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本日はお日柄も良く
(七)
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也耶子が化粧室を出ると、ブライズルームから男性の怒鳴り声が聞こえてきた
「親に恥をかかせて、どういうつもりだ」
ドアの隙間からそっと覗き見すると、新婦の父親・正がまさに烈火のごとく怒っている。はしたない行為と承知しながらも、也耶子はついその場から離れられなくなった。
「ば、馬鹿野郎!」
正の罵声に驚き、思わず声が上げる。
「きゃぁ!」
しまった! 慌てて口を抑えるも既に遅かった。
「だ、誰かそこにいるのか?」
どうやら控室にいた人々に気づかれてしまったようだ。
「も、申し訳ありません。声が聞こえてきたものですから……」
見つかったのなら仕方がない。こうなったら逃げ隠れしないで謝罪してしまおう。
「き、君は桃子の友達の佐々木君といったね」
「あ、いえ。は、はい……」
この様子だと正は也耶子が代理出席人だとは知らないらしい。
「聞こえてしまったのなら仕方ない。ドアを閉めて、君も中に入りなさい」
「え? あ、はい」
ブライズルームには新郎新婦、新婦両親が神妙な面持ちで話し込んでいるようだった。
「君はどう思うかね、佐々木君。新郎の両親、兄弟、親戚は全員偽者だというじゃないか。赤の他人を家族に仕立て上げるような嘘つきに、娘をやるわけにはいかんだろう?」
あんなに二人の結婚を喜んでいた新郎の家族が全員偽者だった?
そんな真実をいきなり突きつけられても、也耶子には信じ難かった。それよりも、実は激昂している正の娘・桃子の友人もほとんどが偽者だとは、彼は露ほどにも思っていないだろう。
「う、嘘をついたことは謝ります。でも、俺にとって彼らは家族同然の人たちなんです」
新郎・小野寺博己の実の両親は友人の連帯保証人になり、借金を背負わされたそうだ。ある日、彼が小学校から帰ると、両親はまだ八歳になったばかりの息子を置いて蒸発していた。火の粉が身に降りかかるのを恐れた親戚たちは、誰も博己を引き取ろうとしなかったらしい。そのため彼は児童養護施設の世話になるしかなかったという。 その後、縁あって近藤夫妻と出会い、幾度となく交流を深めてから、一緒に暮らすようになったそうだ。
今回、博己の里親だった近藤夫婦が両親として、同じく近藤夫妻の里子として育った子供たちが兄弟として、世話になった児童養護施設や里親支援機関の職員たちが親戚として式に招待されていたという。
「いずれこのことを桃子さんには打ち明けなければいけないと思っていました。でも、時機を見失い、つい……」
「言い訳はたくさんだ。小野寺君、この結婚はなかったことにしてくれ。この結婚は白紙だ。わかったな、桃子」
怒りがピークに達した正は、この期に及んで結婚自体を白紙に戻すと宣言した。しかし、桃子はそれをすんなり受け入れるような娘ではなかった。今までのうっ憤を晴らすかのように、胸にたまっていた不満を洗いざらいぶちまけた。
「もういい加減にして! お父さんはいつも的外れなことばかりして、真実を見ようとしないじゃない」
学校で娘が仲間はずれにあっていると聞き、父親は警察官という肩書を盾に学校へ抗議したそうだ。それが原因でますますクラスメイトから避けられ、教師たちの反感まで買ってしまったという。
本来ならば生徒を守るはずの教師からも疎まれて、桃子は学校での居場所を完全に失ってしまったらしい。それゆえ引きこもりになってしまったのだが、父親はそのことも認めようとしなかったそうだ。
「引きこもりの私に、学生時代の友人なんかいるわけがないでしょう。佐々木香南江は友達面して私をいじめていた首謀者なのよ。そんな女を誰が好んで晴れの門出に呼ぶと思うの?」
「そ、それじゃあ、佐々木香南江じゃないなら、この人は誰なんだ?」
皆の視線が也耶子の方へと集まった。
「佐々木香南江の替え玉、偽者よ」
「な、なんだって?」
「香南江だけじゃない。招待した友達のほとんどがお金を払って雇った偽者なのよ。だから、私たちは博己さんを非難する資格なんかないのよ」
これには正だけでなく、新郎の博己も驚いたようだった。
「ま、まさか……お、お前は知っていたのか?」
正は慌てて隣にいた佐和に確認する。
「わ、私が桃子に友達の代理を務めてくれる専門業者があると勧めたのよ。桃子から博己さんに引きこもりのことを打ち明けられないと泣きつかれて……仕方がなかったのよ。それにあなたは世間体を気にして、周囲にも桃子のことは内緒にしていたでしょう? まさか披露宴に招待する友達がいないなんて言えないじゃない」
「そうよ、私がこうなったのも全てお父さんの責任なんだから、偉そうにあれこれ口を挟まないで」
妻と娘に責められて、正はがっくりと肩を落とし項垂れた。そんな様子を見かねて、博己が桃子に声をかけた。
「桃子、お父さんを責めてはいけないよ。親だったら子供を守るのは当たり前だろう? 俺も近藤の親父やお袋が、学校に抗議してくれたお陰で救われたんだよ」
親に見放された博己も捨て子と同級生にいじめられた経験があったそうだ。だが、近藤夫妻の猛抗議を受けて、学校側が対策を考えいじめはなくなったという。
「親に恥をかかせて、どういうつもりだ」
ドアの隙間からそっと覗き見すると、新婦の父親・正がまさに烈火のごとく怒っている。はしたない行為と承知しながらも、也耶子はついその場から離れられなくなった。
「ば、馬鹿野郎!」
正の罵声に驚き、思わず声が上げる。
「きゃぁ!」
しまった! 慌てて口を抑えるも既に遅かった。
「だ、誰かそこにいるのか?」
どうやら控室にいた人々に気づかれてしまったようだ。
「も、申し訳ありません。声が聞こえてきたものですから……」
見つかったのなら仕方がない。こうなったら逃げ隠れしないで謝罪してしまおう。
「き、君は桃子の友達の佐々木君といったね」
「あ、いえ。は、はい……」
この様子だと正は也耶子が代理出席人だとは知らないらしい。
「聞こえてしまったのなら仕方ない。ドアを閉めて、君も中に入りなさい」
「え? あ、はい」
ブライズルームには新郎新婦、新婦両親が神妙な面持ちで話し込んでいるようだった。
「君はどう思うかね、佐々木君。新郎の両親、兄弟、親戚は全員偽者だというじゃないか。赤の他人を家族に仕立て上げるような嘘つきに、娘をやるわけにはいかんだろう?」
あんなに二人の結婚を喜んでいた新郎の家族が全員偽者だった?
そんな真実をいきなり突きつけられても、也耶子には信じ難かった。それよりも、実は激昂している正の娘・桃子の友人もほとんどが偽者だとは、彼は露ほどにも思っていないだろう。
「う、嘘をついたことは謝ります。でも、俺にとって彼らは家族同然の人たちなんです」
新郎・小野寺博己の実の両親は友人の連帯保証人になり、借金を背負わされたそうだ。ある日、彼が小学校から帰ると、両親はまだ八歳になったばかりの息子を置いて蒸発していた。火の粉が身に降りかかるのを恐れた親戚たちは、誰も博己を引き取ろうとしなかったらしい。そのため彼は児童養護施設の世話になるしかなかったという。 その後、縁あって近藤夫妻と出会い、幾度となく交流を深めてから、一緒に暮らすようになったそうだ。
今回、博己の里親だった近藤夫婦が両親として、同じく近藤夫妻の里子として育った子供たちが兄弟として、世話になった児童養護施設や里親支援機関の職員たちが親戚として式に招待されていたという。
「いずれこのことを桃子さんには打ち明けなければいけないと思っていました。でも、時機を見失い、つい……」
「言い訳はたくさんだ。小野寺君、この結婚はなかったことにしてくれ。この結婚は白紙だ。わかったな、桃子」
怒りがピークに達した正は、この期に及んで結婚自体を白紙に戻すと宣言した。しかし、桃子はそれをすんなり受け入れるような娘ではなかった。今までのうっ憤を晴らすかのように、胸にたまっていた不満を洗いざらいぶちまけた。
「もういい加減にして! お父さんはいつも的外れなことばかりして、真実を見ようとしないじゃない」
学校で娘が仲間はずれにあっていると聞き、父親は警察官という肩書を盾に学校へ抗議したそうだ。それが原因でますますクラスメイトから避けられ、教師たちの反感まで買ってしまったという。
本来ならば生徒を守るはずの教師からも疎まれて、桃子は学校での居場所を完全に失ってしまったらしい。それゆえ引きこもりになってしまったのだが、父親はそのことも認めようとしなかったそうだ。
「引きこもりの私に、学生時代の友人なんかいるわけがないでしょう。佐々木香南江は友達面して私をいじめていた首謀者なのよ。そんな女を誰が好んで晴れの門出に呼ぶと思うの?」
「そ、それじゃあ、佐々木香南江じゃないなら、この人は誰なんだ?」
皆の視線が也耶子の方へと集まった。
「佐々木香南江の替え玉、偽者よ」
「な、なんだって?」
「香南江だけじゃない。招待した友達のほとんどがお金を払って雇った偽者なのよ。だから、私たちは博己さんを非難する資格なんかないのよ」
これには正だけでなく、新郎の博己も驚いたようだった。
「ま、まさか……お、お前は知っていたのか?」
正は慌てて隣にいた佐和に確認する。
「わ、私が桃子に友達の代理を務めてくれる専門業者があると勧めたのよ。桃子から博己さんに引きこもりのことを打ち明けられないと泣きつかれて……仕方がなかったのよ。それにあなたは世間体を気にして、周囲にも桃子のことは内緒にしていたでしょう? まさか披露宴に招待する友達がいないなんて言えないじゃない」
「そうよ、私がこうなったのも全てお父さんの責任なんだから、偉そうにあれこれ口を挟まないで」
妻と娘に責められて、正はがっくりと肩を落とし項垂れた。そんな様子を見かねて、博己が桃子に声をかけた。
「桃子、お父さんを責めてはいけないよ。親だったら子供を守るのは当たり前だろう? 俺も近藤の親父やお袋が、学校に抗議してくれたお陰で救われたんだよ」
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