魔王〜明けの明星〜

黒神譚

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第2章 新国家「エデン」

第21話 お天道様とお月様

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 いよいよ開戦の時が近づいてきたとき、わたくしは明けの明星様に御助力をお願い申し上げました。

「恐れ多くもかしこくも、我が国の窮地きゅうちに御座いますれば、御身おんみのご加護におすがりいたしたく、何卒なにとぞ、我らを敵国から御守り下さいませ。
 戦いにお出になられなくても構いません。ただ、その御威光ごいこう、お示したまわれば、敵兵は我が国に御身のご加護にあると知り、恐れおののき戦争は回避できるものと存じます。重ねてお願いたてまつり申し上げます。」

 ヴァレリオ男爵の提案を聞き、私が明けの明星様にお願いしたのです。執務室に来られた明けの明星様は、それを面倒くさそうに聞いておられましたが、やがて呆れたように仰いました。

「助ける? 俺が? なんでお前らを?」
「そんなもん俺が知るか。全てお前らの身から出たさびやんけ」

 この言い分にはさすがの私もイラっと来ました。だって、魔王様が私にあんなことをやらせたのがそもそもの争いの原因。それでこの言い分はさすがに無責任すぎます。
 魔王様はそんな私の苛立ちを察したかのように笑って仰いました。

「あのな。そもそもお前ら忘れてへんか?
 俺はな、お前ら・・・を守るなんて契約してへんからな?」
 
 その言葉を聞いて私は困惑しました。だって、確かに地下の封禁ふうきんで約束しました。私の家臣を助けると・・・。

「え・・・、で、ですが・・・私と地下でお約束なさいました・・・」

「アホたれ。お前忘れたんか?
 俺は100分の1しか復活できてへんないから、あの契約は不完全やと言うたやろ。
 俺がお前の家臣助けたんはお前の矜持きょうじに免じての事。サービスや。
 今のところお前と俺の間で確定されとるんは、俺がお前の命を守ることと、お前が俺の嫁になることだけや。わかるか?」


「そ、そんなぁ~。そんなのズルいですぅ~・・・。」

「おのれは魔王に向かって何を言うとんじゃいってるんだ、アホたれ。」 

 魔王様はそれからお姉様に向かって仰いました。

「ええか? 魔神ギーン・ギーン・ラー。
 こいつらはお前の信徒やけどだけど、お前も戦争には参加するなよ。
 私利私欲にまみれた魔族共の汚らわしい闘争に参加するなんて、お前の神としての沽券こけんにかかわるわ。」

 明けの明星様にそう言われたお姉様はムスッとした表情を浮かべ何もお返事なさいません。私たちはその態度を見て、もしかしたらお姉様は味方してくれるのかと期待しました。

「なんやっ!! 返事せんかいっ!!
 オンドラ、俺に逆らう気ぃかいっつもりかっ!!」

 魔王様がお怒りになった時、お姉様はねたように仰いました。

「だって・・・。私はもうアンナ・ラーですもの・・・。
 旦那様、ギーン・ギーン・ラーって、誰ですの?」

 と言うまさかの返し。アンナ・ラーは、お姉様の正体を隠すための仮の名前だったのですが、どうやらお気に召されたというか、女神になられたお姉様はギーン・ギーン・ラーと言う名前で呼ばれるよりも女性の名前であるアンナと呼ばれたがっているのですね。お姉様ったら、可愛い。

 そうして魔王様もお姉様のそんな女心を大変お喜びになって「そうか、そうか。そりゃ悪かったなっ!!」と言って、それ以後、全員にお姉様の事は女性名である「アンナ・ラー」と改めるように仰ったのです。
 
 
 以上の事情があって、私の国は魔王様とお姉様の保護を受けられなくなりました。
 がーんっ!!、ですわぁ~~~~~~っ!!

