36 / 39
5.白く輝く
6
しおりを挟む私たちが訪れたイルミネーション会場は、シーズン以外は季節の花を楽しむ大型の公園だ。
点灯前後は混み合うし、せっかく行くなら公園も楽しもう!と少し早めに会場入りした。
冬に咲いている花もあるし、年中花を咲かせている温室もある。それらを見て150文字を考えるのも楽しい。
「これはアイスチューリップだって」
「へえ、チューリップって冬にも咲くんだ」
可愛らしい色と形のチューリップは春に咲いているものとほとんど変わりがない。チューリップ花壇のすみには小さな看板がたっていて、理由が説明してある。
「外よりももっと冷たいところで保存しておいて、春と勘違いさせるんだって」
「しかも普通より長く咲いてられるんだ」
「私チューリップ好きだな」
「ここ春もチューリップで有名らしい」
駆が入口でもらったパンフレットを見せた。おすすめの時期が書かれていて、チューリップ以外にもネモフィラ畑やひまわり畑。それぞれの時期にそれぞれ魅力的な花がある。
……秋と冬だけじゃなくて。春と夏も駆と一緒に過ごすことができれば。
そんな未来を望んでもいいんだろうか。
「俺アジサイ好きなんだよな。アジサイもいいな」
「また来たいな」
「一緒にいこうよ」
「うん」
今日で〝オトとキイの物語〟は終わって、私たちは一緒にいる意味はなくなる。
だから約束とはいえないほどの小さな不確かな約束でも嬉しい。
「そういや雫に報告」
報告、という言葉に胸が跳ねる。
……まさか、恋人ができたとか? いや今次約束したばかりだしそれはない? じゃあ――。
「悪い報告じゃないから」
私の表情の変化に気づいたらしい駆が笑った。心の中でおしゃべりなのは全部お見通しだ。
「俺、親に見せたんだ〝オトとキイの物語〟。一応啓祐の話使っちゃってるし。キレられる覚悟もあったんだけど、親感動してめっちゃ泣いてたわ。啓祐の文章が世に出た!って。ただのSNSなのにな」
「そうなんだ、ご両親嬉しかったんだね」
「それで、もう一回相談するらしい。啓祐の幻の受賞作を世に出せないかを出版社に」
「えっ」
私の小さな驚きに駆は笑みをこぼして、嬉しそうな声で続けた。
「前回ナシになったときは親が反対してたらしい、啓祐の文章が少しでも変わるのが嫌だって。でもなんか俺のを読んで、こだわりすぎてたことに気づいたとかなんとかで」
「じゃあ鍵 音太郎先生のお話が出版されるんだね!?」
「んー? まああれから一年たってるし無理かもしれないけど。でもいい形になればいいなとは思ってる」
「そうだね。お兄さんのお話、読んでみたいなあ」
前向きな展開に私も笑みがこぼれた。
「雫のおかげだよ、ありがとう」
「私のおかげ?」
「うん。こうやって〝オトとキイの物語〟始められたのは雫が喝いれてくれたから」
「か、喝? いれたっけ」
「うん、かなり必死でいれてくれたよ」
駆はからからと笑った。あの日、駆がお兄さんのことを打ち明けてくれた日。私はやたらムキになって、一緒に物語を作ろうと言ったんだった。
「ずっと誰にも言えなかった話を受け入れてくれるだけじゃなくて、自分のことのように真剣になってくれた」
「あれは自分と駆を重ねちゃって。なんだか放っておけなくて……」
「それで本当に今日物語が完成するんだもんな。――ありがとう」
駆は目を細めて私を見つめる。恥ずかしいやら、嬉しいやら。くすぐったい気持ちで私も笑った。
「じゃあ私も報告。うちは離婚問題はよくわかんない。だけどお母さんは私に愚痴は言わなくなったし、お父さんは恋人のもとに行ってないのか家に帰ってきてる。弟もちょっと素直になったかも」
「そっかあ」
「前は家にいると息が詰まって仕方なかったんだけど。一時期よりは全然いい」
冬の風が頬を撫でる、この冷たさが心地いい。前よりずっと空気が美味しく感じる。
「まもなく園内がライトアップします」と園内アナウンスが流れ、だいぶ日が沈んでいることに気づく。園内にいる人も増えてきて、皆そわそわとライトアップのときを待っている。
「そろそろだね」
「あー俺たちの〝オトとキイの物語〟が終わるなあ」
「二カ月半あっという間だったね」
「濃かったけどな」
駆が白い歯をこぼして笑う。こんな風に誰かと大切な時を過ごせると思わなかった。
「どうなるかな、受賞しちゃったりするか?」
「ふふ、結果は春だって。長いねー」
「受賞したら書籍化だもんな」
春の私たちはどうしているんだろう。受賞結果に喜んでいるのか、落ち込んでいるのか。でも春も一緒にいられるといいな。
「駆はこれからも小説家目指すの?」
「目指さない」
駆ははっきりと言い切った。小説家にどうしてもなりたい。必死な顔をしていた駆はもういなくて、柔らかい顔をしていた。
「才能もないしな」
「そうかな? 駆にしかない感性もすごく素敵だと思ったよ」
「でももう書けない! 今回だけでも大変だった! やりきった感がある。……それに小説家になりたいわけじゃなかったことに気づいたから。――俺、啓祐になりたかっただけだった」
「そっか。お兄さんにならなくていいよ、駆は駆がいいよ」
私の呟きに駆は楽しげに笑った。
駆はお兄さんの座っていた席には座れない、たとえそこが空席でも。
私も悟の席には座れない、一番になれない。
でも私たちにもちゃんと椅子はある。自分だけの椅子が。
「小説家にはならない。ま、だからといってやりたいことがあるわけでもないけど。これからのんびり探すよ、俺のことを。そういう雫はどう? 小説家は」
「私もならないよ。私はLetterが好きなだけだから。あ、でもね。Letter部門にも出してみることにしたんだ」
「おーいいね!」
Letterにも選ばれなかったら、すべてに拒絶されてしまう。そう思って一人では出せなかった150文字。
だけど、Letterのコンセプトを思い出した。
『あなたの色とりどりの気持ちを教えて。あなたの感情は、どこかの誰かに届く』
私には届けてみたい気持ちがある。それが評価されなくても、誰かに届かなくても。
150文字を書くとき、私の中に眠っていた感情に気づくことができるから。
隠れて泣いていた私の心を、私自身が知ってあげるんだ。
「ちょっと怖いけどね。でも挑戦」
「いいね」
そしてここに150文字の叫びを、受け入れてくれる人もいる。
「あとは今回駆と一緒にやってみて、教えるのも楽しいなあって思った。まだ全然決めてないけど教師もいいかなって」
「え、雫に合ってる。なるべき」
「ふふ。まだわかんないけどね! 他にやりたいこともできるかもしれないし! 選択肢の一つ。でもね。もし本当に教師になるなら一つ決めてることはある」
「なに」
「自由にペアを作らせない」
「あはは」
駆が笑ってくれる。私の感情を受け止めてくれる。
君がいるから私は――。
18
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
天ヶ崎高校二年男子バレーボール部員本田稔、幼馴染に告白する。
山法師
青春
四月も半ばの日の放課後のこと。
高校二年になったばかりの本田稔(ほんだみのる)は、幼馴染である中野晶(なかのあきら)を、空き教室に呼び出した。
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!
佐々木雄太
青春
四月——
新たに高校生になった有村敦也。
二つ隣町の高校に通う事になったのだが、
そこでは、予想外の出来事が起こった。
本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。
長女・唯【ゆい】
次女・里菜【りな】
三女・咲弥【さや】
この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、
高校デビューするはずだった、初日。
敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。
カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!
自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話
水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。
そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。
凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。
「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」
「気にしない気にしない」
「いや、気にするに決まってるだろ」
ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様)
表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。
小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。
どうしてもモテない俺に天使が降りてきた件について
塀流 通留
青春
ラブコメな青春に憧れる高校生――茂手太陽(もて たいよう)。
好きな女の子と過ごす楽しい青春を送るため、彼はひたすら努力を繰り返したのだが――モテなかった。
それはもうモテなかった。
何をどうやってもモテなかった。
呪われてるんじゃないかというくらいモテなかった。
そんな青春負け組説濃厚な彼の元に、ボクッ娘美少女天使が現れて――
モテない高校生とボクッ娘天使が送る青春ラブコメ……に見せかけた何か!?
最後の最後のどんでん返しであなたは知るだろう。
これはラブコメじゃない!――と
<追記>
本作品は私がデビュー前に書いた新人賞投稿策を改訂したものです。
曙光ーキミとまた会えたからー
桜花音
青春
高校生活はきっとキラキラ輝いていると思っていた。
夢に向かって突き進む未来しかみていなかった。
でも夢から覚める瞬間が訪れる。
子供の頃の夢が砕け散った時、私にはその先の光が何もなかった。
見かねたおじいちゃんに誘われて始めた喫茶店のバイト。
穏やかな空間で過ごす、静かな時間。
私はきっとこのままなにもなく、高校生活を終えるんだ。
そう思っていたところに、小学生時代のミニバス仲間である直哉と再会した。
会いたくなかった。今の私を知られたくなかった。
逃げたかったのに直哉はそれを許してくれない。
そうして少しずつ現実を直視する日々により、閉じた世界に光がさしこむ。
弱い自分は大嫌い。だけど、弱い自分だからこそ、気づくこともあるんだ。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる