魔王〜明けの明星〜

黒神譚

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第2章 新国家「エデン」

第33話 共に死んでくれますか?

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 戦場に戻るというわたくしを真っすぐに見返すヴァレリオ男爵。その真っすぐな瞳に対してこのようなことを言うのは本当に心が痛みました。それでも、それでも私は言わなくてはいけないのでした。

「ヴァレリオ。よく聞いて。
 私は、今すぐあそこに戻り・・・・・・・・・、明けの明星様をもう一度説得して戦争を止めなくてはいけないのです。」

 私の言葉を聞いてヴァレリオ男爵は顔を歪めて驚きました。
 その様子を見て私はやはりヴァレリオ男爵が誤解していたことを悟りました。その誤解を予測することは難しい事ではありません。常識的に考えて、今 戦場に戻るのならば一度本陣に戻って軍を引き連れてから行うべきことで、「あそこに戻る」という発言を聞けば誰もが本陣に一度戻ると考えるからです。そして、ヴァレリオ男爵は正しいと思います。

「姫様、それは・・・・。」

 私は恐らくは私に考え直すように進言しようとしているヴァレリオ男爵を右手でストップをうながすしぐさを見せるだけで制止します。その先に何が言いたいのかわかり切っていたからです。
 つまり私の考えは無謀むぼう。それはあまりにも無謀であるとヴァレリオ男爵は言いたいのでしょう。
 それでも私にも考えがないわけではないのです。

「ヴァレリオ。よく戦場をごらんなさい。
 フェデリコの部隊の掲げる松明の炎が増えてきています。先ほどよりも更なる数の増援が来ているのです。
 それが明けの明星様の企み事なのか、フェデリコの命令によるものなのかはわかりません。
 ただ、きっと。このままでは2万を超えるスパーダ軍本陣の兵たちもなだれ込んでくるでしょう。」
「そうなれば、本陣も含めた我が軍もアンドレアお兄様の部隊もことごとく死に絶えるでしょう。
 もはや兵法でどうこうなる事態ではありません。」

「私は、明けの明星様に戦争を停止していただくように取引を持ち掛けます。
 それ以外に助かる術はないのです。
 ですから、今すぐにあそこに戻らねばならないのです。」

 あそこに戻ることがどれほど危険なことか。それをヴァレリオ男爵にお願いすることが何を意味するか、私にはわかっていました。
 離脱するだけでも大変なのに、明けの明星様の元までたどり着く。それは死ぬ可能性の方がとてつもなく高かったのです。
 そう。私たちは九死に一生どころか、10死ぬ可能性の戦場に戻らなくてはいけないのです。
 私は彼を見つめて、彼を熱く見つめて、彼を信じて尋ねました。


「ヴァレリオ・・・。私と一緒に死んでくれる覚悟はありますか?」

 ヴァレリオ男爵は迷いのない目で答えてくれるのでした。

「姫様と共に死ねるなら我が本望なりっ!! 
 ですが、私が必ずっ!! 必ず明けの明星様の下へ姫様をご案内してご覧にいれましょうっ!!」


 ヴァレリオ男爵はそう言うと颯爽さっそうと馬に乗り込み、私を抱き上げてくれました。

「行きますよ、姫様っ!
 少し乱暴な走りになりますが、御勘弁いただきますよ?」

 優しいヴァレリオ男爵の笑顔交じりの忠告に私は強く抱きしめることで答えます。

「はいっ!! ヴァレリオっ!!
 あなたと共に行くなら、私に恐れるものは何もありませんっ!!
 共に死にましょうっ!!」

「はははっ!! このヴァレリオ。姫様だけは絶対に死なせるものですかっ!!」

 私の覚悟はヴァレリオ男爵の軽口で軽く流されてしまいした。

「あんっ!! もう、そういう意味では御座いませんわっ!!」

 ヴァレリオ男爵のいじわるに私が唇を尖らせた瞬間、「時間がございませんので、御免っ!!」と、ヴァレリオ男爵は馬の手綱を叩きつけ、勢いよく駆け出すのでした。
 「きゃぁっ!!」と、悲鳴を上げるとすぐにヴァレリオ男爵に抱き着いた私は、その体に触れた安心感で落ち着くことができましたので、ヴァレリオ男爵に抱き着いたまま戦場を睨みます。
 そして、探したのです。明けの明星様を。
 私と明けの明星様は契約しています。ならば、ならば探し出せるのではないでしょうか? そう考えて小高い丘を駈け下りる馬の上で広く戦場を目で追いました。

