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第2章 新国家「エデン」
第24話 裏切る者
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「わかりましたわ、カルロ。
ともに参りましょう。」
カルロは戦争に怯えて私が提案し続けていた和平交渉を自分から私に求めてきました。これこそ渡りに船。私としても籠の中の鳥のような扱いを受けている今の状況では何もできません。色々と行き詰っていた時でしたから、カルロの申し出は本当に有難かったのです、
「では、ともに参りましょう。
護衛の者を呼びましょう。ちょうどヴァレリオ男爵が騎士を回してくれたのです。
これで少しは戦力的に安心も出来ようというものです。」
私がそう言って護衛の者を呼ぼうとした時、カルロは血相を変えて私に迫ってきました。
「きゃっ、な、なんですか? 無礼ですよっ!!
いきなりそんなに近づくなんてっ!!」
カルロがあんまり近くに寄ってきたので私が口頭注意で制しますと、カルロは慌てて下がりましたが、同時にとんでもないことを言い出しました。
「ヴァレリオ男爵が姫様に護衛の騎士を送ってきたですって?
それは危ない。姫様っ!! 奴を信用してはいけません。
あいつは戦争狂ですよっ!! 此度の戦などは姫様の後押しもあって総指揮官となっていますが、あいつの采配をご覧になったでしょう? 仲間が何人死のうが、お構いなしですよ?」
「あまつさえ、戦争続行するために戦争反対の私にこのような任務を押し付ける。
おわかりでしょう? あの男は戦争を望んでいるんですよ。」
「そんな男が戦争終結を望む姫様に護衛とはありえない。
姫様はそもそもご存じないかもしれませんが、あいつが姫様の兵を取り上げるように裏で画策したのですよ?」
カルロの言葉は私にとってかなり衝撃的な事でした。
「う、嘘ですっ!!
彼は誰よりも私に忠実です。皆が私を見捨てたときも、彼だけが私を支えてくれました。
カルロっ!! いい加減なことを言うと許しませんよっ!!」
私は、カルロの言い分に腹を立てて、かなりきつい口調で怒ってみせました。
しかし、それでもなお、カルロは言うのです。
「奴が何のためにアナタを支えたか、先ほどの私の話を聞いてもお分かりになりませんか?
あいつは姫様の信頼を勝ち取り、そして、姫様を自分に依存させるのが目的なのです。」
「あなたが喜ぶことをアイツは知り尽くしています。一番最初の特攻時の和平交渉もあなたが喜ぶから、邪魔をしなかったんです。
しかし、おかしいとは思いませんですか?
少数で乗り込んだ大将首と和平交渉に応じるバカがどこにおりましょうや? そんな状況では交渉どころか、あなたは確実に捕虜になるか、最悪の場合は死んでいましたよ。」
「姫様が助かったのは、周りの兵士のおかげです。
今回はそれで助かった。しかし、男爵の狙いは図らずとも狙い通りになった。
ごらんなさい、今の状況を。敗残兵のアイツがあなたの信頼を得て、今やこの度の戦争の指揮官にまでなった。」
「騙されているのですよ。姫様は。
あの男は、この戦争に乗じて姫様を殺して権力を奪うつもりなのです。もしくは姫様を誑し込んで軍を手に入れるつもりなのですっ!!
きっとそうですっ!! そうでなければ、説明がつかないことが多すぎますっ!!」
カルロの言い分は理にかなっていました。確かに。確かに状況だけを考えればヴァレリオ男爵の行動がそのような企みであったとしても、不自然さはありません。
でも、でも私は彼のことを信じたいっ!!
そう思った瞬間、お姉様の言葉が私の脳裏をかすめました。
~あれじゃ初心なラーマが引っかかるのは、やっぱり無理ないですわね。~
お姉様は確かにそう仰いました。
その言葉の真意を私は男女の感情の話のようにとらえていました。しかし、真意はその先にあったとしたら・・・?
カルロの言う通り私に向けられるヴァレリオ男爵の優しさは、全て私を誑し込むためのものであったとしたなら・・・?
