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ずっと好きだった彼への恋心を解放したら、溺愛されました

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放課後、帰ろうとしていたクラスメイトを階段のところで呼び止める。
階段を降りようと踏み出しかけた足を止め、彼がくるりと私を振り返った。
じっと私をまっすぐ見つめる焦げ茶色の瞳に、ぎゅっと心臓が鷲掴みにされる感覚がする。
やばい、赤くなるな!私の顔!!

「あ、のっ、高野君!・・・えーと、あのー・・・これっ!」
「あー・・・あんがとな」

私の差し出したチョコレートの入った箱を、高野君が戸惑いながらも両手で受け取る。

「あ、それ、美保からなんだけ・・・ど。渡してって、頼まれて・・・」

高野君の眉を顰める様子に、だんだんと語尾が小さくなる。
指先が冷たくなって、小さく震える。

「おー・・・」

表情を変えずチョコを受け取った高野君は、私の肩に自分の肩をワザと当てながら通り過ぎた。
触れた肩が、熱い。

※ 

「ね、ね、渡してくれた?高野君、受け取ってくれた?なんか言ってた??」

玄関で待っていた美保に詰め寄られ、すうっと頭が冷える。

「渡せたよ。ありがとう、だって」
「そう?ほんと?やったぁ!」
「ここで待ってるなら、自分で渡せば良かったのに」
「やだよぉー、恥ずかしいもん!」

私はこっそり溜息をつく。

「で、で、麻友は、金井君に渡さないの??渡せばいいのにー。せっかく一緒に作ったんだしさ。
金井君、まだいるかもよ?」

美保は私の腕に自分の腕を絡め、ぐいぐいと金井君のクラスの靴箱に向かう。
すると、前方から高野君と金井君がなにやら楽しそうにしゃべりながら、こちらへ向かって来た。
その二人の手には、紙袋がいくつもぶら下がっていて。
チョコレートだよね、そりゃそうだよ、バレンタインだもん。

「あ、高野くぅん!」

美保が甘い声で、さっき対峙したばかりの高野君を呼ぶ。
ちっ・・・だから自分で渡せば良かったんだよ、と意地悪く思う。

「金井君、金井君!麻友が、渡したいものがあるって!」
「え、ちょっと!美保!?」

金井君がちらりと私を見て、戸惑いの表情を見せる。そんな顔させて、ごめんなさい・・・。
金井君の斜め後ろにいる高野君の表情は、相変わらず無表情。でも、目を細めて私を見てる。
いや、こっち見過ぎじゃない?

「えっと、こ・・・れ・・・いる?」

鞄から綺麗にラッピングしたチョコの入った箱を、金井君に差し出した。

「え、あ、僕に?」
「うん、たくさん貰ってるみたいだから、迷惑じゃなかったら・・・」

金井君は、何故か私と高野君を交互に何度も見て、それから、そろそろと両手を伸ばしてきた。
その手のひらに、そっと箱を乗せる。

「ありがとう。僕が貰って良いの?今日はバレンタインだから、特別だと思っちゃうけど?」
「良いんだってー、そういう意味だよ。ね、麻友!」

なんで、勝手に良いように答えちゃうかな。美保のあっけらかんとした態度を、苦々しく思う。
だって私は、高野君が好きなのだ。
でも、親友の美保から「高野君が好きなの、応援してくれるよね」と言われて自分の気持ちに蓋をした。
「麻友は好きな人いないの?」の声に、高野君といつも一緒にいる金井君が頭に浮かび・・・
つい、彼の名を答えてしまった。罪悪感と申し訳ない気持ちと自分への苛立ちと・・・いろんな気持ちが渦巻いて、本当に金井君に申し訳なくて。
薄く微笑む金井君の顔を見る事は、最後まで出来なかった。



ここは幼稚園から大学までエスカレーターで行ける私立の学園。
私たちはあと一ヶ月ちょっとで、高校3年生になる。
私と高野直紀君は幼稚園からずっと一緒で、秋野美保は小学校から。金井秀哉君は中学からの入学だった。
高野君と金井君は男子バスケットボール部で、二人とも背が高く顔も良い。
おまけに、勉強も運動も出来、優しくて物腰も和らいため女子にとても人気がある。
でも、誰にでも優しくて穏やか、と言われる高野君の素はそうでもない。たまに、魔王になるのだから。
それを知っているのは、私だけで良いと秘かに思っている。

「佐藤さん、どうしたの?大丈夫?」 

金井君に声を掛けられ、ハッとする。私の前には、美保と並んで歩く高野君がいた。

「ごめん、考え事しちゃってた。あはは」
「ふうん?」

歩きながら金井君が私の耳に顔を近づけて「直紀のこと?」と囁いた。

「うぇ?!」

変な声が出て、前を歩く高野君がちらりと私を振り返るが、美保に腕を引かれ前に向き直る。
心臓がどっどっど、と音を立てて異常なほど早く脈打つ。

「ごめん。余計なお世話だよね。つい、気になっちゃって」

しゅん、とする金井君の頭に、ぺたんと伏せられたワンコ耳が見えるようだった。
思わず吹き出しそうになり、ごまかす為に金井君の背中をバシバシ叩いた。

「ほんと、何でもないよ。ありがとう。」

下から覗き込むようにして金井君にお礼を言う。涼しげな目元に形の良い唇。さらさらの黒髪。うん、これは女子に人気がある訳だ。
高野君は、ちょっと三白眼なんだよね。目つきが悪いから怖い人だと、誤解されやすい。
街でもたまに絡まれてたりする。
でも、話してみれば高野君の良さが分かるから、割とすぐにみんなと打ち解ける。
視線を感じて前を見ると、眉間にしわを寄せた高野君が立ち止まって、こちらを見ていた。
――――おっと、前の二人と少し距離が開いてしまったようだ。
金井君と顔を見合わせ、ぱたぱたと走り寄った。

「遅い」

安定の無表情で私を見て一言。ムッとして、顔を上げると目が合った。高野君が、すっと視線を外す。
あ、なんでよ!・・・なんかムカつく。



合流した私たちは、そのまま四人で駅へと向かう。
今度は金井君と美保が並び、私と高野君はそれに続く。

「あ、そう言えば、来月は男バスの引退試合でしょー?」

美保が言うと、高野君と金井君は頷いて、来月行われる引退試合の話になる。

「県立体育館でやるんだけど、二人とも見においでよ」

金井君の誘いに、美保は二つ返事で頷いている。

「私は行けないかなー。内部進学とはいえ、一応テストがあるしね」
「麻友ぅ、息抜きも必要だよ!ねっ、高野君!」
「まぁな。・・・日程が決まったら、教えるよ」

高野君は、無表情で私をじっと見てくる。・・・さっきは視線を逸らしたくせに。ん?なんか、怒ってる?
そのまま二人の後を付いて、とぼとぼと黙って並んで歩いた。

「・・・なあ、佐藤。引退試合、本当に見に来ないのか?俺たち最後だし、さ」
「最後って言っても、大学でもバスケ、続けるでしょう?バスケ馬鹿、だもんね、高野君は」
「馬鹿って、ひでぇな。誰のせいでバスケ馬鹿やってると思ってんだよ」

高野君は少し呆れたような表情をしてから、きょとんとした私の顔を見て、くしゃっと笑う。

「ははは。やっぱりなー。そういう奴だったよ、お前は」
「え?そういう奴って、なに?!ちょっと、笑ってないで、教えてよ!」

私は、まだ笑っている高野君の腕をぐいっと自分の方へ引く。
高野君はバランスを崩したのか、私の方へぐらりと体が傾き・・・
頬が触れそうになる程に顔が近づいた。

「っ!・・・わりぃ」
「ご、ごめん!」

なにこれ、なにこれ、なにこれ!急にぶわわーと、顔と耳が熱くなり手のひらが汗ばむ。
頬を両手て押さえて、高野君をちらりと見上げると、視線をうろうろと泳がせたあと私を見て、くくく、と笑う。

「顔、真っ赤」
「くっ!」

「高野君!麻友ぅー、歩くの遅いよお」

駅の改札に入ったところで、美保と金井君が待っていた。
金井君と美保は、私たちとは違う路線なのでここでバイバイだ。

「高野君、麻友、また明日ねー!」

「おう、じゃ」

高野君は、金井君と美保にひらりと手を振る。

「あ、金井君!私も途中まで一緒だから、一緒に行こう?」

美保と金井君は、私たちに手を振って仲良さげに歩いて行った。

「――佐藤?帰るぞ」

高野君の声にハッとして、高野君の少し後ろを付いて歩く。
少し歩くと、高野君がぴたりと足を止めた。

「なんで、後ろにいんの?・・・こっち」

高野君は手を伸ばし、私の袖口をくいっと引っ張り、私を引き寄せる。
自然と並んで歩く形となったが・・・袖口は高野君の指先に捉えられたままだった。
なにこれ、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど・・・。
電車に乗るまで、高野君の指先が私の袖口から外される事はなかった。

ドキドキのまま家に帰り着き、私は自分の部屋で寛ぎモードになる。

「これ渡せなかったな。・・・まあ、仕方が無いか」

リボンをしゅるりと解いて、箱を開ける。粉チーズを使った甘くないクッキーだ。
高野君はあまり甘いものを好まないから、気に入って貰えそうなこのレシピにした。
さくり、と噛むと、ちょうど良い塩気と、チーズの香ばしさが口に広がる。

「おいし・・・」

今頃、美保とか女バス子の作ったお菓子を食べてるかもしれないな・・・たくさん貰っていたもんね。
きっと誰にでも優しい高野君は、食べないなんて不義理はしないだろう。
そう思うと、きゅっと胸が痛くなって、ごろりとベットに横たわった。



期末テストが終わり、採点のために三日間、学校が休みになった。
そんなある日、学校で会えないか、と美保からメールが来た。
美保はテニス部に所属していて、今日は部活の日らしい。
部活が終わる頃、部室に行くからと返信して、私は身支度を調え学校へ向かう。
正門を入って左の奥には、自転車通学者用の自転車置き場がある。
その辺りで、複数の女子の甲高い声がしていた。だいぶ興奮した様子で、何か揉めているようだ。
嫌な予感がして、私は自転車置き場へと急ぎ足で向かった。

「え、美保?!」

数人の女子に囲まれた美保は泣きながら、その場にしゃがみこんでいた。
囲んでいる女子を押し退けて、美保に駆け寄りしゃがんで背中を摩る。

「大丈夫?どうしたの?!」

美保はぽろぽろと涙を零し、背中を摩る私の手をばしり、と振り払う。

「っ!」

その手は少し震えていて・・・。

「私たちは、悪くないわよ?美保が悪いんだから。」
「何があったの?」
「美保が高野君に怪我をさせたのよ。高野君の乗った自転車を無理に引っ張って、転ばせたの!」
「え、高野君を?・・・美保、本当なの?」

美保を見ると、黙ったまま俯いている。

「金井君もいたから、聞いてみると良いよ。前から高野君にちょっかい出してて、部活中も邪魔するし、高野君のバッシュとかユニフォームに悪戯したりしてさ。今日は怪我だよ?大事な引退試合前なのに。出られなくなったら、どうするつもりなんだろ」
「美保・・・」


