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第2章 新国家「エデン」
第27話 命を捨てる者達
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魔法使いたちの登場は私とフィリッポを動揺させました。
そうして、そんな動揺はフェデリコとカルロにも伝わっているようで余裕の笑みを浮かべて私たちを見ていたのです。
いえ。動揺する私の表情など確かめる必要がないほど、すでに絶対的に彼らは勝利を掴んでいました。
「残念ですなっ!! 姫様。
姫様も魔法使いが来た今。勝敗が決したことはお判りでしょう。
説得に応じてくだされば、そこの者達の命は救われたでしょうにな。」
「ま、もっとも。姫様さえ手に入ればこちらはどうでもよろしこと。
そこの者達もエデン本陣の連中も生かしておくつもりなど最初からこちらにはなかったのですがね。」
勝利を確信したフェデリコは白状しました。彼は約束など守るつもりなどなかったのです。その事はカルロも知らされていなかったようで、「そ、それではお約束と違いますっ!!」と、抗議をするのですがフェデリコは笑みを浮かべて言うのでした。
「カルロ。そなたはよくやってくれている。
安心せよ。そなたとそなたの部下だけは私が保証してやる。此度の戦が上手く行ったのもそなたが作戦を話してくれたおかげ。おかげで我らのからめ手がこの戦争を終わらせるだろう。」
「そなたは我が家臣団に加えるゆえに、黙ってそこで見ていればよい。」
「そ・・・そんな・・・。」
騙されたことを知って絶望したカルロは地面に跪き声を上げて泣きだしました。フェデリコもそんなカルロに思うところがあったのか、彼を慰めるかのように肩に手を置いて「許せよ。これも戦場の習い」と、声をかけるのでした。
そして、話あいはそれで終わりです。
フェデリコは右手を高々と上げて宣言いたしました。
「者共っ!! 姫様以外は降参しても許すなっ!! 皆殺しにせよっ!!
殺した数が多いものには、エデンの女をくれてやるぞっ!!」
なんて・・・下品な男っ!!
私、こんな男には絶対に負けたくないですわっ!!!
私がフェデリコの言葉に総毛立つほどの嫌悪感を感じたその時でした。
「者共っ!! 撤退するぞっ!!」
と、フィリッポは声を上げると、私を小脇に抱きかかえあげて一気に撤退方向へ向けて走り出しました。
小脇に抱えられた私は突然の事で「きゃあ、きゃあ」悲鳴を上げるのですが、フィリッポは意に介さぬとばかりに私の悲鳴を無視して叫びました。
「急げっ!! 今しか逃げ延びられんぞっ!!
生き残りたくば、一目散に駆けよっ!!」
フィリッポの合図とともに、彼の精鋭部隊が走り出しました。それに合わせて意味が解らないままカルロから寝返った兵士達も走り出しました。それはまるで一羽の鳥が逃げ出したら、他の鳥もつられて逃げ出す様に似ていました。
そして、皆が動き出したと同時の事でした。
暗闇から矢が飛び出してきて、魔法使いを射抜いたのです。
声もたてずに4人の魔法使いがゆっくりと倒れていく姿が微かに見えました。
「援軍だぁあああ~~っ!!」
何が起こったのか理解した兵士の一人が歓喜の声を上げたのです。
見ると暗闇の木々の隙間から数十名の兵士が弓をつがえて立っていました。
その兵士たちは、ヴァレリオ男爵が私に与えてくれた精鋭部隊だったのです。
「姫様っ!! 男爵様からご伝言っ!!
『あとでお話がありますっ!!』とのことっ!!」
精鋭部隊の隊長が冗談交じりでなんか怖い事を言いました。
(う、うううっ!!! お、怒ってますわよね?)
(絶対怒ってますわよね? ヴァレリオ男爵、怒ってますわよねっ!?)
しかし、恐怖に震えたのは私だけではありませんでした。
暗闇からの狙撃されたフェデリコの部隊は、恐怖のあまり大混乱です。皆、口々に騒ぎ立て統制が取れない状況になりました。
「隊長を御守りしろっ!!」
「松明の明かりを消せっ!! 狙い撃ちにされるぞっ!!」
「ダメだぁ~っ!! 撤退しようっ!!」
「バカ言え、戦わなければ生きて戻れんぞっ!!」
敵が大混乱に陥ったのをいいことに我々は、撤退の足を進めます。
しかし、フェデリコは、ここで易々と私たちを逃がしてくれるほど甘い男ではありませんでした。
「黙れぇっ!! 騒ぐなっ!!
すぐに追撃隊を出せっ!! ここまで来て姫を取り逃がしたとなれば、己ら全員、右腕を切り落とすぞっ!!
己らだけではないっ!! 己らの家族の右腕も切り落とすぞっ!!
それが嫌なら、命を捨てて走れっ!! いけぇ~っ!!」
と、恐怖を持って部下を走らせたのでした。
とんでもない司令官ですが、効果は絶大です。誰もが死を恐れずに向かってくるのでした。
しかし、頼もしいことにそんな彼らを背中に感じながらもフィリッポがヴァレリオ男爵の精鋭部隊の隊長であるマヌエルと会話をしています。
「他に援軍はっ!?」
「俺達だけだっ!!」
「君達だけっ!? 姫様の護衛だぞっ!?
男爵様は何をやっているんだっ!!」
マヌエルは、フィリッポの言葉を聞いてから、南の方を指差すと想像もしていないことを言うのでした。
「裏切りだぁッ!!
アンドレア様が1000の兵を従えて、姫様を横取りする作戦に出たんだっ!!」
「なんですってっ!?」「なんだとっ!?」
私とフィリッポが同時に声を上げました。そして、マヌエルが指さす方向を見たのです。
そこには煌々と松明を燃やして南の山から来る軍勢が見えたのです。
「ヴァレリオ男爵様は兵の半分をあちらに向けている。
そして、ここに誘導してくるつもりなんだっ!!」
「なんだとっ!?
どういうつもりだっ!? ここには姫様がおられるんだぞっ!!」
「わかってるっ!! だからこそだっ!!
男爵様は、アンドレア様とスパーダ軍を遭遇させてこの戦場を混乱の渦に仕上げるおつもりだっ!!
そうなったら気をつけろっ!! お互い2方向に敵を抱えた泥沼の戦いになるぞ。闇夜の戦いは地獄だ。誰が敵で誰が味方なのかもわからない大混乱になるぞっ!!
だが、同時に敵に隙も生まれる。その隙に姫様を逃がす作戦だっ!!」
事情を知らなかったフィリッポが怒りに任せて言い放った言葉をマヌエルは自然と受け流し、正確な情報を伝えるのでした。流石、ヴァレリオ男爵の精鋭部隊といったところでしょうか。
そしてマヌエルは続けて今後の作戦を話しました。それはとても悲しい作戦でした。
「とりあえず、姫様を逃がすために足止め部隊が必要だっ!
俺達とそれから、君たち護衛部隊以外の者でこの先の防衛拠点で時間を稼ぐっ!! 君たちは出来るだけ遠くまで逃げてくれっ!!」
その言葉を聞いたフィリッポは、暫く黙っていましたが、一言「だが、君たちは死ぬぞ?」と、不吉なことを言うのでした。
そう、彼ら精鋭部隊はの数はわずか50。カルロから寝返った部隊も既に70名ほどに減っています。いくら山道とはいえ、こんな少数部隊でそういつまでもスパーダ軍を足止めできるわけがないのです。それは即ち死を意味しました。そして、そのことをマヌエルは誰よりも理解していたのでした。
「いいかっ!? 俺達と別れたら、南を目指せっ!!
アンドレア様とスパーダ軍の合流地点に君たちがなるんだっ!!
ヴァレリオ男爵はそこに来るっ!! 必ず生き残ってくれよっ!! 」
そういってフィリッポの肩を激しく叩くマヌエル。その衝撃の強さがこの作戦における彼の想いの強さを示しているのでした。
「ダメよっ!! 命を無駄にしないでっ!!
