13 / 46
1章 セレン・フォーウッド
11 同じ歩幅で歩くということ
しおりを挟む「どうしたんだい、セレン。顔が真っ青だけど」
帰宅すると出迎えてくれたレインは私の不安にすぐに気づいてくれた。
「これを渡されたの」
「……誰に?」
渡した紙を読んだレインは鋭い目で私を見た。
「それがわからないの、私の職場の守衛さんが預かったみたいで。知らない若い男性だと言っていたわ」
「アナベル様でしょうか?」
後ろから現れたカーティスも紙を覗き込んでいる。レインは頷いた。
「わからないけど、その可能性は考えるしかないな」
「どうしてお義母様が?」
「あの人はそういう人だよ」
そう答えたレインの声は初めて聞く声だった。冷たくて低くて知らない人の声だ。
「カーティス、この家の使用人の中に母の手の者がいるかもしれない。よく調べてくれる?」
「はい。しかしこの家の者は昔からレイン様に仕えている者ばかりですけどね」
「彼女に接触があったということは、私たちの治療を知っている気がする」
「焦っているかもしれませんね」
いつも穏やかで優しいレインの目は鋭いままだった。苦々しい顔を隠そうともしない。
話している内容も母に対するものとは思えなかった。
「今後、警備も強化した方がいいね。彼女に護衛をつけようか」
「そうですね。手配しておきます」
「頼む」
彼らはテキバキと話を進めている。仕事の早さに安心できるけれど、いつも三人でスキンシップ治療をしているときとはまるで違う空気だ。
「明日の朝は私が会社まで送るよ。母は私がいれば手出しできないから。帰りも迎えにいくし、仕事で難しそうであれば護衛を手配しておく」
ようやくレインは表情をやわらげて私に言った。
「ありがとう」
私はとても聞けなかった、彼の抱える何かを。
・・
翌日、宣言通りレインは職場にやってきた。
私たちの研究者は建物の二階と三階にあり、私たち開発チームは二階を使っている。私が終わる時間を伝えていたから、その時間の数分前には到着したらしい。
らしい、というのは私はまだ見ていないからだ。
「ちょっとフォーウッ……じゃなくてリスターさん!ご主人がいらしてるわよ!」
そろそろ約束の時間だと席をたとうとした時に、ふと外を見た職員がレインを発見したらしい。
言われた通り、窓の外を覗くとレインが建物の前に立っていた。私たちの視線に気づいたのか、レインは顔を上げ私たちに気づくと手を振ってくれる。
「本当に素敵な旦那様ねえ。迎えに来てくれるだなんて、愛されているのね」
女性職員がうっとりとして言うと、副所長が「あなたはまだ仕事が残っていますよ」と突っ込んでいる。
そんな二人に挨拶をして私はレインの元に向かった。
「セレン、お疲れ様」
私の姿に気づくと、レインはすぐに駆け寄り笑顔を向けてくれる。なるほど、これは素敵な旦那様だ。
レインと過ごすのはいつも自宅だから、こうして外で待ち合わせのは不思議な気分だ。
「ありがとうレイン」
「セレンさえよければ今日は外で食事をしない?」
「外で?」
「うん、もう護衛も手配できたし、せっかく外にいるからどうかな?」
彼の言葉に後ろを振り向くと、がっしりとした体格の男性二人と目が合った。普通の街人と同じような服装をしているが彼らが護衛なのだろう。
「ぜひ」
仕事の日にいつも着ているワンピースだ。一緒に食事に行くならもう少しおしゃれをしてくるんだったわ。と少しだけ後悔した。
レインに案内されて、私たちが入ったレストランはワンピースでも気後れしないカジュアルなレストランだった。いくつものランプがぶら下がっていて、アンティーク調の店内を照らしている。
こういったレストランに来るのは実は初めてだ。前世では何度か行ったことのあるダイニングバーのような店だった。
友人がいない私は誰かと食事をしたことがないし、家族との食事も基本的には自宅が招かれた屋敷だ。
「こんな素敵なところ初めてだわ」
「セレンはお酒は飲む?」
「少しだけ」
「じゃあワインでも開けようか」
レインが何品か頼んでくれたものはどれもおいしくて、ワインとも合う。
家で食べる料理とは雰囲気も異なり、夢中になって食べてしまった。
「おいしい?」
「とても」
「ならよかった。セレンは美味しそうに食べるよね」
ニコニコと見つめられるから、私の喉を流れるワインが熱を帯びたように熱くなる。