ほんの少しだけ、ヴァレリオ男爵が私を騙そうとしていると想像しただけで、私は狼狽えてめまいを覚えました。胸が苦しくなり、額に汗がにじみます。
ああ・・嫌っ・・・。
私を大切にしてくれる人が出来たと思ったのに、その人を疑わないといけないだなんて・・・
そんなの・・・そんなの・・・私は嫌ですわっ!!
「いいえっ!! カルロっ!!
ヴァレリオ男爵は忠義の人ですっ!! 彼の忠義を疑う事は私の真心をも疑う事と知りなさいっ!!」
私は嫌っ!! そう決断いたしました。
だって、彼は私に優しくしてくれているし、その真心を疑う事なんて君主としての矜持にかける行為ですものっ!!
臣は臣として仕え、王は王として臣を信じる。それが私の君主としての生きざまっ!!
だから、私は彼を疑いませんっ!! 彼を信じますっ!!
きっと・・・・・・きっと彼も私の事が好きなはずですものっ!!
私は確固たる決意を持った目でカルロと向かい合いました。その私の目を見て、カルロは諦めてくれました。
ただ、そうした私の覚悟の意味を実はこの時の私はまだ自分でもよくわかってはいませんでした。
そうして半時後。私とカルロは夜の闇に紛れ込んで敵の陣営を目指して進みました。
ただカルロがどうしても嫌がったので、ヴァレリオ男爵が派遣してくれた精鋭部隊には秘密にして私の部隊だけでの行動です。カルロは、ヴァレリオ男爵の精鋭がこの事を知ったら、必ずヴァレリオ男爵にこの事を伝えてしまうと言うのです。そうなればヴァレリオ男爵が私の味方であれば、私を引き留めて和平交渉が台無しにした上、カルロは処罰を受ける。ヴァレリオ男爵が私の敵であるならば、この機に乗じて私を暗殺するだろう。とカルロに懇願されての事でした。
それもそうですわね・・・。彼の私兵はどのような状況であっても彼の所になんの情報も送らないわけがないのですから。
私はカルロの意見を聞き入れることにして、カルロの部隊と共に夜の闇に紛れて進みました。急がねばなりません。私はヴァレリオ男爵の私兵に特別任務を与えて別行動をとらせましたが、彼らをいつまで欺けるのかわからない。きっと途中で私の不在を知り、ヴァレリオ男爵に知らせるでしょう。追手が絶対追いつけないくらいの場所まで私たちは急がねばならないのでした。
カルロをはじめ兵士一同は夜の闇の中でも素早く動けるのですが、お城暮らしのお姫様である私はそうは参りません。皆の足を引っ張りながら、精一杯何とかついていくのでした。
「姫様っ!! お早くっ!!
ヴァレリオの手の者がいつ追いついてくるかもしれませんぞっ!!」
「はいっ!! 急ぎましょうっ!!」
カルロに急かされての山道は本当に堪えました。急な坂道、足場の悪い岩の道の上を抜けて、とうとう、敵の陣営のほど近い場所まで私たちはたどり着くことができたのです。
そうしてそこまでたどり着いたとき、カルロが言いました。
「姫様。ここでしばし休憩です。
既に敵側には和平交渉の意を伝えてあります。もうすぐ約束の刻になります。スパーダ軍の迎えがここに来る頃です。」
「まぁっ!! 根回しは済んでいたのですね。
カルロ、流石は国衆です。あなたの外交能力、今後は高く評価して重用させてもらいますよ。」
私はカルロの手回しの良さに感心しました。戦争から逃げた臆病者と謗られた彼ですが、そのかわり戦争回避のために必要な能力は当軍随一だったようです。私は彼の手腕に深く感動しながら、今後、彼を外交で活躍してもらおうと思いました。
ですが、カルロは首を振って答えました。
「いえ。大変ありがたいお申し出に深く感謝いたしますが、姫様。
残念ながら姫様は、このお先はスパーダにて大奥ぐらしを送っていただきます。
今後は外交など気になさらず、ごゆるりとお過ごしください。」
・・・・・・。カルロはそういうと深々と私に頭を下げたのでした。
「・・・え? それはどういう意味ですか・・・?」
カルロの言葉の真意がわからない私が問い返そうとした時でした。
ガチャリガチャリと500を超える兵士が近づいているような足音がその場に響いてきました。
「ひ、姫様っ!!
