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泣いたら思う存分抱っこしてあげましょう

(七)

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 ちょうど話がひと区切りついた頃、リビングのドアをノックする音が聞こえた。ドアが開き顔を出したのは紡生だった。
「也耶子ちゃん、お昼はチーズフォンジュが食べたいなぁ」
 せっかく也耶子が来たのだからチーズフォンデュが食べたいと、紡生が甘えた声を出した。
「あら? もうそんな時間だった?」
「うん、そんな時間! チーズフォンジュ、チーズフォンジュ! ねぇ、だめ?」
 上目遣いに可愛らしくお願いする紡生だが、残念ながら材料が足りないらしい。士温を抱いた三保子も現れ、こう説明した。
「チーズフォンデュは無理よ、紡生。そんなにたくさんチーズがないの。それよりも、これどうしましょう。昨日、夕飯に食べようと用意したのに、すっかり忘れてしまったのよ」
「何を、ですか?」
 三保子が冷蔵庫を開け、残り物の茹でたじゃが芋と人参を取り出した。
「チーズもあるし、食パンもあるから……よし、あれができるわね」
 冷蔵庫の中身を確認すると、古木家の定番メニューができそうだ。
「もしよかったら、赤ちゃんの離乳食も作りましょうか?」
「り、離乳食? 赤ん坊の食事ってミルクだけじゃないんですか?」
 千栄子の書いた育児日記を見ると、既に離乳食を開始しているらしい。そういえばキャリーバッグの中には様々なレトルト食品や小さな瓶詰が入っていた。多分、それらが離乳食なのだろう。
「無添加の出汁の素があるから、一緒にじゃが芋と人参のピューレを作りましょう」
 三保子が離乳食を作る横で、也耶子は四人分の昼食を担当することになった。

 まず塩と胡椒を振ったじゃが芋と人参に、マヨネーズをかけポテトサラダを作る。次に食パンにケチャップを塗る。そして、食パンの上にポテトサラダを乗せ、その上に溶けるチーズをトッピングする。オーブントースターで焦げ目がつくまで焼いたら、ピザポテトトーストの出来上がりだ。
「わぁい、ピザだ! おいものピザだ!」
「あら、簡単にできるのね」
「これは私の母が学生時代にバイトしていた、喫茶店で提供していたメニューなんです。二つ違いの兄が四六時中お腹を空かしていたので、ボリュームのあるピザポテトトーストが日曜日の昼食の定番だったんですよ。もちろん、じゃが芋多めでした」
 しかも安価でできるため、也耶子も給料日前などによく作っていた。

 三保子と也耶子がキッチンにいる間、姿がなかった真司が顔を出した。
「紡生が自分の部屋で使っている椅子が、ちょうどこの子に使えるかと思ってね。外してあった部品を付けてきたよ」
 ピンク色の可愛らしいハイチェアを持ってきた。
「あっ、つんちゃんのクマちゃんイス!」
「これ士温が使っても良いかしら?」
「いいよ。これに座ればしょんちゃんも一緒に食べられるものね」
 どうやら紡生には呼びにくい名前らしく、と言ったつもりがになっていた。リビングダイニングにはパンの焼ける香ばしい匂いと、コーヒーの深い香りが漂ってきた。
「あぁ、うぅぅ、まっ、まっ、ま……」
 士温も口をパクパクさせて、お腹が空いたと訴えているようだ。
「大人はコーヒー、紡生はリンゴジュース」
 紡生のコップに注がれたのはお取り寄せの高級品ではなく、近所のスーパーで売っているお手頃価格の紙パック一〇〇〇ml入りジュースだ。
「子供はこだわらないから、こっちのジュースでも喜んで飲んでくれますよ。須藤さんはカフェラテでも良いですか?」
 真司もコーヒー党のようで、大人は本格的なエスプレッソマシンで淹れたカフェラテだった。
「大人にはこだわりがあるようですね」
 也耶子がそう切り返すと、彼は照れ臭そうに頭を掻いた。
「しょんちゃんは麦茶だね」
「ごめんなさいね、也耶子さん。キャリーバックの中を勝手に物色しちゃったわ」
「あら、そんなのも入っていたんですか?」
 なんとキャリーバッグの中には、赤ん坊用の粉末麦茶まで入っていたらしい。
「はい。皆が揃ったところで、いただきます」
「いただきます」
 皆が一斉に口をそろえると、士温も真似したように声を上げた。
「あぅ、ぅうぅ」

 出会いとは不思議なものだ。ついこの間まで見ず知らずの他人だったのに、今ではこうやって仲良く家族のように食卓を囲み昼食を食べている。
「美味しい、お芋のピザパン」
「本当、美味しいわね。也耶子さんのお陰で食材が無駄にならずに済んだわ」
「この上に目玉焼きを乗せたら、カロリー過多かな?」
「たんぱく質がないから、ちょうど良いかもしれませんね。でも、それなら別に……」
 卵一個を耐熱性の小鉢に割入れ、塩胡椒して溶けるチーズ(好みの量)を加えかき混ぜる。次にラップをせずレンジ(強)を一分に設定し、十五秒経ったら取り出して卵をかき混ぜる。
 そして、レンジに戻し十~十五秒経ったら取り出して、またかき混ぜる。この繰り返しをするとトロトロのスクランブルエッグができあがる。
 また、これに細かく切りレンジでチンしたベーコンやソーセージを混ぜると、カルボナーラ風スクランブルエッグになる。
「こっちも美味しいなぁ」
「つんちゃんはお芋ピザが好きだなぁ」
「胡椒を入れ過ぎちゃったから、子供にはちょっと辛いかな? でも、カルボナーラは胡椒が効いている方が美味しいから、ついたくさん使っちゃうのよね」
 かつてクアラルンプール駐在員だった伯父家族の影響で、古木家ではスパイスの中でも特に胡椒を好んで使用していた。今でも也耶子の胡椒好きは変わらず、その香りや味を堪能している。
「材料も冷蔵庫にいつもあるものだし、簡単だから小腹空いた時にちょうど良いかもしれないな」
 今度は自分で作ってみようと、真司は二種類のトーストを平らげた。そして、三保子が作ったじゃが芋と人参のピューレと、ミルクパン粥を平らげた士温が満足げに大きなげっぷをした。
「しょんちゃんも完食」
「ぐぅぅぅぅぅ」
 嬉しそうに喉を鳴らしながら、士温はハイチェアの机を叩いた。
「ずっとこのくらいでいてくれたら可愛いのにね……」
 三保子が士温の頬っぺたをつつくと、すぐさま紡生が反論した。
「つんちゃんだって可愛いでしょう、ばぁば」
「あら、そうよね。ごめんなさい」
 ほんの些細なきっかけがあれば、赤の他人でもおしく思えるものなのか。保護者代理を務めたからか、也耶子も紡生のことが可愛いと感じている。そして、士温のことも……
「……二人とも同じくらい可愛いかもしれない」
 などと思い始めていた。
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