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5.白く輝く

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 私たちが訪れたイルミネーション会場は、シーズン以外は季節の花を楽しむ大型の公園だ。
 点灯前後は混み合うし、せっかく行くなら公園も楽しもう!と少し早めに会場入りした。

 冬に咲いている花もあるし、年中花を咲かせている温室もある。それらを見て150文字を考えるのも楽しい。

「これはアイスチューリップだって」
「へえ、チューリップって冬にも咲くんだ」

 可愛らしい色と形のチューリップは春に咲いているものとほとんど変わりがない。チューリップ花壇のすみには小さな看板がたっていて、理由が説明してある。

「外よりももっと冷たいところで保存しておいて、春と勘違いさせるんだって」
「しかも普通より長く咲いてられるんだ」
「私チューリップ好きだな」
「ここ春もチューリップで有名らしい」

 駆が入口でもらったパンフレットを見せた。おすすめの時期が書かれていて、チューリップ以外にもネモフィラ畑やひまわり畑。それぞれの時期にそれぞれ魅力的な花がある。
 ……秋と冬だけじゃなくて。春と夏も駆と一緒に過ごすことができれば。
 そんな未来を望んでもいいんだろうか。

「俺アジサイ好きなんだよな。アジサイもいいな」
「また来たいな」
「一緒にいこうよ」
「うん」 

 今日で〝オトとキイの物語〟は終わって、私たちは一緒にいる意味はなくなる。
 だから約束とはいえないほどの小さな不確かな約束でも嬉しい。

「そういや雫に報告」

 報告、という言葉に胸が跳ねる。
 ……まさか、恋人ができたとか? いや今次約束したばかりだしそれはない? じゃあ――。

「悪い報告じゃないから」

 私の表情の変化に気づいたらしい駆が笑った。心の中でおしゃべりなのは全部お見通しだ。

「俺、親に見せたんだ〝オトとキイの物語〟。一応啓祐の話使っちゃってるし。キレられる覚悟もあったんだけど、親感動してめっちゃ泣いてたわ。啓祐の文章が世に出た!って。ただのSNSなのにな」
「そうなんだ、ご両親嬉しかったんだね」
「それで、もう一回相談するらしい。啓祐の幻の受賞作を世に出せないかを出版社に」
「えっ」

 私の小さな驚きに駆は笑みをこぼして、嬉しそうな声で続けた。

「前回ナシになったときは親が反対してたらしい、啓祐の文章が少しでも変わるのが嫌だって。でもなんか俺のを読んで、こだわりすぎてたことに気づいたとかなんとかで」
「じゃあ鍵 音太郎先生のお話が出版されるんだね!?」
「んー? まああれから一年たってるし無理かもしれないけど。でもいい形になればいいなとは思ってる」
「そうだね。お兄さんのお話、読んでみたいなあ」

 前向きな展開に私も笑みがこぼれた。

「雫のおかげだよ、ありがとう」
「私のおかげ?」
「うん。こうやって〝オトとキイの物語〟始められたのは雫が喝いれてくれたから」
「か、喝? いれたっけ」
「うん、かなり必死でいれてくれたよ」

 駆はからからと笑った。あの日、駆がお兄さんのことを打ち明けてくれた日。私はやたらムキになって、一緒に物語を作ろうと言ったんだった。

「ずっと誰にも言えなかった話を受け入れてくれるだけじゃなくて、自分のことのように真剣になってくれた」
「あれは自分と駆を重ねちゃって。なんだか放っておけなくて……」
「それで本当に今日物語が完成するんだもんな。――ありがとう」

 駆は目を細めて私を見つめる。恥ずかしいやら、嬉しいやら。くすぐったい気持ちで私も笑った。

「じゃあ私も報告。うちは離婚問題はよくわかんない。だけどお母さんは私に愚痴は言わなくなったし、お父さんは恋人のもとに行ってないのか家に帰ってきてる。弟もちょっと素直になったかも」
「そっかあ」
「前は家にいると息が詰まって仕方なかったんだけど。一時期よりは全然いい」

 冬の風が頬を撫でる、この冷たさが心地いい。前よりずっと空気が美味しく感じる。

「まもなく園内がライトアップします」と園内アナウンスが流れ、だいぶ日が沈んでいることに気づく。園内にいる人も増えてきて、皆そわそわとライトアップのときを待っている。

「そろそろだね」
「あー俺たちの〝オトとキイの物語〟が終わるなあ」
「二カ月半あっという間だったね」
「濃かったけどな」

 駆が白い歯をこぼして笑う。こんな風に誰かと大切な時を過ごせると思わなかった。

「どうなるかな、受賞しちゃったりするか?」
「ふふ、結果は春だって。長いねー」
「受賞したら書籍化だもんな」

 春の私たちはどうしているんだろう。受賞結果に喜んでいるのか、落ち込んでいるのか。でも春も一緒にいられるといいな。

「駆はこれからも小説家目指すの?」
「目指さない」

 駆ははっきりと言い切った。小説家にどうしてもなりたい。必死な顔をしていた駆はもういなくて、柔らかい顔をしていた。

「才能もないしな」
「そうかな? 駆にしかない感性もすごく素敵だと思ったよ」
「でももう書けない! 今回だけでも大変だった! やりきった感がある。……それに小説家になりたいわけじゃなかったことに気づいたから。――俺、啓祐になりたかっただけだった」
「そっか。お兄さんにならなくていいよ、駆は駆がいいよ」
 
 私の呟きに駆は楽しげに笑った。

 駆はお兄さんの座っていた席には座れない、たとえそこが空席でも。
 私も悟の席には座れない、一番になれない。
 でも私たちにもちゃんと椅子はある。自分だけの椅子が。

「小説家にはならない。ま、だからといってやりたいことがあるわけでもないけど。これからのんびり探すよ、俺のことを。そういう雫はどう? 小説家は」
「私もならないよ。私はLetterが好きなだけだから。あ、でもね。Letter部門にも出してみることにしたんだ」
「おーいいね!」

 Letterにも選ばれなかったら、すべてに拒絶されてしまう。そう思って一人では出せなかった150文字。

 だけど、Letterのコンセプトを思い出した。
『あなたの色とりどりの気持ちを教えて。あなたの感情は、どこかの誰かに届く』

 私には届けてみたい気持ちがある。それが評価されなくても、誰かに届かなくても。
 150文字を書くとき、私の中に眠っていた感情に気づくことができるから。
 隠れて泣いていた私の心を、私自身が知ってあげるんだ。


「ちょっと怖いけどね。でも挑戦」
「いいね」

 そしてここに150文字の叫びを、受け入れてくれる人もいる。
 
「あとは今回駆と一緒にやってみて、教えるのも楽しいなあって思った。まだ全然決めてないけど教師もいいかなって」
「え、雫に合ってる。なるべき」
「ふふ。まだわかんないけどね! 他にやりたいこともできるかもしれないし! 選択肢の一つ。でもね。もし本当に教師になるなら一つ決めてることはある」
「なに」
「自由にペアを作らせない」
「あはは」

 駆が笑ってくれる。私の感情を受け止めてくれる。
 君がいるから私は――。 
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