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終章

40 魔法オタクが歩んでいく夢

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 そして、本当に私たちにいつもの日常が戻ってきた!

「こうしてゆっくり食事ができるのはいつぶりかしら」
「三月はできていなかっただろうね」

 リスター領での決戦準備から始まった忙しい三ヶ月。リスター領の騒動の後処理も、セオドア様への引き継ぎも、ため込んでいた業務もようやく!やっと!片付いた!

 久しぶりに二人とも早く仕事を終えられたから外で食事して帰ることにしたのだ。
 迎えに来てくれたレインは、ようやく恋人らしいことができるねと笑った。


 様々なチーズを扱うお店でワインを片手に、魔法具や魔法生物の話をする。
 そうそう。本来、私たちはただの魔法オタクなのだ。
 騎士が使う魔法防具と魔法具の違いだとか、食虫魔法植物の話を続けて、お腹も気持ちも満足したところでレインは言った。


「でもまた忙しくなるかもしれない」
「その割にはなんだか楽しそうね?」
「うん。やりたいことが見つかったんだ」


 レインがはしゃぐ子供のような表情を見せるのも久しぶりな気がする。表情から察するにきっと魔法絡みのことだ。

「地方に魔法学校をもっと普及させようと思うんだ。今は本当に少ししかないから、将来的には全領地にあるくらいには」
「壮大な計画ね」
「セレンが工場を視察したときに言っていただろう。もっとうまく魔法を利用すれば、業務も効率化できるって」
「言ったわね」
「地方では学校に通わない者も多い。稼業を継ぐならば学問は必要ないと考える者もいる」

 この世界のこの時代では、平民は学ぶことは当たり前ではない。
 そして魔法を学ぶ者はもっと少ない。王都の学園で魔法を専攻する一部の者だけだ。地方には魔法学園のようなものもあることはあるらしいけど、少ない。

「だからせっかく魔力を持っていても正しく使えない者も多い。
 一般的な学問を学ばせるのは嫌がる者も多い、費用も時間もかかることだからね。でも魔法を正しく使うことで稼業に生かせることも多いと思うんだ」

 工場で材料を一生懸命運んでいた姿を思い出す。魔力があって使い方を知っているならば、あれくらい浮遊魔法ですぐに終わることだ。正しく使えば作業効率が全く違うし、売上にも関わってくる。

「地方の貴族でない者こそ、魔法を学ぶべきだと思う。その整備を魔法省として行っていきたい。便利魔法をフックにして数年通わなくても短期からなら、貧しい家や女性でも学べると思う。そして授業のひとつに一般教養も組み込みたいんだ。文字の読み書きや簡単な計算は皆が学べたほうがいい」

「……絶対にそれは進めるべきだわ!」

「もっと早く思いつくべきだった」

 魔法省と言えばエリートで貴族ばかりだ。そして王都で魔法を学ぶ者は領地から早々に出てきた次男や三男が多い。領地の工場など視察することはないだろう。

 レインが領主として過ごした時間は無駄ではなかった。
 王都にいるだけではわからないことを、領民を、知ったのだから。

「アナベルが氷魔法をセレンに放っただろう。あの時驚いたんだ、アナベルに魔力があったなんて。有効活用する方法を知らず、人を傷つけることしかできないなんてもったいない」

 あの時の魔法は、憎しみや怒りが膨らんで魔力に反応して形になっただけかもしれなかった。そう思うと棘がチクリと胸を刺す。

「国の予算もあるし、すぐに実現できる問題ではない。だからまずは国に頼らずに、リスター家で取り組んでいこうと思うんだ」

「それもまた元領主としての強みね」

「セオドアに相談したら、ぜひやろうと言ってくれたんだ。実際に運用できるようになるには数年かかるだろうけど。リスター領で成果が出れば、国の予算を組んで国の事業として全ての地域で広げていきたい。」

 レインは力強く語る。
 彼が見ている未来を私も見たい、隣に並んで。


「私もその夢を手伝わせて!

 私の研究事務所には所長の夢が掲げられているの。
『この世界は魔力を持つ人ばかりではない、だからこの国の誰でも魔法を扱えるようにしたい』
 私は私ができることで、貴方の夢を支えていきたい」

「セレン……」

「地方に魔力を使える人が増えれば、どんな場面でどういった魔法が必要かわかるはずよ。材料を運ぶには浮遊魔法を使えば簡単だとかね。
 私たちは地方の隅々までは目が届かない。レインが学校を普及させて、魔法を知る人が増えれば、各地域で必要な魔法が浮かび上がってくるはずだわ!
 地域の要望を吸い取って、私に、私たちに繋いでほしい」


 研究所の中だけでは限界がある。このままでは本当に必要なものを私たちは作れない。所長は奥様が大切だから領地に住み続けていると思っていたけど、それだけではないのかもしれない。

 地方に魔法の重要性を普及させてくれれば、きっと私たちが本当に作るべきはもっとたくさん見えてくる。
「知る」ということは、大切な全ての始まりだ。


「約束する。私とセレンはそれぞれ違ったアプローチで、この国の魔法を豊かにしていこう」
「ええ、私たち魔法が大好きですからね!」

 一体この夢を叶えるには何年かかるのだろう。
 でも私たち夫婦はまだ始まったばかり、時間はたっぷりあるのだから。一緒に夢を歩んでいけばいい。


「ああそうだ、忙しくなる前に行きたいところがあるんだ」

レインは思い出したように言う。

「どこに?」
「フォーウッド家に行きたいんだ」
「ああそうね!お祖父様ならきっと賛成してくれるわ!フォーウッド家でもリスター領と同じ取り組みができるかもしれないわね!」

お祖父様が喜びそうな話だ、絶対に賛成してくれるだろう。

「ああ……ごめん。それまで考えていなかった。でもそれもそうだね、セレンのお父様やジェイコブ様に打診してみよう」

気持ちが盛り上がった私にレインは困ったように笑った。

「あら。それじゃあどうしてフォーウッド家に?」

「先日のセオドアとアメリアの挙式を見て思ったんだ。私たちの挙式は偽物の誓いをしてしまったから。きっと私たちに絆がなかったことを貴女のご家族は気づいていたんじゃないかと思って。
愛し合える夫婦になったことを安心させてあげたいんだよ」

「あい……」

「ほら、特に妹さんには誤解されているだろうし。いや誤解ではなく私が言ってしまったことなんだけれど」

「ふふ、本当ね。リリーは『愛さないで欲しい』という旦那様だと思っているわね」

 どこまでも真面目で誠実なレインらしい提案だ。安心させたい、のはもちろんそうだけど、こんなに素敵な人がいることを知ってほしい。
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