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第28話 愛しい人
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カーランド王は、どうして急に赤の英雄に身をゆだねる決心をしたのか?
その説明をするためには少し時間を巻き戻さねばならない。
そう、赤の英雄がリトリ=ラ=ド=アクラに到着したその時まで・・・・。
リトリ=ラ=ド=アクラに到着した赤の英雄は、民衆にも兵団にも受け入れられた。
そして、リトリ=ラ=ド=アクラの王座に着座することすら認められたのだった。
婚約者で現王位にあるカーランド王も赤の英雄の隣の席に座り、頼りがいのある赤の英雄の姿を見て誇らしく思った。
(ああ。この方と私は結ばれるのですね。)
赤の英雄を熱く見つめるカーランド王は胸の高鳴りを押さえられずにいた。
頬が紅潮し、汗ばんでいくのが自分でもわかる。はしたないと思いつつもカーランド王はチラチラと赤の英雄を盗み見るように何度も何度も見直すのだった。
赤の英雄の凱旋と御目通りが終わると長旅の疲れもあるのだろうと、その日は解散となった。
赤の英雄には、王室が与えられ(といっても没落王家であるリトリ=ラ=ド=アクラの王室は、さほど誇れるようなものでもないのだが)、カーランド王は別室へと移っていった。
例え婚約者でも同室はおかしい。結婚までは純潔を守るのが習わしなのだと誰もが口をそろえて言ったし、カーランド王もその考え方に同調したのだ。そんなカーランド王の姿を女神マルティスは寂しそうな目で見つめるのだった。
女神マルティスは、今は神となった身だが元々は人間の女の身。カーランド王の気持ちがわからぬわけではなかった。それで、その夕食後マルティスはカーランド王の部屋を訪ねていった。
マルティスの訪問に畏まって迎えるカーランド王を抱きしめるとマルティスは、自分自身を解き放つべきだと語るのだった。
マルティスは、言った。
(明日にでも精神の悪い神が来る可能性がある。その時、誰もが殺されてしまう可能性がある。その瞬間がいつ来るかは誰にもわからない。今のままで終わりを迎えてもいいのですか? ) 、と。
カーランド王はその瞬間を想像してしまった。あの精神の悪い神が二人の全てを滅ぼす瞬間を想像すると、心が張り裂けそうになるほど悲しくなって、カーランド王の頬から涙が流れ落ちる。全てを奪われて死ぬその瞬間に自分は何もできない。その前にできることを何もせずに死んでしまうことへの後悔もリアルに頭に思い描けた。
それだけに赤の英雄に自分の本当に大切な部分を預けないまま死んでしまうことが怖いと思ってしまったのだ。
カーランド王は、呆然としてしまい、ただ涙を流し続けた。マルティスは、そんなカーランド王の背中をさすって慰めてあげながら、指輪を渡すのだった。
「これを身につけなさい。これは、あなたに勇気を与える私からの祝福の指輪。肌身離さずいついかなる時も身につけていなさい。必ず奇跡があなたを救ってくれます。」
「これまで生きてきた貴女の誇りが失われるとしても、この指輪があれば勇気が湧いてきて、乗り越えられるはずです。」
マルティスはそれだけ伝えると部屋を去っていった。
マルティスが部屋を去ってから、カーランド王は、葛藤する己の心を恥じた。
「誰もが命がけのこのような時に何を考えているのだろうか?」
と、自制する部分と
「それでも彼への思いを成就できないのは嫌。」という個人的な願望がカーランド王の心の中で葛藤する行為自体を彼女は恥じた。
21歳の今まで男性として生きていく道を強制されてきたし、それが王家の務めだと思っていた。そして、何よりも彼女自身がその王家の血統と責任を誇りに思って生きてきた。だから、もしこれから赤の英雄のもとへ行き、自分の胸にともった恋の灯を彼に捧げるとするならば、これまでの自分の人生も王家の血統の誇りも自分で否定することになってしまう。
それはカーランド王にとって、とてつもなく恐ろしいことだった。しかし、例えそうなったとしても彼に愛されたい、全てを捧げたいと思い気持ちの強さは、打ち消すことが出来ないのだった。
