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3章

32 見て確かめて知る

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 私の目の前にはいろいろなランプスタンドが並んでいる。

 翌日、私とレインは一時間程かけてランプスタンドの生産を担当する工場に訪れていた。
 工場といっても、現代日本のような立派なものではもちろんない。従業員は三十人程の小さな工場で全て手作業で行っているようだ。
 先日資料で見たアプリコット鉱石を使ったものだけでなく色々な種類の物がある。完成品を並べた棚に置いてあるものはどれも美しく可愛らしく目が楽しい。

「それで……領主様がわざわざお越しになるなんて、何かありましたでしょうか」
 工場見学をしてくれた後、工場の責任者はおずおずと切り出した。五十代くらいだろうか、人の良さそうな人だ。

「すみません。たいしたことではないんですよ。実は最近結婚しまして」
レインは安心させるように話し始めた。

「え、ええ……噂で聞いておりました」

「妻がこちらの製品に一目ぼれして、実際に見て選びたいと言いまして。新製品が出るとも聞きましたし見てみようかと」

「そんなわざわざはるばるこちらまでお越し頂かなくとも!私どもが持っていきましたのに」

 責任者の反応におかしな様子は見当たらない。工場の中はためらいなく一通り見せてくれたし、リスター領の中心から離れたこの土地ではレインの下品な噂などはないようで、最初から彼はレインを領主として敬い対応してくれているのがわかる。

「奥様はお気に召したものがございましたか?」
「どれも素敵ですけど、これが一番私は好きです」

 目の前にあるランプを指した。三つ小さな乳白色のランプがついているスズランに見立てたもので、ころんとした花のランプが可愛らしい。

「こちらは購入できますか?」

 すかさずレインが横から言う。私が遠慮する暇もなく責任者は「もちろんです!」と嬉しそうに答えているので、ありがたく気持ちを受け取ることにした。

「新作のアプリコット鉱石を使ったランプ、素晴らしいですね。色合いが柔らかくて」

「ええ、自信作なんです。今までもアプリコット鉱石を使っていましたが、今回はガラスの部分全てをあんず色にしますから。部屋全体が穏やかになること間違いありません」

「今までより多く鉱石を使用するわけですね」

「それはそうですね。ですから少しお値段はあがりますけど、物がいいのできっと売れ筋になるはずです」

 自信を持って話す責任者を見ると製品に自信と愛があるのが伝わってくる。
 彼の話からすると、今後力を入れて生産する予定なのは間違いなさそうだ。その後レインが生産予定数を質問していたが、それに関しては工業組合から提出された書類とも数値は合う。こちらの生産工場自体には不正はなさそうだ。

「ランプスタンドの中身は自由なんですね」

私は試作品のスタンドの中身を見て質問した。中は空洞になってロウソクでも光を灯す魔石をいれてもいいようだ。

「ええ。ロウソクでゆるやかな灯りにしていただいてもいいですし、魔石を使って明るさを強めても構いません。私たちは外側だけ生産しています」
「なるほど。勉強になります」

 本題からそれるが、同じモノづくりに携わる者として質問してしまった。
 今まで魔法具を生産するときに「外側のデザイン」を注視することはなかった。
 私は「魔力計算」担当だったし、研究所はコアの部分を作ることが多い。現代日本で言うと製品の電子精密部品のあたりだ。外側については、他の生産工場に依頼していたり既存の物を組み合わせていから、性能しか重視していていなかった。

 でも、彼のように使う人の気持ちや場面で考えると「デザイン」や「外側」もとても重要だ。
 今まで王都で頭でっかちにデスクに向かって計算だけしてきた気がする、こうしてモノづくりの現場に触れることができてうれしい。


「勉強?」
「ああ、私の妻は魔法具研究所で働いているのです。魔法具の開発を行っているので広く言えば同業者ですね」
「奥様が魔法具の開発を!?」

 責任者は貴族の妻が研究所で働いていることに驚いた後、同じモノづくりの生産者として色々と語ってくれた。
 彼から不正は結び付かない。本当に自分の好きなものを作っている、そう感じた。

「ああ、すみません。立ち話をし続けてしまいましたね」
「いえ、こちらこそ色々質問してお時間を取らせてしまいました。貴重なお話ありがとうございました」


 工場を見渡すと働いている人たちが見える。溶接場にたくさんの鉱石を運んでいる従業員を見て、ふと思う。

 同じモノづくりの現場でも違うな。

 魔法研究所で働いている職員は全員魔力持ちだ。だから何かを人に渡す時――魔力計算が終わったものを次の工程の人に渡す時には浮遊魔法を使って席に送っていた。

 しかし目の前に歩いている人は鉱石を猫車に乗せて一生懸命運んでいる。もちろんまだベルトコンベアーのようなものも工事車両もないからすべてが手作業だ。こういった場所の助けになれるような魔法具を開発するのもいいだろう。今までは普通の生活用品くらいしか思いつかなかった。

 この世界の魔法は使える人が限られているし、万能ではなく単純なことしかできない。その単純な物を大きく作用させるのが魔法具の役目なのだから。


・・



「とても勉強になったし、楽しかったわ。――あ、楽しんでいたら駄目よね」

 帰りの馬車の中。購入したスズランのランプを胸にそっと抱きしめる。

「彼は問題には関わっていないだろうから問題ないよ、セレンが楽しそうで私も嬉しかったよ」
「学ぶことがたくさんあったわ」
「私たちはずっと王都にいたから、知らないことがたくさんあるね」

 レインは流れていく田舎の景色を眺めながら言った。王都で魔法具を作っているけれど使用する人は王都に住んでいる人ばかりではない。

「本当に」

「セオドアから報告をもらってリスター領を知った気になっていた、でも実際にこうして見てみないとわからないことはたくさんある。
 実を言うと、今回の工場責任者のことも疑っていたんだ。架空の製品を申請しているのではないか、とか、工業組合長と結託して材料を水増し注文しているのではないか、だとかをね」

「そうね。書類上ではわからないもの」

「ウソを付く時は真実を混ぜることも必要だ、製作工場は『真実』の部分だったね」

「ええ」

 アプリコット鉱石が必要なのは本当。あとは輸入の計画が適正なのか、あえてギリングス領から輸入しなくてはいけない理由があるか、だろう。

「彼が関与していないのなら、今日半日は無駄になるかと思ってたけど。そんなことはないな。二年間私は本当に逃げているだけの情けない領主だったと気付かされた」

「今のあなたはそうではないわ」

「うん。セオドアが領主になるべきだという考えは変わらない。でも彼に引き継ぐまでにできる限りのことはしたい。ギリングス家と縁を繋ぐことが、本当に彼らにとって益になるならいいんだ。でも黒い金のやり取りのために、先ほどの工場が使われてるのは我慢できないからね」

 私も頷いた。実際に住んでいる人がいる、支えてくれる人がいる。
 当たり前のことなのに、私もずっと知らなかったことだ。


「見ないといけない世界は広かったのね」

「うん。何かを成すには知らないといけないんだな」

「これからもこうして色んなことを知りたいわ」

 人と関わらず、自分の研究だけしていればいいと思っていた。傷つかないように内にこもって。でも知らないのはもったいないんだ。

「きっと私たちの仕事に必要なものも、私たちの心を豊かにするものもたくさんあるね」

 レインの落ち着いた声が私の胸に溜まっていく。なんだかこの景色を忘れたくなくて、外を見つめ続けた、
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