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第四章 ボクたちの町

第八話 休む間もなく

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Szene-01 レアルプドルフ、ルイーサ家

 久しぶりに体を洗ったルイーサは、小ぶりで丸型の机用の椅子に座って頭をゆっくりと倒し、髪の毛を前に垂らすと手櫛を通した。

「ふう。今まで使ったことが無いとはいえ、矢を射ったら妙に疲れを感じるわ。ようやくゆっくりとした時間を過ごしているって思える」

 ルイーサの体洗いを手伝ったヒルデガルドも、お返しにと主人に洗い返されて同じく丸机の前に座る。

「ふふふ。ルイーサ様がヘトヘトになっているお姿を久しぶりに見られて嬉しいです」

 ヒルデガルドはニコニコしながら主人を見つめて続ける。

「弓は剣と違った扱い方なので、体だけでなく気も張って疲れやすいですね。私もブーズで区長が持っているものを見せていただいたことがあるぐらいで、扱うのは初めてでした」
「あら、そうだったの。構えが様になっていたからてっきり慣れているものだと思っていたわ。それなら初めて同士で上手になりましょう」

 ヒルデガルドは、ルイーサからの優しい言い回しに少し目を見開いた。
 頭を下げたままのため、少し声を出し難そうにしているルイーサの元へヒルデガルドがツツツっと近寄る。

「ルイーサ様、私が櫛を通します」

 ヒルデガルドの声かけでルイーサは頭を上げた。

「お願いするわ。ヒルデに櫛を入れてもらうと安心するの」

 続いて出されたルイーサの言葉にも、ヒルデガルドは体をピクリとさせて反応する。
 一瞬動きを止めてしまったヒルデガルドだが、すぐに気を取り戻すと慌てて櫛を持ってルイーサの髪を一掴みした。
 ヒルデガルドが櫛を入れようと髪の毛を持ち上げた時、アムレットが窓へと駆け上がった。

「あら、また情報? 同じことが前にもあったわよね」
「ふふ、そうですね。レアルプドルフは静かな町なのに最近はすっかり賑やかになってしまって」
「良いことならばいくらでも賑やかにしてもらって構わないのだけど、今回は何が起こっているのかしら」

 仲間とのやり取りを終えたアムレットは、二人の主人の元へと駆け戻った。
 何かを伝えていることはわかるルイーサだが、内容はさっぱりだ。櫛入れのおあずけを食らっている髪の毛と共に、ヒルデガルドの説明を待った。

「ありがと。茂みのおうちへ行ってきてもいいわ」

 ヒルデガルドから外出許可をもらったアムレットは、仲間のいる家裏の茂みへと向かった。

「何かあったの?」
「ザラさんがお子さんを連れて城を出られたそうです」
「なんですって!? 城を出たってことは――逃げた、の?」
「おそらく。護衛付きとのことなので、ザラさんとお子さんだけというわけではなさそうですね。少し安心しました」

 髪を掴まれたままのルイーサは、後ろを振り向いているつもりで横目にして言う。

「安心するのは早過ぎよ。追手が来るのは時間の問題だから、早く守ってあげないと。町長に伝える暇は無いから、そうね――エールタインに応援を頼みたいわ」
「ではアムレットに伝えてもらいましょう。その間にこちらはブーズへ出発する準備をするということで」
「お願い。まったく、もっとゆっくりヒルデとの時間を過ごしたいのに」
「ルイーサ様――」

 ヒルデガルドは掴んだままのルイーサの髪に、掴んでいない後ろ髪を集めて一度だけ櫛を通した。
 そっと髪を離すと、まだ乾ききっていない髪であるにも関わらず、ランタンの灯りで琥珀色に見える金髪がさらさらとルイーサの背中に下りた。

Szene-02 スクリアニア公国、ヴェルム城謁見部屋前

 ヘルムート海賊からの使者により、スクリアニア公は傭兵依頼の受諾を伝えられた。
 謁見部屋前の廊下でスクリアニア公が珍しく笑みを浮かべて使者を見送る。

「良い話を聞かせてもらった。食料なり何なり、調達してから帰られよ」
「へへ、それはありがてえけども、引き換える物は最低限しか持ち歩かねえ」
「いやいや、こちらからの差し入れだ。好きなものを持っていけ」
「はっはっは。そりゃおもしれえ。んじゃ持てるだけ持たせてもらうぜ」

 案内役の執事の後ろを使者が付いてゆく。廊下に並ぶ謁見希望の民に向けて大袈裟な身振り手振りを見せながら去る姿を見て、スクリアニア公が呟いた。

「これで攻め入るために必要な一つが手に入った。さて、まだ足らぬはずだ。戦いの有識者を用意せねばならん。おい、至急集めろ。いいか、早急にだ」

 スクリアニア公に付き添う兵士の一人が、廊下に配置されている女中たちに言われたことと同じ指示を出す。
 女中たちは慌てて動き、城内が騒がしくなった。

「さて、今度はレアルプドルフの息の根を止めてやる。何としてもあの町を取り込むのだ。他国への威嚇のために」

 スクリアニア公は鼻で笑い、王室へと向かった。
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