恋愛ショートショート

和菓子を見ていると君を思い出す

老舗の和菓子店「月見堂」は、木造の建物に和風の庭が広がり、静かな佇まいを見せていた。店の前には、色とりどりの和菓子が並び、訪れる人々の目を楽しませる。その香りは、甘さとともに、どこか懐かしさを感じさせるものであった。

夏の終わりのある日、店主の娘、美咲は店の外で和菓子を作る母の背中を見つめていた。母の手際よく生地をこねる姿は、まるで熟練した職人そのもので、彼女もまたその伝統を受け継ぐべく日々努力している。だが、心の奥には別の夢があった。

「美咲、今日は特別な日だから、気を引き締めてね。」母の声が響く。

「うん、わかった。」美咲は頷くものの、心はどこか浮ついていた。今日は、幼なじみの健太が帰ってくる日だった。彼は東京で大学生活を送っていたが、久しぶりに故郷に帰るという。美咲は彼との再会を心待ちにしていたが、同時に不安も抱えていた。彼との関係がどう変わるのか、見えない未来に戸惑っていたからだ。

その頃、健太は電車の中で、久しぶりに見る故郷の風景に胸が高鳴っていた。彼は美咲のことを思い出す。幼い頃から、彼女と一緒に遊んだり、時にはけんかしたりした思い出が次々と蘇る。特に、和菓子を一緒に作った日々は、今でも心に残っている。彼は彼女の真剣な眼差しと、和菓子作りに対する情熱に惹かれたのだ。

「月見堂に行ったら、美咲はいるかな？」健太は思いを馳せながら、駅を降りた。

店に着くと、和菓子の甘い香りに包まれ、懐かしさが一気に押し寄せた。彼は店内に入ると、すぐに美咲を見つけた。彼女は母と共に和菓子を作っており、その姿は少し大人びて見えた。彼女の目が健太に気付くと、一瞬驚いたように目を大きくし、すぐに笑顔を浮かべた。

「健太！帰ってきたんだ！」美咲は嬉しそうに声をあげた。

「うん、久しぶり！」健太は彼女の元へ駆け寄り、思わず抱きしめた。美咲は驚いたが、すぐに心を温かくして彼を受け入れた。その瞬間、彼女の心の中にあった不安が少しだけ和らいだ。

二人は久しぶりの再会を祝うように、和菓子を作り始めた。美咲は健太に和菓子の作り方を教え、彼もまた、楽しそうに手を動かした。互いの手が触れるたび、胸の高鳴りが増していく。昔のように楽しい時間が流れ、二人の間にあった距離がどんどん縮まっていった。

だが、和菓子作りが進むにつれて、美咲の心の中に再び不安がよみがえった。彼は東京での生活がある。自分と彼の未来はどうなるのだろう。彼女は思わず手を止め、健太の顔を見つめた。彼もまた、彼女の真剣な眼差しに気付き、少し戸惑った様子を見せた。

「美咲、どうかした？」健太は優しく尋ねた。

「ううん、何でもない。」美咲は微笑んだが、心の中では葛藤が続いていた。このまま彼との距離が縮まっていくことを望む一方で、彼の未来を奪うことになるのではないかという恐れがあった。

その夜、月見堂の庭で二人は静かに星空を見上げていた。涼しい風が吹き、虫の声が心地よく響く。美咲は隣にいる健太の存在を感じながら、思い切って口を開いた。

「健太、もし東京に帰ったら、どうするの？」

健太は少し考えた後、ゆっくりと答えた。「やっぱり、美咲のことを考えちゃうよ。ここに帰ってくるたびに、君との思い出がどんどん増えていくから。」

美咲の心は高鳴った。彼の言葉は彼女の心に響き、少しずつ彼との未来に希望を抱き始めた。

「私も、健太のことを考えてる。東京での生活、辛いこともあるんじゃない？」美咲は少し不安になりながら続ける。

「でも、君のことを思い出すと頑張れるんだ。」健太は微笑みながら言った。

その瞬間、美咲の心に光が差し込んだ。彼との関係は、ただの幼なじみではなく、もっと深い絆に変わりつつある。彼女の心の中の不安は、彼の言葉によって少しずつ解消されていく。

「私も頑張る。健太がいるから。」美咲は自信を持ってそう言った。

やがて、二人は互いの手を取り、静かに月を見上げた。月明かりが二人の未来を照らし出すように、希望の光が心の奥に芽生えていく。彼女は、これからの道を共に歩むことを決意した。

「月見堂は、これからも続いていくよ。」美咲は心の中でつぶやいた。彼女は和菓子を作り続けることで、健太との絆を深めることができると信じていた。

そして、健太もまた、彼女の夢を支えるために、いつでも彼女のそばにいることを心に誓った。二人の未来は、決して暗いものではなく、共に歩む希望に満ちたものであった。月明かりの下、二人の心が通じ合った瞬間、運命の糸が結ばれたのだった。