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第四章 ボクたちの町
第二十二話 保護
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Szene-01 スクリアニア公国、西側国境
スクリアニア公に傭兵として契約を結んだヘルムート海賊は、逃走したスクリアニア公の夫人ザラを保護するため、スクリアニア軍に同行していた。
ヘルムートに扮しているグンナーは、スクリアニア公と共に馬車の中で待機したままだ。
グンナーが窮屈な馬車の中から出ようとした時、ヘルムート海賊の一味の一人が駆け寄った。
「船長」
「おう、今下りる」
グンナーは馬車を下りる名目が出来てホッとしたようで、表情を軽くしつつ馬車を下りる構えをする。
「ウチの連中に指示を出してくる。勝手に動くヤツが多いからちょいちょい声掛けしておかねえと困ったことになっちまう」
馬車を下りたグンナーは、一味の一人と話す前に腰をゆっくりと伸ばして天を仰いだ。
そのまま思いっきり息を吸うと、地面の表面を巻き上げそうな勢いで大きく口から息を吐いて一味に耳を貸す。
「夫人を追っていたスクリアニア兵が全滅したようですぜ」
「全滅?――ってことはレアルプドルフが部隊を出しているっつーことになるな」
「それが、出くわしたわけではないようで。部隊がいないどころか兵士の遺体も無かったとか」
「あ? なんだそりゃ。じゃあなんで兵が全滅したとわかるんだ?」
「血の海に兵の服と武器が一部散らばっていたらしいっす」
グンナーはゆっくりと男へ振り向いて言う。
「血の海だあ? なら部隊が来て一気に片付けたってことだろ」
「見たやつもそう思って辺りを探ったらしいんすけど、人の足跡が数人分あった程度で戦ったようなものは何も無かったそうで」
グンナーは握れる物ならなんでも潰してしまいそうな分厚い手を顔まで持っていき、人差し指だけ伸ばして額をポリポリと掻いた。
「わけわかんねえ。一方的に惨殺されたってことだろ? 魔獣としか思えん」
「やっぱ魔獣っすよね。船を川でしか使えない、おまけに小船でそんなのを相手にするなんて海賊のやることじゃねえっすよ」
「わあってる。初めから俺たちには関係のねえ話だ。わざわざ川でも船を使うようにしたのは、魔獣の餌食にならねえようにするためだ。作戦通り、手を貸しているフリをしつつ早めに撤退だな」
グンナーは男の背中を軽く叩いてその場から離れるように促し、馬車へと戻った。
「どうした? 随分と話し込んでいたようだが、何か良い情報でもあったのか?」
「あんたが応援を頼んだ相手が何屋かわかっていねえようだな」
「ん? 海賊に頼んだはずだが」
「海賊ってのは船に乗っているもんなんだよ。大事な家を置いてきちまっているんだから、こまめに様子を見に行かせるのは当然だろ」
スクリアニア公は何かを思い出すように、馬車の低い天井を見る。
「家か。俺の家というと城になるな。確かに俺のいない間の城はどうなっているのかと考えれば、気になる」
「あんたは何も気にしない奴かと思っていたが、城なら気になるか。ははは、妙におもしれえ」
スクリアニア公はグンナーの誤魔化しに乗せられたまま外の風景へと目を移し、遠くを眺めていた。
Szene-02 レアルプドルフ、ウンゲホイアー川水汲み場
ティベルダがヴォルフと共に去ってから、ダン一行はザラを連れて部隊の待つ水汲み場に戻った。
ザラは剣士の集まりに目を見開いて言った。
「――剣士様がこんなに」
「気にするな。それより子供が心配だからとりあえず区長の家に行きなさい」
ダンに促されたザラは会釈をするが、護衛の二人を見て足を止める。
「もちろん二人も一緒にだよ。町に来たいんだろ? なら区長の所で話を聞かないといけない」
「あ、ありがとうございます!」
護衛の二人はお互いの肩を叩き合って喜ぶが、部隊の上級剣士から指示を受けた剣士が区長宅のある方へ手を指し向けて、護衛の二人に向かうよう促した。
