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第10話 現状

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「本来は公共事業で行うべきインフラの整備を、なかなか予算が降りないからと、いくつか私財で行ったこと。当家が所有する葡萄畑に病気が発生して、古木こぼくの半数が植え替えとなったこと。そして祖父と父が立て続けに亡くなって、間をおかず二代ぶんの相続税を支払ったこと。大きくその三つの対応で、領地を売却したときの蓄えは底を突いている状況だ」

 結婚式が終わって、間もなくのことです。新生活の準備が一段落した私は、アイザックに頼んでこの家の財政状況が分かる資料を見せてもらっておりました。

 領地改革の過渡期には多くの土地で公共事業が滞り、住民が不便を強いられる場面が多発していました。そんな中でシェリンガム家の先々代、つまりアイザックのおじい様は、元領民たちのために私財を投じて橋や農業用水路の修繕を行っていたのです。

 領主でなくなった今でも、シェリンガム家がエルスター領区の住民たちから慕われている理由──その一端が、私にも分かったような気がしました。

「だが、今後も毎年の固定資産税を支払い、この伯爵城を維持していくためには……一個人の財力では到底支払えないような、莫大な金額が必要となってくる。まずは銀行の融資を受けるためにも、彼らの目にかなう事業計画を提出しなければならない」

「なるほど……エルスターには、何か特産のようなものはないの?」

「それが、この国の気候では珍しく可能なワイン造りだったんだけどね。半数が植え替えたばかりな上に、この頃どんどん流通が発達してきているだろう? ワイン造りにもっと適した気候の国で造られた安価で美味うまいワインの輸入量が年々上がり続けて、厳しい状況になっている」

 彼は難しい顔をしたまま資料をめくると、あるページを指さしました。

「城の維持には、固定資産税の他に、修繕費、そして人件費など、様々な費用がかかる。しかしお金をかけて手を入れ続けなければ、古い城は簡単に廃墟となってしまうだろう。さらにこの城が好きだと言ってくれる使用人の皆の雇用をずっと守ってゆくためには、目先の融資だけじゃなく継続的な収入源が不可欠なんだ」

 大きな支出を補うために、大きな収入が必要な状況……でも、そんなに大きな収入を得る方法など、そう一朝一夕に見つかるものではありません。ならばまず考えるべきは支出を抑えることなのですが、コストカットの基本は人件費の削減です。しかしそれでは、彼の「雇用を守りたい」という目的を、果たすことができないのです。

 では他に定期的に発生する大きな支出といえば……そこで私はある話を思い出して、提案してみることにしました。
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