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第11話 縛り付けたくないし 甘やかしたい
しおりを挟むその夜、私は自分の部屋で恋愛小説を読んでいた。
読んでいてときめくシチュエーションがあれば教えて欲しいと言われているからだ。
「これはやってみたいかもしれないなあ」
呑気に呟いているとシュリアス王子が入ってきた。いつもは廊下から入ってくるというのに、初めてシュリアス王子の部屋と繋がっている扉から入ってきた。
ノックもせずに私が座っているテーブルに向かってつかつかと歩いてくる。
「おかえりなさい」
シュリアス王子の顔は能面のように表情がなく、私が食べているクッキーの皿を取り上げた。
「このクッキーは誰からもらったの?」
「……王妃からです」
「医師を呼ぼう」
「なぜですか?」
「毒が入っていたらどうする?」
「大丈夫ですよ、このクッキーもう十枚食べてしまいました。何も起こりません」
「念のため調べさせる」
想像以上に過去の問題が深刻だったことに気づく。安易に王妃の名前を出すのではなかった。
「不安なら調べていただいても大丈夫です。でも今は症状はありませんよ」
「ではこれを飲んでくれるか。毒を消す効果のある調合薬だ。今症状がないのであればこれでも大丈夫だから」
「わかりました」
私はシュリアス王子が持っていた小さな錠剤を食べた。
「すみません。許可なく王妃を部屋に招いてしまいました」
王子は慌てて部屋に来た。この部屋に王妃がきたことは知っているはずだ。
王妃たちと顔を合わせたくない、気まずい程度だと思ってしまっていた。
だけど王妃のいうとおり、シュリアス王子には呪いのような愛が深く残っている。
「……僕こそすまない。どうかしていた。君に理由も何も話さずにこんな真似……」
シュリアス王子の顔は青く、唇は震えている。
「ごめんなさい。実は王妃から少しだけ聞きました。離れの理由を」
「そうか。僕は母と同じことをしてしまっているね」
彼は右手で自分を顔を覆った。
「リルアがどこかに行ってしまうと思ったら怖くて……」
「ここにきていただけますか」
私は立ちあがるとソファに移動して、王子を手招いた。
シュリアス王子は大人しく私の隣に座る。
「一つだけ知っていて欲しいんですが。私は王家の婚約者になったつもりはないんです。
最初はちょっと強引すぎましたけど、今はシュリアス王子と一緒にいるのはけっこう楽しいと思っています」
「リルア……」
「私一応貴族ですが、ほとんど庶民で王妃や王子たちの顔も知らなかったくらいなのです。
なので正直王家のひとたちと付き合わなくても全然いいです」
シュリアス王子は私の言っている意味がわからないようで、こちらをじっと見ている。
「ええと、つまり。シュリアス王子が嫌なら、王家と関わらないでもいいですよ。職場は好きなので辞めたくないですけど、いままで私の人生に王家なんて全く関係なかったので」
「……はは、なんだ、それは」
シュリアス王子の表情がやっと柔らかくなって少し安心する。
「でも僕はリルアのことを縛り付けたくない、と思っている。リルアは本当は嫌なんだろう、束縛とか」
「まあそうですね。でも本当に王家に関してはいくらでも規制してもらってもいいですよ」
「王城に住んでいて、そんなことを言うのは君くらいだろうな」
シュリアス王子の言葉が少しだけ震えて、私に重ねられた手は少しだけ冷たい。
「僕の婚約者が君で良かった」
「ああ、そうだ。恋愛小説を読んでトキメキを探せと仰っていましたね。やってみたいものがあるんですが、いいですか」
「もちろん」
「では、私の膝に頭を乗せてもらえますか」
私は自分の膝を軽く叩いて、頭を乗せるように促す。
シュリアス王子は困惑しつつも、私の膝に頭を乗せてくれた。
「これは? かなり恥ずかしいのだが」
「膝枕です」
私はシュリアス王子のさらさらの髪の毛に指を差し込む。
「これは?」
「前からこの細くて柔らかい髪の毛を梳いてみたいと思っていたんですよね」
「………そうか」
シュリアス王子のつむじしか見えないけれど、耳が赤いので喜んでもらえているということにする。
「これは、リルアがときめく、ではなく、僕がときめいてしまうのではないか?」
「そうとも言います。でも私もいい気分です」
「なんだそれは」
「今はシュリアス王子をちょっと甘やかしてみたくなったんです。どうですか」
「…………」
「喜んでもらえたようで何よりです」
恋愛小説でトキメキ大作戦もたまには成功するみたいだ。
・・
私はちょっと思い上がっていたのだと思う。そして焦っていた。
夜会の日にちが迫っていて、素晴らしいとまで思われなくても王子の評価は下げたくなかったし。
仕事は任せてもらえることが増えてすごく楽しかったし。
王子とも少しずつうまくやれていると思っていたから。
「ちょっと疲れてるんじゃないかしら? 明日は休んでもいいわよぉ」
一日の仕事を終えると、アニータさんが私の肩を優しく叩いた。
「本当にすみません」
「謝ってほしいわけじゃないのよ。体調を心配してるの」
アニータさんの笑顔が、今は胸に突き刺さる。
仕事後、ティムさんがつくってくれていたまかないを皆で食べ終わったところだった。
「本当にごめんなさい……」
「気にしないでくださいよ!」
「良かったら、これ飲んで」
エイダも針子おばちゃんも、私を気遣ってあたたかいお茶を淹れてくれた。鼻の奥がつんとする。
ここ数日の私の仕事はひどかった。
ドレスを利用する日を間違ってメモをしてしまって、危うく大事な日に間に合わないところだった。
ドレスを破ってしまった。(アニータさんが飾りをつけて、元のデザインよりも素敵にしてくれたけれど)
お金を多く受け取ってしまい、自宅まで返しに行った。
……などなど酷い有様だ。
「迷惑だ」
端の席に座るセシルの硬い声が響いた。
「アニータさんが言わないから、僕が言う。君のミスは酷い。誰も言わないだけで君が気づいていないミスがいくつもあった」
「それは本当にちょっとしたことだったわよ。リルアだけじゃなくて、私だって毎日してしまうことよ」
「そういう問題ではありません。いつかこのミスは命取りになる。ここのドレスはすべて一点物で、令嬢たちの夢が詰まっているものだ。今までは致命的なことにはならなかったけど、このままではいつか取り返しのつかないことが起きる」
場が静まり返る。
エイダと針子おばちゃんが困ったように、私とセシルの顔を交互に見つめる。
セシルの言葉はすべて正論で、私は言い返すことなどできない。ただ自分がふがいない。
「リルアは今環境も変わって疲れがたまってるのよ」
「じゃあ辞めればいいだけじゃないですか? 王子の妻なんて金にも困ってないだろ。道楽で店の評判落とされても困るだけだ」
「セシル」
「毎日、送り迎えに大袈裟な騎士も来て何様? あのせいでこの店は変な噂までたっている」
「……そ、そうだったのですか」
私は顔を上げて皆をみるけど、誰も否定はしてくれなかった。
私が気づかないうちに、店に迷惑をかけてしまっていた。
「本当に申し訳ございません」
「リルア。私は迷惑をかけられたと思っていないのよ、でも本当にあなたの身体は心配なの。最近きちんと眠っている?」
「…………」
「ドレスを破ったくらいならどうにでもなるわ。でも貴女が大けがをしてしまったり、倒れてしまったらどうする?」
アニータさんは私のために真剣に語りかけてくれる。
「しばらくお店は休みなさい。いい? わかってほしいのは、迷惑だからではないってこと」
「……わかります、ありがとうございます」
「一度ゆっくり休んで、リルアの顔が元通り柔らかいふわふわの可愛い顔に戻ったら、また会いましょう」
「そうですよー、リルアの顔最近ゲッソリしていたんですよ!」
「王子はその顔に気づかないのか? お前本当にその男でいいのかよく考えろよ」
セシルは私を睨むと、二階に上がって行ってしまった。
「セシルも意地悪で言っているわけじゃないのよ、心からあなたを心配してる」
「そうそう、リルアの顔色の悪さを一番に気づいたのはセシルでしたからねー」
「ほんとうに、ゆっくりね」
おばちゃんが両肩を叩いてくれて、私はもう一度お礼と謝罪をしてからアニティムを出た。
「うわっ! びっくりしましたよ」
アニティムの前には騎士だけでなく、シュリアス王子が立っていた。
「どうしたのですか」
「迎えに来たよ」
シュリアス王子は私の手首を掴むと、歩き始めた。
慌てて騎士たちが私たちの周りを囲い込んだ。
シュリアス王子の顔はなんだか思い詰めているようで、手首も痛い。
王妃様や王子たちと何かがあったのだろうか。
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