魔王〜明けの明星〜

黒神譚

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第3章「ゴルゴダの丘」

第63話 魔神アンナ・ラーのキツすぎる試練

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 魔神アンナ・ラーと共に親衛隊300名を率いてゴルゴダ公国魔王ヴァレリオ・フォンターナは、ジェノバ国軍が進撃してくるであろうと目される場所へと向かうのだった。
 300の軍勢は皆、騎兵である。300名とは貴重な馬を扱う騎兵隊の規模としてはかなりの人数でゴルゴダ軍が保持する騎兵の2割の数であった。
 国軍の2割の数の騎兵を威力偵察に投入させることは大変な賭けであったが、ジェノバ国に数柱の神が味方している以上、機動力が無い歩兵を連れて歩くことは悪戯に兵の損耗を招くと判断した結果であった。
 
 魔神アンナ・ラーは、そんな判断を下した魔王ヴァレリオを評価した。

「良い采配です。
 威力偵察で最も大切なことは撤退速度です。いたずらに全滅させるような指揮をする者も多いですが、あなたの戦術。私は評価いたしますよ。」

 魔神アンナ・ラーはともに騎乗して並走するヴァレリオを褒めた。ヴァレリオは、光栄なことと感じ奈良がらもかなりの速度で進撃する馬上で激しく弾む魔神アンナ・ラーの乳房から目を離せないまま「・・・光栄に存じます。」と答えるのが精一杯だった。

 女は男が思っている以上に男の視線に敏感なもの。すぐさまヴァレリオの視線に気が付き笑いながら茶化した。

「あらぁ? あの時の事、思い出しちゃったかしら?
 でも、旦那様のお許しもなく私に手を出しちゃだめよぉ?」

 そう言われたヴァレリオは慌てて「い、いえ・・・。それは勿論で御座います。」と答えつつも絶世の美女の魅力には抗いがたい様子であった。
 
「私達はお互いのを知っています。あの甘美な日々は思い出すだけでこの身を焦がしますが、あれは貴方の魔力を上げるために必要だった神喰の魔術儀式・・・・・・・であることを忘れてはいけませんよ?
 私は旦那様の物。それも忘れてはいけません。」

 魔神アンナ・ラーは、そういいながら並走するヴァレリオを誘惑するように彼の太ももを優しくさすりながら、甘く囁くのだった。この世でも最上級の美女の甘い囁きは大変抗いがたいものがあったが、ヴァレリオはそんな魔神アンナ・ラーの魅力的な掌を掴んで離すと

「アンナ様に明けの明星様がおられますように、私にはラーマがおりますゆえに。」

 と、はっきりとその誘惑を断つのだった。
 魔神アンナ・ラーは少し残念そうに笑うと

「ああ・・・。ラーマが羨ましいわ。私も旦那様にそんな風に愛されたいです。」
「それにもう10日近くも旦那様のお情けを頂いておりません・・・。体が夜泣きしてとても眠れないのです。」

 と言って悩ましく腰をうねらせた。無意識のうちに明けの明星を求めてしまうその仕草が男をどれほど誘惑するのか既に女になってから随分と経つアンナ・ラーには、もう実感がわきにくい様子だった。
 
 (くそっ・・・。たまったもんじゃないな・・・。)

 健全な若者のヴァレリオは心の中でそう愚痴りながらも、魅力的な彼女の肉体から頭を切り替えるために戦地に目を光らせた。
 すでに神の領域に達している魔王ヴァレリオの目は、数キロ先の者でもはっきりと肉眼で確認できた。そうして進行方向を睨んでいると、彼の目にジェノバの斥候部隊の姿が見えたのだった。


「総員、止まれっ!」

 ヴァレリオが手を上げて合図をすると親衛隊はヴァレリオの号令に合わせて緩やかに減速していく。その動きはよく訓練されたものであり、停止する騎兵同士がぶつからない等速の減速だった。その見事すぎる一連の動きはヴァレリオの配下の親衛隊の騎士、一人一人の優秀さを表していた。それもそのはず。彼ら親衛隊の出自はもともと旧魔族諸国の精鋭たちだからだった。

 元々、ヴァレリオは明けの明星に誅された魔王ジャック・ダー・クー配下のいち男爵に過ぎなかった。その彼の実力と忠誠心、将来性を高く買った明けの明星によってゴルゴダ公国の王に据えられたのがヴァレリオだった。
 ラーマのエデン国の一部を割譲して作られたゴルゴダは公称こそ「公国」であるが、ヴァレリオの地位は国王を許されている。大公ではなく国王の君主号の名乗りが許されているのは、全て彼の能力・実力によるものだった。(もちろん、魔王明けの明星が履かせた下駄のおかげでもある)

