12 / 46
1章 セレン・フォーウッド
10 手を繋ぐということ
しおりを挟むside レイン
・・
夕食後、恒例となったスキンシップ治療をすることにした。
事情を全て話していなかったというのに、セレンは受け入れるだけでなく、一緒に改善してくれようと毎日協力してくれている。
先日の握手は五分までクリアした。分厚いグローブをつけて、だが。
次の私たちへの課題は「手を繋ぐ」
握手と違ってぐっと恋人らしいスキンシップになる。
なんとなくハードルが高く感じるのは、ただ触れる、だけでなくその先に繋がる行為を連想してしまうからだ。
いや、手を繋ぐなんてただエスコートするため、踊るためだ、と自分に言い聞かせる。恋人でない人でもすることだ。
「触れる面積的には握手と変わりませんからね。むしろぎゅっと握る握手より密着もしていないですし。理屈上では問題はないと思ってやりましょう」
カーティスはそう言って先日と同じ分厚いグローブを渡してきた。
隣りに立つセレンが小さく頷いてくれるから、グローブをはめた私はセレンに手を差しだした。
「セレン」
小さな声で呼ぶと、彼女はそっと手を乗せてくれる。私の手は緊張していて随分冷えていたのだろう。セレンの手がやけに温かい。私は親指をセレン甲に乗せた。
「はい、五秒たちました!」
カーティスのカウントで私たちは手を離した。グローブを外して確認するが、特に変化はなさそうだ。誰かと手を繋いだのは七年ぶりだ。
「どう?」
心配そうにセレンが私の手を覗き込む。手を見せると彼女はホッとした表情を浮かべた。
セレンの表情はいつでもほとんど変わらない。しかし彼女は根は素直な人だ。顔を見なくても身体の動きで伝わるものがあった。
「今のところは問題なさそうですね。それでは経過を見ましょうか。何かあれば呼んでくださいね」
カーティスはそう言って自分の仕事に戻っていく。
先日セレンから卵をもらった、それさえ押せばカーティスに通知がいくようになっている。しかし……
「セレン、君が探していた魔法生物の論文をを見つけたんだけど読まない?」
私の言葉にセレンの動きが止まるのを見逃さない。
「行くわ!」
笑顔こそないけれど、口調は明るい。よかった、喜んでくれた。
「私の同僚が魔法生物について調べていてね、たまたま持っていたんだ」
「あなたの職場の方はなんでも持っていらっしゃるのね」
「魔法省にいる人間なんて、魔法が好きな貴族ばかりだからね。君のお祖父様のように集めるのが好きなんだよ」
――存在しない同僚だ。魔法生物の申請に来た研究者に何人も相談をしてなんとか探し出したのだ。
部屋に入り、論文を渡すと彼女はソファに腰掛けてそれを読み始めた。セレンの研究に使えそうな物らしい。
セレンはいつも読み始めて数分立つと、自分の世界に入り込む。こちらが近くを動いていても全く気にならないようだ。
私はいつものようにお茶の用意を頼んでからソファに座った。
セレンは真剣に読み込んでいるから、多少苦労してでも見つける事ができて良かったと思う。
こうやって彼女にあれこれ探してくるのは初めは罪滅ぼしの気持ちだった。
「触れるな、触れない」という女性にとっては厳しい条件を受け入れてくれた。それならばせめて家族として大切にしようと思ったのだ。
「優しくされたらレイン様のことを好きになりませんか?愛を返せないのに優しくするのは残酷でもありますよ」とカーティスに言われた。
しかし彼女は愛することに怯えていた。今彼女が必要なものは恋人のような夫よりも、誠実さなのではないかと思った。
愛せないと突っぱねて適度に距離を取るのも優しさだとは思うけど、家族として大切にしたいと思うのは間違いじゃないはずだ。
と思ってはいるのだが、心からの自信はなく。小手先の罪滅ぼしで彼女が求めているものを探してきているというわけだ。情けない話だが。
でも、それだけじゃない。
魔法のことになると子供みたいに見える彼女を見たかったし、こうやって一緒に過ごしたい、そんな気持ちもある。結局それは自分のためでもあるが。
手の中で卵を転がす。今まではスキンシップを試した後の待機時間にセレンと過ごせたのに、言い訳がなくなってしまった。便利なものは利点だけではないようだ。
気づけば紅茶が運ばれてきて、部屋に香りが充満する。
私とセレンの距離は、壁の花時代から変わらず一メートル。この距離が今は心地良い。
・・・
side セレン
・・・
スキンシップ治療の中で一番苦労することは、五分間触れ続けることだと思う。
先日「握手する」をクリアするために私たちは五分間向き合って握手をしたのだ。五分、何もせずに向き合って握手をし続けるというのは前世から考えても初めての経験だし、正直あまり積極的にしたいものではない。
顔を見つめるのも気恥ずかしいし、かといってずっとそっぽを向いているのも変だ。触れること自体が嫌ではないのだけどどうしても気まずさがあった。