この数は、とても和平交渉に来る者達の人数ではございませんぞっ!!
危険ですっ! お逃げ下さりませっ!!」
私の護衛がそう声を上げたその時でした。ヒューッと音を立てて矢が護衛に向かって飛んできたのです。
私の護衛を務める者は全員が武術の達人。精鋭部隊です。
危険を素早く察知すると、抜剣して飛んで来た矢を切り落としました。
護衛のリーダー格であるフィリッポは、このような状況になっても狼狽えることなく素早く行動に出ました。
「者共っ!! 裏切り、裏切りであるぞっ!!
カルロから姫様を御守りせいっ!」
その号令がなされると、護衛の者達は一斉に私を取り囲み円陣防御を築きます。
事態が理解できない私はその時になってやっと気が付いたのです。
裏切られたのだと。
「カルロっ!! カルロっ!!
どうしてなのっ!? 戦争を終わらせるように協力してくれるのではなかったのですか?」
裏切りを自覚した私は胸が張り裂けそうなほど悲しくて、哀しくて叫びました。カルロ、どうしてなの?、と。
カルロはそんな私を見ていささかの迷いも感じさせない目で言い返しました。
「姫様っ! 目をお覚ましなさいませっ!!
我が軍はあと3度の攻撃には耐えられないのですっ!! このままでは全滅してしまいますっ!!
さぁ、武器をしまって私と来てください。
姫様の御輿入れが済めば、エデンは商業自治区として存続を認められる約束になっています。
臣民を救うためにはこれしか御座いませんぞっ!!
あのヴァレリオのような戦闘狂とこのまま運命を共にしたら、エデンはスパーダ軍に蹂躙され、国土は悉く焦土と化しましょう。
どうぞっ!! お考え直しをっ!!」
そういって、カルロは私に向かって手を差し伸べるようなしぐさをするのでした。
カルロは本気なのです。本気でエデンを救うためにこのような策に出たのです。
ですが・・・。私の心には不安がありました。
そのような約束事を本当に守ってくれるのでしょうか?
私がスパーダ軍の手に落ちたらこの戦争に勝ち目がないのは目に見えています。その上でスパーダ軍が約束を守ってくれるのでしょうか?
そんな私の胸の戸惑いを察知したカルロは「致し方ございませんな」とため息交じりの一言を呟くと、右手人差し指をクルクル回すしぐさをして、自分の私兵に私を取り囲ませようとするのでした。
その動きに護衛のリーダー格であるフィリッポ一早く反応しました。
私の腰に手をまわして小脇に抱えて連れ去るようにしながら、円陣防御を組んだ護衛達に「上に登れっ!!」と移動指示を出しました。
30名の護衛は誰ひとりとして、その命令に遅れることはなく、私を取り囲もうとしたカルロの私兵の包囲網を突破しようとします。
「無駄だっ!! そなたらの忠臣ぶりは頭が下がる思いがするが、もはやスパーダ軍は矢の届く位置まで来ているのだぞっ! 今更どこに逃げようというのかっ!?」
カルロの指摘通り、夜の闇の中でもスパーダ軍の姿は目に見えるほど近づいていました。
この少数部隊では、とても彼らから逃げ切れるものではなかったのでした。
しかし、フィリッポは諦めませんでした。
「おのれ逆臣カルロっ!! よくも姫様をたばかったなっ!!」
包囲網を突破せしめんと突撃をしながら、カルロの私兵にむかって恭順するように命令したのです。
「カルロの兵に告ぐっ!!
自分たちが何をしているのかわかっているのかっ!?
ラーマ姫様は、明けの明星様の御寵愛深き御方。カルロなどにそそのかされて従ったら、どんな神罰を受けるかわからんぞっ!!
