恋愛ショートショート

不安の忘却

都心の喧騒の中、薄曇りの午前中、カフェの一角で彼女は待っていた。店内はコーヒーの香りで満ち、カウンターの後ろではバリスタが手際よくエスプレッソを淹れている。窓際に座る彼女、名は美咲。彼女の前には、まだ温かいカフェラテが置かれている。その表面には、ラテアートで描かれた小さなハートが微笑んでいる。

「遅いな…」美咲は腕時計を見つめ、ため息をついた。彼女の心には一抹の不安がよぎる。今日、彼と初めてのデート。前日からどれだけ心踊らせたことか。しかし、今はその期待感が少しずつ不安に変わっていく。

「ごめん、美咲！」突然、背後から声がかかる。振り向くと、彼女の心を掴んで離さない存在、健太が立っていた。彼は少し息を切らし、慌てている様子だ。

「大丈夫、待ってたから。」美咲は微笑みを返すが、その心の奥にはドキドキとした緊張感が隠れていた。彼の存在はいつも彼女を安心させる。だが、今日は何かが違う気がする。彼の表情もどこか硬い。

「カフェラテ、飲む？」美咲は自分の飲み物を指さす。「まだ冷めてないよ。」

「いいや、俺はブラックで。」健太はカウンターに向かう。美咲は健太の後姿を見つめながら、心の中で葛藤していた。

「健太、最近なんか変じゃない？」思わず口から出た言葉だった。彼女は自分の言葉に驚きつつも、何かを感じ取っていた。

「え？そんなことないよ。」健太は振り返り、少し驚いたような顔をした。「ただ、仕事が忙しくて。」

「そう…」美咲は頷くが、心の奥では彼の言葉を信じきれない自分がいた。彼女の目は健太の目を捉える。誠実さを求める視線が彼の心の奥を探るかのように。

カフェの喧騒の中、彼女はふと、自分の心の中で何を求めているのかを考え始めた。彼女は彼との未来を描いていた。いつかは一緒に暮らし、家族を築く夢。しかし、その夢が今、冷たい現実に打ち砕かれそうな感覚がした。

「健太、私…私、あなたに大切なことを話したいの。」美咲は言葉を選びながら続けた。「私たち、これからどうしていくのか、ちゃんと話したい。」

健太は少し驚いたように彼女を見つめた。「どうしたの？急に。」

「だって、私たちの関係、なんか曖昧な気がするから。」美咲は思いを言葉にするのが怖かった。しかし、彼女の心には、言わなければならないという強い想いがあった。

「曖昧って…」彼は少し考え込み、視線を下に落とした。「確かに、最近は会う時間も少なくなったし、連絡もおざなりになってるかもしれない。」

「それが、私を不安にさせるの。健太、あなたは私のことどう思ってるの？」美咲の言葉には、切実な想いが込められていた。

健太は一瞬、言葉を失った。彼女の目を見つめ返すことができず、少し沈黙が流れた。カフェの雑音が、その場の緊張感を一層引き立てる。

「美咲…俺、君のこと大切に思ってるよ。」その言葉が彼の口から出た瞬間、美咲の心は少し救われた。しかし、彼の目はどこか遠くを見つめていた。

「でも、最近の僕は…仕事のことで頭がいっぱいで、君に十分な時間を作れていない。だから、君が不安になるのも無理はないと思う。」健太は少し悔しそうに言った。

「それって、私のことをちゃんと考えてくれないってこと？」美咲の心に小さな痛みが走る。彼の言葉には優しさがあるが、同時に彼女の心を締め付ける要素も含まれていた。

「ちがう、そんなつもりはないよ。」健太は急いで言い返した。「でも、今は仕事が優先になってる。俺、君を失いたくないんだ。」

「じゃあ、どうすればいいの？」美咲の声には少しの悲しみが滲んでいた。彼女は彼との未来を諦めたくなかった。しかし、彼の目の奥に見える疲れた表情が、彼女の心を不安にさせる。

「俺、もう少し落ち着いたら、ちゃんと考えるよ。美咲のこと、真剣に考えるから。」健太の言葉は少し心強かったが、彼女の心の不安は消えなかった。

「そうだね、待ってるから。」美咲は微笑みを浮かべたが、その微笑みの裏には不安が隠れていた。彼女は彼が本当に自分のことを大切に思っているのか、確信が持てなかった。

その後、少しずつ会話は続き、カフェの中は笑い声が響くようになった。しかし、美咲の心にはまだ疑問が残っていた。彼女は彼との関係がどこに向かっているのか、その未来のビジョンが見えなかった。

「健太、私たち、本当に大丈夫なのかな？」美咲はふと口にした。彼の目を見つめながら。

「うん、きっと大丈夫だよ。時間が解決してくれる。」健太はそう言って、美咲の手を優しく握った。その瞬間、彼女は少し安堵感を覚えた。しかし、彼女の心の奥にはまだ不安が渦巻いていた。

結局、彼らはその日、カフェを後にした。美咲の心にはまだ疑問が残るが、彼女は希望を持ち続けることにした。彼との未来を信じ、待つことにしたのだ。美咲は思った。愛は、時に曖昧で不安定なもの。それでも、彼との時間を大切にすることで、少しずつその不安が解消されることを願っていた。