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1.序章

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 土曜日、約束の時間の十分前。私は落ち着かない気持ちで何度もスマホを出したり引っ込めたりしている。何度時計を確認したって時間が短縮することはないのに。

「あれ、もう来てた」

 完全に油断していた私の前に影が出来た。

「お、おはよう」
「おはよ」
 
 今日は私たちの秋の題材探しの日。市で一番大型の公園がある駅で待ち合わせをしていた。

 男子と待ち合わせをして二人きりで出かけるなんて初めてのことだ。別に好意がある二人がデートをするわけではない。目標に向かって協力するだけのこと。だとしても落ち着かない気持ちにはなる。

「今日結構あったかいな」

 鍵屋くんは深いグリーンのシャツにブラックのパンツを合わせていてシンプルだけど、そのスタイルの良さもありとてもオシャレに見える。

 ……私は変じゃないだろうか。自分の服装を確認する。公園なら、とデニムパンツにした。――いや、別にデートじゃないのだからなんだっていいはずだ。と思うけど、二人並んで歩くだけで気恥ずかしい。

「そういや今更だけど瀬戸って恋人いないよな?」
「え、うん!」

 恋人という響きにぴくりと肩が震える。
 
「それなら良かった。結構強引にお願いしちゃったから迷惑かけたらと思って」

 鍵屋くんの表情に気遣いの色が浮かぶから、私は首を振った。

「私も題材探したかったし……てことは鍵屋くんも恋人はいないんだよね?」

 不誠実なことはしなさそうだけど一応確認しておく。創作の手伝いをして修羅場に巻き込まれるのは私も避けたい。
 誰かの恋人と二人で出かけるなんて周りになんと言われるか……想像するだけでぞっとする。鍵屋くんが頷くのを見て私は安心した。

「てか鍵屋くんってやめない? なんか痒くなる。みんな駆って呼んでるし駆にしてよ」
「名前……善処します」
「あはは、なんだそれ」

 私の返事に笑ってから鍵屋くん――じゃなくて駆は「雫」と呼んだ。突然呼ばれた名前にびくりとするけど

「瀬戸は雫、だったよな」と訊ねられて、それが呼びかけではなく確認だったと気づく。

「うん、瀬戸雫」
「カギヤカケルってめっちゃカ行だけど、セトシズクもまあまあサ行」
「ふふ、ほんとだ」
「公園ついた。行こ、雫」

 さらりと名前を呼ばれて次は胸が少しだけ震えた。


 **

 私たちが訪れた公園は市で一番大きな公園だ。

 図書館が併設されお洒落なカフェから茶室、子供用の遊び場から競技用グラウンドもあり、子供から大学生、お年寄りまで様々な人が訪れる。今日は天気もよく気候のいい時期だから公園はそれなりにたくさんの人がいた。
 公園は四季の花も見ることができて、季節をイメージするにはぴったりな場所ともいえる。

 今日の私たちの目的は〝秋探し〟。公園をブラブラ歩いて秋を見つけること。ひとまず私たちは公園を一周することにした。

「ここ鯉に餌やれるらしい」

 大きな池に差し掛かったところで駆は嬉しそうな声を出した。何組かの親子が池に向かって何かを投げている。

 駆が指さす方を見ると『鯉の餌 100円』と手書きの札があり、小さなガチャポンのような機械が置いてある。
 駆はためらいなく機械に百円を入れるとモナカが出てきた。モナカを割るとウサギのフンみたいな――多分鯉の餌が入っていて、半分を手渡してくれる。
 ……餌やり体験をするなんていつぶりだろう。小学校二年生の時に動物園に行ったのが最後かもしれない。その後、悟が野球のチームに入ってからは家族で出かけた覚えがなかった。

「雫どうした?」
「ううん、なんでも!」

 楽しそうに鯉に餌をあげている家族連れの隣に私たちも並ぶ。近づいてみると想像していた以上に、数多くの鯉がいて驚いた。
 離れた場所からは気づかなかったが、池の底の土色にまぎれて土色の鯉が何十匹もいる。五十匹、いやもっといるかもしれない。池の底に同化した彼らをすべて数え切ることはできない。
 
 駆が餌を投げると十匹程がなだれ込むように群がる。

「腹減ってんのかな」
「勢いすごいね」

 必死に口をパクパクさせて群がってくる様子は見ていて少し恐ろしくなるほどだ。

「赤いのもいるな」

 土色の鯉の中に三匹ほど目立つ鯉がいる。全身が赤に近い橙色の鯉と、白と赤が混じった鯉だ。私の中の〝鯉〟のイメージはこっちだった。

「あのおさかなさんにあげたいのー」

 隣から女の子の声が聞こえた。三歳くらいのその子は橙色や紅白の鯉に餌をあげたいらしい。
 だけど無数にいる土色の鯉が大量に押し寄せてきては餌を食べ尽くしてしまうらしく、なかなかお目当ての子に餌をあげられないようだ。

「ほら! 赤白の子きたよ!」

 お母さんであろう人が女の子に呼びかける。女の子は紅白の鯉に向かって餌を投げるけど子供の力では遠くには飛ばず、近くに群がっていた土色の鯉があっという間に食べてしまった。
 不機嫌になる女の子をお母さんが必死に慰めながら「次はオレンジの子が来たよ」と呼び掛ける。

 私の前に群がっているたくさんの土色の鯉は必死にパクパクと口を開けている。

 それに比べてあの美しい鯉は少し離れた場所を優雅に泳いでいる。生命感溢れる土色の恋に同情し、自分を重ねてしまう。こんなに頑張っているのに、皆が夢中になるのはあの美しい鯉なのだ。

 私はモナカを逆さにして、すべての餌を池に落とした。……全員に行き渡るといいな。

 ふと顔を上げると駆がこちらを見ていてはっとする。駆にもらった餌だったのに、それはあまりにも投げやりな動作だった。
 そう気づいたときには遅く、

「鯉苦手だった?」
 
 気遣い屋の駆がそう訊ねるのは至極当然だった。

「ご、ごめん。一気にあげちゃって。苦手じゃないんだけど……お腹空いてそうでかわいそうになっちゃって」

 根っこにある本当の理由は隠してみたけどそれらしいことは言えたし、駆は「腹減ってそうだもんな、わかるわ」と共感してくれた。

「まだ餌やりしたいから次は私が買ってくるよ!」

 それだけ言うと私はガチャポンの元に走った。……私と駆は似ているところはある。だけど駆は橙色の鯉だ。皆を惹きつける明るい色をした男の子。

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