考え直せっ!!」
「あのお方に逆らったら、恐ろしいことが起こるのだぞっ!!」
その一言はカルロの私兵の心を乱し足をとめさせるのには十分すぎる効果がありました。
あの恐ろしい明けの明星様。だれがあのお方を敵に回したいと思うでしょうか・・・。
ともに参りましょう。」
カルロは戦争に怯えて私が提案し続けていた和平交渉を自分から私に求めてきました。これこそ渡りに船。私としても籠の中の鳥のような扱いを受けている今の状況では何もできません。色々と行き詰っていた時でしたから、カルロの申し出は本当に有難かったのです、
「では、ともに参りましょう。
護衛の者を呼びましょう。ちょうどヴァレリオ男爵が騎士を回してくれたのです。
これで少しは戦力的に安心も出来ようというものです。」
私がそう言って護衛の者を呼ぼうとした時、カルロは血相を変えて私に迫ってきました。
「きゃっ、な、なんですか? 無礼ですよっ!!
いきなりそんなに近づくなんてっ!!」
カルロがあんまり近くに寄ってきたので私が口頭注意で制しますと、カルロは慌てて下がりましたが、同時にとんでもないことを言い出しました。
「ヴァレリオ男爵が姫様に護衛の騎士を送ってきたですって?
それは危ない。姫様っ!! 奴を信用してはいけません。
あいつは戦争狂ですよっ!! 此度の戦などは姫様の後押しもあって総指揮官となっていますが、あいつの采配をご覧になったでしょう? 仲間が何人死のうが、お構いなしですよ?」
「あまつさえ、戦争続行するために戦争反対の私にこのような任務を押し付ける。
おわかりでしょう? あの男は戦争を望んでいるんですよ。」
「そんな男が戦争終結を望む姫様に護衛とはありえない。
姫様はそもそもご存じないかもしれませんが、あいつが姫様の兵を取り上げるように裏で画策したのですよ?」
カルロの言葉は私にとってかなり衝撃的な事でした。
「う、嘘ですっ!!
彼は誰よりも私に忠実です。皆が私を見捨てたときも、彼だけが私を支えてくれました。
カルロっ!! いい加減なことを言うと許しませんよっ!!」
私は、カルロの言い分に腹を立てて、かなりきつい口調で怒ってみせました。
しかし、それでもなお、カルロは言うのです。
「奴が何のためにアナタを支えたか、先ほどの私の話を聞いてもお分かりになりませんか?
あいつは姫様の信頼を勝ち取り、そして、姫様を自分に依存させるのが目的なのです。」
「あなたが喜ぶことをアイツは知り尽くしています。一番最初の特攻時の和平交渉もあなたが喜ぶから、邪魔をしなかったんです。
しかし、おかしいとは思いませんですか?
少数で乗り込んだ大将首と和平交渉に応じるバカがどこにおりましょうや? そんな状況では交渉どころか、あなたは確実に捕虜になるか、最悪の場合は死んでいましたよ。」
「姫様が助かったのは、周りの兵士のおかげです。
今回はそれで助かった。しかし、男爵の狙いは図らずとも狙い通りになった。
ごらんなさい、今の状況を。敗残兵のアイツがあなたの信頼を得て、今やこの度の戦争の指揮官にまでなった。」
「騙されているのですよ。姫様は。
あの男は、この戦争に乗じて姫様を殺して権力を奪うつもりなのです。もしくは姫様を誑し込んで軍を手に入れるつもりなのですっ!!
きっとそうですっ!! そうでなければ、説明がつかないことが多すぎますっ!!」
カルロの言い分は理にかなっていました。確かに。確かに状況だけを考えればヴァレリオ男爵の行動がそのような企みであったとしても、不自然さはありません。
でも、でも私は彼のことを信じたいっ!!
そう思った瞬間、お姉様の言葉が私の脳裏をかすめました。
~あれじゃ初心なラーマが引っかかるのは、やっぱり無理ないですわね。~
お姉様は確かにそう仰いました。
その言葉の真意を私は男女の感情の話のようにとらえていました。しかし、真意はその先にあったとしたら・・・?
カルロの言う通り私に向けられるヴァレリオ男爵の優しさは、全て私を誑し込むためのものであったとしたなら・・・?
