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第11話 魔女の弟子

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 かつて23番と呼ばれた剣奴けんどがその名を捨て、ギュリアスの名を授かり炎の魔女レイラのもとで暮らすようになって、すでに半年の月日が流れた。
 その間ギュリアスは、レイラの忠実な下僕として日々を過ごした。

 レイラは不思議な女性だった。
 昼はギュリアスを支配することを望み、夜はギュリアスに支配されることを望んだ。

 また昼は魔法使いの師匠としての威厳を保ちながらも母親のような母性あふれる接し方をした。つまりかなり成熟した大人の女性だったのだ。しかし、夜になるとまるで少女のようにギュリアスを求めるのだった。

 知性あふれる思考をしているかと思えば、普段着も家具も大変な少女趣味だった。
 また、三十歳前半から半ばのような外見をしているが実はもう1000年は以上も生きている。なのに、自らのことを「レイラお嬢様じょうさま」と呼ばれることをギュリアスに望んだのだ。

 レイラはまるで光と闇の二面性で構成されているようにギュリアスには、感じられた。しかし、レイラはギュリアスに決して無慈悲な行いをしなかったし、とても優しく魔法も教えてくれたので、ギュリアスはその矛盾する性格についてレイラに何も尋ねはしなかった。そうすることが気遣きづかいだと思ったからだ。

 そしてレイラはとても良い主人だった。ギュリアスがギースから教わった剣術の鍛錬を続けたいと申し出るとレイラは、稽古相手として死体に彷徨さまよえる怨霊おんりょう憑依ひょういさせたスケルトンを用意してくれた。お陰でギュリアスは炎の魔女のもとに来てからの半年間も実戦的な稽古を続ける事が出来たのでその剣の腕は落ちることなく磨き上げることが出来た。
 また、熱心に人間族の言葉も勉強したので、あっという間に人間族の言葉もペラペラに話せるようになった。

 一方、レイラから習う魔法の方は全く適正がないのか、ギュリアスはレイラがいくら献身的な指導をしてくれても上達する事が無かった。この半年の間で使えるようになった魔法は、とても小さな土精霊パーンとターンとカーンの3人を召喚する魔法だけだった。3人は身の丈が20センチ程しか無かったし、魔法も使えなかったので戦力にはならず、せいぜいギュリアスの話し相手を務めるだけだった。

 そんな魔法の才能がないギュリアスに魔法の指導するのは並大抵の事ではなかったが、レイラは不出来な弟子のギュリアスを責めることはなく魔法の授業の最後は決まって「もう困った子ね。魔法の方は、からっきし才能が無いのね。」と、ギュリアスの頭を撫でて済ませるのであった。

 そんなレイラに対してギュリアスはわずかに残っている幼い頃の記憶にある自分の母の姿を重ねてしたうようになったし、子供のいないレイラも我が子のように思っているのか、二人はお互いの事を支えにしていた。

 昼は母のように慕うが、夜は娼婦のようにでる。そんな不思議な関係だったが、二人にはお互いが必要だったので半年間、まるで問題はなかった。
 しかし、そんな間柄であってもギュリアスは一つだけ疑問に思うことがあった。
 ギュリアスはある日、土精霊パーンとカーンとターンに尋ねた。

「レイラお嬢様の夫の火龍はどうしていつもいないんだい?
 知らない間に帰ってきたら、間男まおとこの俺は殺されてしまわないかい?」

 優しい土精霊パーンとカーンとターンは、ギュリアスの話を聞いて親身になって考えてから、小さな足でポテポテ音を立てながら、走ってレイラの下へ質問しにいった。
 ギュリアスは3人が何も言わずに走っていったので、どこに行ったのかわからなかったが、3人がレイラを連れて戻ってきたのでギュリアスは
「あの馬鹿ども!! 人が何のためにお前たちに尋ねたのかわからないのか?
 レイラお嬢様に尋ねることがはばかれるからって察しろよ!」
 と心の中で3人の愚かさを呪った。

 しかし、レイラはギュリアスを責めることはしなかった。慈愛のこもった不思議な色の瞳でギュリアスを見つめて優しく微笑んだ。

「心配しなくても大丈夫ですわよ。ギュリアス。火龍は破壊神ドノヴァン様の臣従。不可侵をお約束されたドノヴァン様にこの大陸には入らないように命ぜられて、暗黒大陸から出れません。だから私の家に来ることができない夫なのです。」

 つまり破壊神ドノヴァンと人間たちとの取り決めのためにレイラと火龍の夫婦は引き裂かれたのである。
 ギュリアスはそんなレイラのことを哀れに思って尋ねた。

「おさみしくはありませんか? レイラお嬢様。
 私にできることがあるならば何でもおっしゃってください。私はあなたの忠実な下僕げぼく。レイラお嬢様の憂いを解いて差し上げます。」

 ギュリアスは母のように慕うレイラのためになりたくて、つい口走ってしまった。それがどんなに恐ろしいことかギュリアスは知らなかったからだ。
 レイラは、ギュリアスの目を見つめながら、こういった。

「何でもと言いましたね。ギュリアス。」
「では、わが父のかたきにして、にっくわたくしの夫を殺してください。」

 まさかの返答にギュリアスの頭の中は真っ白になった。


「いいですか? ギュリアス。わたくしの夫を殺すのです。」
 レイラは恐ろしい命令をギュリアスにした。それは呪いの発動を意味する。この屋敷で暮らす条件としてギュリアスには魔法の首輪をつけられている。レイラの命令に従わねば、魔法の首輪に絞殺されてしまうのだ。

「ギュリアス。今の火龍は、今から1300年前に私の父を殺して、その火袋ひぶくろを食して火龍となったエルフの勇者です。
 そのエルフの勇者は万の軍勢を率いて私の父を殺し、火龍となった後は、人々を殺したのです。先代火龍の娘であった私は、強制的に妻にされました。
 破壊神ドノヴァン様が不可侵の条約を締結するまで私は凌辱りょうじょくされる日々を過ごしたのです。
 私はドノヴァン様が不可侵の条約を締結されたあとに、この大陸に逃げてきたのです。」

 レイラの話は、ギュリアスの想像を超えるものであった。しかし、ひとつどうしても気になることがあった。
 それは、エルフが火龍になったという話だ。
 本当にそのようなことができるのだろうか? 自分にも可能なのだろうか? 
 ギュリアスは疑問に思って尋ねた。

「もちろん、可能ですよ。龍のシンボルとなる内臓を食らえば、その種族の龍となるのです。火龍ならば火袋。毒龍なら毒袋を食らえば、生まれは人間でも龍となることができるのです。
 その火袋はあなたにあげます。それがあなたへの報酬にもなりますね。」

 ギュリアスは、その話を聞いて自分も強大な力を手にすることが出来るのかと思った。しかし・・・

「ただし・・・」とレイラは付け加える。
「ただし龍のシンボルは猛毒です。毒を制して我が肉とするには大量の魔力が必要なのです。しかし、ギュリアス。お前の魔力では火袋を口にしたところで火龍になるまえに毒に犯されて死ぬでしょう。」

 それを聞いて少しギュリアスは自分の魔法適性のなさを嘆いてしょんぼりした。
 だが、しかし・・・エルフの勇者は火龍となれたのは・・・?
 ギュリアスの頭にそんな疑問が生じたのを察したのかレイラは続けてこう言った。

「エルフの勇者は私以上の魔法の使い手でした。だから、エルフの身でありながら火龍となれたのです。」

 ギュリアスは目をむいた。レイラは魔法を極めていたからだ。
 これまで何百年も人間と戦っても破ることが出来なかったのはレイラの強力な魔法のためだった。レイラは、ほんの数分呪文を唱えただけで契約した精霊を召喚して千の軍勢を作り出せたし、死んだ人間の兵士の肉体に怨霊を憑依させてアンデッドの軍勢を作り出すこともできたし、火を吐けば鉄をも溶かしたからだ。
 そんなレイラよりも上位の魔法使いに勝てることが出来るのだろうか?

 しかし、魔法の首輪に首を絞められているギュリアスには選択の余地はない。それどころろか「どうせ死ぬなら、レイラお嬢様のために戦って死んでやるか!」ぐらいの気持ちになってきた。

 レイラの命令はこれまでギュリアスに要求したことがない無慈悲な仕打ちに思える。しかし、これには理由があってのことだった。レイラは、石の椅子に腰を掛けると事情を説明しだした。

「ギュリアス。お前は力がない。しかし、それでもお前は火龍を打ち破るでしょう。いえ、お前以外のだれにも奴を倒すことはできないのです。」
「今から200年前のことです。私は、冥界の神ロー・ギー・ヌー様の神託を授かったのです。」
「夜空も月も朱に染まる悲しみの夜に悲しみの森を歩く者こそが、お前の願いをかなえるであろう、と。」
「それから私は200年待ちました。預言の子が来ることを。そして、お前に会ったのです。お前と会った日の夜は、確かに夜空が朱に染まっていたのです。」

 つまり、ギュリアスが商業都市や野に火を放った夜のことであった。大火たいかは、夜空を赤く照らしたのだった。

「ギュリアス。お前は預言の子にして私を解き放つ者です。さぁ、どうか、火龍を殺してきてください。」

 レイナから予言の話を聞くと、不思議なことにギュリアスの体には、力と勇気がみなぎってきた。ギュリアスの緑の瞳が力強く光ったのを見てレイラはギュリアスが火龍と戦うための秘術と魔法の武器を授けた。
 レイラは、まず魔法の指輪をギュリアスに授けた。

「これは土の精霊の貴族バー・バー・バーンとの契約の指輪。これを使えば魔法がからっきしなお前にもバー・バー・バーンの力を借りることが出来ます。」
「地面を三回叩いてから『おきなおきな。指輪の主の話を聞いておくれ』と、唱えなさい。するとバー・バー・バーンが現れて、一日のうちに3回だけ願いをかなえてくれるでしょう。」
 ギュリアスは、魔法の指輪を手に入れた。

 レイラは次に千里を駆けても疲れない不思議な靴をギュリアスに与えた。
「これは天井に住むワヌギヌスという神鳥しんちょうの羽を編み込んだ魔法の靴。お前が両方の踵を空中で叩きならすと少しの間、空を飛ぶことが出来るでしょう。」
ギュリアスは、神鳥の靴を手に入れた。

 それから、レイラは火龍の弱点を教えた。
「良いですか? ギュリアス。
 火龍の弱点は喉の中にあります。お前は火龍の首を上から3分の1のところを三回刺してから、3回『アッダー、ラー・ラー・ラー、ホドリエド、ラドリクエ 《火の精霊よ。外へ外へ外へ。隠し事はもう終わり》』と唱えなさい。
 そうすると火龍の首の傷は自然と開き、火袋を見せるでしょう。お前がそれを切り取れば、火龍は死にます。」
 
 いつだったか前にギュリアスはレイラから聞いた。「複雑な術式に守られた封印ほど、神代の言葉の呪文に敗れる。」と。そして今、教えてもらった呪文こそが神代の言葉の呪文なのだとギュリアスは知った。

 最後にレイラは一番重要な忠告をした。

「いいですか? お前は魔力が低い。だから火龍の毒には耐えられません。だから火袋は、3分の一だけ食しなさい。それだけでも人外の異能を授かるでしょう。火に焼かれぬ体と鉄で敗れぬ体。そして長寿を授かるでしょう。」
「しかし、それ以上食べると、お前の魂は火の国の王に捕らえられて、永遠に燃え続ける火球ひのたまになってしまいますからね。決して、火袋を3分の一以上、食してはいけませんよ。」
 レイラはギュリアスに念を押すように3回
「いいですね? 決して火袋を3分の1以上食べてはいけませんよ。」、と言い聞かせた。
 ギュリアスは、大きく頷いてそれを誓った。

 そして、その夜。二人はベッドで最後の夜を過ごしたのだった。
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