上 下
23 / 30
第1章【咲き誇れ儚き命の灯火よ】

第23輪【目覚めの良い朝は基本の挨拶から】

しおりを挟む
 〝掃除〟〝洗濯〟〝食事〟――――この世に数多ある終わりのない家事達。

 命を費やす日々の生活の中で、繰り返し行わなくてはならない存在である。

 体がなまりの如き疲労時なら尚更、憂鬱かつ端的に言えば面倒だ。

 と――――普通ならおろそかにする筈。

 それでも自身はまゆうの性格上、

 雲1つとない空で陽光が辺りを優しく照らし、天へと伸びる木々達がそよ風で揺れ動く。

 今日はいつものゆったりとした時とは違い、とてもとても賑やかな朝を迎えていた。

『わ~た~し~が~帰って~き・た・よ~!!』

 浜悠のはっきりとした透き通る声が、家を僅かばかり揺れ動かす。 

 休憩で止まっていた小鳥は一斉に飛び去り、天井の木梁からほこりが舞う。

 窓から差す陽光も手伝い、見た目のみなら幻想的だった。

 例えるなら、冬空からの贈り物――――〝粉雪〝の様に無防備な頭上へと降りかかる。

 それらは、装備一式おそうじどうぐがない浜悠の、目、口、鼻、至る部位に直撃。

『あ、そう言えば何時いつやったかな天井掃てんじょうそう……くしゅん!?。ん゛っ。何か喉に引っ付いてきた!。けほっ、けほっ!』

 天井を見上げながらせきで声が渇き、不意打ちのくしゃみで鼻水が垂れた。

 変な入り方をしたせいか、頬が赤まり体温が上がる。

 苦しくも涙目になりながら、息を整えて平静を保つことを試みた。

『これは早々に私がやらなければ、誰がやるんだろ……。何か良く見れば、変なきのこも生えてるしさ。はぁっ……すぅ~っ!』

 と、ため息をして直ぐに、口一杯の空気を吸い込む。

 これは、幼い頃に祖父に言い聞かされた『悩みを自身で消化せずに体内から出すと、幸せも一緒に逃げてしまうぞ?』

 と記憶にある言葉を、今でも大切にしている故の行動だ。

 しかし――――またもやせ、あまりの驚きに一瞬だけ祖父を恨んだ。

『ごほごほっ!うへ~~苦い。変なの吸い込み過ぎたぁあ!!』

 苦虫を噛み潰した表情と共に前屈まえかがみになり、手入れされていない白髪が顔全体を覆う。

 つややかな口元に、乱れた数本の毛が入ると息を吹きかけて飛ばした。

 不貞腐ふてくされながらも数秒間の静止を経て、眉間みけんしわがなくなりようやく機嫌を取り戻す。

『いけないいけない。私とした事が、少しだけ取り乱しちゃった。さぁて、支度支度~っと!』

 両手で頬を二叩きし気合いを入れ、口に髪止めをくわえて掻き上げる。

 慣れた手付きで後方へまとめ、1度、2度、3度、と輪を通して止める。

 内向きな毛質のせいか結った箇所から数本の束に分かれ、まるで彼岸花の様に後頭部に花が咲く。

 汚れぬように手作りの絹で織られた前掛けを着用し、三角頭巾さんかくずきんを被る。

 数多ある和室を隅から隅まで余すことなく〝掃き・拭き〟を行う。

 最後に祖父と弟達のいる寝室前へと忍び寄り、ふすまを体の幅分だけ開ける。

 中の様子を見るために白色の瞳で覗き込みながら『お邪魔しま~す……おっ、まだ2人とも寝てるね?』

 と、就寝している2人を発見。

 そして、狭い隙間を体をねじって通り抜け、予備動作なしの無音で4畳分の幅を1歩で跳躍。

 呼吸の有無を、祖父は右手で、青葉は耳元で確認。

(うんうん。一定の間隔で呼吸が繰り返され、心臓の鼓動も安定しているね)

 思わず嬉しそうに微笑みながら、小さくうなづいた。

 自身が発する物音等で起こさぬ様、部屋外に素早く戻る。

(呼吸良しっ、体温も良しっ、ついでに……青葉の寝癖も豪快だ!!。今日も元気に生きてて何より何より!!)