美保よろよろと立ち上がり「もう、放っておいて!」と言って走って校門から出て行ってしまった。

「―――美保!」
「あーあ、逃げたー」

周りの子たちが、くすくすと笑う声が耳にこびり付く。
私は美保を追いかける事が出来ず、その場に立ち尽くした。



「あ、麻友。高野君は保健室にいるから」

事情を説明してくれた同級生の甲斐さんだ。さっきの話を疑うなら、言って聞いてみろという。
私は少し迷ったが、一番近い職員玄関から人気のない校舎に入り、保健室へと向かった。

「あれ、佐藤さん。どうしたの?」

金井君が、こちらを見て目を丸くしている。その奥に、膝上までズボンを捲り上げた高野君が座っていた。

「自転車置き場で怪我したって聞いて・・・」
「おう。たいしたことねえよ。みんな、なんか大袈裟なんだよ」

捲られた足には、膝と足首に包帯が巻かれていて、痛々しい。

「美保、が・・・?」
「・・・チャリ乗ってて、砂利でバランス崩して転けただけだから。秋野は関係ない」

私は訝しげに金井君を見た。金井君は、瞳を揺らしていたが「そうだよ」と、高野君の言葉を肯定した。

「佐藤は、どうして学校へ?」
「えっと、ちょっと忘れ物」
「じゃあ、帰るか」

三人で自転車置き場に戻ると、青い自転車がぽつんと置いてある。

「乗ってで帰れるの?おばさん、呼ぶ?」
「大丈夫だよ、大げさな」
「でも・・・」
「いいって」

押し問答をしていると、金井君が私に「僕と一緒に電車で帰る?」と聞いてきた。
「高野君を送りながら帰るから、金井君は先に行っていいよ?」

金井君は申し訳なさそうにして、一人で駅に向かった。



自転車を押した高野君と黙ったまま、ゆっくり歩道を歩く。

「あのさ、佐藤」
「どうしたの?やっぱり、足が痛い?」
「痛くない」

ちょっと怒った声の高野君に、びくりとする。私、何かしただろうか。

「あー、わりぃ。じゃなくてさぁ・・・」
少し考えた様子の高野君は、ちょっとこっち、と言って通学路から外れた道を歩く。

「ちょっと、話さねぇ?時間、ある?」

こくりと頷くと高野君は自転車を入り口に止めて公園に入り、遊歩道にあるベンチに腰を掛けた。
さわさわと、暖かい春風が吹く。
視線をずらすと、膝の上で高野君の手がぎゅっと握りしめられているのが見えた。

「ええと、話って、なに?」
「え、っとさ。俺にはねぇ・・・のか?」
「え?」

無いって、何がだろう?と、首を傾げて考えていると、はぁっと大きなため息が聞こえた。

「あれだよ。金井にやったんだろ?・・・チョコ」
「チョコ?!・・・えぇ?!」
「・・・なんだよ。なんかムカつく」

ちょっと拗ねて口をとがらせて、駄々っ子みたいになる。

「高野君の分も、あった・・・けど、自分で食べちゃった」

呆れたような眼をした高野君は、くしゃりと前髪を掻き上げながら、小さく息を吐く。

「欲しかったな・・・」

驚きで固まっていると、高野君は私の鼻をぴん、と柔らかく弾いた。

「?!」
「間抜けな顔ー」

とくん、と心臓が跳ねる。

「引退試合さぁ、来てよ。佐藤に、見てて欲しいんだ」

そう言って、にっと笑う高野君は、とても優しい瞳で私を見つめている。

「う、ん。分かった。行く。ちゃんと、活躍してよね?スリーポイント、決めてね?」
「了解」



引退試合の日まで、美保とは連絡が取れなかった。
メールにも返信がなく、電話しても出ない。

試合前日の夜、金井君から電話があった。
試合が終わったら二人で話がしたいので、時間が欲しいと言われ、私は了承し待ち合わせの約束をした。

試合当日、体育館の前で整列するバスケ部員を見かけたが、高野君の姿が無かった。
美保も来てはいないようだ。
外でアップをしている金井君を見かけたが、話しかけれれる様な雰囲気ではなく、私は憂慮しつつも二階の応援席へ向かった。
うちのバスケ部の第一試合は、第二コートで行われる。
コートに設置されたベンチに、チームジャージ姿の高野君が座っていた。手にはスコアボード。
私は嫌な予感がして、応援席の一番前に座るバスケ部の一年生に声を掛けた。

