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第1章【咲き誇れ儚き命の灯火よ】
第23輪【目覚めの良い朝は基本の挨拶から】
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〝掃除〟〝洗濯〟〝食事〟――――この世に数多ある終わりのない家事達。
命を費やす日々の生活の中で、繰り返し行わなくてはならない存在である。
体が鉛の如き疲労時なら尚更、憂鬱かつ端的に言えば面倒だ。
と――――普通なら疎かにする筈。
それでも自身の性格上、やらない選択肢は元から存在していない。
雲1つとない空で陽光が辺りを優しく照らし、天へと伸びる木々達がそよ風で揺れ動く。
今日はいつものゆったりとした時とは違い、とてもとても賑やかな朝を迎えていた。
『わ~た~し~が~帰って~き・た・よ~!!』
浜悠のはっきりとした透き通る声が、家を僅かばかり揺れ動かす。
休憩で止まっていた小鳥は一斉に飛び去り、天井の木梁から埃が舞う。
窓から差す陽光も手伝い、見た目のみなら幻想的だった。
例えるなら、冬空からの贈り物――――〝粉雪〝の様に無防備な頭上へと降りかかる。
それらは、装備一式がない浜悠の、目、口、鼻、至る部位に直撃。
『あ、そう言えば何時やったかな天井掃……くしゅん!?。ん゛っ。何か喉に引っ付いてきた!。けほっ、けほっ!』
天井を見上げながら咳で声が渇き、不意打ちのくしゃみで鼻水が垂れた。
変な入り方をしたせいか、頬が赤まり体温が上がる。
苦しくも涙目になりながら、息を整えて平静を保つことを試みた。
『これは早々に私がやらなければ、誰がやるんだろ……。何か良く見れば、変な茸も生えてるしさ。はぁっ……すぅ~っ!』
と、ため息をして直ぐに、口一杯の空気を吸い込む。
これは、幼い頃に祖父に言い聞かされた『悩みを自身で消化せずに体内から出すと、幸せも一緒に逃げてしまうぞ?』
と記憶にある言葉を、今でも大切にしている故の行動だ。
しかし――――またもや噎せ、あまりの驚きに一瞬だけ祖父を恨んだ。
『ごほごほっ!うへ~~苦い。変なの吸い込み過ぎたぁあ!!』
苦虫を噛み潰した表情と共に前屈みになり、手入れされていない白髪が顔全体を覆う。
艶やかな口元に、乱れた数本の毛が入ると息を吹きかけて飛ばした。
不貞腐れながらも数秒間の静止を経て、眉間の皺がなくなりようやく機嫌を取り戻す。
『いけないいけない。私とした事が、少しだけ取り乱しちゃった。さぁて、支度支度~っと!』
両手で頬を二叩きし気合いを入れ、口に髪止めを咥えて掻き上げる。
慣れた手付きで後方へ纏め、1度、2度、3度、と輪を通して止める。
内向きな毛質のせいか結った箇所から数本の束に分かれ、まるで彼岸花の様に後頭部に花が咲く。
汚れぬように手作りの絹で織られた前掛けを着用し、三角頭巾を被る。
数多ある和室を隅から隅まで余すことなく〝掃き・拭き〟を行う。
最後に祖父と弟達のいる寝室前へと忍び寄り、襖を体の幅分だけ開ける。
中の様子を見るために白色の瞳で覗き込みながら『お邪魔しま~す……おっ、まだ2人とも寝てるね?』
と、就寝している2人を発見。
そして、狭い隙間を体を捻って通り抜け、予備動作なしの無音で4畳分の幅を1歩で跳躍。
呼吸の有無を、祖父は右手で、青葉は耳元で確認。
(うんうん。一定の間隔で呼吸が繰り返され、心臓の鼓動も安定しているね)
思わず嬉しそうに微笑みながら、小さく頷いた。
自身が発する物音等で起こさぬ様、部屋外に素早く戻る。
(呼吸良しっ、体温も良しっ、ついでに……青葉の寝癖も豪快だ!!。今日も元気に生きてて何より何より!!)
刀を振り過ぎて出来たまめだらけの両拳を固め、笑みを溢している口元を隠した。
2人の生存確認をした浜悠は複数枚の白紙を本状にし、手書きの線と文字で書かれた〝表〟を使い鉛筆で印を書いていた。
項目は大きく分けて5つあり、それぞれ〝体調〟〝掃除〟〝洗濯〟〝料理〟〝日記〟と管理体制は整っている。
空白の欄に、〝完了なら丸〟〝次回以降なら斜線〟を素早く付けていく。
『ここは良し……ここも良し……まだ、良し、次に……』
野戦が主であり帰宅出来ない時もあるため、日にちを跨いでいても怠った事は後にも先にもない。
1日のやるべき事全てが終われば、手製の判を押して終了となり、押し花の栞を挟んで閉じる。
風圧で頭巾から少しだけ出ている白髪が、耳元に掛かり頬を撫でた。
『全ての部屋掃除良し!祖父と弟の生存確認良し!。洗濯は後でやるとして、残るは……』
元気良く声を張って指差し確認すると――――腹部から気の抜けた音が、耳を澄まさずとも聞こえる。
所々で高くもあり低くもある緩急の連続……何とも香ばしくも絶妙な〝虫の知らせ〟。
『あはははっ。そう言えば、植魔虫狩りを身軽にするために、ご飯あまり食べてなかったね!!』
笑みを隠せない浜悠自身、あまりの情けない音色に両の手で腹を抱えた。
『そっか、そっか』と、手の平で優しく擦りながら呟く。
『どんな状況を掻い潜っていた私でも、一介の人間だって事だね!!。そうと決まればっ!』
そう意気込んで硝子細工の様な眼を見開き、袖をずれてこない様に肘まで捲り上げた。
陽の目を浴びたのは女性らしい柔肌ではなく、痛々しい生傷が大小と散りばめられている腕。
古い物は馴染んで多少膨らんでおり、新しい物は瘡蓋が形取っている。
『縫いもしないで痛くないの?1度付いたら元には戻せないんだよ?あなたは女の子というのを自覚しなさい』
と、周りからの執拗な声も、〝勲章〟や〝思い出〟と言って、その度に笑い飛ばす。
闘いで疲弊した体を休めるのも束の間。
浜悠は先程と打って変わり、朝食の準備に取り掛かるため台所へと立ち。
3人分の食器と調理器具を棚から手際良く出す。
頭巾と前掛けの帯を結び直しながら、ご機嫌そうに鼻歌交じりに
『今日のご飯は何にしようかな~?……ふふん、ふん』
眠り眼を擦りながら食材を一通り確認後、朝採れの卵を3つ程持つ。
手慣れた様子で器に割り入れ、箸で弾力のある卵黄、濁りのない卵白を素早い手捌きで溶く。
数秒で程よく蒲公英色に混ざりきり、あらかじめ熱した片手鍋へと3分の1放る。
『料理は鮮度と速さが大事!。巻いて巻いて、形を整えて……』
丁寧に全体へと火を巡らせ、余った卵液を順番に流し入れつつ箸で綺麗に形成。
完成後、鍋を上方へと振り、宙を舞う卵焼きは食卓の皿へと吸い込まれる。
次いで、村で採れた鮮度抜群の大玉甘藍をまな板へ用意。
瑞々しく艶やかな葉。
ずっしりとした重みも、口一杯に広がる甘味も抜群。
包丁を器用に手元で回しながら
『いつも大きくて食べ応えあるね!。さぁて、今日は2秒台で切れるかな?』
と、静かに手を添える。
刹那――――浜悠の耳へと届く音が、ほんの一瞬だけ止んだ。
普段、成人男性ですら片手では持てない刀を振るっているせいか、目にも止まらぬ速さで包丁を動かす。
右から左へと進め、瞬きの間程で千切りに。
次に掌ほどの蒸した馬鈴薯を左手に持ち、包丁を持つ右手へと投げ入れる。
自らが〝切られた〟と気付かないのか、芋の形を保っていた。
甘藍と共に皿へと移し替えると、卵焼きの横で一口大に花が咲く。
『そして、こんがりときつね色に焼けた豚肉を乗せたら……完成!。最後は茶碗にお米を盛りましょう~』
〝主菜〟〝副菜〟の全てが主役であり、どれも色褪せることなく踊っているようだった。
決して大層な物ではないが、水を与えられた花の様に微笑み。
それでいて、食欲を刺激する美しい1品が出来上がる。
子どもや大人は別として、弟も祖父も性別としては〝男〟だ。
きちんとした栄養のある食事を、毎日摂っているとは考えにくい――――
直感で判断した浜悠は、自身が帰ってきた時だけでも、手料理を振る舞う事を心に決めている。
熱々の深鍋を御玉杓子で混ぜながら
『私、お味噌の香りって好きなんだよね~。まぁ、それもたまに何だけど……』
と、一段落した浜悠の後方から寝起き直後の小さな声がする。
『んっ、姉ちゃん?……おひよう』
『あら青葉、朝の挨拶はおはようでしょ?基本がちゃんと出来ないと大人に成れないぞ~!?』
浜悠の〝凛とした笑顔〟は今日も、射し込める陽の光に照らされて――――
まだ若い鈴の音の様な声する方へと振り返り、静かにゆっくりと微笑みかけた。
命を費やす日々の生活の中で、繰り返し行わなくてはならない存在である。
体が鉛の如き疲労時なら尚更、憂鬱かつ端的に言えば面倒だ。
と――――普通なら疎かにする筈。
それでも自身の性格上、やらない選択肢は元から存在していない。
雲1つとない空で陽光が辺りを優しく照らし、天へと伸びる木々達がそよ風で揺れ動く。
今日はいつものゆったりとした時とは違い、とてもとても賑やかな朝を迎えていた。
『わ~た~し~が~帰って~き・た・よ~!!』
浜悠のはっきりとした透き通る声が、家を僅かばかり揺れ動かす。
休憩で止まっていた小鳥は一斉に飛び去り、天井の木梁から埃が舞う。
窓から差す陽光も手伝い、見た目のみなら幻想的だった。
例えるなら、冬空からの贈り物――――〝粉雪〝の様に無防備な頭上へと降りかかる。
それらは、装備一式がない浜悠の、目、口、鼻、至る部位に直撃。
『あ、そう言えば何時やったかな天井掃……くしゅん!?。ん゛っ。何か喉に引っ付いてきた!。けほっ、けほっ!』
天井を見上げながら咳で声が渇き、不意打ちのくしゃみで鼻水が垂れた。
変な入り方をしたせいか、頬が赤まり体温が上がる。
苦しくも涙目になりながら、息を整えて平静を保つことを試みた。
『これは早々に私がやらなければ、誰がやるんだろ……。何か良く見れば、変な茸も生えてるしさ。はぁっ……すぅ~っ!』
と、ため息をして直ぐに、口一杯の空気を吸い込む。
これは、幼い頃に祖父に言い聞かされた『悩みを自身で消化せずに体内から出すと、幸せも一緒に逃げてしまうぞ?』
と記憶にある言葉を、今でも大切にしている故の行動だ。
しかし――――またもや噎せ、あまりの驚きに一瞬だけ祖父を恨んだ。
『ごほごほっ!うへ~~苦い。変なの吸い込み過ぎたぁあ!!』
苦虫を噛み潰した表情と共に前屈みになり、手入れされていない白髪が顔全体を覆う。
艶やかな口元に、乱れた数本の毛が入ると息を吹きかけて飛ばした。
不貞腐れながらも数秒間の静止を経て、眉間の皺がなくなりようやく機嫌を取り戻す。
『いけないいけない。私とした事が、少しだけ取り乱しちゃった。さぁて、支度支度~っと!』
両手で頬を二叩きし気合いを入れ、口に髪止めを咥えて掻き上げる。
慣れた手付きで後方へ纏め、1度、2度、3度、と輪を通して止める。
内向きな毛質のせいか結った箇所から数本の束に分かれ、まるで彼岸花の様に後頭部に花が咲く。
汚れぬように手作りの絹で織られた前掛けを着用し、三角頭巾を被る。
数多ある和室を隅から隅まで余すことなく〝掃き・拭き〟を行う。
最後に祖父と弟達のいる寝室前へと忍び寄り、襖を体の幅分だけ開ける。
中の様子を見るために白色の瞳で覗き込みながら『お邪魔しま~す……おっ、まだ2人とも寝てるね?』
と、就寝している2人を発見。
そして、狭い隙間を体を捻って通り抜け、予備動作なしの無音で4畳分の幅を1歩で跳躍。
呼吸の有無を、祖父は右手で、青葉は耳元で確認。
(うんうん。一定の間隔で呼吸が繰り返され、心臓の鼓動も安定しているね)
思わず嬉しそうに微笑みながら、小さく頷いた。
自身が発する物音等で起こさぬ様、部屋外に素早く戻る。
(呼吸良しっ、体温も良しっ、ついでに……青葉の寝癖も豪快だ!!。今日も元気に生きてて何より何より!!)
刀を振り過ぎて出来たまめだらけの両拳を固め、笑みを溢している口元を隠した。
2人の生存確認をした浜悠は複数枚の白紙を本状にし、手書きの線と文字で書かれた〝表〟を使い鉛筆で印を書いていた。
項目は大きく分けて5つあり、それぞれ〝体調〟〝掃除〟〝洗濯〟〝料理〟〝日記〟と管理体制は整っている。
空白の欄に、〝完了なら丸〟〝次回以降なら斜線〟を素早く付けていく。
『ここは良し……ここも良し……まだ、良し、次に……』
野戦が主であり帰宅出来ない時もあるため、日にちを跨いでいても怠った事は後にも先にもない。
1日のやるべき事全てが終われば、手製の判を押して終了となり、押し花の栞を挟んで閉じる。
風圧で頭巾から少しだけ出ている白髪が、耳元に掛かり頬を撫でた。
『全ての部屋掃除良し!祖父と弟の生存確認良し!。洗濯は後でやるとして、残るは……』
元気良く声を張って指差し確認すると――――腹部から気の抜けた音が、耳を澄まさずとも聞こえる。
所々で高くもあり低くもある緩急の連続……何とも香ばしくも絶妙な〝虫の知らせ〟。
『あはははっ。そう言えば、植魔虫狩りを身軽にするために、ご飯あまり食べてなかったね!!』
笑みを隠せない浜悠自身、あまりの情けない音色に両の手で腹を抱えた。
『そっか、そっか』と、手の平で優しく擦りながら呟く。
『どんな状況を掻い潜っていた私でも、一介の人間だって事だね!!。そうと決まればっ!』
そう意気込んで硝子細工の様な眼を見開き、袖をずれてこない様に肘まで捲り上げた。
陽の目を浴びたのは女性らしい柔肌ではなく、痛々しい生傷が大小と散りばめられている腕。
古い物は馴染んで多少膨らんでおり、新しい物は瘡蓋が形取っている。
『縫いもしないで痛くないの?1度付いたら元には戻せないんだよ?あなたは女の子というのを自覚しなさい』
と、周りからの執拗な声も、〝勲章〟や〝思い出〟と言って、その度に笑い飛ばす。
闘いで疲弊した体を休めるのも束の間。
浜悠は先程と打って変わり、朝食の準備に取り掛かるため台所へと立ち。
3人分の食器と調理器具を棚から手際良く出す。
頭巾と前掛けの帯を結び直しながら、ご機嫌そうに鼻歌交じりに
『今日のご飯は何にしようかな~?……ふふん、ふん』
眠り眼を擦りながら食材を一通り確認後、朝採れの卵を3つ程持つ。
手慣れた様子で器に割り入れ、箸で弾力のある卵黄、濁りのない卵白を素早い手捌きで溶く。
数秒で程よく蒲公英色に混ざりきり、あらかじめ熱した片手鍋へと3分の1放る。
『料理は鮮度と速さが大事!。巻いて巻いて、形を整えて……』
丁寧に全体へと火を巡らせ、余った卵液を順番に流し入れつつ箸で綺麗に形成。
完成後、鍋を上方へと振り、宙を舞う卵焼きは食卓の皿へと吸い込まれる。
次いで、村で採れた鮮度抜群の大玉甘藍をまな板へ用意。
瑞々しく艶やかな葉。
ずっしりとした重みも、口一杯に広がる甘味も抜群。
包丁を器用に手元で回しながら
『いつも大きくて食べ応えあるね!。さぁて、今日は2秒台で切れるかな?』
と、静かに手を添える。
刹那――――浜悠の耳へと届く音が、ほんの一瞬だけ止んだ。
普段、成人男性ですら片手では持てない刀を振るっているせいか、目にも止まらぬ速さで包丁を動かす。
右から左へと進め、瞬きの間程で千切りに。
次に掌ほどの蒸した馬鈴薯を左手に持ち、包丁を持つ右手へと投げ入れる。
自らが〝切られた〟と気付かないのか、芋の形を保っていた。
甘藍と共に皿へと移し替えると、卵焼きの横で一口大に花が咲く。
『そして、こんがりときつね色に焼けた豚肉を乗せたら……完成!。最後は茶碗にお米を盛りましょう~』
〝主菜〟〝副菜〟の全てが主役であり、どれも色褪せることなく踊っているようだった。
決して大層な物ではないが、水を与えられた花の様に微笑み。
それでいて、食欲を刺激する美しい1品が出来上がる。
子どもや大人は別として、弟も祖父も性別としては〝男〟だ。
きちんとした栄養のある食事を、毎日摂っているとは考えにくい――――
直感で判断した浜悠は、自身が帰ってきた時だけでも、手料理を振る舞う事を心に決めている。
熱々の深鍋を御玉杓子で混ぜながら
『私、お味噌の香りって好きなんだよね~。まぁ、それもたまに何だけど……』
と、一段落した浜悠の後方から寝起き直後の小さな声がする。
『んっ、姉ちゃん?……おひよう』
『あら青葉、朝の挨拶はおはようでしょ?基本がちゃんと出来ないと大人に成れないぞ~!?』
浜悠の〝凛とした笑顔〟は今日も、射し込める陽の光に照らされて――――
まだ若い鈴の音の様な声する方へと振り返り、静かにゆっくりと微笑みかけた。
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