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4.黒の消滅
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しおりを挟む「本当にどうしようかな」
最寄り駅の椅子に座って私は呟いた。ポケットにスマホが入っているだけ。防寒具もない冬の夜にはブレザーだけだと心もとない。
時刻は八時。制服を着ていてもまだ許される時間だ。電子マネーの残高もある。街まで出て適当に安価な服でも買って今日はカプセルホテルにでも泊まろうか。でも高校生でも泊まれるのだろうか、無理かもしれない。
変に冷静な考えに小さく笑ってしまう。頭はまだ混乱していて家に帰る気はないのに。
結局二駅分乗って街まで移動した。都会というほどではないが、市の中心駅で服屋やホテルもある。
改札を抜けてロータリーに出ると、まばゆいイルミネーションが目に飛び込んできた。
ロータリーに生えている木々すべてに小さなLEDが張り巡らされていて、大きくはないがツリーもある。私はロータリー内にある公園のベンチに座ってみた。退勤したであろうスーツ姿の人たちは、イルミネーションには目を向けずに足早に駅に吸い込まれていく。
明るくて煌びやかなイルミネーションの中にいると、自分がちっぽけでひどくみじめな存在に思える。
白い息が空中に消えて、冷たいベンチが下半身から身体を冷やしていくことに気づく。
そうだ、服を買わないと。でも買ってどうする?
ホテルに泊まれたとして今日を乗り越えても明日は来る。衝動的に家を出たところでどうしようもない。どこに逃げたらいいのかもわからない。逃げる場所なんてない。
そう、逃げる場所がない。そう思うと赤く燃えていた怒りが灰に変わり途方に暮れる。どこにも逃げる場所なんてない。毎日嫌いな時間の繰り返しで、誰からも必要にされていない灰色の日々。
ポケットの中のスマホが震える。――お母さんからの着信だ。バイブが途切れるとメッセージが届いた。
『どこにいるの? バカなことしてないで早く帰ってきなさい』
お母さんは心配すらしてくれない。
お母さん、私ずっといい子でやってこなかった?
そんな私が感情のまま家を出るなんて、よっぽどなことがあったと思わないの?
……ううん、こんなの勝手な当てつけだ。
でも、心配もしてくれない。私の心情を理解しようともしない。必要とされていない。愛されていない。ああだめだ。心が黒に塗りつぶされていく。
いつもこんな時はどうしていた? ――Letterだ。
雑踏の中でLetterを見ても、そこまで癒やされないことはわかっていた。
それでも助けを求めるようにアプリを開く。タイムラインには好きな言葉が並んでいるから。
だけど――。何も心に入ってこない。
それどころか文章が二重に見える。ぼやけて揺れて、涙もでていないのに視界がおかしくなったみたいにうまく文章を読めない。
同じような気持ちを探そうと黒色の投稿を見ても、何も感じない。共感もしない。何度スクロールしても、何も。
「……やだ、なんで」
私は自分の投稿画面を開いた。今の気持ちを吐き出さないと。文章にすれば少しは気も楽になるはずだ。
【 】
だけど何も浮かんでこなかった。
絶望の黒さえなかったみたいに。私の心はぽっかりと空いてしまって、なんの色もなく透明だった。
どうしよう、どうして。
考えれば考えるほど混乱してしまう。
【苦しい、助けて】
――ようやく打てた言葉は、それだけ。それ以上言葉にもならない。
苦しい、助けて。私がどこにもいないの。誰にも必要とされてなくて、私も私が見えなくなっちゃった。
縋るように、私はその一言を投稿していた。
すぐに、ぴこんとハートが届く。
さっと身体の温度が下がる。しまった、私の大切な居場所であるLetterに生身の気持ちを投稿してしまった。しかもこんな詩にも小説にもならないくだらない呟きを。
震える手で投稿を消そうとする。
……だけど。初めて吐き出した本音だった。私は削除ボタンを押すことができない。
【苦しい、助けて】
私の丸裸の気持ちはこんなにシンプルだったの……?
二つ目のハートが届く。誰かが共感してくれている。こんなどうしようもないつぶやきに。
苦しい、助けて。気持ちの行く場所がわからない、苦しいよ。
次に画面に現れたのは着信画面だった。それは今日会いたくて仕方なかった――駆だ。
どうして駆が……? Letterの投稿を見たんだろうか、数秒悩んでから応答する。
「もしもし雫?」
切羽詰まったような駆の声が耳元に灯り、唇が震える。
私はひどいことを言ってしまったのに。駆の声音はただ私を案じてくれている。
「どうした? 大丈夫?」
いつもの私なら一呼吸おいて言えるはずだ。
『大丈夫』と言えばいいだけだ。いつものように。私の口癖なんだから。
口角を上げて、目を細めて、明るく軽い口調で言えばいい。そうすれば誰も心配させないし嫌な気持ちにもさせない。駆は私に幻滅しているはずだ、これ以上迷惑もかけられない。
だから『大丈夫』って言おう。言え、雫! 言うんだ……!
「大丈夫じゃない……」
それはずっと言えなかった言葉。
滑り出した呟きは、か細くて、痛いくらい剥き出しの産まれたままの言葉。
「大丈夫じゃない。助けて、駆……」
私は本当は強くなんかない。いつも平気じゃない、大丈夫じゃない。しっかりなんてしてない、いいこじゃない。
ずっと誰かに気づいてほしかった。この痛みを、偽物の笑顔を、強がった私を。
誰かに助けて欲しかった。誰かに言いたかった。
「わかった、すぐに行く。今どこ?」
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