「ね、二年生の高野君、試合に出ないの?」
「えっと、高野先輩は足を怪我していて、今日はベンチだとコーチが言ってました」
「そうなの・・・ありがとう。」

あの日の怪我のせいだろうか。
席に戻り、ベンチでみんなの世話を焼いている高野君を目で追う。
そして試合開始。
ジャンプボールでこちらチームがボールを取る。
私は試合よりも、高野君の動きが気になってベンチばかりを見ていた。
真剣に応援し、檄を飛ばしている高野君。
ハーフタイムには、スコアボードと作戦盤を見せてなにかアドバイスしているらしかった。
高野君は、試合を楽しんでいる。そう思うと、少しホッとした。

「本当に、バスケ馬鹿だな」

徐に、高野君がチームジャージを脱いで、ユニフォーム姿になる。膝と足首にぐるぐるとテーピングをしていた。
監督と何か話をし、バッシュの紐を締め直してアップを始めた。
次の最終クオーターに出るのだろうか。
第3クオーターが終わり僅差で負けているが、ベンチに戻る金井君とハイタッチして爽やかに笑顔を見せる。
引退試合最後の第4クオーターが始まった。
高野君は、シューティングガードだ。センターには、金井君が入っている。
プレイをしている高野君は、生き生きとしてとても輝いている。
そういえば小学生の頃に『バスケをしている高野君(を見るの)が好き』なんて言った覚えもある様な、無いような・・・。

「―ああっ!」

高野君が相手の選手のプッシングで、がくりと倒れ込む。眉をしかめている様子が見て取れた。
金井君が手を差し出し、引っ張り起こした。軽くジャンプし頷く高野君に、チームメイトも安堵した様子だ。
試合が再開される。お互い一歩も譲らず、シュートが打てない。二点差。もうすぐ時間切れだ。
私は体の前で両掌を組み、祈るように握りしめる。

「頑張って・・・」

あと三秒、相手のボールをカットした高野君がシュートの態勢に入る。
ピピーーーーーーー!!甲高いホイッスルの音とともに、スリーポイントシュートが決まった。
・・・勝った・・・
敵味方のない、うぉぉぉぉー!!!という空気が揺れる歓声に、心がびりびりと震え眦に溜まっていた涙がぽろりと滑り落ちた。



試合が終わり、とぼとぼと体育館を後にする。私が試合に出た訳じゃないのに、ものすごく疲れている。
ブザービーターを決めた高野君は、チームメイトや監督から揉みくちゃにされ嬉しそうに笑っていた。
これで二年生は引退だ。これから打ち上げがあるらしいが、その前に、高野君が怪我をした日に立ち寄ったあの公園で、金井君と会う約束になっていた。

「ごめん、待たせちゃって」
ベンチに座っていた私は少し端に寄り、金井君が座る場所を空ける。

「そんなに待ってないよ。優勝、おめでとうね!打ち上げの時間、大丈夫なの?」
「うん、直ぐ済むから。あのさ、佐藤さん。えーと・・・これ」

金井君は、背負っていたリュックを下ろし、中から可愛い絵柄の袋を取り出した。

「バレンタインのお返しなんだけど、遅くなってごめんね。もっと早くに渡したかったんだけど」
「ありがとう。貰っても良いの?」
「うん。気に入って貰えると良いな」

そう言う金井君は、照れているのかきょろきょろしている。

「開けてもいい?」
「うん、どうぞ」

丁寧にラッピングを外していき、箱を開ける。
色とりどりの琥珀糖が、日の光にキラキラ輝いていた。

「わ。どうしたの?これ!」
「祖父母がこの店の近くに住んでいて、頼んで送って貰ったんだよ。これ食べたいって言ってたよね」

だから手元に届くのに時間が掛かっちゃて、と金井君は頭をぽりぽりと掻いた。
私がテレビで見て食べてみたいと言っていたお菓子。「通販もないし、現地でしか買えないんだよね」といつの日かしていた他愛もない話を
覚えていてくれたんだと思うと、素直に嬉しい。

