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導入部 語り部の老婆はその世界の事を話し始めた

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 一人のかたの老婆が新たに自分の家にとついできた娘に一つの神話を話して聞かせた。
 神話はその民族の歴史であり、出自しゅつじの誇りであり、人が生きていく上で犯してはならない禁忌きんきを教える為でもあった。これを後世まで語りつむぐのが語り部の仕事である。そうして、この新たに嫁いできた嫁も今日から家業かぎょうである語り部の仕事を教育されるのだった。

 老婆は椅子に嫁と息子を並べて座らせると、今日教える神話の大切さを説明した。

「それでは、昔語りをはじめようか。
 いいかい、よくお聞き。今から話す物語は決して作り話ではないし、荒唐無稽こうとうむけいな伝説でもない。
 本当にあった真実のお話だ。
 そして、今を生きている人間たちが過去に犯した過ちの歴史でもある。
 今を生きる我々が滅びようとしているのも、多くの人達がこの神話を忘れたのが原因だ。」

 今、我々が滅びようとしている。その言葉とても重い言葉だったので、老婆の息子とその嫁はハッとした顔で尋ねた。

「それは・・・アムダキスラの大予言に関わる話かい?」

 老婆は黙ってうなずいて答えた後、「では、語り始めようか。我々人間が滅びる理由となった神話を・・・。」と、前置きをし、神話を語り始めた。
 

『昔々、とても昔の話。
 どれくらい昔の話かと言うと永遠にハチミツが湧き出す天の湖のハチミツを、魔神が大穴の空いたバケツで全てき出すまでにかかる時間ほど現在から過去にさかのぼった昔の話だ。

 その頃の世界でも今と同じように戦争が絶えることなく続き、世界の多くが戦火に焼かれ、多くの民が苦しみあえいでいた。
 そんな時代。世界の東の地に一柱ひとはしらの魔王様が生まれになられた。
 魔王様のお名前は「龍王ドノヴァン」。
 神々こうごうしいそのお名前の通り、全ての龍の王にして破壊をもたらすもの。だから魔王様は、お生まれになってすぐに世界に破壊を与えた。

 火龍は、魔王様の命ずるままに大地を焼き払い
 水龍は、魔王様の命ずるままに大地を水に沈め
 土龍は、魔王様の命ずるままに大地を掘りつくし
 風龍は、魔王様の命ずるままに大地を風で薙ぎ払い
 氷龍は、魔王様の命ずるままに大地を氷漬けに
 毒龍は、魔王様の命ずるままに大地を毒で犯しつくした。
 
 世界にきとしけるものは、住処すみかを奪われ大陸の果てに追いやられた。
 その時になって初めてこの世界の全ての王国、全ての種族は手に手を取り合い一致団結して、一つの王国「リトリ=ラ=ド=アクラ」を作り魔王様と戦う覚悟をしたのだ。

 魔王様は、世界が統一されるのを確認すると、リトリ=ラ=ド=アクラの国王を呼びつけ、1000年の不可侵をお約束なされた。
 そして、今の平和を守り今後は世界に戦乱を起こさぬようにと、リトリ=ラ=ド=アクラの国王に固く申し付けてから、1000年の長いお眠りにつかれた。
 皮肉なことに世界に平安が訪れたのは、これが初めてのことだった。
 ゆえに魔王様はこの時、平安をもたらす破壊神ドノヴァンとしてもあがめられるようになったのだよ。

 しかし、魔王様が1000年の眠りから覚めるその時まで、人々は争わずにはいられなかった。
 魔王様がいたからこそ、一致団結できていたのだから、魔王様がいなくなれば世界が再び戦火に包まれるのは当たり前のことだった。
 リトリ=ラ=ド=アクラで団結していたはずなのに、いつしか人族、妖精族、魔族などいくつかの勢力に分かれて、いがみ合い殺し合った。
 さらに同種族同士でも殺しあうようになっていった。

 そうして、やがて時は過ぎて魔王様がお目覚めになるまで最早もはや、あと50年というところまで来てしまった。
 世界の人々は今頃になって約束を守らなかったことを悔い、破壊神である魔王様がお目覚めになられることに恐れおののいている。

 ”きっと、魔王様は、約束を破った我々をお許しにはならないでしょう“
 ”きっと、破壊神様は我々に罰を与えて滅ぼしになられることでしょう“
 ”恐ろしい、恐ろしい“
 
 と、人々は己の愚かさを悔やんだのさ。
 だと言うのに、未だに我々は争いを止められぬ。この伝説を信じぬ者達さえ出る有り様だ。

 しかし15年前、破壊神ドノヴァン神殿最高位の神官が予言した。

 「これよりおよそ30年ののち、7つの山と7つの湖に囲まれた神殿に聖者せいじゃが降り立つとき、破壊神ドノヴァン様の魂は天に登り、世界は元の姿に帰るであろう」と。
 人々はこの予言を喜び、予言した神官の名を取って「アムダキスラの大予言」と呼んで崇め、聖者の来る日を待った。
 そしてアムダキスラの大予言から15年が経った。
 きっと、もうすでに世界のどこかに予言の聖者はお生まれになっていることだろう。
 我々は、その聖者様が現れたときに力添えできるように準備しなくてはいけないと、広く語り続けることが、この物語の目的なのだ。」


 老婆はそこまで語ると一息ついて紅茶をすすった。
 老婆の息子もその妻もアムダキスラの大予言の存在と、その予言に関わる神話の話を聞いて疑問に思った。
 「予言の聖者様は、今、どこにおられるのだろうか? 本当に世界を救って下さるのだろうか?」と。
 そして、この世界でこの神話を知るもの全てが、その聖者はさぞかし高貴な生まれ育ちの御方なのだろうと勝手に思い込んでいた。
 それは、まぎれもなく勝手な思い違いであるとも知らずに・・・。 
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