魔王〜明けの明星〜

黒神譚

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第2章 新国家「エデン」

第25話 逃走

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 フィリッポはカルロの兵士たちに揺さぶりをかけました。
 わたくしをスパーダ軍に売り渡したら神罰を受けると。
 その揺さぶりは効果覿面てきめんで、カルロの兵士は動きを一度止めてから、約半数ほどがこちらに寝返ると宣言したのです。

「明けの明星様を怒らせたら、スパーダ軍どころの話じゃない。我々は、どんな酷い殺され方をするかわからない。」
「俺は可能なら明けの明星様とは関わりあいになりたくない。自ら敵に回すなどできるかっ!!」

 皆口々にそう言って、私達の方へやってくると、私達の円陣防御を強化するかのように守りを固めてくれたのです。

「よしっ!! このまま山頂に逃げるぞっ!!」

 フィリッポはそう言って私たちを山頂に導いてくれたのです。
 しかし、カルロもそんな私たちを説得しようと動きました。

「姫様っ!! お戻りをっ!!
 いまさら、どうしようというのですっ!! 山の上には何もありません。
 今降伏しなければ、あなたの兵は皆殺しになりますよっ!!」

 さらにカルロは私兵も説得しようと試みます。

「他の者共も聞けっ!!
 明けの明星様はこの戦争に加担はされないことを明言なされているっ!!
 ようするに明けの明星様にとって、守るべき相手がエデンである必要ないという事だっ!!
 ラーマ姫様のいるところが明けの明星様のご加護あるところっ!! 姫様を大切に保護するのであれば、明けの明星様がなんの理由があって我らに神罰など与えようかっ!?
 それよりもこのままヴァレリオ男爵の毒牙にかかる方が問題であるっ!!」
「者共っ!! 我らのラーマ姫様を卑劣漢ひれつかんヴァレリオからお救いするのだっ!!
 かかれいっ!!」

 そうして、私達の後退戦が始まったのです。カルロに従った兵士たちは本気で私がスパーダ軍に守られた方が良いと信じているのでしょう。そして、私を守ろうとしてくれている兵士は明けの明星様を恐れている。

 ・・・・・・でも。でもそうじゃないはずっ!!

「みんなっ!! 聞きなさいっ!!
 我らは同じ魔族ではありませんかっ!! 明けの明星様がどう思われるかではなく、私たちは助け合って生きていくべきなのですっ!!
 争わないでっ!!」
「そして、カルロっ!! 
 お願いっ!! スパーダ軍に和平交渉に応じるように手配してっ!!
 これ以上の血を流す必要はないはずですよっ!!」

 私を囲む円陣防御を形成する護衛はそんな私の声をかき消すほどの気勢を上げて、一息に山の上を目指します。
 そうして、一旦は追撃を試みていたカルロの兵も、やがてスパーダ軍と合流してから攻めた方が良いと判断したのでしょうか? 途中から追撃の足が止まりました。
 そのおかげで私たちは山の上を取ることができたのですが、問題はこの先の事でした。

「姫様っ!! お怪我ございませんか?」

 フィリッポは私の体に傷が無いことを確認すると、状況を説明してくれました。

「姫様、大変マズい状況です。
 一般的に山を攻める際に攻撃側は防御側の3倍の兵力を要すると言われていますが、それも備えあっての山城での話。今ここに簡易的な防御陣形を構築したとしても、山城ほどの防衛効果は期待できませぬ。
 さらに申しあぐれば、ここには水もありません。我々の水筒の水では長時間の戦闘は持ちこたえられません。」

「そこで、山の尾根をつたって我らの本陣まで撤退いたしたいところではございますが、我らの本陣への道は下道したみちを通った方が早うございますっ!!
 我々は本陣を目指して尾根伝いに撤退てったいしても、山を追う敵の部隊と下道を進む敵の部隊に挟み撃ちに合うという事ですっ!!
 この場に居残れば全滅は必死。後退しても逃げ延びる可能性は低うございますっ!!」

 フィリッポは地面に木の枝で簡単な図形を描きながら私に状況を説明してくれます。非常に簡略ではありますが、わかりやすい地図でした。私も兵法の心得がありますので、すぐにフィリッポが何を言いたいのかわかりました。

