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第四章 ボクたちの町
第三十九話 反撃へ
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Szene-01 スクリアニア公国、西側国境
スクリアニア公は、レアルプドルフへの攻撃を開始したスクリアニア軍の動向監視と指示を出すために、一人馬車の中で戦況の報告を待ち続けていた。
矢の風切り音と兵士の足音が届いていたが、そのまま続くと思われていた音に叫び声や悲鳴が混じるようになる。
「おい、何事だ」
スクリアニア公は届く音の変化をすぐに感じ取り、馬車の横で待機している兵士に尋ねた。
「ただいまこちらへ伝令が向かっていますので少々お待ちを」
「何か起きたということだな。無謀にも剣士が向かって来たか、あるいは懲りずに再び矢を返し始めたか」
伝令から情報を聞き取った兵士がスクリアニア公へと伝える。
「閣下、お伝えします。届いた情報によりますと、前線の小隊がレアルプドルフの剣士によって襲われているとのこと。現在そちらへの応戦を行っているようです」
「なぜ襲われるような事態になっておる!」
「ザラ夫人襲撃隊を殲滅した女剣士が現れたとか」
スクリアニア公は剣先を馬車床に打ち付けてから舌打ちをした。
「ちっ、バカバカしい。女剣士と言っても小娘だと聞いている。そんな連中も排除できんのか!」
馬車付きの兵士は言葉を失い、ただ黙って聞いている。
「にしても一瞬での殲滅と、複数の小隊を襲えるほどの小娘か……何なのだ」
スクリアニア公は、手のひらから床まで伸びている剣をじっと見つめてから指示を出した。
「控えている兵士を出来るだけ応戦に回せ。すでに仕掛けられている以上それしかあるまい」
「はっ」
「気に入らん……全くもって腹立たしい事態だ」
剣先で馬車床を削るように柄を捻るスクリアニア公だが、鞘に収まっている剣は床を撫でるだけで要求に答えようとはしなかった。
Szene-02 レアルプドルフ、ブーズ町壁頂部
スクリアニア軍から放たれた矢はレアルプドルフの剣士が持つ盾によって回収され、町壁の頂部は束ねられた矢の山が所狭しと置かれていた。
剣士たちは隙間の無いように盾を狭間の外へ向けていたが、矢の刺さる音がぴたりと止まる。
部隊の全員がダンへ振り向き目で問うが、ダンも両手のひらを上に向けてみせて同じ思いであることを伝えた。
「なぜ止まる?」
「私に聞かれましても」
「いや、ただの独り言というか呟きというか……この状況ならば自然に出てしまう言葉だろ」
「そうですね」
「なんだよ、冷たいな」
「冷たく感じました? 私も理解できなくて困っているせいかと。寂しくさせてしまってすみません」
ダンを注目する剣士たちは徐々に真顔からにやけ顔へと変わり、引き続き剣聖デュオのやり取りを見続けている。
「ヘルマよ、寂しいとかそういう話ではなくてだな、この状況について――」
「ダン様、伝令が走ってきました」
「その、なんだ、特に意味など無くてだな……何だ?」
ヘルマは町壁の外で様子を伺っていた一組のデュオが、木々の間を走り抜けている様を目にして言った。
「攻撃が止まった理由を伝えに来られたのでは?」
「あん?」
ダンはヘルマの見つめる狭間へと振り返り剣士を確認すると、狭間の前で盾を握る剣士に場所を空けさせて外を見下ろした。
「どうした」
「エールタイン様とルイーサ様が敵陣に襲撃。橋上の敵部隊は前衛が殲滅され、今は後方部隊を攻撃中です。応援に向かおうかと思ったのですが、かえって足手まといになりそうなので指示を仰ぎに戻りました」
ダンは頭の防具に片手をやり、額に当てているつもりでぺちぺちと叩いて言った。
「あいつらには監視役が必要だな。頼むから気を揉ませんでくれよ」
「元気で可愛い娘さんを持つと大変ですね。殲滅となるとティベルダが能力を使ったのでしょう。そこまで気持ちが高ぶっているのなら止めるのは難しいですね」
ダンは額付近から手を下ろしてヘルマへ目線を戻した。
「ヘルマ、やけに落ち着いているな」
「一つ大きな経験をしたエール様ですし、ティベルダも付いていますから特に心配はしていませんが」
「しかしこちらへの攻撃が止まるほど暴れているということだろ。後方支援ぐらいはした方がよくないか?」
「ダン様、従者の私へお聞きになるお話ではないかと。ですが……私個人の考えを言うのであれば、心配が無いと言えば嘘になります。エール様が傷つくような事態は起こって欲しくない、それはダン様と同じに決まっているじゃないですか」
「だよな。よし、応援を向かわせよう」
ダンはヘルマがエールタインを心配していることがわかると、即座に指示を出した。
「エールたちが奇襲を仕掛けている今、これ以上矢は飛んで来ないはずだ。この状況を維持するにはあの子らを支援してやることが最善であろう。この壁には三部隊の内、二部隊がいる。一部隊は後方支援、残りは引き続き町壁にて防衛とする」
ダンが二部隊を率いる二人の上級剣士に合図を送ると、弓兵を抱えていない隊が速やかに壁を下りた。
「あらあら。エール様の名が出るとダン様だけでなくみなさんの動きが早いですね」
「それは仕方がないだろう。あいつは嫌がるが、後ろにアウフの影がちらつくし、それを抜きにしても今のエールは慕われるだけの経験を見せている」
「師匠として嬉しいのですね、うふふ」
ダンたちの護衛も兼ねている弓兵は、ヘルマの含んだ笑いに釣られてクスクスと笑っていた。
スクリアニア公は、レアルプドルフへの攻撃を開始したスクリアニア軍の動向監視と指示を出すために、一人馬車の中で戦況の報告を待ち続けていた。
矢の風切り音と兵士の足音が届いていたが、そのまま続くと思われていた音に叫び声や悲鳴が混じるようになる。
「おい、何事だ」
スクリアニア公は届く音の変化をすぐに感じ取り、馬車の横で待機している兵士に尋ねた。
「ただいまこちらへ伝令が向かっていますので少々お待ちを」
「何か起きたということだな。無謀にも剣士が向かって来たか、あるいは懲りずに再び矢を返し始めたか」
伝令から情報を聞き取った兵士がスクリアニア公へと伝える。
「閣下、お伝えします。届いた情報によりますと、前線の小隊がレアルプドルフの剣士によって襲われているとのこと。現在そちらへの応戦を行っているようです」
「なぜ襲われるような事態になっておる!」
「ザラ夫人襲撃隊を殲滅した女剣士が現れたとか」
スクリアニア公は剣先を馬車床に打ち付けてから舌打ちをした。
「ちっ、バカバカしい。女剣士と言っても小娘だと聞いている。そんな連中も排除できんのか!」
馬車付きの兵士は言葉を失い、ただ黙って聞いている。
「にしても一瞬での殲滅と、複数の小隊を襲えるほどの小娘か……何なのだ」
スクリアニア公は、手のひらから床まで伸びている剣をじっと見つめてから指示を出した。
「控えている兵士を出来るだけ応戦に回せ。すでに仕掛けられている以上それしかあるまい」
「はっ」
「気に入らん……全くもって腹立たしい事態だ」
剣先で馬車床を削るように柄を捻るスクリアニア公だが、鞘に収まっている剣は床を撫でるだけで要求に答えようとはしなかった。
Szene-02 レアルプドルフ、ブーズ町壁頂部
スクリアニア軍から放たれた矢はレアルプドルフの剣士が持つ盾によって回収され、町壁の頂部は束ねられた矢の山が所狭しと置かれていた。
剣士たちは隙間の無いように盾を狭間の外へ向けていたが、矢の刺さる音がぴたりと止まる。
部隊の全員がダンへ振り向き目で問うが、ダンも両手のひらを上に向けてみせて同じ思いであることを伝えた。
「なぜ止まる?」
「私に聞かれましても」
「いや、ただの独り言というか呟きというか……この状況ならば自然に出てしまう言葉だろ」
「そうですね」
「なんだよ、冷たいな」
「冷たく感じました? 私も理解できなくて困っているせいかと。寂しくさせてしまってすみません」
ダンを注目する剣士たちは徐々に真顔からにやけ顔へと変わり、引き続き剣聖デュオのやり取りを見続けている。
「ヘルマよ、寂しいとかそういう話ではなくてだな、この状況について――」
「ダン様、伝令が走ってきました」
「その、なんだ、特に意味など無くてだな……何だ?」
ヘルマは町壁の外で様子を伺っていた一組のデュオが、木々の間を走り抜けている様を目にして言った。
「攻撃が止まった理由を伝えに来られたのでは?」
「あん?」
ダンはヘルマの見つめる狭間へと振り返り剣士を確認すると、狭間の前で盾を握る剣士に場所を空けさせて外を見下ろした。
「どうした」
「エールタイン様とルイーサ様が敵陣に襲撃。橋上の敵部隊は前衛が殲滅され、今は後方部隊を攻撃中です。応援に向かおうかと思ったのですが、かえって足手まといになりそうなので指示を仰ぎに戻りました」
ダンは頭の防具に片手をやり、額に当てているつもりでぺちぺちと叩いて言った。
「あいつらには監視役が必要だな。頼むから気を揉ませんでくれよ」
「元気で可愛い娘さんを持つと大変ですね。殲滅となるとティベルダが能力を使ったのでしょう。そこまで気持ちが高ぶっているのなら止めるのは難しいですね」
ダンは額付近から手を下ろしてヘルマへ目線を戻した。
「ヘルマ、やけに落ち着いているな」
「一つ大きな経験をしたエール様ですし、ティベルダも付いていますから特に心配はしていませんが」
「しかしこちらへの攻撃が止まるほど暴れているということだろ。後方支援ぐらいはした方がよくないか?」
「ダン様、従者の私へお聞きになるお話ではないかと。ですが……私個人の考えを言うのであれば、心配が無いと言えば嘘になります。エール様が傷つくような事態は起こって欲しくない、それはダン様と同じに決まっているじゃないですか」
「だよな。よし、応援を向かわせよう」
ダンはヘルマがエールタインを心配していることがわかると、即座に指示を出した。
「エールたちが奇襲を仕掛けている今、これ以上矢は飛んで来ないはずだ。この状況を維持するにはあの子らを支援してやることが最善であろう。この壁には三部隊の内、二部隊がいる。一部隊は後方支援、残りは引き続き町壁にて防衛とする」
ダンが二部隊を率いる二人の上級剣士に合図を送ると、弓兵を抱えていない隊が速やかに壁を下りた。
「あらあら。エール様の名が出るとダン様だけでなくみなさんの動きが早いですね」
「それは仕方がないだろう。あいつは嫌がるが、後ろにアウフの影がちらつくし、それを抜きにしても今のエールは慕われるだけの経験を見せている」
「師匠として嬉しいのですね、うふふ」
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