上 下
20 / 74
本日はお日柄も良く

(七)

しおりを挟む
 也耶子が化粧室を出ると、ブライズルームから男性の怒鳴り声が聞こえてきた
「親に恥をかかせて、どういうつもりだ」
ドアの隙間からそっと覗き見すると、新婦の父親・正がまさに烈火のごとく怒っている。はしたない行為と承知しながらも、也耶子はついその場から離れられなくなった。
「ば、馬鹿野郎!」
 正の罵声に驚き、思わず声が上げる。
「きゃぁ!」
 しまった! 慌てて口を抑えるも既に遅かった。
「だ、誰かそこにいるのか?」
  どうやら控室にいた人々に気づかれてしまったようだ。
「も、申し訳ありません。声が聞こえてきたものですから……」
 見つかったのなら仕方がない。こうなったら逃げ隠れしないで謝罪してしまおう。
「き、君は桃子の友達の佐々木君といったね」
「あ、いえ。は、はい……」
 この様子だと正は也耶子が代理出席人だとは知らないらしい。
「聞こえてしまったのなら仕方ない。ドアを閉めて、君も中に入りなさい」
「え? あ、はい」

 ブライズルームには新郎新婦、新婦両親が神妙な面持ちで話し込んでいるようだった。
「君はどう思うかね、佐々木君。新郎の両親、兄弟、親戚は全員偽者だというじゃないか。赤の他人を家族に仕立て上げるような嘘つきに、娘をやるわけにはいかんだろう?」
 あんなに二人の結婚を喜んでいた新郎の家族が全員偽者だった?
 そんな真実をいきなり突きつけられても、也耶子には信じ難かった。それよりも、実は激昂している正の娘・桃子の友人もほとんどが偽者だとは、彼は露ほどにも思っていないだろう。
「う、嘘をついたことは謝ります。でも、俺にとって彼らは家族同然の人たちなんです」
 新郎・小野寺博己の実の両親は友人の連帯保証人になり、借金を背負わされたそうだ。ある日、彼が小学校から帰ると、両親はまだ八歳になったばかりの息子を置いて蒸発していた。火の粉が身に降りかかるのを恐れた親戚たちは、誰も博己を引き取ろうとしなかったらしい。そのため彼は児童養護施設の世話になるしかなかったという。 その後、縁あって近藤夫妻と出会い、幾度となく交流を深めてから、一緒に暮らすようになったそうだ。
 今回、博己の里親だった近藤夫婦が両親として、同じく近藤夫妻の里子として育った子供たちが兄弟として、世話になった児童養護施設や里親支援機関の職員たちが親戚として式に招待されていたという。
「いずれこのことを桃子さんには打ち明けなければいけないと思っていました。でも、時機を見失い、つい……」
「言い訳はたくさんだ。小野寺君、この結婚はなかったことにしてくれ。この結婚は白紙だ。わかったな、桃子」
 怒りがピークに達した正は、この期に及んで結婚自体を白紙に戻すと宣言した。しかし、桃子はそれをすんなり受け入れるような娘ではなかった。今までのうっ憤を晴らすかのように、胸にたまっていた不満を洗いざらいぶちまけた。
「もういい加減にして! お父さんはいつも的外れなことばかりして、真実を見ようとしないじゃない」
 学校で娘が仲間はずれにあっていると聞き、父親は警察官という肩書を盾に学校へ抗議したそうだ。それが原因でますますクラスメイトから避けられ、教師たちの反感まで買ってしまったという。
 本来ならば生徒を守るはずの教師からも疎まれて、桃子は学校での居場所を完全に失ってしまったらしい。それゆえ引きこもりになってしまったのだが、父親はそのことも認めようとしなかったそうだ。
「引きこもりの私に、学生時代の友人なんかいるわけがないでしょう。佐々木香南江は友達面して私をいじめていた首謀者なのよ。そんな女を誰が好んで晴れの門出に呼ぶと思うの?」
「そ、それじゃあ、佐々木香南江じゃないなら、この人は誰なんだ?」
 皆の視線が也耶子の方へと集まった。
「佐々木香南江の替え玉、偽者よ」
「な、なんだって?」
「香南江だけじゃない。招待した友達のほとんどがお金を払って雇った偽者なのよ。だから、私たちは博己さんを非難する資格なんかないのよ」
 これには正だけでなく、新郎の博己も驚いたようだった。
「ま、まさか……お、お前は知っていたのか?」
 正は慌てて隣にいた佐和に確認する。
「わ、私が桃子に友達の代理を務めてくれる専門業者があると勧めたのよ。桃子から博己さんに引きこもりのことを打ち明けられないと泣きつかれて……仕方がなかったのよ。それにあなたは世間体を気にして、周囲にも桃子のことは内緒にしていたでしょう? まさか披露宴に招待する友達がいないなんて言えないじゃない」
「そうよ、私がこうなったのも全てお父さんの責任なんだから、偉そうにあれこれ口を挟まないで」
 妻と娘に責められて、正はがっくりと肩を落とし項垂れた。そんな様子を見かねて、博己が桃子に声をかけた。
「桃子、お父さんを責めてはいけないよ。親だったら子供を守るのは当たり前だろう? 俺も近藤の親父やお袋が、学校に抗議してくれたお陰で救われたんだよ」
 親に見放された博己もと同級生にいじめられた経験があったそうだ。だが、近藤夫妻の猛抗議を受けて、学校側が対策を考えいじめはなくなったという。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

処理中です...