 刀を振り過ぎて出来たまめだらけの両拳を固め、笑みを溢している口元を隠した。

2人の生存確認をした浜悠は複数枚の白紙を本状にし、手書きの線と文字で書かれた〝表〟を使い鉛筆で印を書いていた。

 項目は大きく分けて5つあり、それぞれ〝体調〟〝掃除〟〝洗濯〟〝料理〟〝日記〟と管理体制は整っている。

 空白の欄に、〝完了なら丸〟〝次回以降なら斜線〟を素早く付けていく。

『ここは良し……ここも良し……まだ、良し、次に……』

 野戦が主であり帰宅出来ない時もあるため、日にちを跨いでいても怠った事は後にも先にもない。

 1日のやるべき事全てが終われば、手製の判を押して終了となり、押し花の栞を挟んで閉じる。

 風圧で頭巾から少しだけ出ている白髪が、耳元に掛かり頬を撫でた。

『全ての部屋掃除良し!祖父じじあおばの生存確認良し!。洗濯は後でやるとして、残るは……』

 元気良く声を張って指差し確認すると――――腹部から気の抜けた音が、耳を澄まさずとも聞こえる。

 所々で高くもあり低くもある緩急かんきゅうの連続……何とも香ばしくも絶妙な〝虫の知らせ〟。

『あはははっ。そう言えば、植魔虫狩りを身軽にするために、ご飯あまり食べてなかったね!!』

 笑みを隠せない浜悠自身、あまりの情けない音色に両の手で腹を抱えた。

『そっか、そっか』と、手の平で優しくさすりながら呟く。

『どんな状況をくぐっていた私でも、一介いっかい。そうと決まればっ!』

 そう意気込んで硝子細工の様な眼を見開き、袖をずれてこない様に肘までまくり上げた。

 陽の目を浴びたのは女性らしい柔肌ではなく、痛々しい生傷が大小と散りばめられている腕。

 古いきずは馴染んで多少膨らんでおり、新しいきず瘡蓋かさぶたが形取っている。

『縫いもしないで痛くないの?1度付いたら元には戻せないんだよ?あなたは女の子というのを自覚しなさい』

 と、周りからの執拗な声も、〝勲章くんしょう〟や〝思い出〟と言って、その度に笑い飛ばす。

 闘いで疲弊した体を休めるのも束の間。

 浜悠は先程と打って変わり、朝食の準備に取り掛かるため台所へと立ち。

 3人分の食器と調理器具を棚から手際良く出す。

 頭巾と前掛けの帯を結び直しながら、ご機嫌そうに鼻歌交じりに

『今日のご飯は何にしようかな~?……ふふん、ふん』

 眠り眼を擦りながら食材を一通り確認後、朝採れの卵を3つ程持つ。

 手慣れた様子で器に割り入れ、箸で弾力のある卵黄、濁りのない卵白を素早い手捌てさばきで溶く。

 数秒で程よく蒲公英色たんぽぽいろに混ざりきり、あらかじめ熱した片手鍋へと3分の1放る。

『料理は鮮度と速さが大事!。巻いて巻いて、形を整えて……』

 丁寧に全体へと火を巡らせ、余った卵液を順番に流し入れつつ箸で綺麗に形成。

 完成後、鍋を上方へと振り、宙を舞う卵焼きは食卓の皿へと吸い込まれる。

 次いで、村で採れた鮮度抜群の大玉甘藍きゃべつをまな板へ用意。

 瑞々みずみずしくつややかな葉。

 ずっしりとした重みも、口一杯に広がる甘味も抜群。

 包丁を器用に手元で回しながら
『いつも大きくて食べ応えあるね!。さぁて、今日は2秒台で切れるかな?』
 と、静かに手を添える。

 刹那――――浜悠の耳へと届く音が、ほんの一瞬だけ止んだ。

 普段、成人男性ですら片手では持てない刀を振るっているせいか、目にも止まらぬ速さで包丁を動かす。

 右から左へと進め、瞬きの間程まほどで千切りに。

 次に掌ほどの蒸した馬鈴薯じゃがいもを左手に持ち、包丁を持つ右手へと投げ入れる。

 自らが〝切られた〟と気付かないのか、芋の形を保っていた。

 甘藍きゃべつと共に皿へと移し替えると、卵焼きの横で一口大に花が咲く。

『そして、こんがりときつね色に焼けた豚肉を乗せたら……完成!。最後は茶碗にお米を盛りましょう~』

〝主菜〟〝副菜〟の全てが主役であり、どれも色褪せることなく踊っているようだった。

 決して大層な物ではないが、水を与えられた花の様に微笑み。

 それでいて、食欲を刺激する美しい1品が出来上がる。

 子どもや大人は別として、弟も祖父も性別としては〝男〟だ。

 きちんとした栄養のある食事を、毎日摂っているとは考えにくい――――

 直感で判断した浜悠は、自身が帰ってきた時だけでも、手料理を振る舞う事を心に決めている。

 熱々の深鍋を御玉杓子おたまじゃくしで混ぜながら

『私、お味噌の香りって好きなんだよね~。まぁ、それもたまに何だけど……』

 と、一段落した浜悠の後方から寝起き直後の小さな声がする。

『んっ、姉ちゃん?……おひよう』

『あら青葉、朝の挨拶はでしょ?基本がちゃんと出来ないと大人に成れないぞ~!?』

 浜悠の〝りんとした笑顔〟は今日も、射し込める陽の光に照らされて――――

 まだ若い鈴の音の様な声する方へと振り返り、静かにゆっくりと微笑みかけた。 



 

 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

業腹

ごろごろみかん。
恋愛
夫に蔑ろにされていた妻、テレスティアはある日夜会で突然の爆発事故に巻き込まれる。唯一頼れるはずの夫はそんな時でさえテレスティアを置いて、自分の大切な主君の元に向かってしまった。 置いていかれたテレスティアはそのまま階段から落ちてしまい、頭をうってしまう。テレスティアはそのまま意識を失いーーー 気がつくと自室のベッドの上だった。 先程のことは夢ではない。実際あったことだと感じたテレスティアはそうそうに夫への見切りをつけた

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

処理中です...