保護する三人と護衛二人の背中を見てダンが呟く。
「ザラを無事に保護出来たのだから、細かいことは抜きにしておくか」
呟くダンの横からヘルマが主人の顔を覗き込んで言う。
「ティベルダですか?」
「細かい事は抜きにすると言っただろ」
「あら、お声が小さくて聞こえませんでした。剣ではなく、何か威力の強い武器を使っただけですから、あの子は何も悪くありませんよ」
「悪いとは一言も言っていないぞ。この町にはとんでもなく可愛い子がいるってだけだ」
「あはっ、その通りですね。では私もですか?」
ダンはヘルマの鼻先に向けて人差し指を立てに振って言う。
「またそうやって自分を混ぜ込む。エールたちに並ぼうとするなよ」
「なーんだ、私は並んでいないんですね」
「くっ、ヘルマよ、最近面倒臭いことになっていないか?」
「それはいけませんね。気を付けるように言っておきます」
「いや、お前の事なんだが――ああ、分かって言っているんだよな。それくらいじゃあ乗せられないぞ、俺は」
ヘルマは口に手を当ててクスクスと笑う。
「さて、これからどうします?」
ダンに振ったヘルマの言葉にヒルデガルドが反応した。
「すみません、アムレットから情報が届いていまして――スクリアニアの軍が、国境沿いに集まっているそうです」
剣士たちがざわめき出すのに合わせるように、ダンが言った。
「国境に来ているだと!? 情報は早く言いなさい」
「す、すみません! ティベルダの事があったのでアムレットを鞄に隠れさせていまして。今出してあげたら教えてくれたんです――」
「ティベルダの話はせんでいい。とにかく、国境にいるとなれば部隊を展開せねばなるまい」
剣士たちはざわめきを止めて姿勢を正し、ダンに注目する。
ヘルマはヒルデガルドの頭を撫でて、問題ないと言い聞かせている。
「あの状況では伝えられなくても仕方ないわ。今教えてくれただけでも十分早いと思うし、アムレットがいなければ何も知らないままよ。あなたは何も悪くないから、気にしないで」
「ヘルマさん――」
ヒルデガルドはヘルマに撫でられながらニコリと笑って見せ、心配そうにしていたルイーサもつられるように微笑んでいた。
スクリアニア公に傭兵として契約を結んだヘルムート海賊は、逃走したスクリアニア公の夫人ザラを保護するため、スクリアニア軍に同行していた。
ヘルムートに扮しているグンナーは、スクリアニア公と共に馬車の中で待機したままだ。
グンナーが窮屈な馬車の中から出ようとした時、ヘルムート海賊の一味の一人が駆け寄った。
「船長」
「おう、今下りる」
グンナーは馬車を下りる名目が出来てホッとしたようで、表情を軽くしつつ馬車を下りる構えをする。
「ウチの連中に指示を出してくる。勝手に動くヤツが多いからちょいちょい声掛けしておかねえと困ったことになっちまう」
馬車を下りたグンナーは、一味の一人と話す前に腰をゆっくりと伸ばして天を仰いだ。
そのまま思いっきり息を吸うと、地面の表面を巻き上げそうな勢いで大きく口から息を吐いて一味に耳を貸す。
「夫人を追っていたスクリアニア兵が全滅したようですぜ」
「全滅?――ってことはレアルプドルフが部隊を出しているっつーことになるな」
「それが、出くわしたわけではないようで。部隊がいないどころか兵士の遺体も無かったとか」
「あ? なんだそりゃ。じゃあなんで兵が全滅したとわかるんだ?」
「血の海に兵の服と武器が一部散らばっていたらしいっす」
グンナーはゆっくりと男へ振り向いて言う。
「血の海だあ? なら部隊が来て一気に片付けたってことだろ」
「見たやつもそう思って辺りを探ったらしいんすけど、人の足跡が数人分あった程度で戦ったようなものは何も無かったそうで」
グンナーは握れる物ならなんでも潰してしまいそうな分厚い手を顔まで持っていき、人差し指だけ伸ばして額をポリポリと掻いた。
「わけわかんねえ。一方的に惨殺されたってことだろ? 魔獣としか思えん」
「やっぱ魔獣っすよね。船を川でしか使えない、おまけに小船でそんなのを相手にするなんて海賊のやることじゃねえっすよ」