ほんの少しだけ、ヴァレリオ男爵が私を騙そうとしていると想像しただけで、私は狼狽えてめまいを覚えました。胸が苦しくなり、額に汗がにじみます。
ああ・・嫌っ・・・。
私を大切にしてくれる人が出来たと思ったのに、その人を疑わないといけないだなんて・・・
そんなの・・・そんなの・・・私は嫌ですわっ!!
「いいえっ!! カルロっ!!
ヴァレリオ男爵は忠義の人ですっ!! 彼の忠義を疑う事は私の真心をも疑う事と知りなさいっ!!」
私は嫌っ!! そう決断いたしました。
だって、彼は私に優しくしてくれているし、その真心を疑う事なんて君主としての矜持にかける行為ですものっ!!
臣は臣として仕え、王は王として臣を信じる。それが私の君主としての生きざまっ!!
だから、私は彼を疑いませんっ!! 彼を信じますっ!!
きっと・・・・・・きっと彼も私の事が好きなはずですものっ!!
私は確固たる決意を持った目でカルロと向かい合いました。その私の目を見て、カルロは諦めてくれました。
ただ、そうした私の覚悟の意味を実はこの時の私はまだ自分でもよくわかってはいませんでした。
そうして半時後。私とカルロは夜の闇に紛れ込んで敵の陣営を目指して進みました。
ただカルロがどうしても嫌がったので、ヴァレリオ男爵が派遣してくれた精鋭部隊には秘密にして私の部隊だけでの行動です。カルロは、ヴァレリオ男爵の精鋭がこの事を知ったら、必ずヴァレリオ男爵にこの事を伝えてしまうと言うのです。そうなればヴァレリオ男爵が私の味方であれば、私を引き留めて和平交渉が台無しにした上、カルロは処罰を受ける。ヴァレリオ男爵が私の敵であるならば、この機に乗じて私を暗殺するだろう。とカルロに懇願されての事でした。
それもそうですわね・・・。彼の私兵はどのような状況であっても彼の所になんの情報も送らないわけがないのですから。
私はカルロの意見を聞き入れることにして、カルロの部隊と共に夜の闇に紛れて進みました。急がねばなりません。私はヴァレリオ男爵の私兵に特別任務を与えて別行動をとらせましたが、彼らをいつまで欺けるのかわからない。きっと途中で私の不在を知り、ヴァレリオ男爵に知らせるでしょう。追手が絶対追いつけないくらいの場所まで私たちは急がねばならないのでした。
カルロをはじめ兵士一同は夜の闇の中でも素早く動けるのですが、お城暮らしのお姫様である私はそうは参りません。皆の足を引っ張りながら、精一杯何とかついていくのでした。
「姫様っ!! お早くっ!!
ヴァレリオの手の者がいつ追いついてくるかもしれませんぞっ!!」
「はいっ!! 急ぎましょうっ!!」
カルロに急かされての山道は本当に堪えました。急な坂道、足場の悪い岩の道の上を抜けて、とうとう、敵の陣営のほど近い場所まで私たちはたどり着くことができたのです。
そうしてそこまでたどり着いたとき、カルロが言いました。
「姫様。ここでしばし休憩です。
既に敵側には和平交渉の意を伝えてあります。もうすぐ約束の刻になります。スパーダ軍の迎えがここに来る頃です。」
「まぁっ!! 根回しは済んでいたのですね。
カルロ、流石は国衆です。あなたの外交能力、今後は高く評価して重用させてもらいますよ。」
私はカルロの手回しの良さに感心しました。戦争から逃げた臆病者と謗られた彼ですが、そのかわり戦争回避のために必要な能力は当軍随一だったようです。私は彼の手腕に深く感動しながら、今後、彼を外交で活躍してもらおうと思いました。
ですが、カルロは首を振って答えました。
「いえ。大変ありがたいお申し出に深く感謝いたしますが、姫様。
残念ながら姫様は、このお先はスパーダにて大奥ぐらしを送っていただきます。
今後は外交など気になさらず、ごゆるりとお過ごしください。」
・・・・・・。カルロはそういうと深々と私に頭を下げたのでした。
「・・・え? それはどういう意味ですか・・・?」
カルロの言葉の真意がわからない私が問い返そうとした時でした。
ガチャリガチャリと500を超える兵士が近づいているような足音がその場に響いてきました。
「ひ、姫様っ!!
この数は、とても和平交渉に来る者達の人数ではございませんぞっ!!
危険ですっ! お逃げ下さりませっ!!」
私の護衛がそう声を上げたその時でした。ヒューッと音を立てて矢が護衛に向かって飛んできたのです。
私の護衛を務める者は全員が武術の達人。精鋭部隊です。
危険を素早く察知すると、抜剣して飛んで来た矢を切り落としました。
護衛のリーダー格であるフィリッポは、このような状況になっても狼狽えることなく素早く行動に出ました。
「者共っ!! 裏切り、裏切りであるぞっ!!
カルロから姫様を御守りせいっ!」
その号令がなされると、護衛の者達は一斉に私を取り囲み円陣防御を築きます。
事態が理解できない私はその時になってやっと気が付いたのです。
裏切られたのだと。
「カルロっ!! カルロっ!!
どうしてなのっ!? 戦争を終わらせるように協力してくれるのではなかったのですか?」
裏切りを自覚した私は胸が張り裂けそうなほど悲しくて、哀しくて叫びました。カルロ、どうしてなの?、と。
カルロはそんな私を見ていささかの迷いも感じさせない目で言い返しました。
「姫様っ! 目をお覚ましなさいませっ!!
我が軍はあと3度の攻撃には耐えられないのですっ!! このままでは全滅してしまいますっ!!
さぁ、武器をしまって私と来てください。
姫様の御輿入れが済めば、エデンは商業自治区として存続を認められる約束になっています。
臣民を救うためにはこれしか御座いませんぞっ!!
あのヴァレリオのような戦闘狂とこのまま運命を共にしたら、エデンはスパーダ軍に蹂躙され、国土は悉く焦土と化しましょう。
どうぞっ!! お考え直しをっ!!」
そういって、カルロは私に向かって手を差し伸べるようなしぐさをするのでした。
カルロは本気なのです。本気でエデンを救うためにこのような策に出たのです。
ですが・・・。私の心には不安がありました。
そのような約束事を本当に守ってくれるのでしょうか?
私がスパーダ軍の手に落ちたらこの戦争に勝ち目がないのは目に見えています。その上でスパーダ軍が約束を守ってくれるのでしょうか?
そんな私の胸の戸惑いを察知したカルロは「致し方ございませんな」とため息交じりの一言を呟くと、右手人差し指をクルクル回すしぐさをして、自分の私兵に私を取り囲ませようとするのでした。
その動きに護衛のリーダー格であるフィリッポ一早く反応しました。
私の腰に手をまわして小脇に抱えて連れ去るようにしながら、円陣防御を組んだ護衛達に「上に登れっ!!」と移動指示を出しました。
30名の護衛は誰ひとりとして、その命令に遅れることはなく、私を取り囲もうとしたカルロの私兵の包囲網を突破しようとします。
「無駄だっ!! そなたらの忠臣ぶりは頭が下がる思いがするが、もはやスパーダ軍は矢の届く位置まで来ているのだぞっ! 今更どこに逃げようというのかっ!?」
カルロの指摘通り、夜の闇の中でもスパーダ軍の姿は目に見えるほど近づいていました。
この少数部隊では、とても彼らから逃げ切れるものではなかったのでした。
しかし、フィリッポは諦めませんでした。
「おのれ逆臣カルロっ!! よくも姫様をたばかったなっ!!」
包囲網を突破せしめんと突撃をしながら、カルロの私兵にむかって恭順するように命令したのです。
「カルロの兵に告ぐっ!!
自分たちが何をしているのかわかっているのかっ!?
ラーマ姫様は、明けの明星様の御寵愛深き御方。カルロなどにそそのかされて従ったら、どんな神罰を受けるかわからんぞっ!!
考え直せっ!!」
「あのお方に逆らったら、恐ろしいことが起こるのだぞっ!!」
その一言はカルロの私兵の心を乱し足をとめさせるのには十分すぎる効果がありました。
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