数時間の葛藤の末、彼女の震える手は指輪を手にしていた。
それは決断ではなく、本能的な行動だった。彼女の心は救いを求めていた。
・・・私に勇気があれば・・・
そんな魂の願いが無意識に彼女自身にそうさせたのだ。
震える指で指輪をはめる。すると、女神マルティスが言ったように少し、勇気が湧いてきた気がした。
震える手で寝衣装を全て脱ぎ去り裸になると、薄絹一つをまとう。上から外套を羽織るときは、更なる決意と覚悟が必要だった。それでも、それでも彼女は前に進むのだった。
呼吸が止まってしまいそうな緊張感と恐怖と戦いながら、彼女は抜け道を通じて赤の英雄の部屋を訪ねた。王家の者しか知らぬその抜け道は、赤の英雄の寝室の暖炉の奥の隠し部屋を通って赤の英雄の寝室へと続いていた。
そして、カーランドはついに赤の英雄の寝室に来てしまった。
思わぬ場所からの訪問に赤の英雄はさすがに驚いたが、カーランド王の覚悟を秘めた顔を見て、何も言わずに彼女を受け入れて部屋に入れた。
震える肩。紅潮する肌。涙を湛えたその瞳に赤の英雄は、カーランド王が覚悟を決めてきたのだと知ったのだ。
だから、何も言わなかった。カーランド王の口から、その覚悟を話させるべきだと思ったからだ。
彼女は震える指先で外套のボタンをはずして脱ぎ去ると、薄絹一枚羽織っただけの姿を見せた。
シースルーの生地だけ羽織った状態は彼女の全てをさらけ出す。いろいろな感情が入り乱れて爆発しそうなその胸だったが、勇気を振り絞って、消え入るような声だったが確かに彼女は言うのだった。
「どうか、今この時。あの精神の悪い神が私たちを殺してしまう前に・・・」
「・・・どうか、私の純潔を貰ってください。」
赤の英雄は彼女の覚悟を確かに見届けた。だから何も言わぬまま、カーランド王を壊れ物を扱うように優しく、優しく抱き寄せると、彼女のその涙に濡れた唇を重ねる。
自分の思いを受け入れてもらえたと思ったら、途端にたちまち膝の力が抜け落ちて立っていられなくなった。そのままカーランド王の体は、すべて赤の英雄の物となり、支配されるようにベッドに沈んでいった。
翌朝。いつの間にか眠ってしまっていたカーランド王が目を覚ますと、自分が赤の英雄の胸の中で抱きしめられていることに気が付いた。
そして、自分が昨夜何をしたのか自覚した。同時に昨夜、赤の英雄に激しく愛された思い出も次々と頭の中によぎった。彼を求め、彼の思うように操られ、体がバラバラになりそうなほど乱れたことも・・・。
その思い出で恥ずかしくて死にそうになっているカーランド王の真っ赤な頬を赤の英雄がそっと触れた。見上げるとエメラルドのように美しい翠の瞳が微笑んでいた。そして赤の英雄はカーランド王の額に優しくキスをして「おはよう」と言った。
カーランド王は、とても幸せだった。
でも、それでは足りないとばかりに唇を差し出すと、何よりも甘いキスをされた。
全てが幸せだった。すべてが今終わってしまってもいいと思った。
だから、カーランド王は最後の秘密を語った。
「私には、男性としての名前であるカーランドと、本当の名前、カーラがあるのですが、これからは、どうぞ私の事をカーラとお呼びください。」
太陽のように眩しい笑顔でカーラは言った。
翌日から作戦会議が開かれた。
作戦とはつまり、あの精神の悪い神との戦いに備えであった。すでに承知の通り、高位の神と戦える能力は人間にも火龍にも無かった。
しかし、精神の悪い神に対して対抗策が無いわけではない。
まずは、カーランド王が口火を切る。ただその前に、まず最初にカーランド王は自分の名前を本来の自分の名前であるカーラという女性名に改めることにしたと発表した。
清々しい笑顔と誇りに満ちたその顔を見て、諸侯は何となく何があったのか察してはいたが、誰も何も言わずに拍手をして新たな名前を祝福した。
(ところで、その時の諸侯の表情で赤の英雄もマルティスも諸侯が昨夜に何があったのか察していることに気が付いていたが、カーラだけが気がついてはいなかった。幸せな娘である。)
「それでは、会議を続けます。あの精神の悪い神に対して我々は無力でした。
しかし、闇の国の王が重要な啓示をくださいましたの。それは、我が王家に伝わりし聖剣ダー・ラー・スーならば、あの精神の悪い神を傷つけることが出来るという事です。
私たちは、この聖剣を赤の英雄に託したいと考えます! あの神と戦えるのは火龍である赤の英雄のほかにあり得ません。」
聖剣ダー・ラー・スーは破壊神ドノヴァンの神殿に安置されている。それを赤の英雄に取りに行ってもらうことに全員一致で可決した。
しかし、問題はあのどうしようもない強さを見せつけた精神の悪い神に、どうやって聖剣を突き立てるのかという問題だった。
だが、その作戦を考えるとき頭を抱えてしまう諸侯に対して、
赤の英雄は「あの神は、実はそれほど強くない。」と、衝撃の事実を語った。
「俺たちは今まで騙されていたんだ。
あの神はそれほど強い神ではない。闇の国の王の配下の鬼神は奴を弄ぶかのように痛めつけていたし、奴は土の国へ逃げ延びた俺たちを追って土の国に来ずに外で喚き散らすだけだった。俺たちを追いかけて土の国へ入ることを恐れていたんだ。」
「あいつは言ったんだ。” これまでうまく立ち回ってきたというのに貴様に執着したせいでこのザマだっ!! ”と。」
「うまく立ち回ってきたとはどういう意味だ? これまで俺たちは奴が多くの高位の神が存在を認識していても正体を明かせない不気味な強さを秘めた神だと勘違いしていた。
逆だ!
奴は恐らくそこまで高位の神ではない。ただ逃げ回る能力だけが異常に高いのだ。」
「奴は逃げ回らなければ高位の神と立ち回れぬレベルの神だ。恐らくマルティスを封じることができたことも、あの黒い魔法にも何か理由があるはずだ。」
そこまで語るとマルティスの方を振り向いて
「そうだろう?マルティス。お前は気が付いているはずだ。
あの血をなめとったお前はな。」と言った。
マルティスは口に手を当てて愉快そうに「ふふふふ・・・・・・・・」と笑うと、「目ざとい人です事」と言って話し出した。
「ええ。勿論ですわ。
火龍、貴方の仰った通り私は、あの男が鬼神に痛めつけられたときに流した血を意味もなく舐め取ったわけではありませんわ。血には多くの情報が隠されています。」
「私はそれを解き明かし、あの男の秘密を探っておりますの。
既に多くの精霊に頼んで情報を集めさせています。恐らく7日もあれば、あの男の魔法の秘密。もしくは弱点を見つけて見せますわよ?」
マルティスは自信たっぷりにそう言うので、会議の場にいたものは全員、ホッとして喜んだ。誰の目にも「これで勝てる希望が湧いた!」と喜ぶ色が見えた。
だが、カーラは不安だった。
「マルティス様・・・。しかし、あの精神の悪い神がいつ襲ってくるか解らないのです。それまでに襲ってこられてもいいように対策も準備すべきかと考えます。」
重い口調であまり考えたくないような暗い話題についてカーラは切り出した。
「現状、今日この時点であの精神の悪い神に襲われた場合。私たちは成す術もなく一網打尽にされてしまうのです。」
カーラの口から改めて考えたくなかった事実を突きつけられた諸侯は静まり返った。
が、マルティスは、拍子抜けするほど明るい声で反論した。
「ああ!! それは、全く問題ありませんのよ?。
闇の国の王の配下の鬼神があの精神の悪い神に負わせた傷は相当なもの。
あの傷の深さでは、そうですねぇ・・・。
少なくともあと10日は絶対に身動きが取れないはずですわ!!」
マルティスのおっとりとした口調と、その笑顔にカーラは思わず声を上げた。
「はぁっ!?」
その声の大きさと慌てように会議の場にいた者も驚いた。
カーラは思わず、つづけてそのまま
『だって、昨夜、貴方は精神の悪い神がいつ襲ってくるか解らない。今すぐにでも殺される危険があるように話していたではありませんか!?
だから、私は、昨晩、赤の英雄に純潔を捧げたというのにっ!!』
と言いそうになった。
そのことを察したマルティスは、カーラーが口を滑らせる前に言った。
「ですから。あの傷の深さではあと10日動けませんと言っているのですのよ?
それは、保証いたしますわ!!」
悪戯っ子のようなその笑顔を見て、カーラは騙されたことを察して、立ち上がって叫んだ。
「はっ、あー--------------っ!?」
会議の場にカーラの素頓狂な声がこだました。
その説明をするためには少し時間を巻き戻さねばならない。
そう、赤の英雄がリトリ=ラ=ド=アクラに到着したその時まで・・・・。
リトリ=ラ=ド=アクラに到着した赤の英雄は、民衆にも兵団にも受け入れられた。
そして、リトリ=ラ=ド=アクラの王座に着座することすら認められたのだった。
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(ああ。この方と私は結ばれるのですね。)
赤の英雄を熱く見つめるカーランド王は胸の高鳴りを押さえられずにいた。
頬が紅潮し、汗ばんでいくのが自分でもわかる。はしたないと思いつつもカーランド王はチラチラと赤の英雄を盗み見るように何度も何度も見直すのだった。
赤の英雄の凱旋と御目通りが終わると長旅の疲れもあるのだろうと、その日は解散となった。
赤の英雄には、王室が与えられ(といっても没落王家であるリトリ=ラ=ド=アクラの王室は、さほど誇れるようなものでもないのだが)、カーランド王は別室へと移っていった。
例え婚約者でも同室はおかしい。結婚までは純潔を守るのが習わしなのだと誰もが口をそろえて言ったし、カーランド王もその考え方に同調したのだ。そんなカーランド王の姿を女神マルティスは寂しそうな目で見つめるのだった。
女神マルティスは、今は神となった身だが元々は人間の女の身。カーランド王の気持ちがわからぬわけではなかった。それで、その夕食後マルティスはカーランド王の部屋を訪ねていった。
マルティスの訪問に畏まって迎えるカーランド王を抱きしめるとマルティスは、自分自身を解き放つべきだと語るのだった。
マルティスは、言った。
(明日にでも精神の悪い神が来る可能性がある。その時、誰もが殺されてしまう可能性がある。その瞬間がいつ来るかは誰にもわからない。今のままで終わりを迎えてもいいのですか? ) 、と。
カーランド王はその瞬間を想像してしまった。あの精神の悪い神が二人の全てを滅ぼす瞬間を想像すると、心が張り裂けそうになるほど悲しくなって、カーランド王の頬から涙が流れ落ちる。全てを奪われて死ぬその瞬間に自分は何もできない。その前にできることを何もせずに死んでしまうことへの後悔もリアルに頭に思い描けた。
それだけに赤の英雄に自分の本当に大切な部分を預けないまま死んでしまうことが怖いと思ってしまったのだ。
カーランド王は、呆然としてしまい、ただ涙を流し続けた。マルティスは、そんなカーランド王の背中をさすって慰めてあげながら、指輪を渡すのだった。
「これを身につけなさい。これは、あなたに勇気を与える私からの祝福の指輪。肌身離さずいついかなる時も身につけていなさい。必ず奇跡があなたを救ってくれます。」
「これまで生きてきた貴女の誇りが失われるとしても、この指輪があれば勇気が湧いてきて、乗り越えられるはずです。」
マルティスはそれだけ伝えると部屋を去っていった。
マルティスが部屋を去ってから、カーランド王は、葛藤する己の心を恥じた。
「誰もが命がけのこのような時に何を考えているのだろうか?」
と、自制する部分と
「それでも彼への思いを成就できないのは嫌。」という個人的な願望がカーランド王の心の中で葛藤する行為自体を彼女は恥じた。
21歳の今まで男性として生きていく道を強制されてきたし、それが王家の務めだと思っていた。そして、何よりも彼女自身がその王家の血統と責任を誇りに思って生きてきた。だから、もしこれから赤の英雄のもとへ行き、自分の胸にともった恋の灯を彼に捧げるとするならば、これまでの自分の人生も王家の血統の誇りも自分で否定することになってしまう。
それはカーランド王にとって、とてつもなく恐ろしいことだった。しかし、例えそうなったとしても彼に愛されたい、全てを捧げたいと思い気持ちの強さは、打ち消すことが出来ないのだった。
数時間の葛藤の末、彼女の震える手は指輪を手にしていた。
それは決断ではなく、本能的な行動だった。彼女の心は救いを求めていた。
・・・私に勇気があれば・・・
そんな魂の願いが無意識に彼女自身にそうさせたのだ。
震える指で指輪をはめる。すると、女神マルティスが言ったように少し、勇気が湧いてきた気がした。
震える手で寝衣装を全て脱ぎ去り裸になると、薄絹一つをまとう。上から外套を羽織るときは、更なる決意と覚悟が必要だった。それでも、それでも彼女は前に進むのだった。
呼吸が止まってしまいそうな緊張感と恐怖と戦いながら、彼女は抜け道を通じて赤の英雄の部屋を訪ねた。王家の者しか知らぬその抜け道は、赤の英雄の寝室の暖炉の奥の隠し部屋を通って赤の英雄の寝室へと続いていた。
そして、カーランドはついに赤の英雄の寝室に来てしまった。
思わぬ場所からの訪問に赤の英雄はさすがに驚いたが、カーランド王の覚悟を秘めた顔を見て、何も言わずに彼女を受け入れて部屋に入れた。
震える肩。紅潮する肌。涙を湛えたその瞳に赤の英雄は、カーランド王が覚悟を決めてきたのだと知ったのだ。
だから、何も言わなかった。カーランド王の口から、その覚悟を話させるべきだと思ったからだ。
彼女は震える指先で外套のボタンをはずして脱ぎ去ると、薄絹一枚羽織っただけの姿を見せた。
シースルーの生地だけ羽織った状態は彼女の全てをさらけ出す。いろいろな感情が入り乱れて爆発しそうなその胸だったが、勇気を振り絞って、消え入るような声だったが確かに彼女は言うのだった。
「どうか、今この時。あの精神の悪い神が私たちを殺してしまう前に・・・」
「・・・どうか、私の純潔を貰ってください。」
赤の英雄は彼女の覚悟を確かに見届けた。だから何も言わぬまま、カーランド王を壊れ物を扱うように優しく、優しく抱き寄せると、彼女のその涙に濡れた唇を重ねる。
自分の思いを受け入れてもらえたと思ったら、途端にたちまち膝の力が抜け落ちて立っていられなくなった。そのままカーランド王の体は、すべて赤の英雄の物となり、支配されるようにベッドに沈んでいった。
翌朝。いつの間にか眠ってしまっていたカーランド王が目を覚ますと、自分が赤の英雄の胸の中で抱きしめられていることに気が付いた。
そして、自分が昨夜何をしたのか自覚した。同時に昨夜、赤の英雄に激しく愛された思い出も次々と頭の中によぎった。彼を求め、彼の思うように操られ、体がバラバラになりそうなほど乱れたことも・・・。
その思い出で恥ずかしくて死にそうになっているカーランド王の真っ赤な頬を赤の英雄がそっと触れた。見上げるとエメラルドのように美しい翠の瞳が微笑んでいた。そして赤の英雄はカーランド王の額に優しくキスをして「おはよう」と言った。
カーランド王は、とても幸せだった。
でも、それでは足りないとばかりに唇を差し出すと、何よりも甘いキスをされた。
全てが幸せだった。すべてが今終わってしまってもいいと思った。
だから、カーランド王は最後の秘密を語った。
「私には、男性としての名前であるカーランドと、本当の名前、カーラがあるのですが、これからは、どうぞ私の事をカーラとお呼びください。」
太陽のように眩しい笑顔でカーラは言った。
翌日から作戦会議が開かれた。
作戦とはつまり、あの精神の悪い神との戦いに備えであった。すでに承知の通り、高位の神と戦える能力は人間にも火龍にも無かった。
しかし、精神の悪い神に対して対抗策が無いわけではない。
まずは、カーランド王が口火を切る。ただその前に、まず最初にカーランド王は自分の名前を本来の自分の名前であるカーラという女性名に改めることにしたと発表した。
清々しい笑顔と誇りに満ちたその顔を見て、諸侯は何となく何があったのか察してはいたが、誰も何も言わずに拍手をして新たな名前を祝福した。
(ところで、その時の諸侯の表情で赤の英雄もマルティスも諸侯が昨夜に何があったのか察していることに気が付いていたが、カーラだけが気がついてはいなかった。幸せな娘である。)
「それでは、会議を続けます。あの精神の悪い神に対して我々は無力でした。
しかし、闇の国の王が重要な啓示をくださいましたの。それは、我が王家に伝わりし聖剣ダー・ラー・スーならば、あの精神の悪い神を傷つけることが出来るという事です。
私たちは、この聖剣を赤の英雄に託したいと考えます! あの神と戦えるのは火龍である赤の英雄のほかにあり得ません。」
聖剣ダー・ラー・スーは破壊神ドノヴァンの神殿に安置されている。それを赤の英雄に取りに行ってもらうことに全員一致で可決した。
しかし、問題はあのどうしようもない強さを見せつけた精神の悪い神に、どうやって聖剣を突き立てるのかという問題だった。
だが、その作戦を考えるとき頭を抱えてしまう諸侯に対して、
赤の英雄は「あの神は、実はそれほど強くない。」と、衝撃の事実を語った。
「俺たちは今まで騙されていたんだ。
あの神はそれほど強い神ではない。闇の国の王の配下の鬼神は奴を弄ぶかのように痛めつけていたし、奴は土の国へ逃げ延びた俺たちを追って土の国に来ずに外で喚き散らすだけだった。俺たちを追いかけて土の国へ入ることを恐れていたんだ。」
「あいつは言ったんだ。” これまでうまく立ち回ってきたというのに貴様に執着したせいでこのザマだっ!! ”と。」
「うまく立ち回ってきたとはどういう意味だ? これまで俺たちは奴が多くの高位の神が存在を認識していても正体を明かせない不気味な強さを秘めた神だと勘違いしていた。
逆だ!
奴は恐らくそこまで高位の神ではない。ただ逃げ回る能力だけが異常に高いのだ。」
「奴は逃げ回らなければ高位の神と立ち回れぬレベルの神だ。恐らくマルティスを封じることができたことも、あの黒い魔法にも何か理由があるはずだ。」
そこまで語るとマルティスの方を振り向いて
「そうだろう?マルティス。お前は気が付いているはずだ。
あの血をなめとったお前はな。」と言った。
マルティスは口に手を当てて愉快そうに「ふふふふ・・・・・・・・」と笑うと、「目ざとい人です事」と言って話し出した。
「ええ。勿論ですわ。
火龍、貴方の仰った通り私は、あの男が鬼神に痛めつけられたときに流した血を意味もなく舐め取ったわけではありませんわ。血には多くの情報が隠されています。」
「私はそれを解き明かし、あの男の秘密を探っておりますの。
既に多くの精霊に頼んで情報を集めさせています。恐らく7日もあれば、あの男の魔法の秘密。もしくは弱点を見つけて見せますわよ?」
マルティスは自信たっぷりにそう言うので、会議の場にいたものは全員、ホッとして喜んだ。誰の目にも「これで勝てる希望が湧いた!」と喜ぶ色が見えた。
だが、カーラは不安だった。
「マルティス様・・・。しかし、あの精神の悪い神がいつ襲ってくるか解らないのです。それまでに襲ってこられてもいいように対策も準備すべきかと考えます。」
重い口調であまり考えたくないような暗い話題についてカーラは切り出した。
「現状、今日この時点であの精神の悪い神に襲われた場合。私たちは成す術もなく一網打尽にされてしまうのです。」
カーラの口から改めて考えたくなかった事実を突きつけられた諸侯は静まり返った。
が、マルティスは、拍子抜けするほど明るい声で反論した。
「ああ!! それは、全く問題ありませんのよ?。
闇の国の王の配下の鬼神があの精神の悪い神に負わせた傷は相当なもの。
あの傷の深さでは、そうですねぇ・・・。
少なくともあと10日は絶対に身動きが取れないはずですわ!!」
マルティスのおっとりとした口調と、その笑顔にカーラは思わず声を上げた。
「はぁっ!?」
その声の大きさと慌てように会議の場にいた者も驚いた。
カーラは思わず、つづけてそのまま
『だって、昨夜、貴方は精神の悪い神がいつ襲ってくるか解らない。今すぐにでも殺される危険があるように話していたではありませんか!?
だから、私は、昨晩、赤の英雄に純潔を捧げたというのにっ!!』
と言いそうになった。
そのことを察したマルティスは、カーラーが口を滑らせる前に言った。
「ですから。あの傷の深さではあと10日動けませんと言っているのですのよ?
それは、保証いたしますわ!!」
悪戯っ子のようなその笑顔を見て、カーラは騙されたことを察して、立ち上がって叫んだ。
「はっ、あー--------------っ!?」
会議の場にカーラの素頓狂な声がこだました。
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