「手を繋ぐ」は昨日一分をクリアしたから、今日は五分に挑戦することになる。
いつものように仕事から帰宅して、夕食を食べて、スキンシップ治療の時間だ。
「今日は五分だね」
「ええ」
「五分、手を繋ぎながら庭を散歩するっていうのはどう?」
「そうしましょう」
レインの提案はとてもいいアイデアに思えた。少なくともこの部屋で五分手を繋ぐだけよりよっぽどいいはずだ。
「それなら私は家の中に残っていますよ。異変があれば卵でお知らせください」
「わかった。それじゃあ行こうか」
カーティスの言葉を受けて、レインは私に微笑んだ。
・・
私たちの屋敷はさほど大きくない。彼の領地にある館は大きいのだろうが、この家は王都の住宅地の一角にある。庭といっても、前世の私が思い浮かべる日本の少し大きな一軒家の庭だ。正直散歩と言っても、三分もあれば端から端まで歩けてしまう。
「散歩って程でもないけどね」
同じことを考えていたレインが笑う。
「それじゃあお願いします」
そう言ってレインは私に手を差し出した。私は昨日までのようにそっと手を乗せる、すぐにレインは小さく握り返す。
「大丈夫そう?」
「うん、全然平気だよ。歩こうか、エスコートの練習にもなるんじゃない?」
「ええ」
レインが私の手を取って歩き出す。堂々としていて、この様子を見てレインが女性に触れられないだなんて誰も思わないのではないだろうか。
「狭い庭をウロウロするのもなんだし、座る?」
庭の隅に設置してあるベンチに私たちは腰かけた。もちろん手は繋いだまま。
「この庭じゃやっぱり散歩にはならなかったね」
レインは苦笑しながら言った。
「でも部屋よりこちらの方がいいわ」
風が頬に刺さる。夜の新鮮な冷たさが気持ちいい。
「今日はよく星も見えるしね」
レインはそう言いながら空を見上げた。私もつられて見上げる。こうして空の星を眺めたのはいつぶりだろうか。
フォーウッド領にいた頃はよくこうして空を見ていたけれど、王都に出てきてからは日々忙しく夜は身体を休めるだけで、時間を作ることはなかったかもしれない。
「五分経った」
懐中時計を確認したレインが言うから、私たちはぱっと手を離した。
「夜にこのベンチに座るのは初めてかもしれない」
レインはまだ空を見上げている。
「夜にあえて時間を作るのもいいものだね。私はもう少しここにいるよ」
レインの瞳は夜空の星のキラキラが反映されたみたいだ。
「私もここにいていいかしら」
彼の手のポケットの中にはあの卵がある。卵があれば隣に居続けなくてもいい。でも治療関係なく、まだここにいたかった。
「もちろんいいよ」
手を繋ぐことはもうない。肩が触れそうで触れないそんな距離。
今はそんな距離がちょうどいい。
でも。
もし、このまま治療がうまくいって。レインが女性に触れられるようになったなら。その後も私はレインの妻でいられるのだろうか。
私は転生してきて、きっと悪役令嬢で、こんな治療なんてしなくても一瞬で彼の心を溶かすヒロインが現れるかもしれない。
いつまでもこの距離でいられるんだろうか。
・・
翌日、仕事が終わり建物を出ようとすると守衛のおじいさんに声をかけられた。
「お疲れさまです。あなたが来たらお渡しするように言われていました」
いつも優しくニコニコしているおじいさんは私に手紙を差し出した。
「これは……?」
真っ白の封筒で宛名も差出人もない。「誰からでしょうか」
「若い男性でしたよ。私は知らない人ですね」
レインからだろうか。急ぎの用かもしれないと私はその場で封を開けてみた。
「……!」
中に入っている折りたたまれた紙には「レイン・リスターとは別れろ」「セレンは僕の物だ」と書かれた紙が二枚入っていた。
144
お気に入りに追加
871
あなたにおすすめの小説
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした
葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。
でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。
本編完結済みです。時々番外編を追加します。
欠陥姫の嫁入り~花嫁候補と言う名の人質だけど結構楽しく暮らしています~
バナナマヨネーズ
恋愛
メローズ王国の姫として生まれたミリアリアだったが、国王がメイドに手を出した末に誕生したこともあり、冷遇されて育った。そんなある時、テンペランス帝国から花嫁候補として王家の娘を差し出すように要求されたのだ。弱小国家であるメローズ王国が、大陸一の国力を持つテンペランス帝国に逆らえる訳もなく、国王は娘を差し出すことを決めた。
しかし、テンペランス帝国の皇帝は、銀狼と恐れられる存在だった。そんな恐ろしい男の元に可愛い娘を差し出すことに抵抗があったメローズ王国は、何かあったときの予備として手元に置いていたミリアリアを差し出すことにしたのだ。
