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第三章 平和のための戦い
第五十六話 本物
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Szene-01 スクリアニア公国、ヘルムート海賊アジト
ヘルムート海賊への傭兵依頼のため、アジトに自ら出向いたスクリアニア公。
金で釣れると安易に考えていたスクリアニア公の意に反し、ヘルムートは答えを出し渋る。
依頼への返答を焦らすように、アジトのテントから出て行った。
「ふむ、俺は少々焦っていたかもしれん。金品を見る目が肥えている連中相手に、正面から金だけで交渉をするなど、愚の骨頂だったか」
スクリアニア公は俯いて果実酒の液面に映った自分の顔を見てにやりと笑った。
「これが今の俺か。なんとも間抜けな顔をしているじゃないか。ふふふははは! 国土の広がりに反して、気付かぬうちに自分は地に落ちていたとはな」
見張り役の一味連中が目を合わせてから首をひねる。贅沢な衣を纏った男が一人笑っていれば、誰でも異様に捉えるだろう。
Szene-02 ヘルムート海賊、アイン・オアーズ・アウフ・ゼー号
巨体を揺らし、ギシギシと足場を鳴らしながら海賊船アイン・オアーズ・アウフ・ゼー号――海のオアシス号――へと乗り込むヘルムート。
船上に数ある部屋の中でも、一つだけ豪華な装飾が施された一室へとヘルムートは入った。
室内にはヘルムートとは違って背は低くて小太りな男性が、派手な柄のカップにティーを注いでいる。
ヘルムートはその男と目が合うと、スクリアニア公に向けたものとは裏腹な、声量を抑えた口調で言った。
「船長」
「どうしました、グンナー?」
「今、スクリアニア公が直々に傭兵の依頼をしに来ました」
「はい? 使者ではなくですかねえ?」
「はい、本人が来ています」
スクリアニア公が待っているテントの方へ親指を向けた。
「ほほう、思いのほか早く落ちたのですねえ。スクリアニアのはったりも限界ということですかねえ。ところでグンナー、お酒を飲み過ぎているのですかねえ?」
「そ、そんなことは――」
「お前が入るなり部屋は酒のにおいで満たされてしまって、それだけで酔いそうになっているのですねえ。せっかく入れたティーが台無しになりそうですねえ」
「すみません、あいつにそれなりの態度を見せようと思うとつい――」
船長と呼ばれたその男は、ヘルムート改め、グンナーと呼ばれるその男を見ながらティーカップへと口を付ける。ちびちびと飲みながら無駄に豪華な椅子へと座った。
「グンナーも座るのですねえ。話しにくいのでねえ」
「はい、では失礼して」
グンナーは船長に言われるまま豪華な椅子に座った。
「お前には私の代わりを頼んでいますが、贅沢をさせるためではないのですねえ。酒もすぐに調達できますが、手に入れるにもそれなりの労力が必要なのは知っているのですねえ? その労力をお前の贅沢に使われては困りますねえ」
「承知しています。船長のように育ちがいいわけではないんで、調子に乗りました。気を付けます」
「ははは。私と全く違う人物像を作ることは何かと有効な面も多いのでねえ。たまにはこんな話をするのが私の役だから心配しなくてもいいのですねえ。お前には助けられているのですねえ」
「俺はただ船長に恩返しをしたいだけですんで」
ティーをカップの半分ほど飲んだ本物のヘルムートは、部屋にある唯一ののぞき窓から海を見て言う。
「さて、傭兵依頼の件でしたねえ。こちらにとってあまり利益になる話にはなりそうにないですが、スクリアニア公を上手く使えば今後の仕事に使えるかも知れませんねえ。そういえば、どこを攻めたいのですかねえ?」
「レアルプドルフだとか。あそこには苦い記憶しかないんですが」
「またあそこを攻めるのですかねえ、懲りないのですねえ。内陸にある街を海賊に頼むなど、切羽詰まっているのか血迷っているのか――。ふむ、あの町には川が流れていますが如何せん、小型の船でも登っていくのが厳しいですねえ。たどり着いたとしても魔獣が邪魔ですねえ」
ヘルムートは、ティーの無くなったカップの淵を指先でタップしながら続ける。
「やはり難しい案件ですねえ。ということは、依頼料を吊り上げることができるとも言えるのですがねえ。依頼を達成しなければ、報酬というものは手に入らないのが世の決まりなのですねえ。まあ適当に加勢して途中で戻るのもありですかねえ。少々考える時間をいただきますかねえ」
「はい、ではそのように伝えます」
グンナーはすっくと立ちあがり、天井すれすれの頭をヘルムートに向けて一度下げる。
ヘルムートはそれに答えるように笑みを浮かべて見せた。
グンナーの背中が扉で見えなくなると、ヘルムートはつぶやいた。
「この国はお金が少ないから私は海へ出たのですねえ。船員は減らしたくないですし、面倒くさいけれども考えてみますかねえ」
武具屋の連中と同じく、クセが強い語尾で話すヘルムートは、眉を曇らせていた。
ヘルムート海賊への傭兵依頼のため、アジトに自ら出向いたスクリアニア公。
金で釣れると安易に考えていたスクリアニア公の意に反し、ヘルムートは答えを出し渋る。
依頼への返答を焦らすように、アジトのテントから出て行った。
「ふむ、俺は少々焦っていたかもしれん。金品を見る目が肥えている連中相手に、正面から金だけで交渉をするなど、愚の骨頂だったか」
スクリアニア公は俯いて果実酒の液面に映った自分の顔を見てにやりと笑った。
「これが今の俺か。なんとも間抜けな顔をしているじゃないか。ふふふははは! 国土の広がりに反して、気付かぬうちに自分は地に落ちていたとはな」
見張り役の一味連中が目を合わせてから首をひねる。贅沢な衣を纏った男が一人笑っていれば、誰でも異様に捉えるだろう。
Szene-02 ヘルムート海賊、アイン・オアーズ・アウフ・ゼー号
巨体を揺らし、ギシギシと足場を鳴らしながら海賊船アイン・オアーズ・アウフ・ゼー号――海のオアシス号――へと乗り込むヘルムート。
船上に数ある部屋の中でも、一つだけ豪華な装飾が施された一室へとヘルムートは入った。
室内にはヘルムートとは違って背は低くて小太りな男性が、派手な柄のカップにティーを注いでいる。
ヘルムートはその男と目が合うと、スクリアニア公に向けたものとは裏腹な、声量を抑えた口調で言った。
「船長」
「どうしました、グンナー?」
「今、スクリアニア公が直々に傭兵の依頼をしに来ました」
「はい? 使者ではなくですかねえ?」
「はい、本人が来ています」
スクリアニア公が待っているテントの方へ親指を向けた。
「ほほう、思いのほか早く落ちたのですねえ。スクリアニアのはったりも限界ということですかねえ。ところでグンナー、お酒を飲み過ぎているのですかねえ?」
「そ、そんなことは――」
「お前が入るなり部屋は酒のにおいで満たされてしまって、それだけで酔いそうになっているのですねえ。せっかく入れたティーが台無しになりそうですねえ」
「すみません、あいつにそれなりの態度を見せようと思うとつい――」
船長と呼ばれたその男は、ヘルムート改め、グンナーと呼ばれるその男を見ながらティーカップへと口を付ける。ちびちびと飲みながら無駄に豪華な椅子へと座った。
「グンナーも座るのですねえ。話しにくいのでねえ」
「はい、では失礼して」
グンナーは船長に言われるまま豪華な椅子に座った。
「お前には私の代わりを頼んでいますが、贅沢をさせるためではないのですねえ。酒もすぐに調達できますが、手に入れるにもそれなりの労力が必要なのは知っているのですねえ? その労力をお前の贅沢に使われては困りますねえ」
「承知しています。船長のように育ちがいいわけではないんで、調子に乗りました。気を付けます」
「ははは。私と全く違う人物像を作ることは何かと有効な面も多いのでねえ。たまにはこんな話をするのが私の役だから心配しなくてもいいのですねえ。お前には助けられているのですねえ」
「俺はただ船長に恩返しをしたいだけですんで」
ティーをカップの半分ほど飲んだ本物のヘルムートは、部屋にある唯一ののぞき窓から海を見て言う。
「さて、傭兵依頼の件でしたねえ。こちらにとってあまり利益になる話にはなりそうにないですが、スクリアニア公を上手く使えば今後の仕事に使えるかも知れませんねえ。そういえば、どこを攻めたいのですかねえ?」
「レアルプドルフだとか。あそこには苦い記憶しかないんですが」
「またあそこを攻めるのですかねえ、懲りないのですねえ。内陸にある街を海賊に頼むなど、切羽詰まっているのか血迷っているのか――。ふむ、あの町には川が流れていますが如何せん、小型の船でも登っていくのが厳しいですねえ。たどり着いたとしても魔獣が邪魔ですねえ」
ヘルムートは、ティーの無くなったカップの淵を指先でタップしながら続ける。
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「はい、ではそのように伝えます」
グンナーはすっくと立ちあがり、天井すれすれの頭をヘルムートに向けて一度下げる。
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「この国はお金が少ないから私は海へ出たのですねえ。船員は減らしたくないですし、面倒くさいけれども考えてみますかねえ」
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