 すると、不思議なことに私の目は数多くの兵士の中から、明けの明星様の姿を捕えることができたのです。その時の事は表現することが難しいのですが、私の目だけがまるで明けの明星様のところまで伸びたかのような錯覚に陥るほど明けの明星様を見据えることができたのです。
 
「笑っておられます・・・・」

 明けの明星様ととてつもなく距離が離れているのに目が合った私は思わずボンヤリとそう呟いてしまいましたが、すぐに我に返ってヴァレリオ男爵に指で明けの明星様の居場所を指し示しながら告げました。

「ヴァレリオっ!! あそこですっ!!
 私とあなたが再会した場所から南に少し行ったところにある、岩場の下に明けの明星様はおられますっ!!
 信じられないかもしれませんが、この距離でも私には見えますっ!! 私を見つめて笑って手を振っておられますっ!!」
「きっと、私たちを待っておられるのですっ!! あそこまで突撃できますか?」

 ヴァレリオ男爵は私の言葉を聞いて苦笑いを浮かべてから「委細承知仕りました。」と、いって馬を早駆けにするのでした。その苦笑いが私にはあの場所まで突撃することの危険を意味するものだと勘違いいたしました。ですが、そうではなかったのです。

「姫様。信じられないかもしれませんが、私にも明けの明星様が見えております。
 ただ、姫様と違って私には声も聞こえます。
 『さっさと俺の女を連れて来い、色男。
  おまえ、わかっとんやろうな? おん?』と、なんだか物凄くお怒りのご様子っ!!」

「えっ!! ヴァレリオっ!! あなたにも見えるのですかっ!?」
「しかも、明けの明星様がお怒りなのですか? なぜ?」

 私の言葉を聞いたヴァレリオ男爵は目をまん丸にして私をのぞき込んだ後、はにかんだような笑顔を見せると、心なしか私を強く抱きしめて「ほう。この状況で無自覚ですか・・・。これでは私は浮かばれないな」なんて言うのです。

「姫様っ!! とにかく明けの明星様は我々の話を聞いてくれるようです。
 向こうから来ていただけないという事は、我々を試しておられるのでしょぅ!!」

 ヴァレリオ男爵はそう言うと自分の腰に差した長剣を抜きます。

「姫様、しっかり掴まっていてくださいっ!!
 私も敵を蹴散らしながら進まねば、行きつけそうに御座いませんのでっ!!」

「はいっ!! 少し待ってください。
 あなたの体と私の手を鎖で縛りますっ!!」

 そう言ってヴァレリオ男爵に馬を止めさせた私は、自分の鎧に付いてあるナイフを吊り下げるための鎖を解いて自分の両籠手ガンドレッドに結び付けてヴァレリオ男爵と自分の体が離れないようにします。いまだ敵の姿がそばにいない安全地帯だからこそできる行動ですが、こうして改めて抱きしめ直してみると、私はまるで大木を抱きかかえているような感覚にみまわれるほどヴァレリオ男爵は逞しいのです。

 (こんなに贅肉ぜいにく一つないお体でどうしてこんなに大きいのかしら?)

 などと不思議なくらいです。

 ヴァレリオ男爵にそんなことを思いながら、私は明けの明星様が居られるところを指差して言います。

「行きなさいっ、ヴァレリオっ!! 私の騎士としての力をお示しなさいっ!!」

「はっ!!」

 ヴァレリオは、短く息を吐くと馬を早駆けさせて戦場に突撃していきます。
 そして、私たちが目指す戦場は、通常の戦場とは違いました。戦争とは異なる集団がお互いの利権を求めて殺しあうものなのですが、目の前の戦場は全く異なっていました。敵が敵を殺し、味方が味方を殺すという異常な空間だったのです。
 誰もかれもが殺し合っています。ただ目の前にいる者を殺しているのでした。

「この人達は・・・なぜ、こんな意味が解らない状況になっても戦い続けるのでしょうか?」

 私は悲しみと、そして彼らの心境が理解できないという複雑な気持ちでそれを見ていました。ヴァレリオ男爵は、言います。

「これが、明けの明星様の御力なのでしょうっ!
 ただの男があのようなことを言っても戦場は狂ったりしません。誰もそこまで馬鹿ではないのです。
 ですが、魔族ならば誰もがあの忌まわしいほど禍々しいオドの魅力に逆らうことなどできません。ましてや、それを一晩抱けると言われれば、男なら誰だって狂う・・・ああ、これは品なお話で失礼・・・。」

 ヴァレリオ男爵はそういって戦場で皆が狂う理由を明けの明星様の存在として説明しました。確かに。確かに明けの明星様の御力であるというのならば、説明もつきましょう。ですが・・・。だからといって、どうしてそのように・・・。

 そう思いながら突撃していると、意外にも私たちがそれほど標的になっていないことに気が付きました。きっと、明けの明星様が私を標的から除外するように宣言したからなのでしょうが・・・。それでもヴァレリオ男爵は狙われますし、ほんのわずかでも理性が残っているものは私も狙ってきます。

「畜生ッ!! 貴様のせいでこの戦争は狂ってしまったっ!!
 殺してやるっ!」

 そういって襲い掛かって来る者達をヴァレリオは長剣で薙ぎ払ったり、馬の足でけり飛ばしたりしながら進むのです。彼らは何も間違っていない。全ての責任は私にあります。死んでいく魂に私は何と言って謝ればいいのでしょうか?
 私はせめて彼らの魂が安らげる場所に行けるように願うばかりでした。

 私たちはそうやって少数の敵を蹴散らしながら進んでいたのですが、私たちが明けの明星様の下に近づけば近づくほど、不思議なことに私たちに敵意を見せだす者が増えてきたのです。これがもし、明けの明星様の計らい事なれば、これは明けの明星様が私たちに課した試練なのかもしれません。
 その試練は過酷を極めました。
 ヴァレリオ男爵は飛んでくる矢を払い、付いてくる槍を交わし、馬を狙ってくる兵士を長剣で切り殺しますが、そのうちに私たちを取り囲む兵士が50人を超えてくるようになったのです。

「はぁっ!! はぁっ!!」

 早駆けする馬もヴァレリオ男爵の息も乱れながら、走り抜けていきます。馬も本能的に恐怖を感じているのでしょう。敵から逃れるために信頼する主人に全てを賭けてただひたすらに全速力で駆けて行きます。
 しかし、全力疾走などそういつまでも続けられ産者ではありません。限界を超えてさらに限界を超えるほど全力疾走した馬は、可哀そうにやがて力尽きて倒れ込んでしまいました。
 馬がその時、全力疾走した状態から一気に力を失ったので、急に膝を折って地面に倒れ込んでしまったのです。その結果、全力疾走の速度が遠心力に変わり、私とヴァレリオ男爵の体は投石機で投げられる石のように馬体ごと吹き飛ばされていきました。

「きゃあああああ~~っ!!」

 と、私が悲鳴を上げた時、ヴァレリオ男爵は長剣を投げ捨て私の口に自分の指を入れると、私の頭を抱きかかえて地面を転がって受け身を取ります。
 そして、地面を転がる勢いを利用してヴァレリオ男爵は私を抱えたまま華麗に立ち上がるとそのまま愛馬を振り返ることなく明けの明星様の下へ向けて走り出します。
 その足が既に刃傷を負っていることを知っている私は籠手を結ぶ鎖のフックを外して「おろしてくださいっ!! 自分で走りますっ!!」と申し出てヴァレリオ男爵の体から離れて駆け出します。

 今日、私は敵に追われて走ってばかりですわね。それでも、ヴァレリオ男爵とならば、死ぬまで駆けられる。と、この狂った戦場で思ってしまうのでした。
 
 ですが、私たちはついに明けの明星様にたどり着く前に兵士たちにとり囲まれてしまうのでした。
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