双子の王と夜伽の情愛

翔田美琴

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7話 宰相のスペシャルハードコース

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 エリオット宰相のスペシャルハードコースの朝は早い。
 きちんとしたベッドに横たわるエミールの毛布を外してエリオットの元気な声が聞こえた。

「ほら! エミール! 起きた、起きた!」
「あ~! もう~何ですか!? せっかく気持ちよく寝ていたのに──」
「何ってスペシャルハードコースに決まっているだろう?」
「まだ朝ですよ!?」
「朝食から始まるの! 俺のコースは!」
「はあ…!?」
「朝飯食べないと保たないぞ?」
「わかりました。行きます」

 エリオット宰相のスペシャルハードコースは朝っぱらから始まるのか…?
 少しため息をつく傍らのエミールに宰相エリオットはエリック皇帝も朝食の席にいると伝えた。

「朝食は大事な要素だからな。一日のはじまりくらいは兄弟で摂っているんだ。その席に招いてやると言ってるんだ。有り難いと思え」
「てっきり別に食べているのかと思った」
「まあ…そうだろうな。我が家では兄弟揃って食べるのが普通なんだよ。お前だって家に居た頃は親父さんとかと食べていたんだろう? それと同じさ」
「親父か…」

 そういえば今頃、親父たちはどうしているのかな? ふと気になった。
 平和だが貧乏な村で育った俺が、今は大帝国パトリスの皇帝陛下の夜伽になり、そして一生触れ合う事のないと思った宰相との触れ合い。
 不思議な縁があったとしか表現できない。そんな俺は皇帝陛下と宰相の朝食に招かれるなんて。 
 信じられないという顔をするエミールに、宰相エリオットも、”そうだろうな”みたいな顔をしてみせる。
 
「俺だって不思議に思っているよ。お前だけじゃないさ」

 長い大理石の廊下を歩くエリオットは、大きな扉の前で止まる。 

「ここが食堂だ。入れ」 

 扉が開く音が響いた。
 奥のテーブルにはエリック皇帝の姿がある。ゆったりとしたローブを纏いリラックスしている雰囲気が伝わる。

「おはよう。エリオット」 
「エミールも一緒だったのか?」 
「おはよう、エリック」
「聞いたぞ。エミール。昨日からエリオットのスペシャルハードコースを受けているんだって?」
「は、はい」 
「構えるな。エミール。私はエリオットのスペシャルハードコースには関与しないよ」
「でも、受けて損は無い。意外にエリオットは面倒見が良いからな」
 
 さすが双子ともなると何でも考えが見えるんだなとエミールは思った。
 当のエリオットはその間に食事を見繕っている。
 そうして会話が終わる頃に丁度よく朝食が出た。割と朝からガッツリ食べるのがエリオットの流儀らしい。
 でもエミールが思っていた以上に庶民的な朝食だった。主食にはライス。おかずは卵焼きが上に乗ったハンバーグだった。スープはミネストローネスープ。果物にオレンジが出た。でもエミールからすれば、庶民的とはいえ朝からハンバーグなど夢みたいな献立だった。

「エミール。どうした? 食べていいんだよ。それとも驚いているか? 意外に庶民的で」
「は、はい。朝からステーキとか食べているものかと勝手に思ってました」
「そこまで豪華な朝食は食べていないさ」

 そこでエリック皇帝は笑ってみせてくれた。あの特徴的なマスクみたいな布はここではしていない。
 朗らかな笑い声が響く朝食。
 何だか意外に思う。エミールからすればこんな場所で朗らかな朝食を摂れるとは思って無かった。
 ずっと囚われ者のような扱いを受け続けるものと思っていた。 
 だけど。違っていた。
 双子は立場は違うがエミールに様々な助言を与えてくれていた。
 ただの夜伽とは違う扱いだった。
 ならなんでこんな良い扱いをしてくれるのだろう?
 そんな不安がよぎる。
 それを掻き消すように彼らは朝食を食べるように促す。
 そうして朝食の時間は過ぎた。
 朝一番で訪れた場所は宮殿の中庭。
 宰相エリオットはまずはここで身体を解してからデスクワークをこなす。軽く汗が滲むくらいまで身体を動かすという。
 エミールも同じ体操をする事になったが。

「イタタタっ!」 
「身体、硬いな。お前…」
「その調子じゃ腕立て伏せも十回もできないだろう?」
「エリオット宰相は出来るんですか?」
「出来るよ。数えてみろよ、やってみせるから」

 宮殿の中庭には芝生広場がある。そこでエリオット宰相はいつもトレーニングがてら身体を解しているのだ。
 彼が芝生に手を着いて腕立て伏せをして見せた。四十回程で終わらせる。

「四十回でした。エリオット宰相」
「まあ…あまり飛ばすと後の仕事に響くからな」
(でもスゴイや。軽く四十回も腕立て伏せしてみせるなんて)
「目を丸くして。お前も少し鍛えれば出来るよ。近衛騎士団の連中なら百回位するんじゃないかな」
(その割にはあのジョニーさんもユーマさんも細身だったな)

