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婚礼
Booby Trap
しおりを挟むエレノアの首に手をかけたロズワート。
あまりに急なことで姉妹達は動くこともできなかった。本当は心の底から焦っているのだが、ロズワートの危機迫った顔を見たら体が固まってしまった。
それに対して、公爵達は慌てる様子もなく優雅にその光景を眺めている。
慌てる必要など無かったのだから。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
耳をつんざくほどの絶叫と共に、ロズワートの体が崩折れる。悲鳴の発信源は誰でもない、ロズワートであった。
ロズワートは、叫びながら神殿の床をのたうち回っている。獲れたての魚のような動きに、姉妹達は唖然としていた。
対してエレノアはというと、首には怪我どころか痕すら残っておらず、白い柔肌のままであった。
一体何が起こったのかは、姉妹達も襲われた本人であるエレノアもわからずキョトンとしている。
ただ、それを一部始終眺めていた公爵達は別であった。
「彼奴、まんまと引っかかったな」
ゴトリルが笑ってそう促すと、バルフレは真顔で鼻を鳴らした。
「奴が自ら飛び込んできただけだ。私は何もしていない」
そう言うバルフレは、唖然としたままのエレノアの肩を抱き、体が密着するほどに近付ける。ゼロ距離まで迫ったその顔は、エレノアに向けられる時だけ微笑んでいた。
「エレノア、大事無いか?」
「え、ええ。私なら……」
あまりに近くて頬を赤く染めるエレノアであったが、戸惑いつつも口を開く。
「あのー……ロズワート様はどうなさったのですか?」
恐る恐る聞くと、バルフレは微笑みから一変、真顔に変わった。
「奴は害虫と認識された。それに」
バルフレが指差したのは、エレノアが身に付けている真っ赤な宝石が付けられた首飾りであった。
バルフレに指摘されて、エレノアは自分の首にかけられたものがどんなものであったのかを思い出した。
「そういえば、前に仰ってた呪いのことですわね。でも……呪いとはこういうものなのですか?」
エレノアはロズワートの方に目をやる。ロズワートは叫びはしなくなったものの、未だ苦しそうに唸っていた。
「私が作ったからな。強力だ」
ロズワートに視線を向けていたエレノアの顔を、バルフレは優しい手つきで自分の方に向き直させる。
「あんなものは見なくて良い。お前の瞳に映る価値も無い」
バルフレはエレノアの目を手で覆うと、ロズワートの方に視線を向けた。
ロズワートとはというと、少し呻いてはいるがある程度動けるようになっていた。しかし、その姿は何かが違う。
よくよく見ると、ロズワートの肌に何やら痣らしきものが見え隠れしていた。それは全身にまわっており、服から見える顔と手に蔦のような模様の黒い痣がくっきりと浮かび上がっていた。
ロズワートはそれが浮かんでいる部分を、痛そうに摩っていた。
「これ、は、何なんだ!?僕に、何をしたぁ!!」
ロズワートは声も出すのも苦しそうで、呻めきながそう叫ぶ。若干涙目な彼に対して、バルフレは冷たく言い放った。
「呪いだ。エレノアが二回も復唱してやったというのに、そんなこともわからん莫迦なのか貴様は」
「の、呪い……?」
「エレノアに害なす者を排除するために私が作った。エレノアに危害を加えようとすればすぐさま発動する」
淡々と説明するバルフレを、ロズワートは必死に見ることしかできない。身体に浮かんだ痣が、彼を苦しめているようだった。
「そ、そんなもの、僕に……王太子、の僕に」
「くだらん。王の息子だから何だ。そもそも、貴様は廃嫡される身なのだろう。己の私欲のために不明瞭な身分を振りかざすな阿呆が」
未だに王太子であることを主張しようとするロズワートに、バルフレは冷たく吐き捨てる。あまりの容赦の無さに目を閉ざされたエレノアは少しながら困惑していた。
そして、その二人の隣にいた公爵達は、困ったように笑っている。
「バルフレ、これは些か強過ぎやしないか?」
ラゼイヤは苦しんでいるロズワートに、呆れた視線を向けている。それに対して、バルフレは表情ひとつ変えず口を開いた。
「エレノアが危険に晒されるよりマシだ」
「そうは言うがな……それはそうと、一体どんな呪詛をかけた」
「意識が飛ばない程度の激痛を起きている間常に味わう」
「……そうだな。バルフレにしてはまだ優しい方か」
「それと眠れば何度も死ぬ夢を見る」
「訂正させてくれ。やっぱり過剰だ」
バルフレが教えてくれた呪いの内容に、ラゼイヤは苦笑いを返す。しかし、それを聞いていたロズワートは顔面蒼白で、バルフレの足元に這い寄った。
「嫌だ!解いてくれよ!!こんなのがずっとだなんて絶対嫌だ!!」
体を巡る痛みのせいか、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたロズワートは、必死にバルフレへと懇願する。
しかし、バルフレはゴミでも見るような目を彼に向けていた。人を見る目ではない。
その視線にも、今のロズワートは死に物狂いで抗議していた。
「大体、なんでエレノアなんだ!?こんなお喋りの何処が良いんだよ!?口が達者なだけしか取り柄が無い女が!!」
痛みで我を失っていたロズワートは、掃き溜めを一気に垂れ流すが如く、罵詈雑言を喚き散らした。エレノアに対する不満と怒りを、本人の前で容赦無く吐き出していた。
「あんただって!長くいたらこんな奴嫌になるに決まってる!!こんな女!!」
人の目も気にせず泣き喚くロズワートに、姉妹達は呆れ返っていた。
確かに、エレノアにだって非がある時はある。しかし、今はどう足掻いてもロズワートの方が悪い。
それを聞かせた相手も悪かった。
「そうか。貴様はこの期に及んでなおエレノアに対してそのような態度を貫くか」
……気のせいだろうか。神殿内の温度が急激に下がった気がする。
「死にたいのか貴様」
みしり
神殿に、黒いヒビが走った。
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