一緒に逃げましょう? ね? お願いっ!!」
私の願いなど誰も聞いてはくれない。それはわかっていましたが、彼らには言わずにはおれませんでした。
そして、マヌエルは私の言葉を「あり難きかな」の一言で受け止め、それ以降は何も言ってはくれませんでした。
前進を続けて程なくすると木々の間に盾を立てた簡易的な防御陣地が目に入りました。
そこにはヴァレリオ男爵の精鋭部隊の残りの兵士が待っていました。
「姫様の護衛兵以外はここに残れっ!!
ここで姫様を御守りするっ!! 断る者あらば、今すぐ切り捨てるぞっ!!」
マヌエルがそう叫ぶと、カルロの兵士たちは観念したかのように立ち止まり、私たちを見送る様にいつまでも見ていました。
「ああっ!! み、皆が死んでしまいますっ!!」
彼らに向けて手を伸ばしても私の手が届くはずもなく、フィリッポに抱きかかえられて走り去る私の目には、彼らの姿が暗闇の中に溶け込む様にして見えなくなってしまうのでした。
「姫様、泣いてはいけませんっ!!
かくなる上は是が非でも生き残ることだけをお考え下さいっ!!
そうせねば、彼ら。無駄死にとなってしまいまするっ!!」
そういうフィリッポも泣いているではありませんかっ!!
私たちは走りに走って、マヌエルが話した場所を目指しましたが、フェデリコの追手は私たちを逃がしませんでした。山道よりも下道の方が足が速く、我々は、あっという間に回り込まれてしまったのです。
「隊長っ! 騎兵ですっ!!
下道を騎兵が走っていますっ!! 我々の松明を目標に騎兵で回り込むつもりですっ!!」
私たちがマヌエルが言ったアンドレア様とスパーダ軍が進撃すれば合流するであろう位置は既に下道を走る騎兵部隊が待ち構えているのでした。きっと戦慣れしているフェデリコは用意周到に騎兵も配備していたのでしょう。彼は戦争の難しさを知っている。思い通りにはいかないことを知っている。だから念には念を入れて、私たちが無事に逃げおおせる可能性を完全に奪えるように騎兵も最初から用意していたのでしょう・・・。
私たちは全員、いまだフェデリコの掌の中だったのです。その事実は私たち全員に絶望を与えました。
「隊長っ!! ここまでですっ!!
もうどこにも逃げる場所等ございませんっ!!
すぐに敵に囲まれてしまいますっ!!」
絶体絶命の危機に精鋭部隊のはずの男が悲痛な叫び声を上げました。彼は、「すぐに囲まれてしまう」と言いながら、私達の後方を指差したのです。そこには大量の松明の明かりが私たちに向かってきているのが見えたからです。
(ああっ!!! マヌエル、死んでしまったのですねっ!!)
(可哀想な人達っ!! 私をかばって死ぬなんて・・・)
そんな思いはフィリッポも感じているようで、走る足を止めたかと思うと死んだマヌエルの方を見つめながら、
「できる限り多くを逃がしてやりたかった。
寝返った兵も我々もマヌエルたちも・・・。」
「味方の被害を最小限に抑えるために、仲間の死に背を向けて逃げに逃げた・・・。
その結末が、これか・・・。」
遠い目で松明の明かりを見ていたフィリッポの言葉に感極まってすすり泣く兵士たち。自分たちはここまでだと悟った男たちの無念の涙でした・・・。
ですが、ですが。フィリッポはそれでも騎士としての使命を全うしようと声を上げました。
「諸君っ!! 我々は逃げに逃げたっ!
なれば、もう逃げるのはここまでっ!! 我々は戦って死ぬっ!!」
「情けない涙は御免蒙るっ!!
姫を守って最後まで戦って栄誉を掴もうではないかっ!!」
「死んだマヌエルたちは俺達を見ているっ!! 俺達の死に様が無様であったれば、それこそ笑いものだっ!!
さぁ、諸君っ!! 姫様を男爵様の下へ届けるための特攻に出ようっ!!
下の騎兵を蹴散らして走り抜けようっ!!」
「例え死すとも我らの命、今日この時のためにあったと誇れる死に様を見せてくれようぞっ!!」
フィリップが剣を掲げてそう宣誓すると、30名の騎士達もそれに倣って剣を掲げて気勢を上げました。
「我らの命っ!! 今この時のためにっ!!」
「ラーマ姫様万歳っ!! エデン国民万歳っ!!」
死を誓う雄たけびに私は血の気が引くのがわかりました。もう誰も私のために死んでほしくはないっ!!
でも、そう言って何度も声を上げて説得しても誰も聞いてはくれませんでした。それどころか、フィリッポは説得しようとする私を叱りつけたのです。
「お黙りなさいっ!! 皆あなたを守るために死んだっ!!
あなたが綺麗ごとの和平交渉など望んだから、死んだのですっ!!
その罪の重さを御身は何と心得るのですかっ!?」
「私は死にたくないっ!! ここにいる誰もっ!! 死んでいった者達もっ!!
本当は誰も死にたくなんかないんだっ!!
だが、今日、あなたのために死ぬっ!!
だから、あなたは私たちの死を乗り越えて無事に生き残らねばなりませんっ!!』
皆の死は、全て私の失策のせい・・・。わかってはいましたが、ハッキリと口にされると心が痛ます。涙が止まらず「ごめんなさいっ!!」と、むせび泣きながら謝るしかなかったのです。
それでもフィリッポは私を許してはくれませんでした。
「我々は、姫様の涙や謝罪など欲しないっ!! 命を賭してあなたを救うっ!!
誰も生き残れないかもしれない。でも、だからこそ姫様は必ず生き残りっ・・・!」
「必ずっ・・・・・・っ!!
必ずや綺麗ごとの和平を成し遂げてくださいっ!! そうでなければ誰の死も報われないのですからっ!!」
フィリッポは言うだけ言うと、私の手を引いて、アンドレア様とスパーダ軍が合流する地点を目指して走り出しました。それが死地であることを心に決めて・・・。
「遠からん者は音にも聞け、近くばよって目にも見よっ!!
我らエデン国王女ラーマ・シュー様の護衛部隊なりっ!!
命が惜しくない者から、かかってまいれっ!!」
絶体絶命の夜の闇にフィリッポの気合いが響き渡るのでした・・・。
そうして、そんな動揺はフェデリコとカルロにも伝わっているようで余裕の笑みを浮かべて私たちを見ていたのです。
いえ。動揺する私の表情など確かめる必要がないほど、すでに絶対的に彼らは勝利を掴んでいました。
「残念ですなっ!! 姫様。
姫様も魔法使いが来た今。勝敗が決したことはお判りでしょう。
説得に応じてくだされば、そこの者達の命は救われたでしょうにな。」
「ま、もっとも。姫様さえ手に入ればこちらはどうでもよろしこと。
そこの者達もエデン本陣の連中も生かしておくつもりなど最初からこちらにはなかったのですがね。」
勝利を確信したフェデリコは白状しました。彼は約束など守るつもりなどなかったのです。その事はカルロも知らされていなかったようで、「そ、それではお約束と違いますっ!!」と、抗議をするのですがフェデリコは笑みを浮かべて言うのでした。
「カルロ。そなたはよくやってくれている。
安心せよ。そなたとそなたの部下だけは私が保証してやる。此度の戦が上手く行ったのもそなたが作戦を話してくれたおかげ。おかげで我らのからめ手がこの戦争を終わらせるだろう。」
「そなたは我が家臣団に加えるゆえに、黙ってそこで見ていればよい。」
「そ・・・そんな・・・。」
騙されたことを知って絶望したカルロは地面に跪き声を上げて泣きだしました。フェデリコもそんなカルロに思うところがあったのか、彼を慰めるかのように肩に手を置いて「許せよ。これも戦場の習い」と、声をかけるのでした。
そして、話あいはそれで終わりです。
フェデリコは右手を高々と上げて宣言いたしました。
「者共っ!! 姫様以外は降参しても許すなっ!! 皆殺しにせよっ!!
殺した数が多いものには、エデンの女をくれてやるぞっ!!」
なんて・・・下品な男っ!!
私、こんな男には絶対に負けたくないですわっ!!!
私がフェデリコの言葉に総毛立つほどの嫌悪感を感じたその時でした。
「者共っ!! 撤退するぞっ!!」
と、フィリッポは声を上げると、私を小脇に抱きかかえあげて一気に撤退方向へ向けて走り出しました。
小脇に抱えられた私は突然の事で「きゃあ、きゃあ」悲鳴を上げるのですが、フィリッポは意に介さぬとばかりに私の悲鳴を無視して叫びました。
「急げっ!! 今しか逃げ延びられんぞっ!!
生き残りたくば、一目散に駆けよっ!!」
フィリッポの合図とともに、彼の精鋭部隊が走り出しました。それに合わせて意味が解らないままカルロから寝返った兵士達も走り出しました。それはまるで一羽の鳥が逃げ出したら、他の鳥もつられて逃げ出す様に似ていました。
そして、皆が動き出したと同時の事でした。
暗闇から矢が飛び出してきて、魔法使いを射抜いたのです。
声もたてずに4人の魔法使いがゆっくりと倒れていく姿が微かに見えました。
「援軍だぁあああ~~っ!!」
何が起こったのか理解した兵士の一人が歓喜の声を上げたのです。
見ると暗闇の木々の隙間から数十名の兵士が弓をつがえて立っていました。
その兵士たちは、ヴァレリオ男爵が私に与えてくれた精鋭部隊だったのです。
「姫様っ!! 男爵様からご伝言っ!!
『あとでお話がありますっ!!』とのことっ!!」
精鋭部隊の隊長が冗談交じりでなんか怖い事を言いました。
(う、うううっ!!! お、怒ってますわよね?)
(絶対怒ってますわよね? ヴァレリオ男爵、怒ってますわよねっ!?)
しかし、恐怖に震えたのは私だけではありませんでした。
暗闇からの狙撃されたフェデリコの部隊は、恐怖のあまり大混乱です。皆、口々に騒ぎ立て統制が取れない状況になりました。
「隊長を御守りしろっ!!」
「松明の明かりを消せっ!! 狙い撃ちにされるぞっ!!」
「ダメだぁ~っ!! 撤退しようっ!!」
「バカ言え、戦わなければ生きて戻れんぞっ!!」
敵が大混乱に陥ったのをいいことに我々は、撤退の足を進めます。
しかし、フェデリコは、ここで易々と私たちを逃がしてくれるほど甘い男ではありませんでした。
「黙れぇっ!! 騒ぐなっ!!
すぐに追撃隊を出せっ!! ここまで来て姫を取り逃がしたとなれば、己ら全員、右腕を切り落とすぞっ!!
己らだけではないっ!! 己らの家族の右腕も切り落とすぞっ!!
それが嫌なら、命を捨てて走れっ!! いけぇ~っ!!」
と、恐怖を持って部下を走らせたのでした。
とんでもない司令官ですが、効果は絶大です。誰もが死を恐れずに向かってくるのでした。
しかし、頼もしいことにそんな彼らを背中に感じながらもフィリッポがヴァレリオ男爵の精鋭部隊の隊長であるマヌエルと会話をしています。
「他に援軍はっ!?」
「俺達だけだっ!!」
「君達だけっ!? 姫様の護衛だぞっ!?
男爵様は何をやっているんだっ!!」
マヌエルは、フィリッポの言葉を聞いてから、南の方を指差すと想像もしていないことを言うのでした。
「裏切りだぁッ!!
アンドレア様が1000の兵を従えて、姫様を横取りする作戦に出たんだっ!!」
「なんですってっ!?」「なんだとっ!?」
私とフィリッポが同時に声を上げました。そして、マヌエルが指さす方向を見たのです。
そこには煌々と松明を燃やして南の山から来る軍勢が見えたのです。
「ヴァレリオ男爵様は兵の半分をあちらに向けている。
そして、ここに誘導してくるつもりなんだっ!!」
「なんだとっ!?
どういうつもりだっ!? ここには姫様がおられるんだぞっ!!」
「わかってるっ!! だからこそだっ!!
男爵様は、アンドレア様とスパーダ軍を遭遇させてこの戦場を混乱の渦に仕上げるおつもりだっ!!
そうなったら気をつけろっ!! お互い2方向に敵を抱えた泥沼の戦いになるぞ。闇夜の戦いは地獄だ。誰が敵で誰が味方なのかもわからない大混乱になるぞっ!!
だが、同時に敵に隙も生まれる。その隙に姫様を逃がす作戦だっ!!」
事情を知らなかったフィリッポが怒りに任せて言い放った言葉をマヌエルは自然と受け流し、正確な情報を伝えるのでした。流石、ヴァレリオ男爵の精鋭部隊といったところでしょうか。
そしてマヌエルは続けて今後の作戦を話しました。それはとても悲しい作戦でした。
「とりあえず、姫様を逃がすために足止め部隊が必要だっ!
俺達とそれから、君たち護衛部隊以外の者でこの先の防衛拠点で時間を稼ぐっ!! 君たちは出来るだけ遠くまで逃げてくれっ!!」
その言葉を聞いたフィリッポは、暫く黙っていましたが、一言「だが、君たちは死ぬぞ?」と、不吉なことを言うのでした。
そう、彼ら精鋭部隊はの数はわずか50。カルロから寝返った部隊も既に70名ほどに減っています。いくら山道とはいえ、こんな少数部隊でそういつまでもスパーダ軍を足止めできるわけがないのです。それは即ち死を意味しました。そして、そのことをマヌエルは誰よりも理解していたのでした。
「いいかっ!? 俺達と別れたら、南を目指せっ!!
アンドレア様とスパーダ軍の合流地点に君たちがなるんだっ!!
ヴァレリオ男爵はそこに来るっ!! 必ず生き残ってくれよっ!! 」
そういってフィリッポの肩を激しく叩くマヌエル。その衝撃の強さがこの作戦における彼の想いの強さを示しているのでした。
「ダメよっ!! 命を無駄にしないでっ!!
一緒に逃げましょう? ね? お願いっ!!」
私の願いなど誰も聞いてはくれない。それはわかっていましたが、彼らには言わずにはおれませんでした。
そして、マヌエルは私の言葉を「あり難きかな」の一言で受け止め、それ以降は何も言ってはくれませんでした。
前進を続けて程なくすると木々の間に盾を立てた簡易的な防御陣地が目に入りました。
そこにはヴァレリオ男爵の精鋭部隊の残りの兵士が待っていました。
「姫様の護衛兵以外はここに残れっ!!
ここで姫様を御守りするっ!! 断る者あらば、今すぐ切り捨てるぞっ!!」
マヌエルがそう叫ぶと、カルロの兵士たちは観念したかのように立ち止まり、私たちを見送る様にいつまでも見ていました。
「ああっ!! み、皆が死んでしまいますっ!!」
彼らに向けて手を伸ばしても私の手が届くはずもなく、フィリッポに抱きかかえられて走り去る私の目には、彼らの姿が暗闇の中に溶け込む様にして見えなくなってしまうのでした。
「姫様、泣いてはいけませんっ!!
かくなる上は是が非でも生き残ることだけをお考え下さいっ!!
そうせねば、彼ら。無駄死にとなってしまいまするっ!!」
そういうフィリッポも泣いているではありませんかっ!!
私たちは走りに走って、マヌエルが話した場所を目指しましたが、フェデリコの追手は私たちを逃がしませんでした。山道よりも下道の方が足が速く、我々は、あっという間に回り込まれてしまったのです。
「隊長っ! 騎兵ですっ!!
下道を騎兵が走っていますっ!! 我々の松明を目標に騎兵で回り込むつもりですっ!!」
私たちがマヌエルが言ったアンドレア様とスパーダ軍が進撃すれば合流するであろう位置は既に下道を走る騎兵部隊が待ち構えているのでした。きっと戦慣れしているフェデリコは用意周到に騎兵も配備していたのでしょう。彼は戦争の難しさを知っている。思い通りにはいかないことを知っている。だから念には念を入れて、私たちが無事に逃げおおせる可能性を完全に奪えるように騎兵も最初から用意していたのでしょう・・・。
私たちは全員、いまだフェデリコの掌の中だったのです。その事実は私たち全員に絶望を与えました。
「隊長っ!! ここまでですっ!!
