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4.黒の消滅
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しおりを挟む私と駆の〝オトとキイの物語〟は終わってしまったんだと思う。
次の水曜日、駆は図書室に現れなかった。
週末の約束と水曜日の図書室がなければ、私たちはただのクラスメイトだ。
keyの投稿も止まっているし、clearも恋の話は二度と書くことができない気がする。イルミネーションの約束もこのままきっと自然消滅だ。
謝らなければ。わかっているのに駆の冷たい声を思い出すと小さな勇気も出なかった。次にあの声を向けられたら、心の柔らかいところ全てが凍って粉々になってしまいそうだから。
好きな時間が二つ消えて、嫌いな時間だけが増えていく。
嫌いな時間一つ目は、未来の恋人の話をすること。
この一週間、香菜と友梨の話題は私の恋人候補についてもちきりだった。二人は彼氏のサークルに行ったことがあるらしく、今回私に紹介する候補たちと顔見知りらしい。
「ユウゴくんは?」「ケンくんのが合いそうじゃない?」「ユウゴくんはちょっとちゃらいよね」と私のことなのに、私の知らない話で盛り上がっている。
私はもうユウゴくんだろうがケンくんだろうがどうでもよかった。このまま二人の考えた人と付き合う、もうそれでもいいかもしれない。
嫌いな時間二つ目は、お父さんと会話をすること。
この一週間お父さんは毎夜早く帰ってきた。お母さんは悟の送迎で不在か体調不良だと部屋にこもる。必然的に夕食の時間、お父さんと二人で会話をすることになる。
お父さんは何を考えているのだろうか。
お母さんのように愚痴を言ったりもしないし、離婚についても触れない。私の学校についてぽつぽつ訊ねてくるくらいで、普通の優しいお父さんだ。
浮気をしているなどとても思えなくて。お父さんを信じたい気持ちの時もあれば、浮気をしているくせに平気で娘と喋れるだなんて気持ち悪い不潔最低だと軽蔑する時もあって。
相反する気持ちがグチャグチャと私をかき乱していく。
私に話しかける理由が罪悪感ならば、喋りかけないでほしい。
父親としての義務感なのか、もうすぐ家族が終わってしまうから最後の名残惜しさなのか。
喋りかけないでほしいと思うけど、たくさん私に質問をしてくれるのは嬉しい。だけどそれは私に興味があるからではない。それだけはわかる。だから惨めだった。
一番嫌いだった時間〝両親の喧嘩〟は、二人が顔を合わせなくなって自然と消滅した。
代わりに新たな一番が誕生した。それはお母さんと二人きりの時間。
お母さんは今頭の中がお父さんの不倫で占められていて、私と二人きりになるとその話をしたがる。
板挟みになった私は常に混乱していた。
できるだけ頭に残らないようにやり過ごすけど、自室に戻ると強い吐き気に襲われる。
聞こえているものを聞こえなかったことにするなんて無理な話だ。愚痴は全然耳から抜けてくれなくて全身染みついて重くのしかかっていた。
二人に離婚してほしくない。だけどここから抜け出すにはそれしかないんだろうか。
「駆来なかったな……」
駆が来ない水曜日の図書室はいやに長く感じた。
駆が来ない。それはある程度予想はしていたことだ。
だけどそれが現実として形になると、大きなショックを与えてくる。
いつもと同じ笑顔を見せてくれることを期待していた。来てくれるんじゃないかとずっと待っていたけど、とうとう現れなかった。
自分から謝れなかったくせに期待してしまうなんて最低だ。
なくしてから初めて気づく、駆との水曜日だけが今の私の支えだったのだと。
それを自分でなくしてしまうのはなんて馬鹿なんだろうか。
駆との時間は一番なくしてはいけないものだったのに。他の〝正解〟を求めるあまり、自分にとって一番大切なものを見失って壊すなんて。
人に合わせていればうまくいっていたはずなのにどうしてこうなってしまったのだろう。
七時前。とぼとぼと家に帰るとお母さんの車が停まっているのが見えた。
全身スライムに包まれたみたいに私の身体はべっとりと重くなる。
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