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第三章 平和のための戦い

第三十一話 町を離れて

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Szene-01 レアルプドルフ、トゥサイ地区

 ダン一行と別れ、レアルプドルフの町役場を目指すカシカルド王国輸送隊は、レアルプドルフの西端地区であるトゥサイ村を通過中である。

「ここがレアルプドルフ領内となったトゥサイ地区になります」
「あちこちで建物を直しているな。ほう、一部を見るだけでも技術の高さが伺える」
「この地区には職人が多いらしく、占領前では職人の技術もレアルプドルフとの交易で重要なものだったようです」

 剣士絡みや役場からの依頼が途切れなかったことで仕事には困らなかったが、トゥサイの各民は自身の作業場でもある自宅を修復できていなかった。
 レアルプドルフの町長は、依頼完了までの時間を長くすることで、トゥサイ各部の修復を優先するよう指示していた。
 腕のいい職人たちは時間配分も上手い。修復の時間を組み込みつつ、依頼への影響を極力出さないようにこなしていた。

「占領と伝わっているが、この様子を見ていると保護が目的だったように思えるな。レアルプドルフは知れば知るほど面白いところのようだ」

Szene-02 ハマンルソス山脈、中腹

 カシカルド王国の輸送隊と別れて東西街道上で歩みを進めるダン一行。
 木々も無くなり高山植物がちらほらとしか無くなっていく。
 ティベルダが後ろを振り向き、ルイーサとヒルデガルドの間からレアルプドルフを含めた景色を目に映した。

「――広い。エール様、町の外って広いんですね!」

 ティベルダは、つないでいるエールタインの手をにぎにぎして主人に感動を伝えた。
 愛情が込もった感触を手に追加されたエールタインは、おもむろに振り返る。

「うわあ、ヘルマに見とれたり足元に注意していたから気付かなかったよ。普段ボクたちが見ている世界ってあれだけなんだね。ちっぽけなことばかり気にしていたような気がするよ」

 エールタインの言葉にヘルマが素早く反応し、振り返ると景色ではなくエールタインを見て言った。

「エール様、今何かおっしゃいました?」

 景色を見て思いを巡らせていたエールタインは、ヘルマに問われると目線を戻して言う。

「何って……もっといろんなことを知らないとなあって」
「いえ、そのお話ではなくて、景色を見る前は何を見ていたと?」

 エールタインは人差し指をあごに当てて考える。

「景色を見る前って――んーっと、なんか言ったっけ?」
「足元の他にも何か見ていませんでしたか?」
「足元以外だと、ヘルマかな」
「なぜ?」
「なぜって、ヘルマはきれいでかっこいいから。いつも見ているけど……良くなかった?」
「ありがとうございます」

 ヘルマは山の空気にも似た冷め気味な表情で聞いていたが、温かなやわらかい表情へと変えて前を向いた。
 最後尾にいるヨハナが、クスクスと笑いながらエールタインに言う。

「エール様、ヘルマはエール様に褒められるのが大好きですから。あ、もう一人いますけど」
「ヨーハーナー」

 ヘルマは前を向いたままで、最後尾までしっかりと聞こえる声を出した。
 エールタインが首を傾げながらヨハナに聞く。

「もう一人は誰?」
「ティベルダですよ。ほら、ティベルダも褒めてあげて」

 ティベルダは言われるままに、ヘルマへの思いを伝える。

「ヘルマさんはとっても素敵です! いつもエール様とかっこいいね、きれいだねって話しているんですよ!」
「あらあ、そうなのティベルダ。着飾っているわけでは無いし、剣士のお供だからそんなことないわ」

 ヘルマはティベルダに答えると、髪の毛を片手で耳沿いにかき上げて見せた。

「ふふふ、危ないあぶない。旅は楽しくないとね」

 ヨハナはヘルマのご機嫌を損ねずに済んでホッとしたようだ。少々悪い笑みを浮かべているが。

「峠まではまだあるな。ルイーサは大丈夫か?」

 ダンは、一行の中では遠距離移動への耐性がないと思われるルイーサに声を掛けた。

「息が切れるような速さではないので大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「少しでも気になることがあれば言うように。山というのは訪れた者をしっかり見ている。舐めているとすぐに難題を持ちかけてくるぞ」
「そうですね……少し寒さを感じるようになりました」
「ふむ、このあたりから先はぐっと寒さが増すからな。ルイーサ、それも大事な報告だ。みんな、防寒具を身に着けようか」

 全員が足を止めてストールなどを羽織る。山脈の頂は氷河のある低温地帯だ。
 エールタインは大きめのストールをティベルダに掛けて一回りさせると、最後は頭に被せてフードにした。

「これでいいかな。手はつないでいればティベルダが温めてくれるもんね」
「それは任せてください。エール様とくっつけるので寒さが好きになりそうです」
「ははは。ティベルダは隙あらばボクとくっつこうとするんだから」
「当然です!」
「はいはい。ほら、手をつなぐよ」

 全員が防寒対策を完了すると改めて峠を目指して歩みを進める。ストールで鼻まで隠したティベルダは、上目遣いで主人を見つめる。
 ティベルダの気配に気づいたエールタインがティベルダの頭を撫でて言う。

「ん? みんな一緒だから大丈夫だよ。家族全員とルイーサにヒルデガルドならさ、全然寂しくないし心強いでしょ?」
「そうですね。私、町を出るのは初めてなので緊張していて」
「ボクも同じだよ。まだ案件もろくにこなしていないし、ティベルダと一緒。だからお互い今回の旅をいい経験にしようね」

 エールタインは手の握りを強くして、ティベルダを引いて歩く。
 ティベルダは主人にしっかりと握られた手を見て安堵の笑みを浮かべて歩みを進めた。

「あの子でも不安になることがあるのね。なんでも平気な子かと思っていたわ」
「ルイーサ様、ティベルダは元々弱気な子なのです。いつも見せている姿はすべてエールタイン様に引き出してもらっているから、と言っていました」
「あら、そうなの? 相性が良いと言われている理由はそれなのね。エールタインにはもう少し近づきたいのだけど」
「焦らずにじっくりでよろしいのでは? エールタイン様とお仕事をご一緒するのは続きそうですから。私でお気持ちを濁してください」

 ヒルデガルドがルイーサの手をつかんでしっかりと握った。

「あなたの扱いはそういうのではないと言っているでしょ。まったく、私のそばにはあの子よりあなたの方が先にいるのだから、変なこと言わないで」

 ルイーサは、山の岩肌や徐々に増えてきた氷の上を、町中を歩くようにコツコツと足音を出して歩く。
 手をグイッと引っ張られたヒルデガルドは、ルイーサの横に並んだ。

「みんな、どうしてこんなに仲が良いのかしらね。おかげでストールだけではない温かさを感じて助かるわ。アウフ様、あなたが仕掛けていることなのですか? ふふふ」

 ヨハナは軽く空を見上げてから、頭に被せたストールの端をギュッと握って皆に続いた。
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