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第2話
まさかの同居生活・2
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パトリシアはドミニクの励ましのおかげで再びダンジョン内に女性用トイレを作るという事業を成功させる覚悟を決めた。
しかし、差し当っての問題は今、ホテルを追い出されたパトリシアの住む場所がない事だった。ドミニクはホテルの支配人のホセに半日の間に見つけると大見栄を切ったが、その実、心当たりは全くなかった。
だからパトリシア本人の思いを確かめてみた。
「パトリシア。どこか住みたいところはあるかい?」
「・・・・・ん~?・・」
パトリシアは困ったような声を出す。仕方なくドミニクは「他のホテルを探そうか? もちろん、当面の宿泊費は僕が出すよ。」と提案する。
しかし、それはパトリシアのプライドが許さなかった。
「あら、だめよ! そんなの自立した大人のすることじゃないわっ!!
私だって、王都に来て生活してきた冒険者ですもの。自分の生活くらい自分で・・・・」
パトリシアは「自分の生活くらい自分でどうにでもします・・・・。」と答えようとして、あることにハタと気が付いた。
「そうだわっ!! 私にだって王都で出来たお友達がいます。
きっと私の冒険者仲間なら、暫くの間なら部屋を貸してくれるに違いないわ!
ね、ドミニク。いい考えじゃない?
幼馴染のあなたにホテルの世話をしてもらうよりも自分で見つけたお友達の力を借りる。それでこそ成熟した大人の女性ってものじゃないかしら?」
パトリシアは自分で思いついた案だというのに、とても自慢げに喜んだ。ふわふわのウェーブがかかった金髪の前髪の奥にある大きな緑の瞳が自信たっぷりに光っていた。
だが、提案を聞いたドミニクの方は若干の不安を感じる提案だと感じていた。
(いくらなんでも急すぎる話だ。仲間にとっては大変迷惑だろうに・・・・・。
いや、そもそも庶民の住処にいきなり人を受け入れるだけのスペースがあるのか?)
しかし、いくらドミニクが頭の中であれやこれやと考えてみても、実際に相手に会って話を聞かないと答えなど出ない事だ。
仕方なくドミニクは「そうだね。それがいいね。」と同意した。
それに彼女の言う通り、ドミニクの力に頼り切るというのも自立した大人とは言えない。自分の力で手に入れた人脈を活用するという事はパトリシアの成長の証であるし、良いことかもしれない。そう思ってドミニクは「で? 誰か頼るにふさわしい人がいるのかい?」と、心当たりを尋ねる。
「ではっ! 先ずは仲間の中で一番信頼のおけるロドリゴの下へ向かいましょう!」
パトリシアは自信をもって先ずはロドリゴの名を挙げた。それと同時にドミニクが「ロドリゴだって? 男じゃないかっ!!」と、声を荒げた。その剣幕にパトリシアは慌てながら釈明する。
「ち、違うのっ!! ロドリゴは僧侶なのっ!!
神殿に所属してない民間僧侶だけど、とっても誠実な人で信頼に足る人よ!!」
「・・・・僧侶?」
「うんっ、僧侶ロドリゴっ!!」
僧侶というと、この世界でも一応の信頼を持たれているが、そうは言っても男である。ドミニクは内心穏やかではなかったが、パトリシアがあまりにも自信を持っている相手を見る前から否定することも出来ない。仕方なくドミニクはパトリシアの案内するままに馬車を走らせロドリゴという僧侶の自宅へと向かった。
ロドリゴの自宅は冒険者だけではなく一般市民も多く住む長屋の一室を借りて生活していた。神殿に所属するエリートの僧侶は神殿に見込まれた者や厳しい資格試験を受けた者たちだ。彼らは生活の全てを神殿がまかない、神殿の中に住みこみで生活する。その上、それなりの高給取りだ。
しかし神殿に所属する僧侶がエリート層なのに対し、民間僧侶は各地域にある教会から僧侶としての認可を受けた者で比較的簡単に僧侶になれる。簡単になれる反面、多くの民間僧侶の場合はロドリゴのように冒険者となり、自分で生活のすべてを自分で支えなくてはいけない。
それ故にロドリゴのような根無し草は長屋住まいとなる。
長屋。すなわち格安物件である。家賃が安いという事は普通はそれなりに部屋も狭い。しかし、奇跡的にロドリゴは2LDKの部屋を借りていた。だから、パトリシアが間借りしようと思えばできたのかもしれないのだが・・・・・
「いくら私が僧侶と雖も未婚の女性と同居なんて許されるわけがないでしょうが・・・・」
ロドリゴは当然の事としてパトリシアの頼みを拒絶する。それは当たり前の話だった。
「いいですか? パトリシア。
私とパトリシアにやましいことがなくても、周囲の人はそうは思わない。二人がただならぬ関係であるとか、爛れた関係であるとか。そう言った下卑た噂を流すことは目に見えています。世人はそう言ったゴシップを常に求めていますからね。
しかし、そうなれば私はともかくパトリシアの名誉にかかわります。あなたは何と言っても未婚の女性なのですから。もっと自分を大切になさい。」
ロドリゴはそう言ってパトリシアの願いを断るのだった。
ドミニクは自分は部外者であると心得ていたので、ロドリゴの玄関に備えられた外開きの扉の陰に隠れるようにして黙って話を聞いていたが、ロドリゴの話ぶりを聞いてパトリシアが彼を信用する理由が分かった気がした。
(なるほど。誠実な人らしい・・・・。)
ドミニクがそう感心した時だった。パトリシアがロドリゴを説得するためにドミニクに応援を頼んできたのだった。
「お願い、ドミニクっ!! 貴方も一緒にお願いしてっ!!」
そう言ってドミニクの腕に抱きつくように縋り付いてから扉の陰から引っ張り出す。
「お・・おいおい・・・。」
思いがけずパトリシアに引っ張られたドミニクが困ったような声を上げた時、ドミニクとロドリゴの目があった。
「やだっ!! すっごいカッコいい人じゃないっ!!」
ロドリゴは突然、高い声を出して大喜びした。
「ね、彼すっごい素敵じゃない? パトリシア、この方はどなたなの?」
「えっ・・・・えええっ!?」
ロドリゴは長いオカッパの髪をなびかせ、腰を左右にくねらせながら少女のように喜んだ。パトリシアはそんなロドリゴの姿は未だかつて見たことがなかったので困惑してまともに返事も出来ずにオロオロと狼狽えるばかり。
そんなパトリシアとは対照的にロドリゴは何故だか期待に満ちた瞳を潤ませてドミニクを熱く見つめていた。
「帰ろう。彼はダメだっ!!」
違う危険を察知したドミニクはパトリシアの腕を掴むと一目散に馬車に戻ると、パトリシアを乱暴に担ぎ上げて馬車の御者席に乗せる。
「もうっ!! なにをするのよっ!!
