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4.黒の消滅
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しおりを挟む「え? 鍵屋と山本さんが二人? 本当に珍しいね」
席に座りながら友梨も感想を述べる。正直なところ、それは私も同意見だった。
駆と山本さんが話しているところを見たことがない。あるにはあるが、それはクラスメイトとして用事があったときくらいで。そう、つまり普段の私と駆のように。
だけどそれは教室内で見せている姿なだけかもしれない。そう思うほどに二人は仲よさげで話も盛り上がっているように見えた。
「本当に二人きりなの?」
「だって周り上級生じゃない? 他の子もいないって」
「えー付き合ってんのかな。意外ー。てか鍵屋って三組の子と付き合ってなかったっけ?」
「あの可愛い子ね。あの子とは夏休みには別れてたと思うけど次が山本さんって想像つかないわ」
香菜と友梨の会話が耳をすり抜けていく。
付き合ってはいないと思う。最初の公園で恋人はいないと言っていたし、恋人がいるのにイルミネーションの約束をするわけはない、と思う。
けれど交際の事実がどうであれ、二人が親密な様子なのは明らかだった。
ずしり。最近消えていたはずなのに。お腹の中にどっかりと座る何かがまた帰ってきてしまった。
「山本さんってけっこう積極的なのかな?」
「雫、よくペア組んでるけどどう?」
「あんまり話したことないからどうだろ。よく知らないや」
なんとか口角は上げられたと思う。うまく笑顔が作れたかはわからないけど、二人は目の前のニュースに食いついたままで私の表情の変化には気付かない。
「確かに山本さんが話してるとこってあんま見たことない」
「でもその山本さんがあんなに喋ってんだよ」
「恋は偉大だねー。そうそう、私たち雫に提案があるんだよ」
うっとりとした表情を作った後に香菜は私に視線を向けた。話が戻ってくると思っていなかった私は、慌てて表情を作り直す。
「恋は偉大ってことで! 雫も恋してみませんか!」
香菜は楽しそうに私に指をビシッと向けた。
「恋……?」
「そうそう。私と友梨の彼氏って大学のサークルの友達なのね。そこのメンバーで何人か彼女募集中の人がいるんだよ。どうっ!?」
身体に瞬時にぴりっと緊張が走る。
ああ、これは〝不正解〟を選んではいけない。
先日のトイレでの一幕を思い出す。これは彼女たちなりの優しさなんだ。輪に入れない私のための慈悲。一緒に恋の話が出来るように。
でも、恋の話が出来ない私なんていらない。と聞こえてしまうのは、さすがにマイナスに受け止めすぎだろうか。
キラキラした目で香菜は私の返事を待っていた。恋が楽しい香菜にとっては、恋人が出来る=嬉しいと信じている顔だ。
見守る友梨もにこにこしていて、私は絶対に正解を選ばなくてはいけない。
「えっもしかして紹介してくれるってことー?」
出来るだけ明るいトーンで嬉しそうに。そう意識しながらの返事は正解だったらしい。ぱっと華やぐ笑顔を浮かべて香菜は詳細を語り始めた。
「私と友梨で行きたいイルミネーションがあってね、元々ダブルデートしよって話してて。そこに彼氏たちの友達も呼ぼうと思ってる。つまりトリプルデートってこと! どうどう? 絶対楽しいよね」
「雫も好みがあると思うからさあ……どの人がいい? この人と、この人は恋人がいなくって」
友梨はスマホを取り出すと何人かがうつった写真を私に見せる。
呆気にとられながらも写真を覗き込む。こうして写真を用意していたり、恋人の有無を確認しているということは。この話は前々から二人が計画していたものなのだろう。
正直行きたくはない。
私は恋がしたいわけでも恋人が欲しいわけではない。それにイルミネーションの約束だってしている。
だけど……二人の楽しげな顔を前に不正解を選ぶことなんて出来るんだろうか。
「じゃーん! ここすごくない!? きれいでしょ!?」
香菜がチラシを見せる。それは私と駆が行く予定のイルミネーション会場だった。
ずしりずしり。ますますお腹が重くなり胃までキリキリと音を鳴らし始めた。
――私は。駆としかイルミネーションを見に行きたいと思えない。他の誰とも恋をしたくない。恋人なんていらない。
恋心に気付くなら。
オトみたいにイルミネーションの煌めきの中で気づきたかった。
こんなにガヤガヤした食堂で気持ちを自覚するなんて。
物語のようなロマンチックさなんて何もない。現実はこんなものだ、なんて呆気ないんだろう。
だけど自分の気持ちに気付いたからといってこの誘いを断ってしまったら……。
これが最後の選択な気がした。これは輪に入れない私が内に入るための最後のチケット。二人が考えてくれたチャンス。これを無下にしてもいいのだろうか。
「すごいねーここ!」
駆と約束してから何度も公式サイトを確認したくせに。楽しみで毎日眺めていたくせに。今初めて目にするかのようなリアクションをする自分に反吐が出る。
「でしょ。国内最大級だからね」
「でも私らだけでいくとアクセス悪いじゃん? 車出してもらえるから楽だよ」
「確かに」
駆と電車とバスを乗り継いでいくつもりだった、もみじまつりのように。アクセスが悪くても道中で150文字を発表しあえばすぐに時は過ぎるから。足の疲れも感じないくらいに。
「いつ行く予定?」
「クリスマスあたりがいいかなって思ってる。まだ日にちは決定してないけどね。肝心の雫の相手もまだ決まってないし」
友梨の答えに安堵した。十二月後半なら駆と行く日にちと被っているわけじゃない。
それなら……別に二回行けばいいだけの話じゃない? 嘘のリアクションをするのは得意だから、二回目のイルミネーションもきっと初めてみたいに対応できる。
「雫どう? 雫んち、夜別に平気だよね?」
「うん、すごく素敵だねここ。行きたいっ!」
「やったー! ね、どの人がタイプ? この中にいなくても他もあたれるし」
「どんなタイプが好きかだけでも教えてー」
二人の喜びが私を突き刺す。
……これでいいんだ。
私は二人にとっての〝正解〟を選べたんだから。これできっと大丈夫だ。
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