私の顔なんて見てても面白くないはずなのに。どうしてもいつも表面に出ない感情を読み取ってくれるんだろう。
お酒が入りふわふわとした気分は食事中だけでなく帰りも続いた。
熱い頬を風が冷ましていく。こんな風に誰かと帰り道を歩くのも不思議な感じだ。
隣を見るとレインはやっぱり微笑んでくれるから私の足も軽くなる。
「あっ、」
軽くなりすぎた足はもつれてバランスを崩す。
転ぶほどではなかったが、レインがこちらを見ていて恥ずかしい。
「セレン、手を繋ごうか」
レインは私に手を差しだした。
「だ、大丈夫よ。少しもつれただけ」
「違うんだ、私が繋ぎたいだけ。五分経てばその項目はクリアって言ったよね?もう「手を繋ぐ」はクリアできてるし、園芸用のグローブではないけど手袋もしているし」
「でも……」
「今日は帰りが遅くなったしスキンシップ治療も中止だから。復習として。ね?」
「……そうね」
カーティスがいないなか少し不安もあるけれど、今までの感じからすれば大丈夫そうだ。そもそも「手を繋ぐ」はクリアしている。積極的に取り入れてもいいはずだ。
それでも、躊躇ってしまうのは。治療ではなく、本当に純粋に「手を繋ぐ」行為だからだ。
笑顔で差し出されている手にこわごわ手を乗せる。レインが歩き出して、私も続く。
「……セレンにはアレルギー症状が出る気がしないんだ、今は。
最初は一気に接触しすぎたから出てしまったけど……今みたいに少しずつ触れていけばセレンに触れられても症状は出ないと思う」
レインは右手を顔の高さまであげた、つられて私の左手も上がる。レインは繋がれた手を見つめた。
「いつかセレンと本当の夫婦になりたい」
「もう夫婦よ」
気恥ずかしくてそんな風に返してしまったけど、私も同じ願いが心のどこかにあることに気づいて、胸がぎゅっと縮こまるようだった。
「セレンはまだ人を愛することが怖い?」
レインの瞳は結婚の提案をしてくれた日からずっと変わらない。ずっと真っ直ぐで誠実だ。私を握る手に力が込められる。
「うん、でも信じてみたいの」
私も握り返してみる。レインの笑顔がへにゃりと崩れる。この顔は初めて見たかもしれない。
私も下手くそな笑顔を返してみる、絶対うまく笑えていないけどレインは笑い返してくれる。
歩幅を合わせて歩くことの嬉しさを一歩ずつ踏みしめて、私たちの家に帰った。
・・
「ええと、ここかしら……よいしょと……くしゅん」
資料室は埃が多い、私は小さなくしゃみをした。
魔法具の設計書、研究資料、様々な論文。たくさんの紙の束が本棚に積まれている。
一度ここは掃除をしたほうが良さそうね、窓もないから換気も出来ないし。
そろそろレインが迎えに来る頃だ。急いで終わらせなければ。私は腕の中の書類の保管場所を探し始める。
「フォーウッドさん、お疲れ様。帰宅時間前なのに悪かったね」
薄暗い資料室に明かりが差し込み、ガラガラと音を立てて荷台を押した副所長が入ってきた
「いえ、大丈夫です。もう終わるところですから」
「最後にこの箱の中身を一緒に出してくれないかい?一人で持つには重いんだ」
荷台にはかなり大きな木箱が積まれている。あの中に入っているものなら一人で持つのは難しいだろう。
「わかりました……あれ?」
近寄って木箱の中身を出そうと中を見るが、木箱の中には何も入っていない。「副所長これ、空――」
箱から副所長に目線を上げようとして、首元にビリッと痛みが走る。副所長の手から雷が見える。これは……。
「君が悪いんだよ、フォーウッドさん」
副所長の微笑みが見えたのが最後、私は暗闇に包まれた。
151
お気に入りに追加
871
あなたにおすすめの小説
王子様と朝チュンしたら……
梅丸
恋愛
大変! 目が覚めたら隣に見知らぬ男性が! え? でも良く見たら何やらこの国の第三王子に似ている気がするのだが。そう言えば、昨日同僚のメリッサと酒盛り……ではなくて少々のお酒を嗜みながらお話をしていたことを思い出した。でも、途中から記憶がない。実は私はこの世界に転生してきた子爵令嬢である。そして、前世でも同じ間違いを起こしていたのだ。その時にも最初で最後の彼氏と付き合った切っ掛けは朝チュンだったのだ。しかも泥酔しての。学習しない私はそれをまた繰り返してしまったようだ。どうしましょう……この世界では処女信仰が厚いというのに!
