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第4章 遺された希望、遺した絶望
4-2 禁忌の森へ
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銀翼の天使ミカエルは、ルーアとルーシャスとエリックを背に乗せて瘴気の森の深部へと目指した。
まさか、本物の銀翼の天使に乗る日が来るとは──。彼らは竜の天使の背中にて風を切る感覚に畏怖と敬意を感じていた。
するとルーアが彼らにレムがかつて着けていた安全綱を腰のベルトに着けるように促す。万が一、滑り落ちてもこの安全綱があれば最悪、落とされる事はなくなるらしい。
ルーアも彼が居ないという事で取り付けていた。
「こうやって取り付けておけばいいのよ。レムも最初の頃は着けていたけど、馴れた途端に外していたからびっくりしたの」
「馴れるってこんなのをですか!?」
いくら銀翼の天使の背中に騎乗用の鞍が取り付けてあるとは言え、竜の天使の速さは飛行機並に速い。
ルーシャスは揺れる竜の天使に肝が冷えて、鞍の取っ手に必死に捕まっている。
エリックは最後尾に乗っているが、スリルを味わうように眼下の瘴気の森を見つめている。
中央にルーアは乗り、最前列にはルーシャス、最後尾にエリックという配置だった。
「ルーシャスとやら、あんまりしがみつくとかえって危険だぞ。エリックの乗り方を見習うが良い」
「エリックさん! 随分と上手じゃないですか!? コツとかあるんですか!?」
「うーん、何となく乗りこなしているからな」
「エリックとやらは実戦で鍛えているのだろう。恐らく飛竜系は乗った事があるのでは?」
「その通りだよ。所謂、乗り物の飛竜にはぶら下がって任地に向かっているからな」
彼らが共にいる。それだけでも悲しみは少しは軽くなる──だけど、いつも観ていたあの漆黒のマントが見えないだけでこんなに寂しいとは考えてなかった……。
風を切る銀翼の天使も、いつも小うるさい異世界の騎士が居ない事に淋しさを感じた。
あやつはそれだけ自分自身にとっても、ルーアにとっても、旅の支えとしてきちんと責務を全うしていたと感じる──。
時折見せる少年のような心が銀翼の天使をも動かした。本来ならレムにしか許さない背中を、他の人間にも許していいだろうという考えには至らなかった。
だが──それも一興と思えたのはひとえに、混沌の女神の騎士が背中に居たからこそと思えた。
全く、不思議な魅力の持ち主だな。あの異世界の騎士は。いい歳した年齢なのに、少年のような心をしていた。旅をこよなく愛する精神があいつにはある。
あいつが恐れるのは停滞する事だろう。常に動く。一歩でも前に。それが今のアルトカークスには必要な要素だ。停滞しているなら動け、動かないと前には進めない。
瘴気の森の深部が段々と姿を現していく──。
「あの靄がかかっている場所から、一気に胞子が濃くなる。あそこからはマスクが必要だ」
「エリック隊長。あそこから行動できる時間制限は?」
「一度の探索で約一時間が限界だ。それ以上は体に負担がかかる」
「丁度、お誂え向きな空き地があるな。あそこに降りるぞ」
銀翼の天使はゆっくりと降下する。
広めの空き地に降り立つと彼らはそれぞれ武器を片手に、瘴気を防ぐマスクを顔に着けて、目の前に広がる原初の森を見つめた。
奥からは、もはや人間の世界から遠ざかり、魔の世界が広がる。
そこでは人間は自然の洗礼を受ける。手痛い瘴気の洗礼がそこから待っていた──。
「まずは──一番、メジャーな毒草を捜しましょう。ヒトダマリクサって名前です」
「人間の生気を奪う毒草だね。いきなり手で触れるのも怖いのがきたよ」
「人間の世界ではないのね──」
「ここから先は、蟲と魔物と毒の世界さ」
「いきましょう」
ここまで深部になるとルージュパピヨンでさえも避ける世界だった。