 四十五分位身体を解したら、エリオットは次の場所へと連れて行く。
 次は書類の回収作業だ。傍らのエミールに書類を渡して少しは身体を使わせる。

「何で俺が書類を持たないといけないんですか?」 
「少しは身体も使え。使わないと鈍るばかりだぞ」
「今日は書類がやけに多いな。これで全部か?」

 宰相らしくチェックを入れる。すると

「すいません! 後、この書類もー!」
「書類は昨日の内に提出しておけ。ギリギリセーフでOKなんて思わない方が良いぞ?」
「申し訳御座いません。エリオット宰相」 
「次はオグス大臣だな。行くぞ。エミール」
「は、はい」
「ふ~う。相変わらず書類関係は厳しいなあ…エリオット宰相」
「それにしても宰相が連れを伴うなんて珍しい事もあるな」
「そうだな」

 一般兵士は物珍しい光景に目を丸くした。
 次はオグス大臣の仕事場。実質個室である。彼は割と期日を守るタイプの人物である。書類の出し忘れはほとんど無い確実な仕事ぶりにエリオット宰相も信頼を寄せている。
 ドアを三回ノックした。部屋の中に入る。

「よう、おはよう。エリオット宰相。書類はそこの置き場に置いてあるよ」

 彼は窓際でコーヒーを飲んでいた。服は現代社会のスーツに近い服だ。シックな雰囲気だがガッシリとした体格はありそうだった。

「助かる。ほれ、持っていく」
「おや? 昨日の少年か? 昨日の剣の素振り、良かったぞ。また教えて欲しいなら教えてやるよ」
「あ、ありがとうございます」
「次はアネットだな。部屋は近くだから助かるよな」

 次は宮廷魔導師アネットの部屋。
 大帝国ナンバーワンの魔導師は流石に個室持ちである。宮廷魔導師は未来を見透す力を持つから大帝国として丁重に扱う。
 彼女も期日を守るタイプで書類関係も出し忘れは無い。
 程なく宮廷魔導師の部屋へと辿り着く。

「おはよう、エリオット。書類はそこに置いてあるわよ」
「おはよう、アネット。助かる」
「へえ~、その子があの『浄化の泉』の近くの村に住んでいた美少年ね」
「よくわかったな」
「あなた、中々他の人間を連れて来ないから。そんなあなたが連れ回しているのは、噂の美少年かしらって思って」
「君は人の事をよく観察しているな。その通りだよ。紹介しておく。エミールだ」
「エミール君ね。アネットよ。この人とは仕事仲間みたいなものね。宜しく」
「アネットさん、ですか。宜しくお願いします…」
「頬を赤くして…可愛いわね」
「じゃあ…後でな。アネット」
「何です? アネットさんとは親しいのですか?」
「勘違いするなよ。仕事面で毎日話し合いをしているの。オグス大臣と一緒にな」

 全ての書類を回収すると宰相の部屋へと入るエリオット宰相とエミール。

「しばらく書類の処理があるから君は少し休め。午後からはまた近衛騎士団と一緒に素振りの練習だぞ」
「は、はい」
(やっと休める~。でも、意外と居心地がいい。最初は反感ばかり湧いてきていたのに、何でかな…?)

 一人の時間を貰いふとエリオット宰相を想う。あの人は突っ張っているようで、気にも止めてくれる。だけど構ってちゃんでもないし、どちらかと言うと一人が好きそうに見える。けど宰相だけあって大臣や宮廷魔導師とは上手くやっているように見える。
 そんな人の夜の姿はどんな風に見えるのだろうか?
 どうせならスペシャルハードコースの夜の部門も受けてみたいと思うエミールだった。
 午後は近衛騎士団の騎士達と素振りの練習をして、調理場が忙しくなる夕食あたりはそこに入る。そして皿洗いに精を出すエミール。
 何だか今日は調子良さそうに見える彼に何時も組んでいる女性が話しかけてきた。

「調子良さそうだね。アンタ」
「やっと宮殿の仕事にも慣れてきて…」
「そりゃあ良いことだね。アンタがいるだけでも助かるよ」
「今日は洗い物が多いですね」
「パーティだからね。今夜は」
「パーティですか?」
「よくやるんだ。皇帝陛下の為の社交パーティ。そこから絶世の美女や傾城を探そうというわけさ」
「ま、アタシ達には縁のない話だぁね」

 そうして洗い物も一段落して今日の仕事を終わらせたエミールだった。
 だけど。エミールはエリオット宰相に会いに向かった。
 どうしてもスペシャルハードコースの夜の部門を受けたいからである。

「エリオット宰相」
「……?」

 一体誰かと思いドアを開けるとエミールがいた。エリオットはとりあえず部屋の中に入れさせた。

「こんな時間にどうした?」
「宰相のスペシャルハードコースの夜の部門も受けてみたいのできました」
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