もうどこにも逃げる場所等ございませんっ!!
すぐに敵に囲まれてしまいますっ!!」
絶体絶命の危機に精鋭部隊のはずの男が悲痛な叫び声を上げました。彼は、「すぐに囲まれてしまう」と言いながら、私達の後方を指差したのです。そこには大量の松明の明かりが私たちに向かってきているのが見えたからです。
(ああっ!!! マヌエル、死んでしまったのですねっ!!)
(可哀想な人達っ!! 私をかばって死ぬなんて・・・)
そんな思いはフィリッポも感じているようで、走る足を止めたかと思うと死んだマヌエルの方を見つめながら、
「できる限り多くを逃がしてやりたかった。
寝返った兵も我々もマヌエルたちも・・・。」
「味方の被害を最小限に抑えるために、仲間の死に背を向けて逃げに逃げた・・・。
その結末が、これか・・・。」
遠い目で松明の明かりを見ていたフィリッポの言葉に感極まってすすり泣く兵士たち。自分たちはここまでだと悟った男たちの無念の涙でした・・・。
ですが、ですが。フィリッポはそれでも騎士としての使命を全うしようと声を上げました。
「諸君っ!! 我々は逃げに逃げたっ!
なれば、もう逃げるのはここまでっ!! 我々は戦って死ぬっ!!」
「情けない涙は御免蒙るっ!!
姫を守って最後まで戦って栄誉を掴もうではないかっ!!」
「死んだマヌエルたちは俺達を見ているっ!! 俺達の死に様が無様であったれば、それこそ笑いものだっ!!
さぁ、諸君っ!! 姫様を男爵様の下へ届けるための特攻に出ようっ!!
下の騎兵を蹴散らして走り抜けようっ!!」
「例え死すとも我らの命、今日この時のためにあったと誇れる死に様を見せてくれようぞっ!!」
フィリップが剣を掲げてそう宣誓すると、30名の騎士達もそれに倣って剣を掲げて気勢を上げました。
「我らの命っ!! 今この時のためにっ!!」
「ラーマ姫様万歳っ!! エデン国民万歳っ!!」
死を誓う雄たけびに私は血の気が引くのがわかりました。もう誰も私のために死んでほしくはないっ!!
でも、そう言って何度も声を上げて説得しても誰も聞いてはくれませんでした。それどころか、フィリッポは説得しようとする私を叱りつけたのです。
「お黙りなさいっ!! 皆あなたを守るために死んだっ!!
あなたが綺麗ごとの和平交渉など望んだから、死んだのですっ!!
その罪の重さを御身は何と心得るのですかっ!?」
「私は死にたくないっ!! ここにいる誰もっ!! 死んでいった者達もっ!!
本当は誰も死にたくなんかないんだっ!!
だが、今日、あなたのために死ぬっ!!
だから、あなたは私たちの死を乗り越えて無事に生き残らねばなりませんっ!!』
皆の死は、全て私の失策のせい・・・。わかってはいましたが、ハッキリと口にされると心が痛ます。涙が止まらず「ごめんなさいっ!!」と、むせび泣きながら謝るしかなかったのです。
それでもフィリッポは私を許してはくれませんでした。
「我々は、姫様の涙や謝罪など欲しないっ!! 命を賭してあなたを救うっ!!
誰も生き残れないかもしれない。でも、だからこそ姫様は必ず生き残りっ・・・!」
「必ずっ・・・・・・っ!!
必ずや綺麗ごとの和平を成し遂げてくださいっ!! そうでなければ誰の死も報われないのですからっ!!」
フィリッポは言うだけ言うと、私の手を引いて、アンドレア様とスパーダ軍が合流する地点を目指して走り出しました。それが死地であることを心に決めて・・・。
「遠からん者は音にも聞け、近くばよって目にも見よっ!!
我らエデン国王女ラーマ・シュー様の護衛部隊なりっ!!
命が惜しくない者から、かかってまいれっ!!」
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