天使の行きつく場所を幸せになった彼女は知らない。
ぷり
恋愛
孤児院で育った茶髪茶瞳の『ミューラ』は11歳になる頃、両親が見つかった。
しかし、迎えにきた両親は、自分を見て喜ぶ様子もなく、連れて行かれた男爵家の屋敷には金髪碧眼の天使のような姉『エレナ』がいた。
エレナとミューラは赤子のときに産院で取り違えられたという。エレナは男爵家の血は一滴も入っていない赤の他人の子にも関わらず、両親に溺愛され、男爵家の跡目も彼女が継ぐという。
両親が見つかったその日から――ミューラの耐え忍ぶ日々が始まった。
■※※R15範囲内かとは思いますが、残酷な表現や腐った男女関係の表現が有りますので苦手な方はご注意下さい。※※■
※なろう小説で完結済です。
※IFルートは、33話からのルート分岐で、ほぼギャグとなっております。
【完結】 悪役令嬢は『壁』になりたい
tea
恋愛
愛読していた小説の推しが死んだ事にショックを受けていたら、おそらくなんやかんやあって、その小説で推しを殺した悪役令嬢に転生しました。
本来悪役令嬢が恋してヒロインに横恋慕していたヒーローである王太子には興味ないので、壁として推しを殺さぬよう陰から愛でたいと思っていたのですが……。
人を傷つける事に臆病で、『壁になりたい』と引いてしまう主人公と、彼女に助けられたことで強くなり主人公と共に生きたいと願う推しのお話☆
本編ヒロイン視点は全8話でサクッと終わるハッピーエンド+番外編
第三章のイライアス編には、
『愛が重め故断罪された無罪の悪役令嬢は、助けてくれた元騎士の貧乏子爵様に勝手に楽しく尽くします』
のキャラクター、リュシアンも出てきます☆
【完結】殺されたくないので好みじゃないイケメン冷徹騎士と結婚します
大森 樹
恋愛
女子高生の大石杏奈は、上田健斗にストーカーのように付き纏われている。
「私あなたみたいな男性好みじゃないの」
「僕から逃げられると思っているの?」
そのまま階段から健斗に突き落とされて命を落としてしまう。
すると女神が現れて『このままでは何度人生をやり直しても、その世界のケントに殺される』と聞いた私は最強の騎士であり魔法使いでもある男に命を守ってもらうため異世界転生をした。
これで生き残れる…!なんて喜んでいたら最強の騎士は女嫌いの冷徹騎士ジルヴェスターだった!イケメンだが好みじゃないし、意地悪で口が悪い彼とは仲良くなれそうにない!
「アンナ、やはり君は私の妻に一番向いている女だ」
嫌いだと言っているのに、彼は『自分を好きにならない女』を妻にしたいと契約結婚を持ちかけて来た。
私は命を守るため。
彼は偽物の妻を得るため。
お互いの利益のための婚約生活。喧嘩ばかりしていた二人だが…少しずつ距離が近付いていく。そこに健斗ことケントが現れアンナに興味を持ってしまう。
「この命に代えても絶対にアンナを守ると誓おう」
アンナは無事生き残り、幸せになれるのか。
転生した恋を知らない女子高生×女嫌いのイケメン冷徹騎士のラブストーリー!?
