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1.序章

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 水曜日。放課後の図書室に鍵屋くんはやってきた。

 私は図書委員として毎週水曜日は図書室で貸出の係をしている。部活やバイトで忙しい人たちが放課後の拘束を嫌がったから、いい子ぶって立候補した図書委員。だけどここは案外居心地がよく、家にすぐには帰りたくない私にとってもちょうどよかった。

 ダークブラウンで統一された図書室。窓が大きく光が差し込み、日に照らされて埃がキラキラと輝いて見えるこの空間も実は好きだ。現実から切り取られた非現実な世界にも見える。

 この空間に鍵屋くんがやってきた理由はもちろん、鍵屋くんの物語を手伝う件だ。

「ここ隣座っていいよ。私一人だから」

 図書室の仕事は特別忙しいわけではない。貸出カウンターに座っているだけで、いつもほとんど宿題をして過ごしている。大きな声で喋らなければ鍵屋くんとここで小説について打ち合わせをしたっていいだろう。そう思ってこの場所を指定していた。

「昨日のclearさんの投稿も良かったよ、切なくて」
「本当? ありがとう」

 黒の代わりに投稿したピンク。どこかの片思いの女の子の気持ちを勝手に想像した、私の中に存在しない感情。

「それで早速本題に入ってもいい?」
 
 鍵屋くんはどこかそわそわとした表情をしている。

「おっけー」
「じゃあお互い発表していこう」

 私たちはあの日、自分たちに宿題を課した。

 アイデアが何ひとつない状態で話し合っても進まないだろうと判断して、二日後の水曜日までにそれぞれ考えてみることにした。
幸い〝青春恋愛〟と〝季節〟という大枠のテーマだけは決まっている。宿題で考えるべきことは二つだ。

 一つ目は、主人公と恋の相手。男か女か、年齢はどうするか。ざっくりしたものだけでも決めておく。恋愛物にするのだから相手役も。
 二つ目は、季節に関連するワードをたくさん書き出してみること。
 そのなかからこれを描きたい!というものが見つかるかもしれない、という私のナイスアイデアだ。

「主人公は男子高校生にしようと思う。自分と同じ属性の方が書きやすいと思って。年齢も十六」
「いいと思う。恋の相手はどうする?」
「それも……クラスメイトってことにしよう。イメージしやすいし」

 書きやすいからというだけのネガティブな理由ではあるけど、ひとまず主人公と相手役はすんなり決まった。二人の更に詳細な設定は次回までの鍵屋くんの宿題となった。

「次は季節について。ワード考えてきた」

 鍵屋くんは文字を書き込んだコピー紙を机の上に広げた。
 
 春――花粉症 入学式 四月
 夏――暑い 夏休み
 秋――落ち葉 焼き芋
 冬――寒い 雪 クリスマス

「…………」

 正直な感想は「えっ、これだけ?」だったが、もちろんそれはストレートに口にしてはいけない。代わりに私のコピー紙を渡す。


「過去の私の投稿の中に季節にまつわるものがあったからまとめてきた。例えばこれは花火。花火を見ている君の横顔を見て恋心に気付いたって話。これはクリスマス。去年は一緒にツリーを見たけど今年は隣に君がいないって話」

 いくつかの投稿をまとめて印刷したものを鍵屋くんは食い入るように見ると、感嘆の声を漏らした。

「あーこういうことかあ。さすがclearさんだし、瀬戸って感じ。しっかりしてる」

 鍵屋くんが読んでいる間に、私はkeyの投稿を思い出す。――あれも季節についての投稿だった。私はアプリを開いてkeyの作品を見る。

【カランと氷が落ちた。音に視線をあげる。
 グラスの水滴と、君の喉に張り付く汗が重なって目を落とす。
 眩しくてずっと目をそらし続けてた。君と、このじっとりとした気持ちに。
 だけど今日は決めている。次に氷が落ちたらそれが合図。君に明かすよ】