ドミニクっ!! なんでこんなことをするんですのっ!?
それに、ロドリゴもおかしかったわ!! 彼のあんな姿、私も初めて見ます。まるで・・・・まるで少女の様でしたわっ!? 一体、何がどうなっているの?
ドミニク、私に説明してっ!!」
パトリシアは何が起こっているのか理解できない様子。不満げに可愛い顔をふくれっ面にしてドミニクを睨みつけながら問いただす。そんな彼女に追い打ちをかけるように遠くでロドリゴの「やーんっ!! もうっ、いけずっ!!」という声が聞こえてきた。
「・・・・・・っ!!」
ドミニクはその声を聴くと頭痛がするのか、瞼を閉じて眉間に手を当てると険しく眉をひそめる。
「・・・・ド、ドミニク?」
ドミニクの態度にパトリシアが不安そうな声を上げると、ドミニクは「彼はダメだ。違う意味で君の教育に悪い。刺激が強すぎる。」と訳の分からない返答をして馬車を出発させた。
「なんで? どうしてですかっ!?
ドミニク、ちゃんと私に説明してっ!! 教育に悪い、刺激が強いって彼の何がダメなのよっ!?」
パトリシアはとうとう拳を上下に振りながら子供のように怒り出した。
こうなれば仕方がない。ドミニクは馬車を巧みに操りながらパトリシアの耳元で真実を囁いた。
「・・・・うそ・・・まさか、彼がそんな・・・」
パトリシアは恥じ入るように顔を真っ赤にしながら驚きの声を上げる。
「ま、坊主はアッチが多いって言うしな・・・・・」
ドミニクは明後日の方向を見ながら、うんざりするように呟くのだった。
それからしばらくの間、パトリシアはロドリゴの別の一面を知ったショックで何も考えられないでいたが、いつまでもそうしているわけにもいかない。やがてドミニクが痺れを切らせて
「パトリシア。君は半日以内に君の転居先を見つけないといけないんだよ。彼の事はもういいから・・・・・他に当てはいないのかい?」と尋ねたことでパトリシアは自分に時間が残されていないことを思い出して我に返る。
そして、次にあてにしている相手の名前を上げる。
「そうね。ロドリゴの次に信頼できる人がいるとしたら、戦士のアマンダね。
女性なのにとても強くて、その上、しっかりした人よ。大人の女性って感じの人なの。」
パトリシアの口から女性の名前が出て来てドミニクはホッとして「へぇ、話がうまくまとまると良いね。」と乗り気な姿勢も見せた。
しかし、パトリシアが案内した場所はスラムの入り口のような区画だった。ドミニクやパトリシアのような貴族にはあまりにも不似合いな場所でドミニクはもう、その時点で嫌な予感しかなった。
それでも乗り気になったパトリシアはドミニクの心境など察するわけもなく、堂々と馬車から飛び降りて彼女の家に向かう。
「まて。一人で歩いては危険だ。」
急くパトリシアはドミニクの制止の声すら耳に入らない。そのままいそいそとスラムの中へ入っていくのだった。ドミニクは馬車を降りると急いで彼女の後を追うしかなかった。
急ぎ足になったパトリシアは女性とはいえ、さすがに冒険者。あっという間に数ブロックを歩き、目的地であるアマンダの家の扉に掛けてある叩き金を鳴らすとアマンダを呼んだ。
「もしもしっ! アマンダ?
私です。パトリシアです。お話を聞いてくださること?」
だが、暫く待ってもその声に対する返答はなかった。
パトリシアは声が届かなかったのかと思って、先ほどよりも力強くドアを鳴らし、大きな声でアマンダを呼ぶ。
「もしもしっ! アマンダ?
私です。パトリシアです。お話を聞いてくださること?」
しかし、返答はなく、アマンダの家は静まり返っていた。
「おかしいですわね。お留守かしら?」
パトリシアは首をかしげたが、ドミニクの鋭い感性は静まり返った家の中に確かに人の気配を感じていた。
「居留守か? とにかく可否はともかく返事を貰えないようでは埒が明かんな。」
そう言うが早いかドアを叩くのが速いか。ドミニクは手を握りしめると拳槌をもってアマンダの家の扉が壊れるかと思うほどの音が立つほど無言でドアを叩いた。
「うるっっさいわねっ!! そんな勢いで叩いたら扉が壊れちまうだろうがっ!!」
程なくしてドアの音に血相を変えたアマンダがパンツ一枚だけのあられもない姿でドアを開けて出てきた。
「おっと、これは失礼。」
アマンダの姿はさすがのドミニクも予想外の事でさすがに慌てて視線を外した。ただしドミニクは女性の裸に対して初心なわけではない。
ドミニクは普通に女性にモテる。貴族界のトップに君臨し、その上、美形だ。当たり前のように女性の方から一夜限りの恋でもいいからと寄ってくる。それを一つ一つ断ることは女性の女性としてのプライドを傷つけることにつながる上に、いわゆる「据え膳食わぬは男の恥」ということもある。
正直、ドミニクにとってパトリシア以外の女性との関係は面倒事以外の何物でもない。しかし、ドミニクは望まなくても女性経験が豊富な男に成長した。
そんな社交界を賑やかすプレイボーイであるドミニクにとって女性の裸などさして珍しくもないが、そうはいっても直視するわけにもいかない。平然としているのも逆に裸体を見せた女性のプライドを傷つけかねない。だから、直ちに視線をそらしたのだが、当の本人は赤の他人のドミニクに剥き出しの乳房を見られても気に留める様子もなく堂々とふるまっているのだった。
「パトリシアっ!! あんた、玄関の壁に貼ってある『客引き中にてご遠慮ください』って書かれた紙が見えなかったのかい?