ミリアリアは、テンペランス帝国で花嫁候補の一人として暮らすことに中、一人の騎士と出会うのだった。
これは、残酷な運命に翻弄されるミリアリアが幸せを掴むまでの物語。
本編74話
番外編15話 ※番外編は、『ジークフリートとシューニャ』以外ノリと思い付きで書いているところがあるので時系列がバラバラになっています。
家出した伯爵令嬢【完結済】
弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。
番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています
6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております
【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!
高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。
7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。
だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。
成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。
そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る
【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】
愛する貴方の愛する彼女の愛する人から愛されています
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「ユスティーナ様、ごめんなさい。今日はレナードとお茶をしたい気分だからお借りしますね」
先に彼とお茶の約束していたのは私なのに……。
「ジュディットがどうしても二人きりが良いと聞かなくてな」「すまない」貴方はそう言って、婚約者の私ではなく、何時も彼女を優先させる。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
公爵令嬢のユスティーナには愛する婚約者の第二王子であるレナードがいる。
だがレナードには、恋慕する女性がいた。その女性は侯爵令嬢のジュディット。絶世の美女と呼ばれている彼女は、彼の兄である王太子のヴォルフラムの婚約者だった。
そんなジュディットは、事ある事にレナードの元を訪れてはユスティーナとレナードとの仲を邪魔してくる。だがレナードは彼女を諌めるどころか、彼女を庇い彼女を何時も優先させる。例えユスティーナがレナードと先に約束をしていたとしても、ジュディットが一言言えば彼は彼女の言いなりだ。だがそんなジュディットは、実は自分の婚約者のヴォルフラムにぞっこんだった。だがしかし、ヴォルフラムはジュディットに全く関心がないようで、相手にされていない。どうやらヴォルフラムにも別に想う女性がいるようで……。
旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。
バナナマヨネーズ
恋愛
とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。
しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。
最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。
わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。
旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。
当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。
とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。
それから十年。
なるほど、とうとうその時が来たのね。
大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。
一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。
全36話
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる