28 / 101
婚約
本題
しおりを挟む静かになったダイニングに、ラゼイヤの咳払いだけが響く。
静かになったまでは良かったものの、姉妹達も黙ってしまったことにラゼイヤは苦笑いしていた。
「本当にすまない。驚かせるつもりはなかったんだ」
慌てた様子で言う彼に、姉妹達は引いていた血の気が戻っていくのを感じる。
いつものラゼイヤに戻った気がして、安心感が湧いたのだった。
「い、いえ、お気になさることなどありません」
「だが、少し怖がらせてしまったからね」
少し、どころではなかった。かなり怖かった。
「……ああ、そうだ」
未だ微妙な空気が漂うダイニングで、ラゼイヤは思いついたように口を開く。
「弟のせいで話しそびれていたんだが、君達に伝えたいことがあってね」
ラゼイヤは見慣れた微笑を姉妹達に向ける。
「君達の、ご両親についてだ」
その時、姉妹達の時が止まった。
今まで自分達を育ててくれた生みの親。
姉妹達に平等に愛を与えてくれた大切な家族。
無理やり嫁がされ、別れの挨拶もできなかった父と母。
姉妹達の中で、両親との記憶が駆け巡る。
と同時に、その話がラゼイヤから出されたことに困惑と焦りを覚えた。
未だ連絡の取れなかった両親が一体どうなっているのか、姉妹達には分からなかったのだ。
焦りが募る中、耐えられなくなったクロエが口を開く。
「お父様と、お母様が!?何かあったのですか!?」
切羽詰まった様子で問いかけるクロエに、ラゼイヤは落ち着くよう手をかざして制した。
「安心して。悲報ではないよ」
子供をあやすようにクロエを落ち着かせ、ラゼイヤは改めて話し出した。
「実は昨日、ガルシア辺境伯に手紙を出してね。君達が私達の婚約者になったことと、1年後の婚礼について報告したんだ。ああ、結婚しなかった場合の話もちゃんと伝えているよ」
まさか、昨日既に両親へ向けて報告がされているとは思っておらず、姉妹達は驚いていた。
「それと、『婚約にあたってガルシア領はベルフェナールの所有地となること』を条件に出したんだが、ご両親は快く承諾してくれたよ」
続いて放ったその言葉に、姉妹達は驚きを通り越して絶句した。
アミーレアの土地であるガルシア領を、接点の無いベルフェナールが勝手に占有するということは、それ即ち侵略と同等である。
そんなことをすれば、アミーレアとベルフェナールの間で戦争が始まってしまってもおかしくないのだ。
しかし、それを両親が承諾するとは、一体何を考えているのだろうか。自分達には不利でしかないと思うのだが……
顔を真っ青にした姉妹達に、ラゼイヤはハッとした様子で言葉を継ぎ足した。
「勿論、このことは国王にも伝えている。今はそれの返事待ちだ。何かあればガルシア領からはすぐにでも退こう」
退く、ということは、既にベルフェナールの者がガルシア領を占領しているのだろう。大体の予想がついていた。
ただ、ガルシア辺境伯という立ち位置である父とその妻である母が今後どうなるのかがわからず、姉妹達はただただ心配していた。
「……そんなに心配することはないと思うよ?」
ラゼイヤは、未だに目を白黒させる姉妹達に優しく語りかけた。
「君達は、王太子の命令で嫁がされた身だろう?それなのにご両親と絶縁させられた形で此方に来たというのに、これでは君達が報われないじゃないか。君達とガルシア辺境伯には何の罪も無い。だから、ガルシア領は私達が保護した。今後、彼方の国王や王太子が何をしでかすのかわかったものじゃないからね。今回の件は私達との橋渡しのための婚約だろう?もし私達がそれを拒否すれば、真っ先に責められるのはガルシア辺境伯だ。だから私達は、先手を打っただけだ。その言伝も全て国王に伝えている。あとはその返事次第かな。と言っても、彼方が先に騙し討ちをしてきたようなものだから、良い返事が来るだろうね」
そう言ってラゼイヤは残っていた紅茶を飲み干した。
あまりに余裕なその態度に、姉妹達は困惑していた。
確かに、先に騙したのはアミーレアだ。しかし、だからと言って国の所有地を勝手に占領するのは些かどうかとも思う。
「……何故、そこまでする必要があるのです?」
オリビアが重い口を開いて聞くと、ラゼイヤは微笑を増して答えた。
「血縁者である令嬢全員を嫁がせるということは、ガルシア領を明け渡すと言っているようなものだろう?王太子の要件を聞く気は無いが、道理は通すつもりだよ」
笑みを絶やさず話すラゼイヤに、姉妹達は再び恐怖した。
彼の考えが、見えない。
「それに、自分のものほど、大切にしたい性質なんだ……私の場合はね」
0
お気に入りに追加
157
あなたにおすすめの小説
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
婚約者はうちのメイドに夢中らしい
神々廻
恋愛
ある日突然、私にイケメンでお金持ちで、家柄も良い方から婚約の申込みが来た。
「久しぶり!!!会いたかった、ずっと探してたんだっ」
彼は初恋の元貴族の家のメイドが目的だった。
「ということで、僕は君を愛さない。がしかし、僕の愛する彼女は貴族ではなく、正妻にすることが出来ない。だから、君を正妻にして彼女を愛人という形で愛し合いたい。わかってくれ、それに君にとっても悪い話ではないだろう?」
いや、悪いが!?
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
婚約解消は君の方から
みなせ
恋愛
私、リオンは“真実の愛”を見つけてしまった。
しかし、私には産まれた時からの婚約者・ミアがいる。
私が愛するカレンに嫌がらせをするミアに、
嫌がらせをやめるよう呼び出したのに……
どうしてこうなったんだろう?
2020.2.17より、カレンの話を始めました。
小説家になろうさんにも掲載しています。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる