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本編

10.すれ違い

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※攻め視点



 一度知ってしまった快感を手放す理由なんてなにもなくて、ルカが自分を受け入れてくれるのが嬉しくて、毎日のように彼を抱いていた。

 愛し合うセックスによる幸福感に加えて、DomとSubとのあいだで交わされるダイレクトなコマンドは、「執事」の自動翻訳で済まされるそれとは全く別物の快感で満たされるものだった。

 ありがたいことに僕は元々研究者として高い評価を受けていたし、そのおかげでこうしてルカを僕の手元に置くことが叶ったようなもだった。
 だけどそれ以上に、本来Domとして抱えていたはずのずっと抑えられていた「本能的欲求」が解放されて満たされることにより、それからのパフォーマンスが格段に上がっていたのは自他ともに明らかだった。

 本能で満たされることによる、ヒトとしての能力向上。
 それを身をもって実証してしまったことにより、同時に「執事」制度がいかに合理的なものであるのかを理解してしまう。

 本来であれば必須とされる信頼関係を省くことで、数多くのDomたちが支配する側になれるのだとしたら……確かに効率だけなら悪くない。
 
 だけど、Subだって人間なのだから。
 そう考えてしまう僕は変わり者かもしれないし、運良くルカに出会えたからそんなふうに思うだけかもしれないけれど。

 それでも、少なくとも僕は、いつか執事の解放――Subがひとりの人間として共に暮らせる日を夢見ていたい。
 そのために、元々ルカのために始めたこの研究も絶対に続けたい。

 もしもこの研究が形になったとしても、今の僕ではそれを誰にも邪魔をされずに表に出すことのできる力はまだまだ足りない。
 そのためには……研究だけじゃない、もっと施設内での地盤を固める必要があるし、人脈だって必要だ。

 僕は今まで研究だけで生きてきたけれど、守るもの・・・・が明確になった今では信じられないほどに活力が湧いてくる。
 ルカと触れ合いコマンドを交わすだけで、なんだってできるような気持ちになれた。

 そんな日々を過ごしながら半年ほどが経った頃、僕は順調に施設の役員にまで昇格した。
 


 そんな僕の気持ちと反比例するように、日に日にルカの心が曇っていたことなんて、まるで気付きもしなかった。


 僕は毎晩のように愛を囁いて気持ちは伝えていたし、ルカのほうから求めてくれる夜だって何度もあった。
 確かにルカの殺傷与奪権は実質僕の手にあって、ある意味下心を持ってそこにつけ込んだと言われれば、残念ながら否定はできないけれど。

 それでも、どう考えても相思相愛だと信じていたし、少なくとも……無理に抱かれているわけでもないはずだ。

 しかし今思い返してみるならば、初恋を拗らせ過ぎた故の……良く言えば奥手、はっきり言ってしまえば口下手だったということなのだろう。
 あけすけに求愛をすることもなければ、ルカから無理に言葉を引き出すこともしてこなかった。

 
 
 その日帰宅僕は、施設で昇進したことと、これからの決意についてルカに話をした。
 Subを解放し、人として生きられる社会にしたいこと――――


 ルカは初めは我が事のように祝福する気持ちで話を聞いていたが、やがて顔色を変えて全身がガタガタと震え出す。
 
 「ルカ…………?」

 「…………やだ…………ルーカスも…………? いやだ…………」

 「どうした? ルーカスがなんだって……?」

 「いやだ………いやだ……」

 ルカは明らかに正気ではなく、今にも過呼吸になりそうなほど呼吸は乱れ、虚ろな目をしてなにかに怯えているように震え続けた。


 「ルカ……? これは……ドロップ……?なんで…………」

 理由もわからず明らかに様子がおかしいルカを抱きしめて、そっと後頭部を撫でながらみずからも呼吸を整える。
 意識的に包み込むようにグレアを放ち、耳元で囁くようにゆっくりと、自分にも言い聞かせるようにして言葉をかける。

 「なにもしないから、落ち着いて…………そう……Good boyいい子だから

 「は………………」

 「ルカ……そう、ゆっくりでいいから…………」


 突然パニックを起こしてドロップに陥りかけたルカの姿に戸惑いながら、僕は根気強く宥めるように声を掛け続けることしかできなかった。


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