◯◯の山田くん

明日井 真

文字の大きさ
上 下
8 / 17
第二章

最大の敵と山田くん

しおりを挟む

 『触れない』『見つめない』『部屋に入らない』の三箇条を分かった、分かりましたと言っているのに何度もしつこく、そして最後の最後にスタンガンをバチバチさせて「守らなければ殺す」と幼女にしては花丸をあげたくなるような殺意を込めたお言葉と般若のお顔をし、半ば強引にご両親に引きずられるようにして帰省していったのが昨日のことである。
一つ解せないのはこの一連の幼女の言動についてご両親からお叱りのお言葉が無かったことである。

 うん、まあいいでしょう。心の広い大人な俺はその程度のこと水に流してあげますよ。
数日間だけでも美咲ちゃんと二人きりの状況に浮かれているってわけじゃないんだからな。本当に。

 「今日のお昼は素麺が食べたい」とのリクエストにお応えして、冷や麦はあったけどそうめんの買い置きがなかったため近くのスーパーまで買いに行った。冷や麦とそうめんの太さの差は相容れない看過できないものがあるらしい。
俺は同じ小麦粉製品だと思うけど、美咲ちゃんがそれじゃダメつて言うならダメだし。
俺はほら美咲ちゃんのイエスマンだから。

 そして、これまた美咲ちゃんリクエストのアイスクリームが見つからなかったのでコンビニを三軒梯子した帰りである。
因みに一番遠くのコンビニにあったことを特筆しておこうと思う。
褒めてほしい訳じゃないけどさ、言うことって大事だと思うんだよな。
で、普通ならばアイスクリームが溶けないうちに早く帰るのがベストであろう。


 だがしかし、玄関先に見たことのないカップルと思わしき二人組がいる。
普通なら何とも思わず、来客ぐらいにしか思わないだろう。
しかしながら俺は普通じゃない。盗聴したストーカーであり犯罪者でもある。
寧ろ疾しいことしかない。
見たことない二人組が警察である可能性が捨てきれない。

 流れ落ちる汗は暑さのせいなのか、この何とも言いがたい不安からのものなのか。

ついにとうとうロリっ子が美咲ちゃんと俺を二人っきりにすることに不安になって通報したのかと思ってくる。
あーでも、捕まってもいいかな。最低な事したし、そのおかげっていうのも何だか変だけど、それで少しでも美咲ちゃんとの思い出ができたんだ。
美咲ちゃんにあまり迷惑がかからなければいいなとか今日の夜から美咲ちゃん何食べるんだろうとか、きっとまた台所は悲惨なことになっちゃうんだろうなとか。
あれ、感情に浸ろうとしたけど心配事が多すぎない?俺が捕まっちゃったら美咲ちゃんこれからどうやって生きていくの……外食産業盛んなこの世の中だから心配いらないかもだけど、栄養バランスとか考えられる子だろうか……
不二子ちゃんがムカつくけどしっかりしてるし、大丈夫かもしれないけど、あの子見た目も中身もお子ちゃまだからな……一週間分でも作り置き冷凍をしてからにお願いするか。
アイスクリームも溶けちゃうし。

 自首する時ってドキドキして心が押しつぶされそうな不安とか色々複雑なものなのかなって思っていたけど、今の俺は穏やかな気持ちだ。
なんだか寧ろすっきりとした感じでもある。
あれだな、やっぱりずっと引っかかってはいたんだよな。
このままじゃいけないって、罪はちゃんと罰してもらわないとって。
俺の自己満足かもしれないけどさ、これでやっと前に進めるのかもしれない。

むしろ通報してくれてありがとうって感謝をしつつ、玄関先にまだ立っていらっしゃる男女二人組の方へ足を踏み出した。


「ほんっとにすみませんでした!!」

本当は土下座とかした方がいいんだろうけど、する相手は美咲ちゃんしかしてはいけないんだろうなって思って、両腕を差し出しながら頭を下げた。
お見合いとかの番組で見たことあるぞこのシルエット。
いや違う。ここはもうおちゃらけていい状況ではない。

この手首に今からおもちゃじゃない本物のあれが嵌まるのか。
あっ、こっちが正解だよな。

ごくりと生唾を飲み込む。
しかし相手からのアクションは無い。
あれ?
そーっと頭を上げてお二人を見てみる。

かなり美形のモデルかっ!!と言いたくなるくらいの男性は虫でも見るかのように蔑んだ目を俺に向けていた。
ふむ。
隣の女性も美人なんだけど、聖母のような優しさの滲み出るような慈愛の目を俺に向けている。
しかしどちらとも動く様子も話しかける様子もない。
えーと……?
どうしようか……取り敢えず腕、下ろしてもいいの……かな?




「えーっとお父様、お母様で間違いないですか?」
「ふん、見た目で分かるだろう。俺のこの目元は美咲と同じだからな」
「まあ、じゃあお鼻は私ね」
「ふふっ、耳の形も花愛(はなえ)さんそっくりだよ」
「綺麗な髪質は洋平さん似ね」

キラキラした目で見つめ合うお二人。
あのー俺の存在はガン無視ですか、そうですか。


 あの後、どうしたらいいのか分からない雰囲気を存分に楽しんで、眉間に皺を寄せたご立腹だけども綺麗なお顔で男性、お父様から美咲ちゃんのご両親だと告げられた。
失礼しましたとこれまた深く頭を下げてから急いで玄関を開けてお通し、作り置きの麦茶をお出しして絶賛正座中である。


以上、時間があるから回想してみたけれど、あのーまだですかね。
いちゃいちゃイチャイチャしてらっしゃる。
しかも美形だからこれまた絵になるんだよなぁー。
海外ブランドの広告みたいだもん。
でもね、いつも正座にあんまり慣れてないからさ、結構地味にキツいねこれ。

暫くして、んんっと咳払いをして、ゆるっゆるの顔を引き締めてから俺と向き合うお父様。
やっと終わった。結構待ちましたよ?そして足の痺れは大暴走ですよ。
全く。ラブラブなのはいいことですけどね、時と場所を選んでいただけないでしょうかね。

「で?山田くんとか言ったか。君、美咲の事はどうするつもりなんだ?」
「ゆくゆくは家族になりたいと思っております」
「ほお、即答か。盗聴をするような卑怯者が」
「えっ、知ってるんですか?」
「ああ、知ってるとも。お前の初日からばっちりと」

キリリと睨むお父様。
えー知ってたの?将来のお父様お母様の俺への第一印象が最悪じゃないか。
唖然とする俺にさらに爆弾が投下される。

「因みに山田くん、洋平さんに逆にストーカー?されてたのよ。知らなかったでしょう?」

ふわふわ笑いながら今日一で驚くことをおっしゃるお母様。
えっ、どういう事?ストーカーされてた?俺が?何で?

「敵を知るために仕方なくだ。おかげでこの近所の人たちに変な目で見られて辛かったがな」
「あら、そうだったの洋平さん。私が慰めてあげますからね」

よしよしとお父様の頭を撫でるお母様。
ああー止めてーまたいちゃつくのやーめーてー。
おいそこぉ!デレデレしないで、お願いだから。
ゆるっゆるのお顔じゃ威厳とか無くなっちゃうから。

目の前の光景を見たくなくて彷徨わせた視線の先に美咲ちゃんを見つけた。
どうせご飯の時間だからだろうけどさ、話し声とか多分聞こえていたと思うんだよね。
ってか、インターホン鳴ってたら出よう、まず見てみよう。
知らない人なら出なくていいけどね。危ないから。
でもね、両親なら分かると思うの、このラブラブを見たくなかったんだろうけどさぁ、俺も結構きついのよこれ。
だからさぁ、だから、助けてください。
お願いします!!
あっ、目が合った。良かった、助かった。



そう思ったんだけどなぁ、美咲ちゃん、君って人は上げて落とすのが物凄く上手いよね。
そういうところも魅力的で良いんだけどさ。
敵前逃亡は良くないと思うよ?


ふむ、どうしたものか……取り敢えず、素麺茹でて来ようかな。


 素麺できたよーって美咲ちゃんを呼びに行って、初めての四人での食卓を囲んだ。
どきどきしすぎて、味わうことなく食事は終了したけれど、素麺だからそんな味わうこともないけどなとか、せっかくご両親に食べさせるのなら少しは印象が良くなるように手の込んだ料理にすれば良かったとか色々後悔が残る昼食だった。

夕飯こそはいい旦那になれますよアピールすべく出せる力を存分にと意気込んだのに、外食してくるとのご報告があった。

行ってきますと言って出て行った美咲ちゃんは清楚系お嬢様系のワンピースを着て、肩より長めの髪をハーフアップにしてバレッタで留めてらっしゃった。
何それ見たことないよその服。可愛いじゃん、お顔と洋服がマッチしてるの初めて見たよ?
えー何それずるい。
俺も一緒にお出かけしたいよー
涙目になりながら、美形ご一家をお送りする。

ん?えーと……何でしょうかねお父様。
美咲ちゃんとお母様はお手々繋いでお先に行っているのに、お父様は玄関先に立ったまま、しかも涙目の俺をガン見してらっしゃる。

「えーと……お父様?」
「君にお父様と呼ばれる筋合いはない」

おおっと、聞き古したお言葉が来たぞ。
これってさあ、何て呼んでも結局怒られるんだよな。唯一正解がない問題とも言える。

「いいんですか?先行っちゃってますよ?」
「追いかけるから問題ない」

ふむ……


「で?」
「え?」
「いや、どうするんだ?お前は。このままでいいのか?美咲の父親としてお前を許すことは一生ないがな、お前はこの始末をどう付けるつもりなんだ」
「始末……ですか」
「もうだいぶ経つ。いい加減、区切りを付けるべきだ」
「もう少し猶予が欲しいとは正直思ってますけど」
「猶予ならたっぷりやった。そうだろう?お前はあの日、三月に終わるべきだったものを今日この日まで引き延ばした。もう親に助けてもらう年でも無いし、これからは自分のことに責任が伴っていく年齢になる。このままではダメだと自分でも分かっているんだろう?さっきも私達夫婦を警察だと思ったんだろ。逃げることもできたのに、手錠を掛けてもらおうとした。そこは、そこだけは評価してやる」

真っ直ぐに、俺を見ながらちゃんと痛いとこも、俺の全部を見て、考えて言ってくれている。
大事な娘に危害を加えた男にここまで真剣に話をしてくれる人なんて中々居ない。
この人を裏切らないような選択をしなくてはいけないな。


「分かってはいるんだよ。このままずるずると続けていい関係じゃないことってさあ。始まったものにはいつか終わりが来るもので、それをゴールって思うかスタートって思うかは人それぞれでさ。俺にとってはそれは終わりに近くって……なあ、どうしたらいいと思う?」

縁側に二人、座って話をする。
ずっと黙って俺の答えの出ない話を延々聞いてくれていた隣の白いモフモフに話しかける。

奴からの返事はやっぱりない。だけど、広いとは言えないこの古民家も美咲ちゃんがいないだけですっごく寂しく感じるから、何も言わない綿しか詰まっていないこのモフモフにどこか安心感を覚えた。

隣のモフモフは俺にとっては暑すぎる日差しをエネルギーに変えて、話し始めた当初よりもモフみが増してきている。

美咲ちゃんの友達ならば、俺の友達ではあるよな……。

ぎゅっとそのモフモフを堪能すべく抱きしめる。
いつか聞いたことがあったな、ぬいぐるみは綿と優しさでできているって。

しかし、このダイフクは俺の知り合いにはいなかったタイプの奴らしい。
こんなダメで最低な俺にも優しさをちゃんとくれる。
どこまで器のでかい奴なんだ。
美咲ちゃんが離さず抱きしめているのが今やっと分かった気がする。
こいつが隣に居てくれるだけでも安心してくる。

すんすんと美咲ちゃんの匂いでも嗅げたら嬉しいなって、下心たっぷりで嗅いだダイフクは、お日様の優しい匂いがした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

処理中です...