 男爵から一国の王として驚異の出世を遂げた彼の元には魔族が支配した旧諸国の精鋭部隊が集められた。それはゴルゴダ公国がエデンの防衛を任されていたからである。明けの明星は、ゴルゴダの防衛力を上げるためラーマに従属した旧国王たちから優秀な兵士を強引に引き抜きヴァレリオの配下とした。
 引き抜かれた当初、旧諸王と精鋭たちは出自が一男爵に過ぎないヴァレリオのことを目障りに思ったが、ヴァレリオがラーマよりも遥かに上の階位である魔王に昇華したのちは、彼の威光に心を打たれ、今ではすっかり臣従している。

 エデンの軍人のエリートが集結して作られたゴルゴダ軍は、エデンの軍事力の象徴であり、エデンを守護する国でもあった。本来ならば地位が上のはずのラーマが主従逆転したかのようにヴァレリオに懐いていても国民が文句を言わないのも、その功績と魔王に昇華し霊位としてヴァレリオが完全にラーマより上位に位置する存在だったからである。
 そんなヴァレリオの大出世はゴルゴダ国民の誇りであり、彼に仕える親衛隊の忠誠心は目を見張るものがあった。

「総員、聞け。これより下馬して数刻徒歩による移動を行う。
 徒歩による移動を行う理由は敵の斥候部隊を我々が先に発見したからである。
 我々は砂煙が目立たぬ林の中を歩き、接敵し、夜に奇襲を仕掛ける。いいなっ?」」

 誰もが速やかに下馬して静かに徒歩で進軍するのだった。

「・・・随分と部下から心酔されているわね。魔王ヴァレリオ。
 しかし、油断はしてはいけませんよ。いまは未だ気配を感じませんが、敵の神は必ず現れるのですから・・・。」

 魔神アンナ・ラーはそういうと隠形おんぎょう術で自分の神としての気配を消す。その隠形術は魔神シェーン・シェーン・クーをはるかに上回るもので、魔王ヴァレリオの目をもってしても魔神アンナ・ラーが林に溶け込む様に消えたかに錯覚するほどであった。

 (アンナ様は、流石に凄い魔神様だ。私も見習わねば・・・。)

 ヴァレリオはそう心に言い聞かせて自分も隠形術で魔力を隠し、まるで一般兵士のようにオーラを消すのだった。
 そして林の中に姿を消しつつ全員が徒歩で行軍し数刻も経つとヴァレリオが予想した通り斥候部隊が確保した場所にジェノバ国軍が続々と集結し始めた。

『全員に回せ。我らはこの場に夜中まで待機する。交代で10名の歩哨を立てつつ、歩哨以外の兵は体を休めておけ。
 作戦通り夜になったら行動する。』

 ヴァレリオは小声で伝令を送ると、2名の兵士が部隊の左右に分かれてヴァレリオの命令を正確に伝えて回る。伝言ゲームと違い、命令を伝えるのは2名。確かな命令が300名に伝わっていった。
 伝令を受け取った兵士たちは命令に従って10名の歩哨以外は各々リラックスして休む。戦う時以外に緊張感を持たない精神状態になれるのは歴戦のエリートの証である。もちろん休憩の間、やはりエリートの歩哨兵が2名一組で5方向の警戒任務に当たっているから緊張を解くことができるのである。

 魔神アンナ・ラーは、洗練されたヴァレリオの部隊のレベルの高さを見て満足そうに頷いた。

「素晴らしい兵団ね。ここまで一糸乱れぬ統制が取れているのもあなたの人徳というわけね。ヴァレリオ。」

 アンナ・ラーの美しい笑顔は魔王であるヴァレリオですら簡単に魅了されてしまいかねない程、美しかった。しかもアンナ・ラーは、これから神々と戦うかもしれないというのに露出の激しいチャイナドレス姿のままだったのだ。
 キツいスリットが入ったチャイナドレスは太ももの付け根の上まで露にし、彼女が履く上等の下着を見せている。タイトサイズで光沢の強い絹のドレスは彼女の豊満すぎる乳房の形を損なうことなく外部に伝えてくれる。それは男にとっては極上のプレゼントであった。ヴァレリオの家臣団は休憩中は、もう彼女のとりことなってチラチラと彼女の美しい肢体したいを眺めた。
 そして、それはヴァレリオとて同じことだった。いや、むしろ彼女を隅々すみずみまで知ってしまったヴァレリオにとっては最早、魔神アンナ・ラーは毒でさえあった。彼女に見つめられ優しく微笑ほほえまれると我を忘れて抱きしめたくなる衝動に駆られてしまうのだった。

 (まるで魅了チャームの魔法のようだ・・・。)

 これまで数々の女性と関係を持ってきたプレイボーイのヴァレリオでさえアンナ・ラーの美しさを魔法と評する。それほど男性にとっては抗いがたい妖艶ようえんな魅力をアンナ・ラーの体は発していたのであった。

 (ラーマ。君がいなかったら僕はアンナ様を押し倒して力づくでも抱いてしまっていたかもしれないよ。)
 
 ヴァレリオは明けの明星が太鼓判を押すほど美女・魔神アンナ・ラーが放つ肉欲の誘惑をラーマへの想いで断ち切るのだった。
 ラーマの美しいピンクの髪。幼さを残した美貌。か細い体に不釣り合いなほど大きな乳房を必死で思い浮かべると、そのうちに彼女が自分を見つめるときの熱い瞳が鮮明に脳裏に蘇ってくる。潤むラーマの美しい瞳に秘めた思いをヴァレリオはリア帰している。そしてまた、彼女を見つめ返すときのヴァレリオ自身の胸の内の甘酸っぱい想いを思い出すとき、ヴァレリオは魔神アンナ・ラーの魅了を完全に断ち切ることができるのだった。


「ねぇ、ヴァレリオ。少し肌寂しいから抱っこしてくれないかしら・・・?」

 そんなヴァレリオを試すかのようにアンナ・ラーが瞳をうるませながら肌を摺り寄せてきた。その滑らかな肌の感触と僅かな体の動きにも敏感に弾む柔らかな乳房の動きは誘惑そのもの。そして果実のように甘いアンナ・ラーの香りまでもがヴァレリオの鼻腔びくうを刺激したが、ラーマへの愛を思い出したヴァレリオはそれを軽く受け止めることができた。

「承知しました。不詳ヴァレリオ、アンナ様のお寂しい思いを慰めて差し上げます。」

 そう言ってアンナを抱きしめてやると、アンナはヴァレリオの肉体が熱くたぎっていないことを悟り、残念そうに「ああん。面白くない子ね。もう少し意地悪してあげようかと思ったのに・・・」と呟いて自分からヴァレリオの体から離れていく。

「いえ。中々に魅力的すぎる誘惑でございました。
 ラーマへの愛が無ければ、このヴァレリオ。アンナ様の虜にされていたかもしれません。」

 などとさわやかな微笑と共に言うものだから、魔神アンナ・ラーは「あら、お安くないのね。」と言って、悪ふざけが過ぎたことを認めるように笑った。
 

 そして、それから数刻の間は何事もない会話を続けた。戦場の警戒を説いた二人の会話は主にラーマについてのものだった。
 ヴァレリオは彼女の愛らしさについて語り、アンナ・ラーは妹のようにかわいがるラーマへの想いを語った。二人がそんな極上の時間を過ごしている間に夜は深々と更けていった。月の光が届かぬ林の闇は時間の経過とともに兵士たちの目を暗闇に順応させていく。そうして所謂、丑三つ時になるとヴァレリオは太めの木の枝をバチリと折る。女性の前腕ほどの疎さの木の枝が折れる音は周囲の兵士をヴァレリオに注目させる役割を十分に果たした。その音が進撃の合図だと誰もが知っていたので、リラックスしていた彼らの表情が一変して兵士のそれに代わるのであった。

「歩哨を呼んで来い。合流したら敵のそばまで徒歩で移動し、その後、一度の攻撃を仕掛けてすぐに本陣に戻るぞ。
 くりかえす。奇襲は一度だけだ。突撃の最前列にアンナ様。最後尾には私がつくが、ぐずぐずする者をかばう余裕はないと思え。全員、隊列を乱すことなく攻撃を仕掛け、その流れのままUターンして撤退するわかったな?」

 ヴァレリオの説明は一度きりだった。保障と合流した騎兵隊は夜の闇に乗じてジェノバ軍を強襲し、疲労困憊のジェノバ兵を恐怖の底へ叩き落すのだった・・・。



 
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