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1.序章

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【私ってほとんど透明だ。
 別にいても、いなくても、どっちでもいいそんな人間。
 世界を敵に回してまで、私を選んでくれる人はいない。
 みんな特別な一番がいて、私は三番手とか。ううん、それもかなり贅沢かも。六番手とか七番手とか、きっと私は誰かにとってそんなもの。
 もし私が死んだら――存在に気づいてもらえるかも】
 

 入力を終えたと同時にスマートフォンから指を離した。
 何度も書いては消して、ようやく完成した文章。
 誤字もない、リズム感もいいはず。我ながらいい。少し……暗いけど。
 投稿ボタンを押すか三秒だけ悩んで、隣の下書きボタンを押した。

 私はSNSですら本当の気持ちを呟けない。

 
 ■ 透明な僕たちが色づいていく ■
 

 私は、家族団欒の時間が嫌いだ。
 
 中学二年の弟のさとるの好物で固められた夕食。メニューを確認すれば、今日も豚バラの生姜焼き。私は生姜焼きはロースがいいのに。悟が脂っこいものが好きだから、週に二回は豚バラが登場する。

 私が黙々と口に運ぶ隣で、お母さんが悟に話しかけている。


「土曜日、何時に送っていけばいい?」
「七時」
「お弁当はどうする? 何か食べたいものある?」
「ううん」
 
 思春期真っ盛りで口数が減った悟は単語か「ああ」「ううん」しか言わない。この時間は悟に逃げられない唯一の質問タイムなので、お母さんはこのチャンスに賭けている。
 悟が所属している野球クラブチームの連絡事項を交えて質問すれば、悟も答えないわけにはいかない。

 ご飯を二合は食べた悟が席を立った。
 体積が私二人分ありそうな悟が席から離れれば、食卓が一気に淋しくなる気がする。

 階段をのぼっていく悟に「ごちそうさまはー?」とお母さんは優しく声を掛ける。返事はないってわかってるのに毎日めげない。
 
「ごちそうさま」

 代わりに私が言うと「しずく、お皿下げといてね」と言葉が返ってくる。私は悟の席に残ったままの皿をこっそり見た。
 
「はあ、お父さん今日も遅いしご飯いらないんだってー。もうちょっと早く言ってくれたらねえ」 

 流しに悟の分の食器も突っ込んだ私に、お母さんがぼやいた。

「悟が全部食べたし、ちょうどよかったんじゃない?」

 私が明るい声を出すと

「あの子ほんと良く食べるわよね。今日お肉何グラム買ったと思う?」
 
 くだらないクイズが始まって、仕方なく私は「一キロかなあ」と答えた。
 
「そうだ。宿題たくさんあるんだった」

 私は今思い出したかのように声を張り上げると、お母さんに背を向けて階段を登る。
 
 この後に続くお母さんの話は大体想像できる。お父さんの愚痴か、悟の話か、明日のご飯何がいいと思う?とか。全部そんなことだ。


・・

 私が一番好きな時間。
 それはこうしてベッドに寝転がって「Letter」のアプリを見ている時間。
 
「Letter」は『あなたの色とりどりの気持ちを教えて。あなたの感情は、どこかの誰かに届く』をコンセプトに数年前にサービスを開始した、〝150文字〟までの超短編小説や詩を投稿するSNSだ。

 とてもシンプルなSNSで、反応はフォロー、リポスト、ハートを送る、しかできない。投稿主同士のやり取りはおろか、感想を書くことすらできない。
 だけど、150文字の小説と詩だけがタイムラインに流れてくるのはとても居心地がいい。誰かの感想を気にしてみたり、投稿主同士の関係を思い量ることもない。
 自分がフォローしたお気に入りの投稿主と、その投稿主がリポストした150文字しか流れてこないこの場所は、誰かが紡ぐ丁寧な言葉、優しい言葉だけが並んでる。
 
 Letterの大きな特徴は、感情や伝えたいことが色分けされているところだ。投稿の背景色を自分で決めることができる。例えば一番人気があるピンクは恋愛にまつわること。黄色は友情、と言ったように感情や伝えたいことを色分けするのだ。
 私はタイムラインを一通り確認して、気に入った投稿にハートを押すと検索画面に移動した。

 Letterの検索機能はその特徴を活かしていて、色で検索することができる。検索画面を開くとふんわりとした丸が様々な色で並んでいて、その中から私は水色の丸をタップした。
 水色は淋しい気持ちを吐き出す人が多い。水色の投稿を見るといつもほんの少しだけ安心する。私と同じ気持ちを抱えている人が見つかるから。
 
 気に入った投稿を見つけては投稿主のホームに飛んでみる。その人の様々な色の投稿をざっと読んで、この人の文章好きかも、と思えばフォローする。
 そうやって好きな言葉や素敵な言葉を紡ぐ人を、新しく発掘するのが夜の密やかな楽しみだった。
 Letterに登録してから一年経つ、半年前からは投稿も始めた。フォロワーは二百人ほど。特別人気投稿主というわけではないがそれなりに反応ももらえている。
 一通り見終えた私は、昨日考えておいた話を投稿することにした。背景色はピンク。
 
【会いたいよって言えなくて、好きな動画を共有してみた。
 行かないでって言えなくて、裾を引っ張ってみた。
 一言だけでも言葉に変えることができれば、新しい僕たちが待っているかもしれないのに。
 言葉を飲み込むだけ、君への好きが積もっていく。
 自分の感情に埋まってしまってもう僕は身動きが取れない】
 
 私のホームはピンクの投稿で埋め尽くされている。下書きにたくさん水色や灰色の気持ちを残して。
 恋をしたこともないのに、今日もピンクを投稿する。

 まだ夜は時間がたっぷりあるから、水色の投稿を再度検索することにした。

「このお話、好きかも」

 惹かれた投稿を見つけて投稿主のホームに移動してみた。名前は『key』。


【カランと氷が落ちた。音に視線をあげる。
 グラスの水滴と、君の喉に張り付く汗が重なって目を落とす。
 眩しくてずっと目をそらし続けてた。君と、このじっとりとした気持ちに。
 だけど今日は決めている。次に氷が落ちたらそれが合図。君に明かすよ】

 
「まだ投稿は三件しかない」

 だけど瑞々しい情景描写はどれも私の心にしっくりと馴染んで、すぐにフォローボタンを押した。
 こういう期待の新星を見つけるのも楽しいんだよね、なんて少しだけベテランぶったことを考えていると通知が届いた。
 keyが私の投稿にハートをつけてくれたのだ。それから私の投稿を遡ってくれたみたいで次々とハートが届く。
 そして最後にフォロー通知も届いた。
 
 私たちは直接言葉を交わさない。だけどお互いの言葉を知って、受け入れる。Letterを利用する人間だけが交わす特別なやりとり。それは私が存在することを許された気がする。

 たとえ私の投稿が、全部空想で出来たもので。私の気持ちが入っていないとしても。
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