 そうして戦争の足音が聞こえ始めてから、戦争が始まるまでの時間はあっという間でした。
 大国スパーダは、宣戦布告から1週間ほどで旧ジャック・ダー・クーの支配領にして今はヴァレリオ男爵が筆頭領主として支配するサッサリ地方へと侵入してきました。
 私の外交手段は全く効果ございませんでした。逆に、スパーダの諸外国への根回し首尾よく、スパーダから当国へスパーダ王国の軍が通り抜けることを許されていました。そのため、恐るべき進軍速度で2万の兵を送り込んできたのでした。
 そうして斥候がその軍勢を把握して、その情報を私の下へ届けた時、家臣団一同は顔面蒼白となったのでございました。

「兵2万だとっ!
 我々は先の戦で多くの兵を失った後だというのにか?」
「今、我々にはかき集めても3千の兵士しかおらぬぞっ!?」
「傭兵を雇うにしても、今からではとても間に合わぬっ!! 2万対3千ではとても勝負にならんっ!!」
「このままでは、なぶり殺しにあうぞっ!!」

 執務室は作戦会議の間と変わりました。その数日前までは、政務で大わらわの日々だったというのに、今は、悲鳴にも似た声を上げる家臣団との作戦の場。同じ忙しさでもあの頃は幸せだったことを思い知らされるのでした。

「平和って、尊いですわ・・・。」

 紛糾ふんきゅうする家臣団を見飽きた私は天井を向いてポツリとつぶやきました。
 これまで私は案じておりました。戦争になればスパーダの兵士は明けの明星様の逆鱗げきりんに触れてしまい、流れ星の魔法で命乞いをする間もなく一瞬で全滅させらてしまうかもと。それが魔王様がご助力いただけないことで回避できたのは良いことかもしれませんが、代わりに我が国の民は大変なことになってしまいました。

 ですが、私たちがこんなにも慌てているのは、やはり全て明けの明星様のせいです。なんか納得いきません。
 
「あの。明けの明星様。
 何度考え直しても、やはりこの戦争は、元をたどれば全て明けの明星様の御采配ごさいはいが原因。
 責任を取って何か妙案を授かりたいのですが・・・。」

 そう言って責任を口実に魔王様にご助力いただこうと思ったのですが、魔王様はお聞き入れなさいませんでした。

「あのな。お前。太陽の事を何と言う?」

「お天道てんとう様ですわ。」

「月の事を何と言う?」

「お月さまですわ。」

 な、何の会話でしょう? これ・・・。

「お前は太陽があまり照らずに作物が不作になったら『お天道様の責任ですから、責任取って食料をください』と言うか?
 月の満ち欠けのせいで潮の満ち引きが起こったら『お月様のせいで船の運航に支障が出ます。責任取って潮の流れを安定させてください』というか?」
「太陽も月も自分たちの事でお前らがどうなろうが気にすると思うか?
 同じように俺は明けの明星。俺のことでお前ら下々の者がどうなろうか、知った事か。」

 ・・・・・・はああああああ~~~っ!?

「な、なんなんですのっ!!
 何て言い草ですのっ!! 明けの明星様のせいでこんなことになっているのにあんまりで御座いますっ!!」

 と、口にした途端、お姉様がお怒りに。

「いい加減にお黙りなさいっ!! ラーマっ!!
 旦那様に何と言う無礼な事を言うのですっ!!」
「いくらあなたでも今度、旦那様にそんなことを言ったら、承知しませんよっ!!
 もう二度と子守唄を歌ってあげませんからねっ!!」

 ・・・あ、それはもう結構です。とも言えませんが、正直、私達。困っておりますの・・・・・・。
 このままでは家臣領民ことごとく殺されかねません。一体、どうしたらいいのか困り果てておりますの。お力をお貸しいただけないのならば、せめてお知恵をお借りしたいのです。

 私はそう思って、明けの明星様を見つめました。お姉様はそんな私を見て困ったようにため息をついてから、魔王様の耳元で何やらささやかれました。すると、魔王様は上機嫌になってお話しくだされました。

「ようしっ!! アンナが知恵を貸せば今日特別に○○○○○○○をやらせてくれるって言うから、教えてやるっ!!」
「きゃあああああーーーっ!!! きゃあああああーーーーーっ!!!」

 お姉様は秘密の取引で私たちへの協力を取り付けてくれましたが、その取引内容は、卑猥ひわい過ぎました。
 お姉様は正気を失って魔王様の背中を平手でバシバシ叩く音で必死に隠そうとしましたが、今さら消せるわけがありません。
 会議室の男どもはニヤニヤ笑いながら鼻の下伸ばして喜んでいますし、本当に殿方っていやらしいですわっ!! そもそも魔王様もそんな卑猥なことをして何が楽しいのかしら? 私、全く分かりませんわっ!!
 
 プンスカする私と涙目になっているお姉様を放っておいて、魔王様は仰いました。

「お前ら、どうするこうするもあるかいっ!!
 3千の軍で2万の兵相手にするなら、出来ることは一点集中や。蹴散らせっ!!」

 け、蹴散らせって・・・。私は、魔王様の一言に思わず呆れました。状況、わかっておられますか?

「者共っ!! 聞けっ!!
 敵がラーマが目当てであるならば、ラーマを狙いやすいようにしてやればよいっ!!」

 そして魔王様は筆を手に御取りあそばされるとテーブルに向かって、見たことがないほど高精度な地図を一瞬で書き上げてしまいました。その地図はまるで天空からこの国を見たかのような正確さで、私を含めその場にいたもの全員が、初めてこの国の正しい全貌を見たのでした。

「こ、これほどの地図は見たことがないっ!!」
「なんということだっ!! この地に生まれ出でて2000年を超す私も・・・これほど正確にこの国の形を知ったのは初めてだっ!!」

 誰もが魔王様の地図に呆気に取られておりましたが、魔王様の狙いは地図ではございません。

「ドアホっ!! どこに感心しとんねんっ!! そんなことより聞けっ!!
 ヴァレリオの領地の東の端にスパーダ軍っ!! 奴らの狙いはラーマや。
 ならば、ラーマを筆頭にまずは敵に奇襲を仕掛けて、奴らを誘い出し、この急所で奴らを叩くっ!!」

 魔王様はそう言って、私たちの進軍経路と敵軍の進軍経路。そうして誘い出す攻撃場所をわかりやすく示されました。その攻撃場所は入り口は大変広く、大軍を投入するのに向いている割に奥は細ばって行き、軍の進軍速度を遅くさせる地形をしていました。さらにその道の両側は高く切り立った岩壁多い山。脇からこちらの軍を挟み込む部隊を送り込むことができないどころか、左右の山から岩を落とされれば、大損害間違いなしの地形でした。

「おおおおっ!! これならば、一網打尽いちもうだじんっ!!」と、誰もが納得して喜びました。
 魔王様は更に続けます。
 
「敵兵に何も与えな。地元住民も家畜も何もかも後方に下げさせよ。
 敗走する敵には飲み水も与えんな。井戸にこやしをぶち込み飲めなくしたれせよっ!!」

 水の確保は戦場で一番難しいもの。重く、量が必要な上に新鮮でなくてはいけない。水を止められた敵は撤退てったいするしかないのです。
 
 ですが・・・。

「ですが魔王様。それでは敵の損害が大きすぎます。大勢が死にます。
 やはり私は戦いの前にもう一度、外交をしたいと思います。そちらの御知恵もお貸しいただけませんか?」

 兵法を幼いころから学んできた私にはわかります。これがどれほどの被害を産む作戦か。ですから、どうしても止めたいと思ったのです。ですが私の一言で会議室がシーンと一瞬、静まり返ってしまいました。
 そして・・・

「姫っ!! 御身はどちらの味方かっ!!」
「おふざけは大概たいがいになさいませっ!! 敵を殺さねば、我らも領民も殺されるのですよっ!!」
「戦を仕掛けてきたのは向こうっ!! 殺して何の罪がありましょうやっ!?」

 家臣団が一斉に私に向かって抗議してきたのです。私のわがままに耐え、我慢に我慢を重ねてきた家臣の怒りでした。それでも、それでも私は思うのです、

「みな。同じ魔族ではありませんか?
 助け合い、分かち合い。皆で幸せになるべきではありませんか?」
 
 私がそう言うと、魔王様は私の前に歩み出てこられて私をお叱りになられました。

「お前はこの先、この国をどうする気や? 
 お前な、俺が世界の真実を教えてやるけどな。皆が平等に幸せになれる世界があると思ったら大きな間違いやぞ。
 そんなことは不可能や。理論上でも絶対にありえへんことや。」
 
 魔王様の言葉に私は何も言い返せませんでした・・・・・・。
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