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3章
36 日記の恋物語
しおりを挟むレインのお母様の古い日記から浮き出されたのは、男爵令嬢グレースとジェイデンの恋物語であった。
リスター領の隣にある小さな領地を営む男爵家に生まれたグレースは、父の付き人の息子である幼馴染のジェイデンと淡い恋を育んでいた。母は生まれて間もなく亡くなりグレースは一人娘。
家のためにどこかの貴族と縁を結ぶべきではあるが、多くを望まないグレースの父は娘の恋を優先することにした。領民が明るく暮らせるだけの幸せさえあればそれでいいと。
父は未来の領主としてジェイデンを教育し、自分の息子のように大切に接した。
・・
「まるでセオドアとアメリアのようだと思わないか。年齢も同じ四歳差なんだ」
語る途中にレインは言った。セオドア様は緊張した面持ちで次の言葉を静かに待った。レインは語り続ける。
・・
グレースが十五歳になり、ジェイデンとの結婚が間近になった頃。幸せは一転する。
リスター領が契約を打ち切ると宣告したのだ。小さい領地だが資源が取れ、そのほとんどをリスター領に輸出しており依存する形になっていた。
リスター家からの要求は一つ、グレースだった。
先代が亡くなり急遽侯爵を継いだばかりのバーナードはグレースに目をつけていた。先代の頃からの契約を反故にして脅すような形でグレースを妻にすることを求めたのだった。
グレースの父は彼女を守ろうとしたが、数日後に不審な死を遂げた。領主を失い、稼ぎがなくなってしまう混乱の中、領地と領民を守るにはリスター家に嫁ぐしかなかった。
『ジェイデンは私についてきてくれました。リスター領になってしまった父の領地を、リスター領ごと守ると。私の心はずっとジェイデンのもとにあります、それだけでいいと』
・・
日記の内容をかいつまんで話してくれるレイン、その場は重い空気に包まれた。
ジェイデン様が何を恨み、何を望んでいるか、わかってしまったからだ。不正と結びつかない彼の穏やかさの裏には、悲恋が隠されていた。
「日記はまだ続いているんだよ」
レインは悲しい顔をした。母の苦しみを知らなかったと呟きながら。
・・
ほどなくしてリスター家に嫁いだグレース。心にジェイデンを残し二人は気持ちをしまい込み、領民のために生きることにした。
そして二人は恋を諦めてグレースは良き妻であろうとしたし、ジェイデンも結婚し妻を愛した。バーナードも良き領主ではあった。
のだが、生まれたレインを見たバーナードはジェイデンとの不貞を疑った。レインの瞳はジェイデンと同じアイスブルーで、バーナードの面影は一切なかった。誓って二人は清い関係だったし、ただレインはグレースに似ているだけのことだったのだが納得しなかった。
バーナードはジェイデンをあえて補佐官に任命し、自分の支配下に置いた。そしてレインを自分の子供だと認めることはなかった。
アメリアが生まれると、ジェイデンの息子のセオドアと半ば無理やり婚約を結んだ。
「お前たちが叶えられなかった夢を叶えてやろう」そう言って笑った。
『でもジェイデンはこの領地を愛して守り続けてくださいました。そうして私の心と幼い恋心は守られました』
・・
「なるほど……先代がレイン様を冷遇されていたのはこれが原因だったのですね」
カーティスは納得するように唸った。
レインが出来損ないだったからではなく『自分の息子』だと思っていなかったのだ。
「しかし、だからといって私に継がせると言うのも悪趣味ですね」
「嫌がらせにしては大胆ですからね。バーナード様からすればどちらもジェイデンの息子だというのに」
セオドア様とカーティスは気味が悪そうに言った。レインのお父様の考え方は私にもとても理解できるものではなかった。
「それだけ執着していた母のことをあっさりと最期は見捨てたようだよ」
レインは呆れたように言った。
・・
病が流行り、ジェイデンの妻が亡くなった。その後グレースも病を患った。
一年ほどの闘病生活が日記には綴られていたが、彼女にとっては幸せな最期だったようだ。
バーナードはあれほど手に入れたかったはずの彼女に興味を無くし、女遊びを覚え始めて館に戻らないことも多くなった。その頃にはほとんどの運営をジェイデンに任せていたらしい。
ジェイデンは毎日彼女の部屋を見舞った。バーナードが不在の際は時間が許す限り傍にいた。
『あの頃に戻ったようでした。ジェイデンの傍にいるときだけが本当の私でいられるのです』
淡い恋を抱いたまま、彼女は亡くなったのだろう。日記は柔らかい日々の中で途絶えていた。
・・
「……ジェイデン様は復讐をしようとしているのでしょうか」
「そうかもしれない。ジェイデンが私の父を恨んでいるのは確かだろう」
「であれば、あの事故はジェイデン様も関わっているかもしれませんね」
カーティスの言葉に胸がぎゅっと鷲掴みされた気持ちになる。
そうだ、従者とジェイデン様の報告だったのだ。二人が共謀していたのであれば、どれだけでも状況は作り出せる。
「ギリングス家との繋がりだけはまだわからないけど……」
「父は、リスター家を潰そうとしているのかもしれませんね」
セオドア様は表情なくあっさりと言った。まだ気持ちが追いついていないといった様子だ。
「うん。私の母のために領地を愛してくれていたけれど。もう母もない。リスター家は腐り始めている、潰したいのかもしれない」
レインの悲しそうな顔に、私たちは言葉を発することが出来なかった。
・・
しかし、パーティーまで日にちは迫っているから動き続けなければいけない。疑うべきものが絞られていれば、証拠は集めやすくなる。後は調べるだけなのだから。
商会事務所に移動したアナベル様が隠したい書類は驚くほど簡単に見つかった。ちょうどセオドア様が商会の用事を頼まれていたので、簡単に事務所を捜査することができた。
「父が大事なものをいつも管理している場所がある」
その言葉通り、几帳面なジェイデン様は今回も同じ場所に不正の証拠を置いていた。
その結果、ギリングス領に二年間支払いを続けていることが判明した。支払いが始まった時期は、バーナード様が亡くなった時期と重なるし何か輸入している形跡はない。
ギリングス領から従者を雇い、多額の報酬を払い続けていたのか、脅されているのかはわからない。
とにかくギリングス領に定期的に支払いを続けていた。
「不正を明らかにして、父の時代からの負をここで止める」
パーティーまであと少し。私たちは準備を急いだ。
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