1 / 39
1.序章
1
しおりを挟む【私ってほとんど透明だ。
別にいても、いなくても、どっちでもいいそんな人間。
世界を敵に回してまで、私を選んでくれる人はいない。
みんな特別な一番がいて、私は三番手とか。ううん、それもかなり贅沢かも。六番手とか七番手とか、きっと私は誰かにとってそんなもの。
もし私が死んだら――存在に気づいてもらえるかも】
入力を終えたと同時にスマートフォンから指を離した。
何度も書いては消して、ようやく完成した文章。
誤字もない、リズム感もいいはず。我ながらいい。少し……暗いけど。
投稿ボタンを押すか三秒だけ悩んで、隣の下書きボタンを押した。
私はSNSですら本当の気持ちを呟けない。
■ 透明な僕たちが色づいていく ■
私は、家族団欒の時間が嫌いだ。
中学二年の弟の悟の好物で固められた夕食。メニューを確認すれば、今日も豚バラの生姜焼き。私は生姜焼きはロースがいいのに。悟が脂っこいものが好きだから、週に二回は豚バラが登場する。
私が黙々と口に運ぶ隣で、お母さんが悟に話しかけている。
「土曜日、何時に送っていけばいい?」
「七時」
「お弁当はどうする? 何か食べたいものある?」
「ううん」
思春期真っ盛りで口数が減った悟は単語か「ああ」「ううん」しか言わない。この時間は悟に逃げられない唯一の質問タイムなので、お母さんはこのチャンスに賭けている。
悟が所属している野球クラブチームの連絡事項を交えて質問すれば、悟も答えないわけにはいかない。
ご飯を二合は食べた悟が席を立った。
体積が私二人分ありそうな悟が席から離れれば、食卓が一気に淋しくなる気がする。
階段をのぼっていく悟に「ごちそうさまはー?」とお母さんは優しく声を掛ける。返事はないってわかってるのに毎日めげない。
「ごちそうさま」
代わりに私が言うと「雫、お皿下げといてね」と言葉が返ってくる。私は悟の席に残ったままの皿をこっそり見た。
「はあ、お父さん今日も遅いしご飯いらないんだってー。もうちょっと早く言ってくれたらねえ」
流しに悟の分の食器も突っ込んだ私に、お母さんがぼやいた。
「悟が全部食べたし、ちょうどよかったんじゃない?」
私が明るい声を出すと
「あの子ほんと良く食べるわよね。今日お肉何グラム買ったと思う?」
くだらないクイズが始まって、仕方なく私は「一キロかなあ」と答えた。
「そうだ。宿題たくさんあるんだった」
私は今思い出したかのように声を張り上げると、お母さんに背を向けて階段を登る。
この後に続くお母さんの話は大体想像できる。お父さんの愚痴か、悟の話か、明日のご飯何がいいと思う?とか。全部そんなことだ。
・・
私が一番好きな時間。
それはこうしてベッドに寝転がって「Letter」のアプリを見ている時間。
「Letter」は『あなたの色とりどりの気持ちを教えて。あなたの感情は、どこかの誰かに届く』をコンセプトに数年前にサービスを開始した、〝150文字〟までの超短編小説や詩を投稿するSNSだ。
とてもシンプルなSNSで、反応はフォロー、リポスト、ハートを送る、しかできない。投稿主同士のやり取りはおろか、感想を書くことすらできない。
だけど、150文字の小説と詩だけがタイムラインに流れてくるのはとても居心地がいい。誰かの感想を気にしてみたり、投稿主同士の関係を思い量ることもない。
自分がフォローしたお気に入りの投稿主と、その投稿主がリポストした150文字しか流れてこないこの場所は、誰かが紡ぐ丁寧な言葉、優しい言葉だけが並んでる。
Letterの大きな特徴は、感情や伝えたいことが色分けされているところだ。投稿の背景色を自分で決めることができる。例えば一番人気があるピンクは恋愛にまつわること。黄色は友情、と言ったように感情や伝えたいことを色分けするのだ。
私はタイムラインを一通り確認して、気に入った投稿にハートを押すと検索画面に移動した。
Letterの検索機能はその特徴を活かしていて、色で検索することができる。検索画面を開くとふんわりとした丸が様々な色で並んでいて、その中から私は水色の丸をタップした。
水色は淋しい気持ちを吐き出す人が多い。水色の投稿を見るといつもほんの少しだけ安心する。私と同じ気持ちを抱えている人が見つかるから。
気に入った投稿を見つけては投稿主のホームに飛んでみる。その人の様々な色の投稿をざっと読んで、この人の文章好きかも、と思えばフォローする。
そうやって好きな言葉や素敵な言葉を紡ぐ人を、新しく発掘するのが夜の密やかな楽しみだった。
Letterに登録してから一年経つ、半年前からは投稿も始めた。フォロワーは二百人ほど。特別人気投稿主というわけではないがそれなりに反応ももらえている。
一通り見終えた私は、昨日考えておいた話を投稿することにした。背景色はピンク。
【会いたいよって言えなくて、好きな動画を共有してみた。
行かないでって言えなくて、裾を引っ張ってみた。
一言だけでも言葉に変えることができれば、新しい僕たちが待っているかもしれないのに。
言葉を飲み込むだけ、君への好きが積もっていく。
自分の感情に埋まってしまってもう僕は身動きが取れない】
私のホームはピンクの投稿で埋め尽くされている。下書きにたくさん水色や灰色の気持ちを残して。
恋をしたこともないのに、今日もピンクを投稿する。
まだ夜は時間がたっぷりあるから、水色の投稿を再度検索することにした。
「このお話、好きかも」
惹かれた投稿を見つけて投稿主のホームに移動してみた。名前は『key』。
【カランと氷が落ちた。音に視線をあげる。
グラスの水滴と、君の喉に張り付く汗が重なって目を落とす。
眩しくてずっと目をそらし続けてた。君と、このじっとりとした気持ちに。
だけど今日は決めている。次に氷が落ちたらそれが合図。君に明かすよ】
「まだ投稿は三件しかない」
だけど瑞々しい情景描写はどれも私の心にしっくりと馴染んで、すぐにフォローボタンを押した。
こういう期待の新星を見つけるのも楽しいんだよね、なんて少しだけベテランぶったことを考えていると通知が届いた。
keyが私の投稿にハートをつけてくれたのだ。それから私の投稿を遡ってくれたみたいで次々とハートが届く。
そして最後にフォロー通知も届いた。
私たちは直接言葉を交わさない。だけどお互いの言葉を知って、受け入れる。Letterを利用する人間だけが交わす特別なやりとり。それは私が存在することを許された気がする。
たとえ私の投稿が、全部空想で出来たもので。私の気持ちが入っていないとしても。
55
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
天ヶ崎高校二年男子バレーボール部員本田稔、幼馴染に告白する。
山法師
青春
四月も半ばの日の放課後のこと。
高校二年になったばかりの本田稔(ほんだみのる)は、幼馴染である中野晶(なかのあきら)を、空き教室に呼び出した。
三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!
佐々木雄太
青春
四月——
新たに高校生になった有村敦也。
二つ隣町の高校に通う事になったのだが、
そこでは、予想外の出来事が起こった。
本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。
長女・唯【ゆい】
次女・里菜【りな】
三女・咲弥【さや】
この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、
高校デビューするはずだった、初日。
敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。
カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!
自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話
水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。
そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。
凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。
「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」
「気にしない気にしない」
「いや、気にするに決まってるだろ」
ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様)
表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。
小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。
夏休み、隣の席の可愛いオバケと恋をしました。
みっちゃん
青春
『俺の隣の席はいつも空いている。』
俺、九重大地の左隣の席は本格的に夏休みが始まる今日この日まで埋まることは無かった。
しかしある日、授業中に居眠りして目を覚ますと隣の席に女の子が座っていた。
「私、、オバケだもん!」
出会って直ぐにそんなことを言っている彼女の勢いに乗せられて友達となってしまった俺の夏休みは色濃いものとなっていく。
信じること、友達の大切さ、昔の事で出来なかったことが彼女の影響で出来るようになるのか。
ちょっぴり早い夏の思い出を一緒に作っていく。
曙光ーキミとまた会えたからー
桜花音
青春
高校生活はきっとキラキラ輝いていると思っていた。
夢に向かって突き進む未来しかみていなかった。
でも夢から覚める瞬間が訪れる。
子供の頃の夢が砕け散った時、私にはその先の光が何もなかった。
見かねたおじいちゃんに誘われて始めた喫茶店のバイト。
穏やかな空間で過ごす、静かな時間。
私はきっとこのままなにもなく、高校生活を終えるんだ。
そう思っていたところに、小学生時代のミニバス仲間である直哉と再会した。
会いたくなかった。今の私を知られたくなかった。
逃げたかったのに直哉はそれを許してくれない。
そうして少しずつ現実を直視する日々により、閉じた世界に光がさしこむ。
弱い自分は大嫌い。だけど、弱い自分だからこそ、気づくこともあるんだ。
どうしてもモテない俺に天使が降りてきた件について
塀流 通留
青春
ラブコメな青春に憧れる高校生――茂手太陽(もて たいよう)。
好きな女の子と過ごす楽しい青春を送るため、彼はひたすら努力を繰り返したのだが――モテなかった。
それはもうモテなかった。
何をどうやってもモテなかった。
呪われてるんじゃないかというくらいモテなかった。
そんな青春負け組説濃厚な彼の元に、ボクッ娘美少女天使が現れて――
モテない高校生とボクッ娘天使が送る青春ラブコメ……に見せかけた何か!?
最後の最後のどんでん返しであなたは知るだろう。
これはラブコメじゃない!――と
<追記>
本作品は私がデビュー前に書いた新人賞投稿策を改訂したものです。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる