きました」
ラトーニァは、確か心が視えるとかいう三男であったか。
まさか、いつの間に心を読まれていたのだろう。
「貴方は、心の底から悔いていたそうで。それでは貴方が報われないではありませんか」
そう言って微笑まれると、落ち切っていた心が軽くなった気がした。
「ですから、これを機に同盟でも結びません?」
「なんと……今、なんと仰いましたか!?」
一度だけでは信じられず、アグナスは不躾ながらも聞き返した。それを見てか可笑しそうに笑うラゼイヤは、また口を開く。
「同盟です。貴方の国は丁度ガルシア領を挟んだ隣同士ではありませんか。今回の件でお互い水を流して、友好的に行きましょう」
「ああ……」
アグナスは、文字通り言葉を失っていた。
あれだけ息子と小娘が散々迷惑をかけたというのに、彼は情けをかけてきた。
普通なら賠償やら何やら踏んだくっても良いくらいだ。なのに、彼はしなかった。
目の前にいるラゼイヤが、神様に見えた。
「有難う御座います!!その同盟、喜んでお受け致します!!!」
初老を迎えた国王が、見た目二十歳後半の公爵に頭を下げている。しかし、その光景に驚くのはアミーレアの騎士だけで、他のものは見向きもせず酒を飲んでいた。
「では、これにて契約成立です」
ラゼイヤはそう言って踵を返す。
アグナスは、彼が見えなくなるまで頭を下げ続けていた。
「オリビア。待たせてしまったね」
「いいえ。丁度ディト様も戻っていらしたので、お話ししていました」
オリビアの元へ戻ってきたラゼイヤは、その言葉を聞くや否や、オリビアの隣にいた者を睨む。
「ちょっとー、僕ちゃんと正装で来たんだから睨むことないじゃん」
オリビアの隣で、ディトは悪戯に笑う。その姿はあの黒々とした甲冑ではなく、白をベースにしたタキシードであった。
先ほどのディトには一抹の恐怖を抱いていたが、話すとやはりいつもの優しい五男であって、オリビアは不思議と警戒心が解けていた。
「私は先ほどのアレを許してはいないぞ」
「神殿汚したこと?だってしょうがないじゃん、あの子逃げようとしてたし」
「だからって何故潰すことしか考えていないんだ!?お前は昔からそうだぞ!何でもかんでも力尽くで!!」
「えー?でも逃げられちゃうの嫌だもん」
「だもん、じゃない!!他にもやり方はあっただろう!?」
初っ端から言い争いを始める二人に、オリビアは苦笑していた。
そして、辺りを見渡す。
少し向こうで、クロエはゴトリルと食事を摂っていた。
ゴトリルによそわれたのだろう、クロエが手に持つ皿にはこれでもかと食べ物が盛り付けられている。それを見て何やら叫んでいるクロエと、笑っているゴトリルがいた。
その隣では、エレノアがバルフレにずっと話し続けている。愉快そうに話す彼女に合わせて、バルフレは微笑みを絶やさずうんうんと頷き続けていた。
というか、顔がとても近い。今にも口付けられるくらいの距離だ。
あの真顔公爵は何処へ行ったのだろうか。
そこから少し離れたところで、ルーナがラトーニァに紅茶を勧めている。
先ほどの激昂で体力の殆どを使ったらしく、ラトーニァは椅子に腰掛け項垂れていた。もう喋る気力もなさそうだ。
しかし、ルーナが紅茶を差し出すと、それだけは両手でちゃんと受け取り、申し訳無さそうに笑っていた。
姉妹達それぞれが、旦那様といるのを見て、オリビアは胸の奥が温まるのを感じた。
「オリビアー!」
ふと、自分を呼ぶ声と共に誰かが此方に走ってくる。
それは、母親のミシリアであった。
「お母様、そんな走って来なくても……」
「何を言ってるのよ!娘達の晴れ姿をこの目でしっかりと収めなきゃいけないんだから!」
ミシリアは相変わらずであるようだ。
「……そういえば、お父様は?」
「あの人なら控室を借りて寝てるわ。気分が悪くなったとかで」
「そうでしょうね……」
それもそうだ。普通あんなのを見て何も感じないわけが無かろうに。
オリビアは、今頃控えで顔を青くして寝ているであろう父親のデカートを心の中で案じた。
「ミシリア夫人、よくぞいらっしゃいました」
「この人がオリビア達のお母さん?はじめまして!」
気付いたラゼイヤとディトも此方に来る。二人の姿を見るや否や、ミシリアは目を輝かせる。
「ラゼイヤ様!本日はお呼びくださり本当にありがとうございます!」
「いえ、親族の方を呼ぶのは当然のことではありませんか」
「それもそうでしたわね。ということは……今は義息子かしら?」
「やめてください。もうそんな歳じゃありません」
「何を仰るんですか!見た目は私よりもうんと若いのに」
「いや、そんな……」
ミシリアの言葉を聞いたラゼイヤはむず痒そうに触手をうねらせていた。
「兄さん照れてるー」
「五月蝿い」
茶々を入れてきたディトに、ラゼイヤは軽く喝を入れる。すると、ミシリアの視線がラゼイヤからディトの方に向いた。
「貴方様がディト様?なんて美しいのでしょう!」
「どうも、お義母様。宴会楽しんでる?」
「勿論ですわ!それよりディト様、先ほどは素晴らしかったですわ!!」
「え?」
「あの身のこなしですわよ!人の列を軽々と飛び越えてあの小娘にお灸をお据えになったでしょう?」
「「ん???」」
母の言葉に、オリビアもラゼイヤも耳を疑う。
「あれと言ったら、もう爽快でしたわ!!ずっと癇に障るあの娘が一瞬で、あんなあっさりぺちゃんこになるんですもの!本当、スッキリしました!!ディト様が豪快にやってくれたお陰ですわ!!」
「ほんとー?そんなに褒められると僕も照れちゃうなぁ」
ミシリアからの賞賛に、ディトは嬉しそうに頭を掻いている。その光景を、オリビアとラゼイヤは目を点にして眺めていた。
「……君の母君は、まぁ、前々から思ってはいたんだが、随分と肝が据わっているんだね」
「ええ……据わり過ぎている気もしますが」
「ところで、ガルシア辺境伯は?」
「控えで寝込んでいるそうです……」
「そうか……お詫びになるかは分からないが、後で菓子折りを贈らせてもらうよ」
顔色の優れないラゼイヤとオリビア。意気投合する五男と夫人。それぞれで楽しんでいる姉妹達と公爵達。そして今も寝込んでいるであろう辺境伯。
なんとも忙しない祝宴となってしまったが、有意義なことには変わりない。
そんな時間も、着々と終わりが近づいてきていた。
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