血の揚羽蝶は比較的、毒の浅い森に棲む。この先は毒の森なので、まさに原初の世界そのままだった。
禁忌の世界へ入る3人は、見上げる程に大きい樹に息を飲む。樹には胞子が沢山着いて、毒のキノコを生やしていたり、毒の花を着けていたり、様々だ。
目を凝らして観るとクラゲのような生物が宙を浮いて飛んでおり、地面も雪のように胞子が積もっている──。
そして巨大な蟲が我が物顔で原初の森を闊歩していた。
ルーアは目を凝らして植物を観察する。
私が研究をしていた毒草は、皆、毒を出してなかった。水と土が綺麗なら毒を出さない。だが、それでもルーアの祖国の土は汚れていた。
毒草達は土の毒素を栄養にして自らが毒を吐き出す事で世界を浄化している。枯れて死ぬと植物は石となり、まっさらな土となり生まれ変わる仕組みだと父は教えてくれた。
ここはそのシステムが当たり前の世界なんだ──。暫く歩くとそのヒトダマリクサが生える樹があった。
植物とは思えない程に青白い草だ。先端には胞子を飛ばす器官が生えている。
それを彼らは丁寧に摘むとビニール袋に入れてチャックを締めて腰のポーチに入れていく。
「次は?」
「オニビマトイを捜しましょう」
「オニビマトイ?」
「青白い炎を纏う怖い植物です。熱くないのに燃える炎を出す植物なんですよ」
奥の森に入っていく。開けた場所には巨大な生物の殻がそびえ立つ。
「大きい……! 珍しい生物ですね……これ」
「魔物というか、蟲の仲間だね」
「ちょっと剣で叩いてみましょう」
小型のセラミック製のナイフを出すルーシャスは刃で殻を叩く。金属が響く独特の音が聞こえる。刃を立てて突きを繰り出すと全身に痺れを感じた。
「硬い……っ」
「セラミック製でも欠けるな、この材質なら」
「刃が少し欠けてしまいましたね。研究用の素材にピッタリですよ」
「持ち帰るのはきついな」
すると、午後一番の胞子が降る時間になった。まるで雪のように胞子が一面を覆い尽くす。
「午後一番の胞子の時間だね」
「綺麗……だけど、マスクが無いと一時間も保たないのよね……肺が腐ってしまうって」
彼らは雪のように降り積もる胞子の道を奥へ入ってゆく──。
まさか、本物の銀翼の天使に乗る日が来るとは──。彼らは竜の天使の背中にて風を切る感覚に畏怖と敬意を感じていた。
するとルーアが彼らにレムがかつて着けていた安全綱を腰のベルトに着けるように促す。万が一、滑り落ちてもこの安全綱があれば最悪、落とされる事はなくなるらしい。
ルーアも彼が居ないという事で取り付けていた。
「こうやって取り付けておけばいいのよ。レムも最初の頃は着けていたけど、馴れた途端に外していたからびっくりしたの」
「馴れるってこんなのをですか!?」
いくら銀翼の天使の背中に騎乗用の鞍が取り付けてあるとは言え、竜の天使の速さは飛行機並に速い。
ルーシャスは揺れる竜の天使に肝が冷えて、鞍の取っ手に必死に捕まっている。
エリックは最後尾に乗っているが、スリルを味わうように眼下の瘴気の森を見つめている。
中央にルーアは乗り、最前列にはルーシャス、最後尾にエリックという配置だった。
「ルーシャスとやら、あんまりしがみつくとかえって危険だぞ。エリックの乗り方を見習うが良い」
「エリックさん! 随分と上手じゃないですか!? コツとかあるんですか!?」
「うーん、何となく乗りこなしているからな」
「エリックとやらは実戦で鍛えているのだろう。恐らく飛竜系は乗った事があるのでは?」
「その通りだよ。所謂、乗り物の飛竜にはぶら下がって任地に向かっているからな」
彼らが共にいる。それだけでも悲しみは少しは軽くなる──だけど、いつも観ていたあの漆黒のマントが見えないだけでこんなに寂しいとは考えてなかった……。
風を切る銀翼の天使も、いつも小うるさい異世界の騎士が居ない事に淋しさを感じた。
あやつはそれだけ自分自身にとっても、ルーアにとっても、旅の支えとしてきちんと責務を全うしていたと感じる──。
時折見せる少年のような心が銀翼の天使をも動かした。本来ならレムにしか許さない背中を、他の人間にも許していいだろうという考えには至らなかった。
だが──それも一興と思えたのはひとえに、混沌の女神の騎士が背中に居たからこそと思えた。
全く、不思議な魅力の持ち主だな。あの異世界の騎士は。いい歳した年齢なのに、少年のような心をしていた。旅をこよなく愛する精神があいつにはある。
あいつが恐れるのは停滞する事だろう。常に動く。一歩でも前に。それが今のアルトカークスには必要な要素だ。停滞しているなら動け、動かないと前には進めない。
瘴気の森の深部が段々と姿を現していく──。
「あの靄がかかっている場所から、一気に胞子が濃くなる。あそこからはマスクが必要だ」
「エリック隊長。あそこから行動できる時間制限は?」
「一度の探索で約一時間が限界だ。それ以上は体に負担がかかる」
「丁度、お誂え向きな空き地があるな。あそこに降りるぞ」
銀翼の天使はゆっくりと降下する。
広めの空き地に降り立つと彼らはそれぞれ武器を片手に、瘴気を防ぐマスクを顔に着けて、目の前に広がる原初の森を見つめた。
奥からは、もはや人間の世界から遠ざかり、魔の世界が広がる。
そこでは人間は自然の洗礼を受ける。手痛い瘴気の洗礼がそこから待っていた──。
「まずは──一番、メジャーな毒草を捜しましょう。ヒトダマリクサって名前です」
「人間の生気を奪う毒草だね。いきなり手で触れるのも怖いのがきたよ」
「人間の世界ではないのね──」
「ここから先は、蟲と魔物と毒の世界さ」
「いきましょう」
ここまで深部になるとルージュパピヨンでさえも避ける世界だった。
血の揚羽蝶は比較的、毒の浅い森に棲む。この先は毒の森なので、まさに原初の世界そのままだった。
禁忌の世界へ入る3人は、見上げる程に大きい樹に息を飲む。樹には胞子が沢山着いて、毒のキノコを生やしていたり、毒の花を着けていたり、様々だ。
目を凝らして観るとクラゲのような生物が宙を浮いて飛んでおり、地面も雪のように胞子が積もっている──。
そして巨大な蟲が我が物顔で原初の森を闊歩していた。
ルーアは目を凝らして植物を観察する。
私が研究をしていた毒草は、皆、毒を出してなかった。水と土が綺麗なら毒を出さない。だが、それでもルーアの祖国の土は汚れていた。
毒草達は土の毒素を栄養にして自らが毒を吐き出す事で世界を浄化している。枯れて死ぬと植物は石となり、まっさらな土となり生まれ変わる仕組みだと父は教えてくれた。
ここはそのシステムが当たり前の世界なんだ──。暫く歩くとそのヒトダマリクサが生える樹があった。
植物とは思えない程に青白い草だ。先端には胞子を飛ばす器官が生えている。
それを彼らは丁寧に摘むとビニール袋に入れてチャックを締めて腰のポーチに入れていく。
「次は?」
「オニビマトイを捜しましょう」
「オニビマトイ?」
「青白い炎を纏う怖い植物です。熱くないのに燃える炎を出す植物なんですよ」
奥の森に入っていく。開けた場所には巨大な生物の殻がそびえ立つ。
「大きい……! 珍しい生物ですね……これ」
「魔物というか、蟲の仲間だね」
「ちょっと剣で叩いてみましょう」
小型のセラミック製のナイフを出すルーシャスは刃で殻を叩く。金属が響く独特の音が聞こえる。刃を立てて突きを繰り出すと全身に痺れを感じた。
「硬い……っ」
「セラミック製でも欠けるな、この材質なら」
「刃が少し欠けてしまいましたね。研究用の素材にピッタリですよ」
「持ち帰るのはきついな」
すると、午後一番の胞子が降る時間になった。まるで雪のように胞子が一面を覆い尽くす。
「午後一番の胞子の時間だね」
「綺麗……だけど、マスクが無いと一時間も保たないのよね……肺が腐ってしまうって」
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