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終章
最終話 そして、ここから
しおりを挟む私たちは小さな教会を訪れていた。
翌日、王都に帰る前に寄りたいところがあるとレインが言い、メインの公道を曲がった。
住宅地をさらに進んでいった先に小さな林があり、木々をかき分けるところに木造の教会があった。目的地にしなければ見落として通り過ぎてしまうほどの小さな教会だ。
「ここもレイン少年の思い出の地だったりする?」
「いや、初めて来た場所だよ」
「じゃあどうしてここに?」
「……許可はもらっているから入ろうか」
レインは答えてくれずに扉を開いた。
中に入ると木の香りが身体に入り込んでくる。中は薄暗いが、窓から差し込んだ光が建物を優しく照らしている。
レインは奥まで進み、小さな十字架の祭壇までたどり着いた。私も彼の後に続き、私たちは向かい合うように並んだ。
「セレン、二人だけの挙式をもう一度しないか」
「えっ?」
「ドレスも何もないけれど」
差し込んだ光がレインのことも包む。その日差しのように暖かな瞳で私を見つめる。
「挙式をもう一度?」
「うん。以前の挙式は簡単に済ませてしまったし。偽りの愛を誓ってしまったから」
真面目なレインらしい提案だ、彼は区切りをつけたがるところがある。
「今日からまた始めるのね」
「うん。ああ、今日までが嘘だったと言いたいわけじゃないよ」
「わかっているわ」
どこまでも誠実なレインがおかしくて笑みがこぼれてしまう。
「……それに、先日セオドアとアメリアの挙式でうらやましそうな顔をしていた気がしたから」
「そ、そうね……」
まさかキスが羨ましかったなどは言えず曖昧に返す。あの表情を見られていたとは恥ずかしい。
照れている私には気づかずレインは真面目な顔をして私を見つめるから、私も姿勢をピンと正した。
「誰かが証人にならなくていい。セレンに誓うよ、ずっとこの命ある限り、貴女を愛し大切にすることを」
誰もいない小さな森の教会で。誰かに宣言することもなく、レインは私だけに誓ってくれる。
「私も。レインをずっと愛し続けます」
二人の小さな誓いは、静かな教会に響いて溶けた。
「セレン、目を閉じてくれる?」
「ええ」
戸惑いながらも目を閉じると、私の肩にレインの手が乗せられた。
彼の足が一歩出て私のつま先に当たるのを感じる。
目を瞑っていて何も見えないけれど、彼がどのように私に触れてくれているか全て伝わってくる。肩に置かれた手はひどく優しい。
まずは額に温度を感じる。先日私が羨ましく見ていたキスのこと、レインは気付いていたのかもしれない。
次に唇にそっと熱が伝わる。すぐ離された後、もう一度だけ触れた。
目を開けると、潤んだ瞳のレインがいる。私はたまらなくなって思わず彼の頬に手を伸ばした。
「やっと触れられた」
レインがこぼす言葉に胸がどうしようもなく痛い。
胸の一番奥にある刺さったままの氷が全て溶け切る音がした。
そしてそれは柔らかく私の胸に広がっていき、溶けた気持ちは涙に変わる。
私の心を溶かして、涙をぬぐってくれる人がそこにいた。
レインの指が私の涙に触れて、溶けていく。
そしてレインの瞳からも涙が一粒転がった。
その涙を拭うことを、もう躊躇しなくてもいい。
あなたの苦しみを今なら触れることができる。
……やっと、私はレインの全部に抱きしめられた気がした。
「嬉しい」
喜びが口から漏れれば、レインの額が私の額にこつんと当たる。
「あの時セレンが目を閉じるから、我慢するのが大変だった」
「あの時って、花火の時……?」
恥ずかしさで顔から火が出てしまいそうだ。キスしたい気持ちはやっぱり見抜かれていたんだ。
「そんな……我慢しなくても。あのときにしてくれたらよかったのに……」
「期待してくれてた?でもこうして誓い直してからにしたかったから」
「ふふ、真面目過ぎるわ」
笑って目を細めるとまた涙がこぼれた。レインといると泣いたり、笑ったり忙しい。
でもそんな自分が好きだ。
私がこんな風に泣いたり、笑ったりする日が来るなんて。あなたに出会えるまでは思いもしなかった。
「大好きだよ」
もう焦らなくてもいい。急いで治療をしなくてもいい。
心に触れて、触れてもらえた。それが何より嬉しい。
レインのあたたかな手のひらが、私の頬を包み込む。
触ってもらえて嬉しい。好きの気持ちがまた溢れてくる。
柔らかな光が眩しくて、私はもう一度目を閉じた。
fin
..
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【認証不要です】
37.3
香りの塊←氷の塊?
報告です