アタイは今、家にお客を取ってるのよっ! もう5回もアタイを買いに来てくれている上客さんなんだから、邪魔しないでくれるかしらっ!?」
アマンダは腕組した姿勢のままドア枠に体をもたれかけると、不機嫌そうにパトリシアを責めた。この言葉が意味することをドミニクはすぐに理解し、彼女が裸体を堂々と晒せる理由も納得できた。
しかし、アマンダに怒られた当人であるパトリシアは、所詮世間知らずのお貴族の御令嬢。アマンダの「もう5回もアタイを買いに来てくれている上客」という意味が解らずに困ったような表情を浮かべたまま返事も出来ない。
逆にドミニクの方はアマンダの言葉から「これ以上ない情報が聞けた。」と、納得し、これまたロドリゴの時と同じようにパトリシアの教育に悪い環境であると判断し、混乱するパトリシアの肩を掴むと
「彼女には同居人が既にいるって意味だよ。
他をあたろう。」と、優しく諭し、危険な娼婦の館からパトリシアを連れ出す。
そんなドミニクの背中に「ねぇっ、ハンサムさん!! 今度はお客としてアタイを買いにきてねっ! 絶対に後悔させないわよっ!!」とアマンダが声を投げかける。
ドミニクはパトリシアの仲間という事もあり、邪険にするわけにもいかずアマンダの方へ顔を振り向かせるとキザったらしいウィンクを軽く行い、これを返事とした。だが、その社交辞令のウィンクは女性には刺激的すぎたようでアマンダの荒んだはずのハートは一撃で砕かれてしまう。身を震わせて「きゃーっ!!」と黄色い声を上げながら少女の様に喜ぶのだった。
「ねぇ? アマンダに何をしたの?」
これが女の勘か・・・・。初心なはずのパトリシアがアマンダの心境を読み取ってドミニクの腕をつねりながら彼を睨みつけるのだった・・・・。
釈明するのが面倒なドミニクは「さぁね。彼女、どうしたんだろうね?」と、とぼけながら歩くだけだった。
次にパトリシアが頼った相手は女魔法使いのイザベラだった。自宅を訪ねたところ留守であったが、パトリシアには彼女の居場所に心当たりがあった。冒険者の酒場である。
イザベラは若い女性であるにもかかわらず一人で昼間から酒場で飲んだくれることがあるほど自由な女性だった。好きな時に好きなことをし、嫌いなことは一切しない。自分の利益にならないことは決してしない現実主義者と表現しても良い。
そんなイザベラにとって貴族の御令嬢のパトリシアは都合のいい女だった。パトリシアの部隊にいれば貴族特権で報酬の良い仕事が優先的に入って来る。だからイザベラはパトリシアの事が嫌いではなかった。
ただし、それはパトリシアが貴族である間だけの話。故にパトリシアが酒場を訪ねてイザベラを見つけて事情を説明した時、彼女の反応はひどかった。
「はぁ~~っ!? 結婚しないからって親から勘当されて貴族特権を失ったぁ~~~?
じゃあ、アナタ。利用価値無いじゃないのよっ!!」
自由な女イザベラは歯にもの着せぬ物言いでパトリシアを傷つけた。
もちろん、パトリシアも子供ではない。自分が貴族の娘でなくなったら、周囲の自分を見る目は変わるという事くらいはわかっていた。
しかし。こう、面と向かって言われるとかなりショックな言葉だった。
「・・・・・・。ご、ごめんなさい。・・・」
酷い物言いに対して反論する気力を失ったパトリシアは意味もなく謝ってしまった。
それでもイザベラは酒の勢いも手伝ってパトリシアをなおも拒絶した。
「ごめんなさいってアナタねぇ・・・・。
そりゃ、アナタの実力は認めるわよ。名のある女騎士だものね。戦闘では頼りになるわよ?
でもね、私がアナタの部隊に所属している理由・・・知ってるわよね?
アナタの剣の腕前なんかに私は興味なんかないの! 私が求めてたのはアナタの貴族としてのステータス!!
それを期待したからこそ、契約を承諾してアナタの部隊に入ったって言うのに、なんなのよ。それ。
・・・・どう責任を取ってくれるつもりなのよっ!!」
パトリシアの貴族特権消失はイザベラにとって大誤算だった。パトリシアに期待し、部隊に所属する契約をしたイザベラは賭けに負けた敗者のように行き場のない怒りをパトリシアにぶつけるしかなかった。一度契約をしてしまったら、契約期間を満了するまで共に行動するか、仲介者の冒険者ギルドとパトリシアの双方に違約金を払って契約を解除するしかないからだ。だからイザベラは意地の悪い目でパトリシアに詰め寄り文句を言う。
そして、その剣幕と罪悪感の両方を抱えて謝るしかなくなったパトリシアの姿を見て、ドミニクの怒りが爆発する。
「バシャッ!!」という水音が鳴った。
その時、パトリシアは信じられないものを目にする。
それはドミニクが杯に注がれた果実酒をイザベラの顔面に向けてぶちまける光景だった。
「パトリシア。これ以上の問答は無用だ。帰るぞ。」
ドミニクはそう言うと困惑するパトリシアの腕を掴んで酒場から連れ出した。
何が起きているのか?
