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岸本屋店主彦左衛門の訴え

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 それから、数日後。再捜査などと重く考えずとも、直ぐに真実が見えた。吉次郎や他の吟味方には内緒で岸本屋を訪ねたところ、平一郎のひと睨みで忠兵衛が全てを白状したのだ。
 真面目で働き者の番頭は手前の犯した罪の重さに耐え切れなくなったらしい。
「ほ、本気で殺すつもりはなかったんです。でも、あの夜は気付けに一杯、二杯と酒を飲んでいるうちに、すっかり気が大きくなってしまって。あぁ、どうしてあんな真似してしまったんだろう」
 あの夜は酒に酔った勢いで、店主彦兵衛を殺してしまったと打ち明けた。
「でも、お栄が囃し立てなければ、旦那様を殺さずに済んだんです」
 最後のあがきか実行犯は手前だが、あくまでも主犯はお栄だと忠兵衛は主張する。
「はぁ? 何を言い出すんだい、忠兵衛? 殺したのはあんたなんだろう? それなら、私には関係ないじゃないか」
 もちろん、お栄はきっぱりと否定した。
「後は手前が上手くやるから絶対に大丈夫だ。旦那さんが死んだらお前に岸本屋を任せる。そう約束してくれたから、その気になってしまったんですよ。だから、私だけでなくお栄にも罪があると思いませんか?」
 それでもなお、忠兵衛はすがるように訴えた。
「そ、そんなのでたらめだ。私は言っていない」
「いいや、約束した」
「嘘だ」
「お前が唆しただろ?」
 その後もやった、やらない。言った、言わないと押し問答が続く。余りにも愚かな小競り合いに、さすがの平一郎もうんざりした表情を見せた。
「痴話げんかはそこまでだ。忠兵衛、お栄、見苦しいぞ。お前たちは人を殺めているのだぞ、犯した罪の重さを思い知れ」
 大声で二人を制し、事の重大さを諭した。正太郎が聞いた通り、殺しの裏には彦左衛門の女房お栄あり。忠兵衛を利用して邪魔になった亭主を殺させたのが真相だった。
「畜生。せっかく上手くいっていたのに、どうしてばれちまったんだろう。あぁあ、度胸のない忠兵衛じゃなくて、もっと上手く立ち回れる男を見つければ良かった」
 亭主を殺すよう唆しておきながら、お栄は悪びれる素振りも見せない。それどころか、正直に白状した忠兵衛に対し、文句を並べ立てている。
 もしも、死んだ亭主から話を聞いたなどと打ち明けたなら、一体どういう反応をするだろうか。知りたい気持ちはあるが、これは他言無用の秘密だった。
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