四人の令嬢と公爵と

オゾン層

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婚約

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 静かになったダイニングに、ラゼイヤの咳払いだけが響く。

 静かになったまでは良かったものの、姉妹達も黙ってしまったことにラゼイヤは苦笑いしていた。


「本当にすまない。驚かせるつもりはなかったんだ」


 慌てた様子で言う彼に、姉妹達は引いていた血の気が戻っていくのを感じる。
 いつものラゼイヤに戻った気がして、安心感が湧いたのだった。


「い、いえ、お気になさることなどありません」

「だが、少し怖がらせてしまったからね」


 少し、どころではなかった。かなり怖かった。


「……ああ、そうだ」


 未だ微妙な空気が漂うダイニングで、ラゼイヤは思いついたように口を開く。


「弟のせいで話しそびれていたんだが、君達に伝えたいことがあってね」


 ラゼイヤは見慣れた微笑を姉妹達に向ける。


「君達の、ご両親についてだ」


 その時、姉妹達の時が止まった。



 今まで自分達を育ててくれた生みの親。

 姉妹達に平等に愛を与えてくれた大切な家族。

 無理やり嫁がされ、別れの挨拶もできなかった父と母。



 姉妹達の中で、両親との記憶が駆け巡る。
 と同時に、その話がラゼイヤから出されたことに困惑と焦りを覚えた。

 未だ連絡の取れなかった両親が一体どうなっているのか、姉妹達には分からなかったのだ。

 焦りが募る中、耐えられなくなったクロエが口を開く。


「お父様と、お母様が!?何かあったのですか!?」


 切羽詰まった様子で問いかけるクロエに、ラゼイヤは落ち着くよう手をかざして制した。


「安心して。悲報ではないよ」


 子供をあやすようにクロエを落ち着かせ、ラゼイヤは改めて話し出した。


「実は昨日、ガルシア辺境伯に手紙を出してね。君達が私達の婚約者になったことと、1年後の婚礼について報告したんだ。ああ、結婚しなかった場合の話もちゃんと伝えているよ」


 まさか、昨日既に両親へ向けて報告がされているとは思っておらず、姉妹達は驚いていた。


「それと、『婚約にあたってガルシア領はベルフェナールの所有地となること』を条件に出したんだが、ご両親は快く承諾してくれたよ」


 続いて放ったその言葉に、姉妹達は驚きを通り越して絶句した。

 アミーレアの土地であるガルシア領を、接点の無いベルフェナールが勝手に占有するということは、それ即ち侵略と同等である。
 そんなことをすれば、アミーレアとベルフェナールの間で戦争が始まってしまってもおかしくないのだ。
 しかし、それを両親が承諾するとは、一体何を考えているのだろうか。自分達には不利でしかないと思うのだが……

 顔を真っ青にした姉妹達に、ラゼイヤはハッとした様子で言葉を継ぎ足した。


「勿論、このことは国王にも伝えている。今はそれの返事待ちだ。何かあればガルシア領からはすぐにでも退こう」


 退く、ということは、既にベルフェナールの者がガルシア領を占領しているのだろう。大体の予想がついていた。

 ただ、ガルシア辺境伯という立ち位置である父とその妻である母が今後どうなるのかがわからず、姉妹達はただただ心配していた。


「……そんなに心配することはないと思うよ?」


 ラゼイヤは、未だに目を白黒させる姉妹達に優しく語りかけた。


「君達は、王太子の命令で嫁がされた身だろう?それなのにご両親と絶縁させられた形で此方に来たというのに、これでは君達が報われないじゃないか。君達とガルシア辺境伯には何の罪も無い。だから、ガルシア領は私達が。今後、彼方の国王や王太子が何をしでかすのかわかったものじゃないからね。今回の件は私達との橋渡しのための婚約だろう?もし私達がそれを拒否すれば、真っ先に責められるのはガルシア辺境伯だ。だから私達は、だけだ。その言伝も全て国王に伝えている。あとはその返事次第かな。と言っても、彼方が先に騙し討ちをしてきたようなものだから、良い返事が来るだろうね」


 そう言ってラゼイヤは残っていた紅茶を飲み干した。
 あまりに余裕なその態度に、姉妹達は困惑していた。

 確かに、先に騙したのはアミーレアだ。しかし、だからと言って国の所有地を勝手に占領するのはいささかどうかとも思う。


「……何故、そこまでする必要があるのです?」


 オリビアが重い口を開いて聞くと、ラゼイヤは微笑を増して答えた。


「血縁者である令嬢全員を嫁がせるということは、ガルシア領を明け渡すと言っているようなものだろう?王太子の要件を聞く気は無いが、道理は通すつもりだよ」


 笑みを絶やさず話すラゼイヤに、姉妹達は再び恐怖した。

 彼の考えが、見えない。





「それに、ほど、大切にしたい性質タチなんだ……私の場合はね」
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