ハッピーエンド保証します。
お飾り王妃の受難〜陛下からの溺愛?!ちょっと意味がわからないのですが〜
湊未来
恋愛
王に見捨てられた王妃。それが、貴族社会の認識だった。
二脚並べられた玉座に座る王と王妃は、微笑み合う事も、会話を交わす事もなければ、目を合わす事すらしない。そんな二人の様子に王妃ティアナは、いつしか『お飾り王妃』と呼ばれるようになっていた。
そんな中、暗躍する貴族達。彼らの行動は徐々にエスカレートして行き、王妃が参加する夜会であろうとお構いなしに娘を王に、けしかける。
王の周りに沢山の美しい蝶が群がる様子を見つめ、ティアナは考えていた。
『よっしゃ‼︎ お飾り王妃なら、何したって良いわよね。だって、私の存在は空気みたいなものだから………』
1年後……
王宮で働く侍女達の間で囁かれるある噂。
『王妃の間には恋のキューピッドがいる』
王妃付き侍女の間に届けられる大量の手紙を前に侍女頭は頭を抱えていた。
「ティアナ様!この手紙の山どうするんですか⁈ 流石に、さばききれませんよ‼︎」
「まぁまぁ。そんなに怒らないの。皆様、色々とお悩みがあるようだし、昔も今も恋愛事は有益な情報を得る糧よ。あと、ここでは王妃ティアナではなく新人侍女ティナでしょ」
……あら?
この筆跡、陛下のものではなくって?
まさかね……
一通の手紙から始まる恋物語。いや、違う……
お飾り王妃による無自覚プチざまぁが始まる。
愛しい王妃を前にすると無口になってしまう王と、お飾り王妃と勘違いしたティアナのすれ違いラブコメディ&ミステリー
私はあなたの何番目ですか?
ましろ
恋愛
医療魔法士ルシアの恋人セシリオは王女の専属護衛騎士。王女はひと月後には隣国の王子のもとへ嫁ぐ。無事輿入れが終わったら結婚しようと約束していた。
しかし、隣国の情勢不安が騒がれだした。不安に怯える王女は、セシリオに1年だけ一緒に来てほしいと懇願した。
基本ご都合主義。R15は保険です。
旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。
バナナマヨネーズ
恋愛
とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。
しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。
最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。
わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。
旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。
当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。
とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。
それから十年。
なるほど、とうとうその時が来たのね。
大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。
一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。
全36話
あなたに忘れられない人がいても――公爵家のご令息と契約結婚する運びとなりました!――
おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※1/1アメリアとシャーロックの長女ルイーズの恋物語「【R18】犬猿の仲の幼馴染は嘘の婚約者」が完結しましたので、ルイーズ誕生のエピソードを追加しています。
※R18版はムーンライトノベルス様にございます。本作品は、同名作品からR18箇所をR15表現に抑え、加筆修正したものになります。R15に※、ムーンライト様にはR18後日談2話あり。
元は令嬢だったが、現在はお針子として働くアメリア。彼女はある日突然、公爵家の三男シャーロックに求婚される。ナイトの称号を持つ元軍人の彼は、社交界で浮名を流す有名な人物だ。
破産寸前だった父は、彼の申し出を二つ返事で受け入れてしまい、アメリアはシャーロックと婚約することに。
だが、シャーロック本人からは、愛があって求婚したわけではないと言われてしまう。とは言え、なんだかんだで優しくて溺愛してくる彼に、だんだんと心惹かれていくアメリア。
初夜以外では手をつけられずに悩んでいたある時、自分とよく似た女性マーガレットとシャーロックが仲睦まじく映る写真を見つけてしまい――?
「私は彼女の代わりなの――? それとも――」
昔失くした恋人を忘れられない青年と、元気と健康が取り柄の元令嬢が、契約結婚を通して愛を育んでいく物語。
※全13話(1話を2〜4分割して投稿)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる