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材木商桧木屋お七の訴え

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 しばらくして、日本橋材木町にある材木商、桧木屋で不審なぼや騒ぎが起きた。
 誰かが湿った布切れや小枝を詰めた鉄鍋に火を点けたため、周囲には大量の煙が立ちこめた。すわ大火事だと騒然となったのは、誰もが想像できるだろう。
 その名の通り材木商が多い地域だけに、火事には十分な注意をしている。そのお陰で消火作業も素早く、原因も例の鉄鍋だと直ぐに判明した。
 子供の悪戯にしては計画的で質が悪い。桧木屋への嫌がらせだろうかと皆が不審に思った。すると、店主をはじめ手代たちが避難し店が空になった隙に、金品が盗まれるという災難に遭ったと判明する。これは放火というよりも、火付け強盗が目的と思われる事件となった。
 一旦、火の手が上がれば、江戸の町は一瞬で火の海となる。しかも、火元が材木商となれば大きな被害も予測されただろう。今回ぼやは騒ぎで済んだものの、陰で強盗事件が起きた。是が非でも犯人を突き止めなければならない。

 何を隠そう我らのお頭様、南町奉行大岡忠相は江戸の町を火事から守るため、町火消を創立した人物だ。
 享保五年には隅田川以西にいろは四八組、本所・深川に十六組が組織された。また、瓦ぶき屋根や土蔵などの防火建築を奨励し、道幅を広げ延焼を防ぎ、避難路としても活用した広小路や火除地などを設置したのも忠相だった。
 すると、直ぐに桧木屋の娘お七が、自ら火を点けたと番屋に駆け込んだそうだ。付け火にお七と聞いて、皆が騒然とした。
 
 五代目徳川将軍綱吉が天下を治めていた天和三年、火付け事件を起こして名をはせた八百屋お七は当時十六歳だった。
 天和の大火災で非難した際、寺の小姓に一目ぼれしたお七。小姓会いたさに自宅に火を点けてしまう。しかし、燃え始めた途端に正気に戻ったお七は、近くの火見櫓に登り半鐘を叩き大事にならずに済んだ。
 当時、放火犯人は火あぶりの刑と決まっていたのだが、お七は若く被害も小さかった。取り調べをした奉行所では同情する声もあり、「十五歳以下の年少者は罪一等を減じる」という少年法のような規定を使いたかった。ところが、手前は十六歳だときっぱりはねつけ、お七は罪を受け入れたそうだ。
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