 他の二作も春と冬の瑞々しい恋の話で情景描写が素敵な作品。私を頼らなくても作れるのに。
 
「keyの投稿も季節のものだし、鍵屋くんは季節について描くのが好きなの?」

 私の素朴な疑問に、コピー紙から顔を上げた鍵屋くんは眉を下げた。それは肯定の笑顔に見えるが――困っている笑顔でもあった。
 毎日愛想笑いを繰り返す私にとって既視感がある。本音を隠すための笑顔だ。

「そう。てかまあ季節って定番じゃん」
「あーそうだね。色々思いつきやすいかも」

 彼の隠された感情は気づかなかったことにして、表面の言葉だけを受け止めておく。

「四季の移り変わりを描くのもいいかもね。でも一万文字でそれは難しいかなぁ」
「難しそうだなー」
「それなら季節を絞っちゃった方が楽かも。keyの投稿のこの夏の詩も素敵だし、夏は青春小説でも人気じゃない? 春は切ないし――鍵屋くんは好きな季節ってある?」

 私はスマホを鍵屋くんの目の前に移動させる。鍵屋くんはじっと視線を落として自分の投稿を見た後に「秋にする」と宣言した。

「俺、秋が一番好きだし。それに今の季節の方が描きやすそう」
「確かに」

 描きやすそう、という相変わらずの理由だが時間もないし反対する必要もない。決めきってしまったほうがいいだろう。

「次は秋に限定してワードを考えてみる宿題にする?」

 私の提案に鍵屋くんは少し考えてから「いや、やめとく」と首を振った。

「それよりも秋、探しにいかない?」
「秋を探す?」
「そう。家でじっと考えてても無理そうだから。せっかく今秋だし題材探しにいかない?」

 家でじっと考える型の私と違って、鍵屋くんは感覚派でその場で見たものをぱっと取り入れる天才系なのかもしれない。それなら自宅で考える宿題では何も思いつかないのも頷ける。

「うん、行こう」

 何かを描くにはインプットも大事だとどこかで聞いたかもしれない。keyの150文字の作り方を知りたくなった私は即座に了承した。

「じゃ連絡先教えて」

 ごく自然に鍵屋くんはスマホを差し出した。男の子と連絡先の交換。少し戸惑いながら彼を見ると「今週の土日空いてる?」と追加で訊ねてくる。

 私のスマホに鍵屋くんの連絡先が加わって、今週の土曜日に鍵屋くんとの予定が出来た。

 本を借りたい生徒がカウンターの前に訪れて、私たちの一度目の水曜日は終わりを迎えた。


 **


 帰宅するとお母さんの車が停まるところだった。車からお母さんとジャージ姿の悟がおりてくる。
 
「おかえり。ポストの物、取ってきてくれる?」

 お母さんは大きな荷物を車からおろしながら私に言った。泥だらけの悟が家に入ろうとするから「待って待って、その荷物は家に持ち込まないで! すぐにシャワーも浴びてよ!」と悟を追いかけていく。
 悟は有名な野球クラブチームに所属していて、週の半分はお母さんが送迎をして練習に行く。

 荷物で手一杯のお母さんの指示通り、ポストから郵送物を取り出す。すぐに捨てるDMたちに紛れてA4サイズの封筒。封筒に記されたロゴを見て――身体がほんの少しこわばる。
 なんとか息を吐いて家に入ると洗面所に向かった。

「何」

 洗面所にはジャージを脱ごうとしていた悟がいて、ぶっきらぼうな言葉と目線を投げられる。

「手洗うだけ。あとこれ届いてたよ」
「そ。早く出てって」

 悟は興味なさそうに封筒を眺めると、早く出て行けと視線でアピールする。
 私だって悟と長くいたくはない。すぐに洗面所を出るとリビングのダイニングテーブルにDMや封筒を置いた。悟宛の封筒のロゴと差出人が再び目に飛び込んでくる。

 ――それは私が行きたくて行くことを許されなかった私立高校。そして悟が目指す高校だ。
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