「ありがとう!嬉しい!」
「―――何が?」

ひんやりとした低い声がして私の両肩が大きな手に掴まれ、ぐいっと後ろに引っ張られて思わず仰ぎ見る。

「た、高野君?!」

あ、これは魔王降臨だ・・・三白眼がぎゅっと細まって、私・・・じゃなくて金井君を見ている。

「二人きりで、こんな所で何してんの?」
「きゃ!」

力任せに二の腕を掴まれ、引っ張り上げるようにベンチから立ち上がらされる。肩に、鈍い痛みが走った。

「高野、乱暴はよせ。痛がってるだろ」
「ちっ!」

舌打ちをした高野君は私の腕から手を離して、立ち上がった金井君と私の間に体を割り込ませる。
私の視界は、高野君の大きな背中に塞がれた。

「金井、さっき体育館を出る時に言ったのは・・・本気、なのか?」
「本気だと言ったら?」

ぐ、と言葉を詰まらせ、高野君は黙り込んでしまった。そして、ぎりっ、と奥歯を噛みしめるような声色で話を続ける。

「佐藤が、そう望むなら・・・諦める」
「ふうん?諦めきれるのか?良いんだな?」

高野君は、降ろしている両手をぐっと力いっぱい握りしめているらしく、心成しか震えている。

「・・・ダメ、だ。諦めない。途中から現れた奴になんて、攫われてたまるか!」

二人はしばらく睨み合っているようだったが・・・ぐふっ、と変な音がして、金井君がげらげらと笑いだした。

「ひーっ、笑いすぎて、腹がいたい・・・」
「はあ?!」

金井君はベンチにどさりと座り、横腹を押さえて苦しそうに笑っていた。

「やっと言ったな、直紀。それが聞きたかったって言うか、言わせたかったんだよ。くくく、佐藤さん。
今ので高野の気持ち、分かった?」

金井君が高野君の後ろから顔を出す私に、面白くてたまらないと言う顔をして聞いてくる。

「えーと、ごめん?良く分からなかったよ?なに?二人とも、なんなの?」
「こっちも鈍感だったわー。やっぱりね。二人とも、鈍すぎてイライラするよ。高野、はっきり言わないと佐藤さんには、一生伝わらないぞ?なんなら、俺が言ってやろうか?さーとぉーさー・・・」
「止めろ。・・・自分で言う」

まだ笑っている金井君は立ち上がって、「じゃあね」と高野君の肩をポンポン叩いて帰って行った。
高野君は、苦虫を噛み潰したような顔をして去っている金井君の背を見送っている。

「今の、なんだったの・・・?何の話?高野君は、なんでここに?」

不思議そうにしている私に、高野君は、はあっとため息を零してベンチに座るよう誘導される。

「金井が試合終わりに、佐藤と会うって。気持ちを伝えるからって聞いて、気になって来た」
「え、気持ち?」
「金井に何か言われたか?」
「え?バレンタインのお返しを貰っただけだよ?別に特別に何も言われてないけど・・・?」
「ちっ・・・あいつっ!」

なんだか高野君がそわそわしている。覗き込むようにして瞳を見ると、高野君の真剣な眼差しから目が離せなくなる。

「あー、えーと・・・佐藤?」
「な、に・・・?」
「なんで、苗字呼びに戻ったんだ?あー、中学に入った頃までは名前呼びだったじゃないか?まあ、俺も、だけど」

確かに中学一年生の中頃までは、直紀君って呼んでたなあ。
確かあの頃、バスケ部の女の先輩達に囲まれて・・・ああそうだ、名前で呼ぶんじゃないって注意されたんだ。
その事を高野君に言うと、はーーーーっと大きく溜息をついて頭をがしがしと掻きむしった。