何故、ドミニクはここまで怒っているのか?
パトリシアには全く分からなかったが、酒場の中から聞こえてきたイザベラが自分に向けて叫んだ罵詈雑言から友達を一人失った事だけは理解できていた。
こうしてパトリシアはパーティメンバーをよりどころに出来ないことを思い知った。
二人は酒場を出てからしばらくの間、酷くけだるい思いがして一言も話さなかった。
馬車を止め、公園の噴水の前で二人はただ黙って座り込んでしまった。そうして15分ほどの沈黙ののちに午後4時を伝える教会の鐘が鳴った。
王都に響くその鐘の音に二人は我に返った。
「・・・・もう、時間がないな。」
ドミニクがそう呟くと、パトリシアは諦めたかのように泣き言を言った。
「・・・なんて様なの。お父様に逆らって冒険者になったというのに、少しの間の住まいを仲間から借りる事さえ出来ないなんて。私、本当に空っぽのお姫様だったのね。
イザベラの言葉は本当だったわ。私、貴族特権が無かったら、利用価値がない女だった。使えない女だったのね。
・・・・・ああ、もう・・・・嫌になっちゃうわ。」
悲しそうなパトリシアの顔にドミニクは耐えられなくなって、すぐにフォローを入れる。
「パトリシア。いいかい? これは君のせいだけじゃないよ。
今日訪れた人達の家を思い出してごらん? 庶民の家を。彼らは生きていくので必死だ。狭い住まいには他人を受け入れる余裕はない。君じゃなくったって、そう簡単に仮住まいは見つけられないさ。」
そんなドミニクの言葉は正直嬉しかったが、だからと言って問題が解決したわけではない。
二人は途方に暮れてしまった。タイムリミットは近づいている。しかし、打開策がないのだ。
この二人を救えるのは二人の盲点を指摘できる第三者の存在しかなかった。
「ドミニク様っ!! パトリシア様っ!!」
不意に声を掛けられ二人が声のした方を見ると、そこには馬に乗って二人を探していたセバスティアンがいた。
セバスティアンは馬から降りると、二人の下へ駆け寄った。
「ドミニク様のお帰りが遅いので心配してホテルに行ってみたのです。すると・・・・いや、大変なことになりましたな。
・・・・しかも、その御様子ですと、今日、泊まる宿は見つかっておられないご様子。
どうですか? しばらくの間は当家の客間にお住になられるというのは?」
「えっ!?」「えっ!?」
二人はセバスティアンの提案に驚きの声を上げる。そう、仮の住まいが決まるまではドミニクの邸宅に泊ればよい事。ドミニクの負担になりたくないというパトリシアのプライドと、彼女のプライドを尊重したい思い込み過ぎていた。二人は頭が固くなり過ぎていたのだ。
セバスティアンという第三者の物腰柔らかい物言いのおかげで二人は固定してしまった考えから解き放たれた。
「・・・・・よろしいの? ドミニク。」
照れくさそうにパトリシアが尋ねるとドミニクに断る理由などあるはずもなく、大きく頷いて「歓迎するよ。僕のお姫様。」と答えるだけだ。
ほほえましい。いつも通りのラブコメな二人の様子。
しかし、この二人の様子を邪悪な視線が見つめていた。
セバスティアンである。
(ふっ・・・・・。勝った。
いくら距離感がおかしくなったお二人とはいえ、愛し合う男女が一つ屋根の下・・・・何も起こるはずもなく・・・・・・
これでお世継ぎ問題も、お二人の関係にやきもきしていた周囲のストレスも全て解決するっ!!)
老執事セバスティアンのささやかすぎる野望がその老いた心を燃やしていた。
だが、しかしっ!! セバスティアンはバカを見くびっているっ!!
距離感がおかしくなっている二人のバカップルを見くびっていたっ!!
ドミニクとパトリシアは互いの手を握り合って、熱く見つめあいながら誓う。
「パトリシア。安心して僕の家にお住みっ!!
もちろん、未婚の君におかしな噂が立たないように僕は誓うよ?
君は世界で一番魅力的な女性だ。でも僕は君が不本意に僕を誘惑したとしても僕は耐えて見せる!!
絶対に君に手を出したりしないっ!! これまで通りの関係を守って見せるよ?」
「嬉しいっ!! ドミニク!!
私も誓いますわっ!! 私こそ、アナタの結婚の妨げにならないように決して、決してアナタを無意識に誘惑しないように隙を見せないわっ!!
そして、どれだけアナタがカッコいい男性でも、私、アナタを求めませんっ!!
だって、私達、お友達ですものっ!!」
こうして、二人はセバスティアンの思惑を外れ、謎の不可侵協定を結んでしまう。
夕日を背景に二人は誓いあった。この誓いを固く守り抜くことを決めたのだっ!!
そして、その美しい友情を互いにたたえ合っているつもりだろうか? 往来のど真ん中で強く、深く、互いを求めあうように熱く抱きしめ合うのだった・・・・
「・・・・この、天然すぎる若造どもめ~~~~っ!!」
二人の様子を見て肩を震わせて怒るセバスティアンがどれほどそう怒鳴りたかったか。
幼いころから二人を支えていたセバスティアンがどれほど、どれほど二人の事を思っているのか。
しかし、セバスティアンは叫ばない。怒鳴らない。
そんな思いはおくびにも出したくない。セバスティアンは出来る執事なのだ。
「では、屋敷にお戻りを。
今日はパトリシア様の歓迎に致しましょう!!」
と、若干、引きつった顔で必死に作った満面の笑顔で提案してやるのだった・・・・・・。
もしかしたら、この男の甘やかしが事態を複雑にしているのかもしれない。
しかし、差し当っての問題は今、ホテルを追い出されたパトリシアの住む場所がない事だった。ドミニクはホテルの支配人のホセに半日の間に見つけると大見栄を切ったが、その実、心当たりは全くなかった。
だからパトリシア本人の思いを確かめてみた。
「パトリシア。どこか住みたいところはあるかい?」
「・・・・・ん~?・・」
パトリシアは困ったような声を出す。仕方なくドミニクは「他のホテルを探そうか? もちろん、当面の宿泊費は僕が出すよ。」と提案する。
しかし、それはパトリシアのプライドが許さなかった。
「あら、だめよ! そんなの自立した大人のすることじゃないわっ!!
私だって、王都に来て生活してきた冒険者ですもの。自分の生活くらい自分で・・・・」
パトリシアは「自分の生活くらい自分でどうにでもします・・・・。」と答えようとして、あることにハタと気が付いた。
「そうだわっ!! 私にだって王都で出来たお友達がいます。
きっと私の冒険者仲間なら、暫くの間なら部屋を貸してくれるに違いないわ!
ね、ドミニク。いい考えじゃない?
幼馴染のあなたにホテルの世話をしてもらうよりも自分で見つけたお友達の力を借りる。それでこそ成熟した大人の女性ってものじゃないかしら?」
パトリシアは自分で思いついた案だというのに、とても自慢げに喜んだ。ふわふわのウェーブがかかった金髪の前髪の奥にある大きな緑の瞳が自信たっぷりに光っていた。
だが、提案を聞いたドミニクの方は若干の不安を感じる提案だと感じていた。
(いくらなんでも急すぎる話だ。仲間にとっては大変迷惑だろうに・・・・・。
いや、そもそも庶民の住処にいきなり人を受け入れるだけのスペースがあるのか?)
しかし、いくらドミニクが頭の中であれやこれやと考えてみても、実際に相手に会って話を聞かないと答えなど出ない事だ。
仕方なくドミニクは「そうだね。それがいいね。」と同意した。
それに彼女の言う通り、ドミニクの力に頼り切るというのも自立した大人とは言えない。自分の力で手に入れた人脈を活用するという事はパトリシアの成長の証であるし、良いことかもしれない。そう思ってドミニクは「で? 誰か頼るにふさわしい人がいるのかい?」と、心当たりを尋ねる。
「ではっ! 先ずは仲間の中で一番信頼のおけるロドリゴの下へ向かいましょう!」
パトリシアは自信をもって先ずはロドリゴの名を挙げた。それと同時にドミニクが「ロドリゴだって? 男じゃないかっ!!」と、声を荒げた。その剣幕にパトリシアは慌てながら釈明する。
「ち、違うのっ!! ロドリゴは僧侶なのっ!!
神殿に所属してない民間僧侶だけど、とっても誠実な人で信頼に足る人よ!!」
「・・・・僧侶?」
「うんっ、僧侶ロドリゴっ!!」
僧侶というと、この世界でも一応の信頼を持たれているが、そうは言っても男である。ドミニクは内心穏やかではなかったが、パトリシアがあまりにも自信を持っている相手を見る前から否定することも出来ない。仕方なくドミニクはパトリシアの案内するままに馬車を走らせロドリゴという僧侶の自宅へと向かった。
ロドリゴの自宅は冒険者だけではなく一般市民も多く住む長屋の一室を借りて生活していた。神殿に所属するエリートの僧侶は神殿に見込まれた者や厳しい資格試験を受けた者たちだ。彼らは生活の全てを神殿がまかない、神殿の中に住みこみで生活する。その上、それなりの高給取りだ。
しかし神殿に所属する僧侶がエリート層なのに対し、民間僧侶は各地域にある教会から僧侶としての認可を受けた者で比較的簡単に僧侶になれる。簡単になれる反面、多くの民間僧侶の場合はロドリゴのように冒険者となり、自分で生活のすべてを自分で支えなくてはいけない。
それ故にロドリゴのような根無し草は長屋住まいとなる。
長屋。すなわち格安物件である。家賃が安いという事は普通はそれなりに部屋も狭い。しかし、奇跡的にロドリゴは2LDKの部屋を借りていた。だから、パトリシアが間借りしようと思えばできたのかもしれないのだが・・・・・
「いくら私が僧侶と雖も未婚の女性と同居なんて許されるわけがないでしょうが・・・・」
ロドリゴは当然の事としてパトリシアの頼みを拒絶する。それは当たり前の話だった。
「いいですか? パトリシア。
私とパトリシアにやましいことがなくても、周囲の人はそうは思わない。二人がただならぬ関係であるとか、爛れた関係であるとか。そう言った下卑た噂を流すことは目に見えています。世人はそう言ったゴシップを常に求めていますからね。
しかし、そうなれば私はともかくパトリシアの名誉にかかわります。あなたは何と言っても未婚の女性なのですから。もっと自分を大切になさい。」
ロドリゴはそう言ってパトリシアの願いを断るのだった。
ドミニクは自分は部外者であると心得ていたので、ロドリゴの玄関に備えられた外開きの扉の陰に隠れるようにして黙って話を聞いていたが、ロドリゴの話ぶりを聞いてパトリシアが彼を信用する理由が分かった気がした。
(なるほど。誠実な人らしい・・・・。)
ドミニクがそう感心した時だった。パトリシアがロドリゴを説得するためにドミニクに応援を頼んできたのだった。
「お願い、ドミニクっ!! 貴方も一緒にお願いしてっ!!」
そう言ってドミニクの腕に抱きつくように縋り付いてから扉の陰から引っ張り出す。
「お・・おいおい・・・。」
思いがけずパトリシアに引っ張られたドミニクが困ったような声を上げた時、ドミニクとロドリゴの目があった。
「やだっ!! すっごいカッコいい人じゃないっ!!」
ロドリゴは突然、高い声を出して大喜びした。
「ね、彼すっごい素敵じゃない? パトリシア、この方はどなたなの?」
「えっ・・・・えええっ!?」
ロドリゴは長いオカッパの髪をなびかせ、腰を左右にくねらせながら少女のように喜んだ。パトリシアはそんなロドリゴの姿は未だかつて見たことがなかったので困惑してまともに返事も出来ずにオロオロと狼狽えるばかり。
そんなパトリシアとは対照的にロドリゴは何故だか期待に満ちた瞳を潤ませてドミニクを熱く見つめていた。
「帰ろう。彼はダメだっ!!」
違う危険を察知したドミニクはパトリシアの腕を掴むと一目散に馬車に戻ると、パトリシアを乱暴に担ぎ上げて馬車の御者席に乗せる。
「もうっ!! なにをするのよっ!!
ドミニクっ!! なんでこんなことをするんですのっ!?
それに、ロドリゴもおかしかったわ!! 彼のあんな姿、私も初めて見ます。まるで・・・・まるで少女の様でしたわっ!? 一体、何がどうなっているの?
ドミニク、私に説明してっ!!」
パトリシアは何が起こっているのか理解できない様子。不満げに可愛い顔をふくれっ面にしてドミニクを睨みつけながら問いただす。そんな彼女に追い打ちをかけるように遠くでロドリゴの「やーんっ!! もうっ、いけずっ!!」という声が聞こえてきた。
「・・・・・・っ!!」
ドミニクはその声を聴くと頭痛がするのか、瞼を閉じて眉間に手を当てると険しく眉をひそめる。
「・・・・ド、ドミニク?」
ドミニクの態度にパトリシアが不安そうな声を上げると、ドミニクは「彼はダメだ。違う意味で君の教育に悪い。刺激が強すぎる。」と訳の分からない返答をして馬車を出発させた。
「なんで? どうしてですかっ!?
ドミニク、ちゃんと私に説明してっ!! 教育に悪い、刺激が強いって彼の何がダメなのよっ!?」
パトリシアはとうとう拳を上下に振りながら子供のように怒り出した。
こうなれば仕方がない。ドミニクは馬車を巧みに操りながらパトリシアの耳元で真実を囁いた。
「・・・・うそ・・・まさか、彼がそんな・・・」
パトリシアは恥じ入るように顔を真っ赤にしながら驚きの声を上げる。
「ま、坊主はアッチが多いって言うしな・・・・・」
ドミニクは明後日の方向を見ながら、うんざりするように呟くのだった。
それからしばらくの間、パトリシアはロドリゴの別の一面を知ったショックで何も考えられないでいたが、いつまでもそうしているわけにもいかない。やがてドミニクが痺れを切らせて
「パトリシア。君は半日以内に君の転居先を見つけないといけないんだよ。彼の事はもういいから・・・・・他に当てはいないのかい?」と尋ねたことでパトリシアは自分に時間が残されていないことを思い出して我に返る。
そして、次にあてにしている相手の名前を上げる。
「そうね。ロドリゴの次に信頼できる人がいるとしたら、戦士のアマンダね。
女性なのにとても強くて、その上、しっかりした人よ。大人の女性って感じの人なの。」
パトリシアの口から女性の名前が出て来てドミニクはホッとして「へぇ、話がうまくまとまると良いね。」と乗り気な姿勢も見せた。
しかし、パトリシアが案内した場所はスラムの入り口のような区画だった。ドミニクやパトリシアのような貴族にはあまりにも不似合いな場所でドミニクはもう、その時点で嫌な予感しかなった。
それでも乗り気になったパトリシアはドミニクの心境など察するわけもなく、堂々と馬車から飛び降りて彼女の家に向かう。
「まて。一人で歩いては危険だ。」
急くパトリシアはドミニクの制止の声すら耳に入らない。そのままいそいそとスラムの中へ入っていくのだった。ドミニクは馬車を降りると急いで彼女の後を追うしかなかった。
急ぎ足になったパトリシアは女性とはいえ、さすがに冒険者。あっという間に数ブロックを歩き、目的地であるアマンダの家の扉に掛けてある叩き金を鳴らすとアマンダを呼んだ。
「もしもしっ! アマンダ?
私です。パトリシアです。お話を聞いてくださること?」
だが、暫く待ってもその声に対する返答はなかった。
パトリシアは声が届かなかったのかと思って、先ほどよりも力強くドアを鳴らし、大きな声でアマンダを呼ぶ。
「もしもしっ! アマンダ?
私です。パトリシアです。お話を聞いてくださること?」
しかし、返答はなく、アマンダの家は静まり返っていた。
「おかしいですわね。お留守かしら?」
パトリシアは首をかしげたが、ドミニクの鋭い感性は静まり返った家の中に確かに人の気配を感じていた。
「居留守か? とにかく可否はともかく返事を貰えないようでは埒が明かんな。」
そう言うが早いかドアを叩くのが速いか。ドミニクは手を握りしめると拳槌をもってアマンダの家の扉が壊れるかと思うほどの音が立つほど無言でドアを叩いた。
「うるっっさいわねっ!! そんな勢いで叩いたら扉が壊れちまうだろうがっ!!」
程なくしてドアの音に血相を変えたアマンダがパンツ一枚だけのあられもない姿でドアを開けて出てきた。
「おっと、これは失礼。」
アマンダの姿はさすがのドミニクも予想外の事でさすがに慌てて視線を外した。ただしドミニクは女性の裸に対して初心なわけではない。
ドミニクは普通に女性にモテる。貴族界のトップに君臨し、その上、美形だ。当たり前のように女性の方から一夜限りの恋でもいいからと寄ってくる。それを一つ一つ断ることは女性の女性としてのプライドを傷つけることにつながる上に、いわゆる「据え膳食わぬは男の恥」ということもある。
正直、ドミニクにとってパトリシア以外の女性との関係は面倒事以外の何物でもない。しかし、ドミニクは望まなくても女性経験が豊富な男に成長した。
そんな社交界を賑やかすプレイボーイであるドミニクにとって女性の裸などさして珍しくもないが、そうはいっても直視するわけにもいかない。平然としているのも逆に裸体を見せた女性のプライドを傷つけかねない。だから、直ちに視線をそらしたのだが、当の本人は赤の他人のドミニクに剥き出しの乳房を見られても気に留める様子もなく堂々とふるまっているのだった。
「パトリシアっ!! あんた、玄関の壁に貼ってある『客引き中にてご遠慮ください』って書かれた紙が見えなかったのかい?
アタイは今、家にお客を取ってるのよっ! もう5回もアタイを買いに来てくれている上客さんなんだから、邪魔しないでくれるかしらっ!?」
アマンダは腕組した姿勢のままドア枠に体をもたれかけると、不機嫌そうにパトリシアを責めた。この言葉が意味することをドミニクはすぐに理解し、彼女が裸体を堂々と晒せる理由も納得できた。
しかし、アマンダに怒られた当人であるパトリシアは、所詮世間知らずのお貴族の御令嬢。アマンダの「もう5回もアタイを買いに来てくれている上客」という意味が解らずに困ったような表情を浮かべたまま返事も出来ない。
逆にドミニクの方はアマンダの言葉から「これ以上ない情報が聞けた。」と、納得し、これまたロドリゴの時と同じようにパトリシアの教育に悪い環境であると判断し、混乱するパトリシアの肩を掴むと
「彼女には同居人が既にいるって意味だよ。
他をあたろう。」と、優しく諭し、危険な娼婦の館からパトリシアを連れ出す。
そんなドミニクの背中に「ねぇっ、ハンサムさん!! 今度はお客としてアタイを買いにきてねっ! 絶対に後悔させないわよっ!!」とアマンダが声を投げかける。
ドミニクはパトリシアの仲間という事もあり、邪険にするわけにもいかずアマンダの方へ顔を振り向かせるとキザったらしいウィンクを軽く行い、これを返事とした。だが、その社交辞令のウィンクは女性には刺激的すぎたようでアマンダの荒んだはずのハートは一撃で砕かれてしまう。身を震わせて「きゃーっ!!」と黄色い声を上げながら少女の様に喜ぶのだった。
「ねぇ? アマンダに何をしたの?」
これが女の勘か・・・・。初心なはずのパトリシアがアマンダの心境を読み取ってドミニクの腕をつねりながら彼を睨みつけるのだった・・・・。
釈明するのが面倒なドミニクは「さぁね。彼女、どうしたんだろうね?」と、とぼけながら歩くだけだった。
次にパトリシアが頼った相手は女魔法使いのイザベラだった。自宅を訪ねたところ留守であったが、パトリシアには彼女の居場所に心当たりがあった。冒険者の酒場である。
イザベラは若い女性であるにもかかわらず一人で昼間から酒場で飲んだくれることがあるほど自由な女性だった。好きな時に好きなことをし、嫌いなことは一切しない。自分の利益にならないことは決してしない現実主義者と表現しても良い。
そんなイザベラにとって貴族の御令嬢のパトリシアは都合のいい女だった。パトリシアの部隊にいれば貴族特権で報酬の良い仕事が優先的に入って来る。だからイザベラはパトリシアの事が嫌いではなかった。
ただし、それはパトリシアが貴族である間だけの話。故にパトリシアが酒場を訪ねてイザベラを見つけて事情を説明した時、彼女の反応はひどかった。
「はぁ~~っ!? 結婚しないからって親から勘当されて貴族特権を失ったぁ~~~?
じゃあ、アナタ。利用価値無いじゃないのよっ!!」
自由な女イザベラは歯にもの着せぬ物言いでパトリシアを傷つけた。
もちろん、パトリシアも子供ではない。自分が貴族の娘でなくなったら、周囲の自分を見る目は変わるという事くらいはわかっていた。
しかし。こう、面と向かって言われるとかなりショックな言葉だった。
「・・・・・・。ご、ごめんなさい。・・・」
酷い物言いに対して反論する気力を失ったパトリシアは意味もなく謝ってしまった。
それでもイザベラは酒の勢いも手伝ってパトリシアをなおも拒絶した。
「ごめんなさいってアナタねぇ・・・・。
そりゃ、アナタの実力は認めるわよ。名のある女騎士だものね。戦闘では頼りになるわよ?
でもね、私がアナタの部隊に所属している理由・・・知ってるわよね?
アナタの剣の腕前なんかに私は興味なんかないの! 私が求めてたのはアナタの貴族としてのステータス!!
それを期待したからこそ、契約を承諾してアナタの部隊に入ったって言うのに、なんなのよ。それ。
・・・・どう責任を取ってくれるつもりなのよっ!!」
パトリシアの貴族特権消失はイザベラにとって大誤算だった。パトリシアに期待し、部隊に所属する契約をしたイザベラは賭けに負けた敗者のように行き場のない怒りをパトリシアにぶつけるしかなかった。一度契約をしてしまったら、契約期間を満了するまで共に行動するか、仲介者の冒険者ギルドとパトリシアの双方に違約金を払って契約を解除するしかないからだ。だからイザベラは意地の悪い目でパトリシアに詰め寄り文句を言う。
そして、その剣幕と罪悪感の両方を抱えて謝るしかなくなったパトリシアの姿を見て、ドミニクの怒りが爆発する。
「バシャッ!!」という水音が鳴った。
その時、パトリシアは信じられないものを目にする。
それはドミニクが杯に注がれた果実酒をイザベラの顔面に向けてぶちまける光景だった。
「パトリシア。これ以上の問答は無用だ。帰るぞ。」
ドミニクはそう言うと困惑するパトリシアの腕を掴んで酒場から連れ出した。
何が起きているのか?
何故、ドミニクはここまで怒っているのか?
パトリシアには全く分からなかったが、酒場の中から聞こえてきたイザベラが自分に向けて叫んだ罵詈雑言から友達を一人失った事だけは理解できていた。
こうしてパトリシアはパーティメンバーをよりどころに出来ないことを思い知った。
二人は酒場を出てからしばらくの間、酷くけだるい思いがして一言も話さなかった。
馬車を止め、公園の噴水の前で二人はただ黙って座り込んでしまった。そうして15分ほどの沈黙ののちに午後4時を伝える教会の鐘が鳴った。
王都に響くその鐘の音に二人は我に返った。
「・・・・もう、時間がないな。」
ドミニクがそう呟くと、パトリシアは諦めたかのように泣き言を言った。
「・・・なんて様なの。お父様に逆らって冒険者になったというのに、少しの間の住まいを仲間から借りる事さえ出来ないなんて。私、本当に空っぽのお姫様だったのね。
イザベラの言葉は本当だったわ。私、貴族特権が無かったら、利用価値がない女だった。使えない女だったのね。
・・・・・ああ、もう・・・・嫌になっちゃうわ。」
悲しそうなパトリシアの顔にドミニクは耐えられなくなって、すぐにフォローを入れる。
「パトリシア。いいかい? これは君のせいだけじゃないよ。
今日訪れた人達の家を思い出してごらん? 庶民の家を。彼らは生きていくので必死だ。狭い住まいには他人を受け入れる余裕はない。君じゃなくったって、そう簡単に仮住まいは見つけられないさ。」
そんなドミニクの言葉は正直嬉しかったが、だからと言って問題が解決したわけではない。
二人は途方に暮れてしまった。タイムリミットは近づいている。しかし、打開策がないのだ。
この二人を救えるのは二人の盲点を指摘できる第三者の存在しかなかった。
「ドミニク様っ!! パトリシア様っ!!」
不意に声を掛けられ二人が声のした方を見ると、そこには馬に乗って二人を探していたセバスティアンがいた。
セバスティアンは馬から降りると、二人の下へ駆け寄った。
「ドミニク様のお帰りが遅いので心配してホテルに行ってみたのです。すると・・・・いや、大変なことになりましたな。
・・・・しかも、その御様子ですと、今日、泊まる宿は見つかっておられないご様子。
どうですか? しばらくの間は当家の客間にお住になられるというのは?」
「えっ!?」「えっ!?」
二人はセバスティアンの提案に驚きの声を上げる。そう、仮の住まいが決まるまではドミニクの邸宅に泊ればよい事。ドミニクの負担になりたくないというパトリシアのプライドと、彼女のプライドを尊重したい思い込み過ぎていた。二人は頭が固くなり過ぎていたのだ。
セバスティアンという第三者の物腰柔らかい物言いのおかげで二人は固定してしまった考えから解き放たれた。
「・・・・・よろしいの? ドミニク。」
照れくさそうにパトリシアが尋ねるとドミニクに断る理由などあるはずもなく、大きく頷いて「歓迎するよ。僕のお姫様。」と答えるだけだ。
ほほえましい。いつも通りのラブコメな二人の様子。
しかし、この二人の様子を邪悪な視線が見つめていた。
セバスティアンである。
(ふっ・・・・・。勝った。
いくら距離感がおかしくなったお二人とはいえ、愛し合う男女が一つ屋根の下・・・・何も起こるはずもなく・・・・・・
これでお世継ぎ問題も、お二人の関係にやきもきしていた周囲のストレスも全て解決するっ!!)
老執事セバスティアンのささやかすぎる野望がその老いた心を燃やしていた。
だが、しかしっ!! セバスティアンはバカを見くびっているっ!!
距離感がおかしくなっている二人のバカップルを見くびっていたっ!!
ドミニクとパトリシアは互いの手を握り合って、熱く見つめあいながら誓う。
「パトリシア。安心して僕の家にお住みっ!!
もちろん、未婚の君におかしな噂が立たないように僕は誓うよ?
君は世界で一番魅力的な女性だ。でも僕は君が不本意に僕を誘惑したとしても僕は耐えて見せる!!
絶対に君に手を出したりしないっ!! これまで通りの関係を守って見せるよ?」
「嬉しいっ!! ドミニク!!
私も誓いますわっ!! 私こそ、アナタの結婚の妨げにならないように決して、決してアナタを無意識に誘惑しないように隙を見せないわっ!!
そして、どれだけアナタがカッコいい男性でも、私、アナタを求めませんっ!!
だって、私達、お友達ですものっ!!」
こうして、二人はセバスティアンの思惑を外れ、謎の不可侵協定を結んでしまう。
夕日を背景に二人は誓いあった。この誓いを固く守り抜くことを決めたのだっ!!
そして、その美しい友情を互いにたたえ合っているつもりだろうか? 往来のど真ん中で強く、深く、互いを求めあうように熱く抱きしめ合うのだった・・・・
「・・・・この、天然すぎる若造どもめ~~~~っ!!」
二人の様子を見て肩を震わせて怒るセバスティアンがどれほどそう怒鳴りたかったか。
幼いころから二人を支えていたセバスティアンがどれほど、どれほど二人の事を思っているのか。
しかし、セバスティアンは叫ばない。怒鳴らない。
そんな思いはおくびにも出したくない。セバスティアンは出来る執事なのだ。
「では、屋敷にお戻りを。
今日はパトリシア様の歓迎に致しましょう!!」
と、若干、引きつった顔で必死に作った満面の笑顔で提案してやるのだった・・・・・・。
もしかしたら、この男の甘やかしが事態を複雑にしているのかもしれない。
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