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エピローグ

新しい物語はここから

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「うわー、なんか懐かしすぎて涙出てきたあ」

 大袈裟に香菜がため息をつくと、隣の由梨が「大げさだなあ」と言いながらグラスの氷をかき混ぜた。

「でもこの空気ほんと懐かしいかも」
「雫はわかってくれますかー!」
「まあ、嬉しさはある」

 由梨も同意すれば、香菜はぱっと顔を明るくする。
 そんな二人を見ながら、くまのはちみつミルクティーを口に含むと、優しい甘みが広がった。
 
 ――クリスマスが終われば、あっという間に年は明け、気づけば春になっていた。

 私たちは二年に進級して、新学期が始まって一週間が過ぎた。そして今日は久しぶりに三人で集まって、カフェでお茶をしている。
 
「まさか全員バラバラになるなんてね」

 クラスが分かったときの香菜の悲壮感に溢れた顔を思い出して私たちは笑った。

「香菜はクラス全員もう友達って言ってなかった?」

 由梨の言葉に頷く。持ち前の明るさで、周りを巻き込んでいく香菜は新しいクラスでも友達に囲まれてる。

「仲良くはやってる。でもさあ、ここが私にとってホームだから」
「あはは、なにそれ」

 由梨は突っ込むけれど嬉しそうに見える。それは私も同じだ。

「鍵屋ともクラス離れちゃったけど、雫はどうよ?」
「……たぶん普通」
「恋愛の隠し事はなしって言わなかったっけ」

 いたずらっぽく笑うのは由梨だ。
 
「時々一緒に帰ってるよ。土日も遊んだりしてる」
「いいなあ。私も次は同級生がいいな。放課後デートとか憧れるし」

 冬が終わる頃に大学生の彼と別れた香菜は唇をとがらせてから、目を細めた。

「でも三組にちょっといいなって思ってる人がいて」
「展開早いな?」
「聞かせて、聞かせて」

 会話が滑らかに進んでいく。香菜の言う”ホーム”の意味がわかる。
 新しいクラス特有の空気感をうまく泳げるように今は必死で、こうして肩の力を抜いていられる場所は貴重だった。
 
「今日楽しかったから明日からやだー。まだ火曜日だし」

 新クラスの楽しいことを語り続けていた香菜がテーブルに突っ伏す。

「あ、そうだ。じゃあバイトやらない? 二人とも」

 嘆く香菜に由梨が提案した。
 
「うちの居酒屋、春にごっそり人が辞めちゃって。人手不足なんだよね、どう?」
「いいね! 二人と一緒にいられる時間最高。由梨のバイト先ってどこの駅だっけ」

 由梨がスマホで居酒屋の情報を検索し、私たちに見せてくる。

「私は大体水、金、土に入ってる。バイト希望するなら、私から店長に言っておくし」
「おねがい!」
 
 香菜が即座に希望して、二人が私を見る。
 ……どうしよう。
 二人の話が進む間、必死で頭をフル回転させていた。

 バイト、には興味がある。三人で一緒にいられる時間は、今すごく貴重で大切なものだ。
 ここで断ってしまえば、二人と溝ができてしまって、このまま関係が自然消滅してしまうかもしれない。
 だけど、香菜のバイト先の居酒屋は私の家とは反対で少し通いづらそうだ。いや、頑張れば通えない距離でもない。
 ただ金曜日は塾を始めてしまったし、水曜日は……。土曜日だけならいけるだろうか。

「雫はどう?」
「まかないもけっこう美味しいよ」
 
 二人は私が頷くのをきっと待っている。

「……せっかくだけど、ごめん。通うのが難しそうなのと……水曜と金曜は予定があるんだよね」

 恐る恐る口に出す。俯きそうになるけれど、顔を上げる。
 
「そっかー、残念」
「てか香菜も採用されるかわかんないけどね」
「水曜と金曜なに? 鍵屋とデートの日?」

 二人の表情は、特別に変わらなかった。

「違うよ、塾はじめたの! それから図書委員があるから」
「今年も図書委員やってんのかあ」
「香菜が正式に採用されたら、鍵屋とご飯食べにおいでよ」
「居酒屋なのに高校生もいいの?」
「ファミリーも多い店だからね。早い時間なら普通のご飯屋さんってかんじだよ」

 由梨が財布から一枚のクーポンを差し出す。

 ぽん、ぽんと。ボールが弾んでいくように会話が進んでいく。
 自分の意見をひとつ投げて、それが真っすぐ返ってくる。それになぜだか涙がにじみそうになる。

「……ありがとう」
「クーポンで、大げさだなあ」

 由梨が「大げさ」というのは照れ隠しかもしれない。そんなことに気づいて、また頬が緩む。

 日常は大きく変わらない。
 私はまだまだ自分の意見を言うのは怖いままで、新しいクラスでは緊張してばかりいる。
 だけど変わらないことが続くからこそ、安心できる場所も増えていく。
 
 灰色の世界のなかに、少しずつ色づく場所が増えていく。


**


 西日が差し込む図書館の空気が好きだ。日に照らされて塵がキラキラと輝きだすこの時間が。

「今日はよろしくね」
「よろしくね、山本さん」

 山本さんともクラスは離れてしまったけれど、水曜日の図書委員に山本さんも加わった。
 秋と冬に駆と作戦会議をした場所で、今は山本さんとLetterの話をしているのは少しだけ不思議な気分だ。

「そういえば今日鍵屋くん体育の時間に転んでたよ」
「あー、それでか」

 廊下ですれ違った駆の膝に大きな絆創膏を貼ってあったことを思い出した。

「ということで、今夜は絆創膏で150文字ね」
「ジャンルは?」
「恋愛でもなんでも」
「おっけー」

 ポケットから小さな手帳を取り出してお題を書きこむ。山本さんの真似をした手帳はこういった時に大いに役立つのだ。

「……そして、いよいよ今日だね」

 私が大きく息を吐き出すと

「もうその話はやめよう。あえてしなかったのに……!」
「あと二時間くらいだね……」

 言葉に出すと、鼓動が早くなるのを感じる。
 ……今日は、Letterのコンテストの結果発表の日なのだ。十八時から公式アカウントで発表があると言われている。

「私その時間、塾に向かう電車だ……」

 山本さんは私より深い息を吐いた。

 

 



 


 
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