「言えよ、そんな事があったならさ」
「でも、三年生の先輩に囲まれたら、そりゃ怖いもん。言えないよ」
「だから、か?あの頃から、よそよそしくなったよな?」

そうかも知れない、と言うと、高野君はちょっと目頭を押さえて「腑に落ちた」と言った。

「じゃあさ、また名前で呼び合わねえ?」
「え、えーーー?」
「だめ、なのか?」

う、今度は高野君の頭に、しゅんとしたわんこ耳が見える気がしてきた。

「なお、き・・・君」
「うん、麻友」

心臓が勝手にどくどくと、鼓動を早める。手に、じんわりと汗をかいて指先が少し冷たくなった。

「俺、幼稚園の頃からずっと麻友が好きなんだ。これからも、ずっと好きだから」
「ひゃへい?!」

唐突な告白に思わず変な声が出て、高野君は私に呆れたような視線を寄越して、くすりと笑う。

「で、麻友は?」
「ひゃ。わ、わたし?!」
「俺の事、どう思っている?・・・嫌われては無い、と思うけど?俺、自惚れすぎか?」
「え、っと?好き・・・?」

ぶはっと噴き出した高野君は、私の頭に手をやりぐりぐりと撫でまわす。

「なんで、疑問形なんだよ」
「ご、ごめん・・・高野君の事、好き、です。うん」
「そうじゃなくて?」
「え?あ。えと、私、直紀君が好きです。ずっと、好きだったよ」

直紀君は、ぶはっとまた噴き出して、私の事をぎゅっとハグした。

「はー、長かったぁ!誰かに取られるんじゃないかって、ずっと怖かった」

直紀君は、ぎゅうぎゅうと腕に力を入れて私を抱きしめ、そのまま私の髪を梳くように頭を撫でてくれた。
うわ、恥ずかしいけど・・・なんだこれ、気持ちがいいな。

「やばい、可愛すぎる」

そんな声が耳元ですると、私はもうキャパオーバーで、顔を真っ赤にしてわなわなと震えるだけしか出来ない。

「俺たち、やっと両想いなんだな・・・」

耳元で呟く直紀君の言葉に、そっと頷いた。

※ 

高校三年生になり、四人ともバラバラのクラスになった。
あれから美保とは話せていない。偶然に会っても、避けられている。
金井君には、長い両片思いだったね、と散々揶揄われた。

「ね、直紀と別れる事になったら、僕と付き合おうね?」
「え、ええ?!」
「お前ら、くっ付きすぎ!こそこそ、なに話してんだよ!」
「僕らだけの秘密」

じゃあ、と言って、金井君はダッシュで直紀君から逃れて教室へ戻っていった。



「奥さんー、旦那が迎えに来てるよー」
「麻友、帰ろう」

あの告白から私たちは付き合いだして、あっという間にクラスでも公認に。
どんなに可愛い子に告白されても断り、あまり女の子と絡まなかった直紀君が私にべったりで、みんなからは『旦那』と『奥さん』と恥ずかしながら呼ばれている。
日直や委員会の事で男子と話していると、どこからともなく現れては私の横に立ち牽制する直紀君。
それを、男の先生にもやるので、先生からも苦笑される。
直紀君は本当に優しくて、よく私を甘やかす。このままだと、私は優しさに溶かされて、高野君がいないと駄目な人間になる気がする。
それでいいよ、と直紀君は言うけれど。
私も直紀君を甘やかしてみたい、そう言うと、目を細めた高野君は「それはそれで楽しみにしてる」と、カラっと笑った。
そんな日が来るのかどうか、少し怪しい、と直紀君の笑顔を見ながら私は苦笑した。
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