「つまり、私たちは、本陣に向けて後退しながら、本陣に救援を要請しなくてはいけないという事ですね。
 そうして敵と私たちの本陣ともっとも近く、それでいて防衛拠点にえるにはふさわしい、この地点まで後退して・・・・・・・・・・防御陣形を築き、味方の援軍を待つのが安全策と言いたいのですね。」
 
 私はそう言いながら、自分もフィリッポがしたように地面の地図に書き込みを入れながら、撤退場所を記します。その場所は敵の進軍速度を考えれば、本陣の間近と言うわけには参りませんが、可能な限り本陣の近く、そして防衛拠点として使用するには及第点を上げられる地形だったのです。
 私の判断は英才教育の一環であった兵法の原則にのっとったものでしたが、フィリッポはこれに大いに賛成してくれました。

「お見事な御采配ごさいはいでございます。さすがに姫将軍様でございます。私も同じことを考えておりました。
 夜の山道はきつく、危険な撤退行軍になりますが、今しばらく御辛抱ごしんぼうくださりませ。」
 
 フィリッポは手短に説明すると部下たちに指令を出します。

「皆の者、聞けっ!! ラーマ姫様がご決断なされたっ!!
 我らは一旦、尾根伝いに撤退して、拠点を築き直すっ!!
 しかる後に その拠点で味方の援軍を待つっ! これが最良の手段であるっ!」
「明けの明星様は仰った。兵は神速をたっとぶとっ!!
 今、まさに我らには神速が必要であるっ! 今すぐ移動するっ!!
 敵の追撃に気をつけつつ、前進せよっ!!」

 フィリッポの指示は明確で的確でありました。部下たちもフィリッポの言いたいことをすぐに理解して行動に移りました。
 そして、再びきつい山道の行軍が始まったのです。カルロと共に進んだ時もキツい山道でありましたが、その疲れを引きずっての撤退行軍はさらに地獄のような思いをさせられます。
 鎧は私の体に食い込み、靴は私の足の裏を痛めつけます。上り坂も下り坂も私の体力を容赦なく奪います。それでも、泣き言は行っていられません。ここで私が苦痛に負けて進軍速度を遅くしてしまえば、スパーダ軍に追いつかれかねないからです。
 ただ、行き道よりも楽だった部分は、山頂を歩くゆえにお月さまの御光ごこうを受けれたこと。そして松明たいまつ煌々こうこうき照らしながら進めたので、足元が見やすかったことです。
 この松明はフィリッポの作戦です。
 私は最初、軍勢に松明を焚かせることに反対しました。

「ねぇ、フィリッポ。暗いからと言って松明を照らすのは、敵に私たちの居場所を伝えるようなもの。
 居場所が知れたら、私たちの逃げ場所も予知されやすくなります。
 そうなれば、敵の進軍速度は上がります。どこに進むべきか私たちが指し示すようなものなのですから。」

 しかし、フィリッポはこういったのです。

「恐れながら姫様。カルロとて我が軍の国衆くにしゅう。恐らく我々の行く先は読めておりましょう。(※歩哨とは警戒監視任務を行うこと)
 なれば、我らは敵に姿隠すより、進軍速度を上げるために足元を照らした方がよいでしょう。
 それにの暗闇の中。我らの松明の明かりはお味方の歩哨ほしょうにもよく見えるでしょう。お味方が我々に対して何らかの対策が必要と考えるのが必然。さすれば、我らが防衛拠点を築きし時。援軍の準備、あい整っておりましょう。さすればお味方の援軍が我らに届くのも早くなります。」

 フィリッポの作戦は、敵に居場所を伝えるよりも、味方にその存在を知らしめたほうがメリットが大きいことに由来するものでした。そうとわかれば私に異論などあるはずもなく、松明で照らした明るい道を全力で進むのでした。
 

 そうして、それは敵の軍勢も同じでした。下道を行く部隊も山を伝って私たちを追う部隊も松明を惜しまなかったのです。それは進軍速度を優先して私たちが簡易防御拠点を構築する前に挟み撃ちにして、エデンの援軍が到着するまでに私たちを取り押さえてやろうと考えての事でしょう。

 そうして、もう一つの目的はスパーダ軍の脅威を我々に示すのが目的でした。
 山頂から見える敵軍の松明の数が異常に多かったのです。元々、スパーダ軍が私たちを罠に嵌めたときの軍全はおおよそ500.カルロの私兵が200ほどだったのですが、その部隊に後続部隊が加わったのです。
 先頭を走るカルロと先遣スパーダ兵のあとを大勢の後続部隊が遅れてついてきていたのです。
それはまるで夜の闇を這いまわる何匹もの火大蛇ファイヤーワームの群れがライトアップされてたかのように夜の道を赤く染めながら蛇行だこうしていたのです。

「な、なんて数なの?
 後続部隊は2000はいるのではないですか?」

 私の見立ては正しく、フィリッポは苦々しく敵軍を見ながら首を縦に振りました。
 そして、新たな作戦を私に伝えました。

「このままでは、我らは味方を死地におびき出すおとりになってしまいます。
 我らが少数で大軍と戦えたのも、この地形のおかげ。お味方が我らを救出するためにその陣形を出て応戦するは、これを放棄ほうきして戦うも同然。 今我らが目指す拠点の位置に居座れば、敵の包囲を受けます。そこに我らを助けるために味方の軍勢が来れば、スパーダ軍と正面衝突になりましょうが・・・。この数の敵軍と戦えば、間違いなく消耗戦になります。我らが拠点にとどまれば、敵もここにとどまり、敵の数どんどん増えまする。そうなれば、此度こたびの撤退戦が上手く行っても我が軍にそれ以降の戦闘は不可能と存じます。」
「なれば、一か八かの強行突破しか御座いません。
 姫様、我らこのまま一気呵成かせいに突撃し、我らを待ち伏せする敵部隊。蹴散らして自軍との合流を果たして素早く安全な陣地に戻るよりほか御座いません。どうか、お覚悟をっ!!」

 想定以上の敵の数に私たちは安全策を捨てて、突破作戦に変更しました。こうなれば是非もない事。
 長く伸びた兵数を集中させて突撃陣形に変えて進軍していきます。
 途中、フィリッポが高々と火矢を放ち、味方に異変を伝えようと試みます。

「この数の松明です。すでにお味方は敵の侵攻を察知しておりましょう。
 なれば、異変を察知したヴァレリオ男爵の精鋭は姫様の不在を男爵に必ず伝えるでしょう。
 あのお方ならば、きっとこの火矢を見れば我らの居場所、お分かりになられるはずです。迎えの救援部隊を送って下さるはずです。」

 フィリッポはわずかな期待を信じて最善を尽くそうと必死でした。
 そして、それは私たち一同、誰もが信じている事でした。
 ですから私たちは一度も止まることなく前進しつづけて・・・ついに先回りを果たした敵の待ち伏せ部隊と遭遇することになるのでした。

「敵の松明が見えたっ!!
 全員、矢に備えて盾を掲げよっ!!」

 フィリッポは敵の部隊が近くなると、敵の弓矢を恐れて味方に盾を高く掲げさせて突撃するように命じました。
 そして、叫びました。

「我らは悪鬼夜行の修羅であるっ!!
 命惜しけば、道を開けよぉお~~っ!!」

 その雄たけびは、山中に響き渡り、敵軍に私たちの存在を知らしめるのでした。
 フィリッポの言葉に答えるはカルロ。勝手知ったる我が国の領地。先回り舞台にカルロが任命されるのは当然のことで、なればこそ返答もいささかも揺るがないものでした。

「姫様を御守りするつもりがあれば、ここでとまれっ!!
 ここで戦すれば、エデンに大損害でること間違いなしっ!! 姫様が危険になるのもさけられぬっ!!
 大人しく降伏せよっ!! 今ならば罪には問わぬっ!!」

 カルロのこの一言はフィリッポ率いる精鋭部隊の怒りを誘いました。

「黙れっ!! 逆臣がっ!!
 我ら姫様の護衛部隊の意地っ!! 今ここで見せてくれるわっ!!」

 激しい怒号を飛び交わせながら、私たちは激突したのでした。 
 
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