「わあってる。初めから俺たちには関係のねえ話だ。わざわざ川でも船を使うようにしたのは、魔獣の餌食にならねえようにするためだ。作戦通り、手を貸しているフリをしつつ早めに撤退だな」
グンナーは男の背中を軽く叩いてその場から離れるように促し、馬車へと戻った。
「どうした? 随分と話し込んでいたようだが、何か良い情報でもあったのか?」
「あんたが応援を頼んだ相手が何屋かわかっていねえようだな」
「ん? 海賊に頼んだはずだが」
「海賊ってのは船に乗っているもんなんだよ。大事な家を置いてきちまっているんだから、こまめに様子を見に行かせるのは当然だろ」
スクリアニア公は何かを思い出すように、馬車の低い天井を見る。
「家か。俺の家というと城になるな。確かに俺のいない間の城はどうなっているのかと考えれば、気になる」
「あんたは何も気にしない奴かと思っていたが、城なら気になるか。ははは、妙におもしれえ」
スクリアニア公はグンナーの誤魔化しに乗せられたまま外の風景へと目を移し、遠くを眺めていた。
Szene-02 レアルプドルフ、ウンゲホイアー川水汲み場
ティベルダがヴォルフと共に去ってから、ダン一行はザラを連れて部隊の待つ水汲み場に戻った。
ザラは剣士の集まりに目を見開いて言った。
「――剣士様がこんなに」
「気にするな。それより子供が心配だからとりあえず区長の家に行きなさい」
ダンに促されたザラは会釈をするが、護衛の二人を見て足を止める。
「もちろん二人も一緒にだよ。町に来たいんだろ? なら区長の所で話を聞かないといけない」
「あ、ありがとうございます!」
護衛の二人はお互いの肩を叩き合って喜ぶが、部隊の上級剣士から指示を受けた剣士が区長宅のある方へ手を指し向けて、護衛の二人に向かうよう促した。
保護する三人と護衛二人の背中を見てダンが呟く。
「ザラを無事に保護出来たのだから、細かいことは抜きにしておくか」
呟くダンの横からヘルマが主人の顔を覗き込んで言う。
「ティベルダですか?」
「細かい事は抜きにすると言っただろ」
「あら、お声が小さくて聞こえませんでした。剣ではなく、何か威力の強い武器を使っただけですから、あの子は何も悪くありませんよ」
「悪いとは一言も言っていないぞ。この町にはとんでもなく可愛い子がいるってだけだ」
「あはっ、その通りですね。では私もですか?」
ダンはヘルマの鼻先に向けて人差し指を立てに振って言う。
「またそうやって自分を混ぜ込む。エールたちに並ぼうとするなよ」
「なーんだ、私は並んでいないんですね」
「くっ、ヘルマよ、最近面倒臭いことになっていないか?」
「それはいけませんね。気を付けるように言っておきます」
「いや、お前の事なんだが――ああ、分かって言っているんだよな。それくらいじゃあ乗せられないぞ、俺は」
ヘルマは口に手を当ててクスクスと笑う。
「さて、これからどうします?」
ダンに振ったヘルマの言葉にヒルデガルドが反応した。
「すみません、アムレットから情報が届いていまして――スクリアニアの軍が、国境沿いに集まっているそうです」
剣士たちがざわめき出すのに合わせるように、ダンが言った。
「国境に来ているだと!? 情報は早く言いなさい」
「す、すみません! ティベルダの事があったのでアムレットを鞄に隠れさせていまして。今出してあげたら教えてくれたんです――」
「ティベルダの話はせんでいい。とにかく、国境にいるとなれば部隊を展開せねばなるまい」
剣士たちはざわめきを止めて姿勢を正し、ダンに注目する。
ヘルマはヒルデガルドの頭を撫でて、問題ないと言い聞かせている。
「あの状況では伝えられなくても仕方ないわ。今教えてくれただけでも十分早いと思うし、アムレットがいなければ何も知らないままよ。あなたは何も悪くないから、気にしないで」
「ヘルマさん――」
ヒルデガルドはヘルマに撫でられながらニコリと笑って見せ、心配そうにしていたルイーサもつられるように微笑んでいた。
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